過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
「キャリー!そのお菓子渡しなさい!」
ある日ある日あったとさ。菓子持ちキャリーが歩いていると、腹ぺこゲームが現れた。叱ってやろうと思ったが、出来損ないなので考えた。大人しく譲ろう。そうともよくあるよくあることさ。
キャリーだよ!あまりに魔法が使えないから、出来損ないの異名もあるよ!
才能がないのはいつもの事だから、さておき、ゲームちゃんは今日も絶好調である。俺がいつも通りお水ちょろちょろして練習しているのを傍目に、とっても綺麗な氷像を作っていた。ルーカス先生は人柄とか態度とか、いろいろ気に入らないところは多いけど、教育者としての腕は確かだったらしい。ふんっ!いいもんね!俺にはニコラスさんとフリーダさんがいるもんっ!……二人ともゲームの面倒も見ているから、先生の数的には3:2で負けてる?うるさいっ!
所詮キャリーは敗北者よっ!と悲しくなりながら、お父上のお仕事を手伝ったご褒美のお菓子を食べつつ歩いていると、ルーカス先生との練習を終えたゲームがひょっこり現れて、自分によこせ!と言った。これはあくまで、年齢に見合わぬ仕事ぶりに対するご褒美なので、渡す道理はない。せいぜい、かわいい妹に対して甘やかすくらいだが、立派かつクソ生意気に育ちつつあるゲームは非該当だ。
だからあげない!これはキャリーのなの!と主張しても良かったが、そんなことをしたところで機嫌を損ねるだけなのは目に見えているし、大人しく譲った方が丸く収まることもわかっている。いいよ、キャリーのお菓子、わけてあげる。
半分分け与えたところ、帰ってきたのはお礼の言葉ではなく全部寄越せ!のコメント。うんうん、素敵な先生のおかげで立派なクソガキに育ってるね。……先生には差別意識と特権意識だけではなく、思いやりの心とか慈しみとかを教えていただきたかったのですけれど。
次からは部屋に持って帰るのではなく、その場ですぐに食べてしまおう。そう心に決めながら、ひとりでのんびりする気分でもなくなってしまったので、お父上の執務室にもどる。お父上からも、先生に対して注意してくれないかしら。
「ゲーム嬢の才能は、私も高く評価している。このまま成長すれば学園に入るのは間違いないだろうし、一廉の人物になるのも確かだ。だからこそオーバー男爵には、こうして融資することも厭わない」
なんてことを考えていたら、執務室の扉越しにお父上とルーカス先生の話す声が聞こえるではありませんか。パパッ!ビシッと言ってやって!と念じながら盗み聞きをしていると、どうやら我が家は先生に借金をしている様子。なるほど、そりゃ先生の態度に文句なんてつけられないし、キャリーを庇うこともできないよね。残念ながら納得だ。
ルーカス先生が出てきそうな気配を察知して退避しつつ、お父上が一人残された部屋に滑り込む。やっほーパパ、会いに来ちゃった♡かわいいキャリーに会えてうれしいでしょう?喜んでくれていいのよ?
「パパ、せんせいから借金してるの?」
喜んでくれる様子のないお父上に、開口一番で突っ込む。十分な人生経験、なんてものがあれば、もっと気の利いた言い方や話の運び方ができたのかもしれないが、俺は所詮7歳のお嬢ちゃん。そんな技能など、備わっているはずがない。正面突破と全力投球以外、選択肢はないのだ。
まだ幼い子供にこんな話を聞かせて良いものだろうか、と悩んでいるお父上を説き伏せつつ、話を聞き出す。大筋のことを聞いてしまったのだと伝えた瞬間、お父上の諦めは早かった。
まず、借金について。あまり豊かとは言えない領地の税収と、妹ちゃんの家庭教師誘致の負荷が重なり、我が家は現在自転車操業で赤字を増やし続けているらしい。それを、先生から借金することで何とか誤魔化しながらやりくりしているのだとか。
ワーストケースでは家を畳む、なんて言われると、我が家がどれだけ薄氷の上にいたのかがわかるだろう。正直、ちょっと予想以上だったね。
そして、会話の中で確認できたことは、先生からの融資は限界があるが、とある一手を使えばチャラになるどころか追加のお金まで貰えること。なんてお得で素敵な話。お父上の表情が暗くなかったら、“なんで早くそれしないの!?”と叫んでしまいそうなくらいだ。
問題なのは、その手段だった。簡単と言えば簡単で、容易な手段だった。要は、お父上が、ある種個人的な理由でお金を必要としているから、借りるしかない。ゲームを立派に育ててやりたいという思いは、大人として、親として当たり前のものであったとしても、貴族としての義務ではない。
妹ちゃんを養子に出せば、その養育責任はお父上の元ではなく、里親のものになる。ゲームちゃんを育てるために必要なお金は、里親が当然出すだろうし、素敵な娘をありがとうっ!とお礼金を貰うことさえ可能である。
実に、簡単な方法だ。幸い引き取りたがっている相手もすぐ近くにいるわけで、財政状況を見れば断る選択肢はない。きっとゲームだって、オーバー家の未熟な教育よりも、専門家の高等な教育を受けれた方がいい。
言葉を並べて、受け入れる理由を考えるのは簡単だった。キャリーとしても、かわいげのなくなったクソガキと離れて、せいせいする。是が非でもそうするべきだ。
その言葉を口に出すことができれば、きっとすっきりするだろう。けれど、俺の頭の中には話の初めからずっと、“人身売買”の四文字が繰り返されるのだ。そして同時に、その安易な手段を選ばなかったお父上を誇らしく思うのである。
できることなら、それは嫌だと思った。妹を換金するなんて、したくないと。例えそれがクソ生意気で、かわいげを失ったものであったとしても、あの子はうちの子なのだ。そして幸いなことに、俺にはお金の問題をまるっと解決出来る手段があった。
「パパ、どこかに、レースの順番を当てる賭け事とかはないかしら。キャリーね、順番当てるのが得意なの」
妄に言いふらしては嫌よ?と念を押してから、お父上にキャリーの秘密をひとつ打ち明ける。案の定、お父上は最初、信じてくれなかった。だから紙に書かれた数字の順番を当てる、なんて一芸を披露することで、証拠を見せる。
当てるのは簡単だった。お父上に数字を書いてもらった紙を一枚、裏返した状態で目の前に置いてもらって、“キャリーはこれから5秒間、この紙を捲らない”と宣言。その直後に捲ることで数字を確認しつつ、行動が嘘になったことで心停止。宣言直前まで戻り、確認した数字を伝えるだけ。
必ず心停止する苦しさはあるけれど、簡単で、確実で、インパクトのある方法だった。これによってお父上の関心を引き、次は紙と数字の枚数を増やす。それに伴って心停止の回数も増えていくが、コラテラル・ダメージだ。とっても苦しい。
お父上からの信頼を確保できれば、あとはお馬さんを見に行って荒稼ぎするだけ。この世界では馬ではなく、走竜さんが走ってくれるらしい。賭け事の内容って、世界が違っても変わらないんだね。現代日本になかった賭け事だと、犯罪奴隷を殺し合わせて、どちらが勝つかに賭ける遊びもあるのだとか。コロシアムだね。民衆に大人気らしいよ。野蛮だね。人権をご存知ではない?
さすがに、かわいいかわいいキャリーちゃんがそんな野蛮な連中の中に混ざる訳にはいかないので、走竜さんのかけっこを選択。現地にいかなければキャリーはただの賢い出来損ないなので、お父上に業務調整をしてもらい、開催場所に向かう。
ひと月ほどの時間を経て、キャリーとお父上の姿は都会にあった。ここは国の中心、王都から少し離れたところにある公爵領。オーバー男爵家の寄親の伯爵様の、所属する派閥のトップなのだとか。せっかく男爵様が出向いたというのに、面通しのひとつもないあたり、うちは木っ端貴族なんだろうな。
ここの公爵領の特徴は、大規模な賭け事が許された数少ない場所のひとつであることと、地方貴族の権力拡大を目指しているところ。ついでに小麦の名産地が近いから、パンが美味しいんだって。……なんでお父上、7歳児に土地柄を聞かれて貴族の主義主張を答えるの?旅行先で、“この場所は何が有名ですか?”って聞いて、“○○党の支持率が70パーセントです!”って答えられたような気分だよ。政治の話はしてないの。
遠回しにお父上に伝えて、“でもここの小麦、うちと一緒だしなぁ”と返されることで言い返せなくなる。うぐぐ、でももっと他になにかない?珍しい動物がいるとか、日本に2匹しかいない飼育ラッコが見れるとか。……ないですか。そうですか。じゃあ政治の話でも聞かせてね。
お父上の政治談義を聞きながら歩いて、抱っこしてもらって歩かせて、気分はすっかりお姫様。ねえパパ、キャリーはお腹がすいたの。リンゴパイが食べたいわ。……ボロボロ崩れる?そんなのパパが上手に食べさせてくれればいいだけじゃない!
美味しそうなパイに惹かれて寄り道しつつ、本来の目的である走竜さんのかけっこ会場に到着。レースは一日に数回、道楽貴族や一発逆転を狙った庶民など、たくさんの人がやってきて、賭けるらしい。
今回、お父上が用意できた軍資金は、平均的な農民の収入半年分程度。全てお金に換算されるわけではないから概算だが、お父上のへそくりである。……もちろん嘘だ。あるはずのない金が増えたら困るから、ちゃんとお家の、綺麗なお金よ。失敗したらお父上のヘソクリから補填するからあながち間違ってもいないが。
かけっこする走竜さんは、合計で十匹。貴族向けの少し立派な観覧所でどの子が一番かを当てる。それぞれの名前を紙に書いて、まず半分に。
パパ、こっちの子から一番が出るわ!と宣言して心停止。逆のグループを2:3に分けて、3つを選んで鼓動維持。1:2に分けて、ひとつを選んで心停止。1:1に分けて、もう一度外して心停止。三回死ぬことで、一位になる走竜さんを選べました。これと同じことをもう3回繰り返して、1から4までの順番を確定。三連単ではなく四連単ね。何もわからない子供がなんやかんやいいながら順番を決めている様子に、係のお姉さんは微笑ましげだ。貴族席はすぐ近くに係の方がいるのね。特権階級って感じで素敵だわ。
お父上に有り金突っ込みな!と指示して、そのまま待てばお金が沢山増える。お姉さんはお口をあんぐり開けて驚いていた。これをもう一度繰り返すと、お父上は放心した。一日で稼げちゃったね、ゲームちゃんの売買金。
現金をそのまま持ち帰るには多すぎるので、大きすぎる分は証券として持ち帰る。明日、もう少し稼いでおけば、うちの家計にも多少余裕ができるだろう。
そうして訪れた翌日、俺たちの前には厳しいお顔の紳士がいた。素人目に見ても仕立てが良い服装と、子鹿みたいにプルプルしているお父上を見ればわかる。高位貴族様だね。多分、お父上の上の上くらいのポジ。