シエナにはお引き取りいただき、ミスティに掻いつまんで事情を説明した。
「冒険者の仕事で知り合った少年のお姉さんでね、晩ごはんに誘われてたんだ」
「 “変態プレイ” 」ミスティは冷たい声で言った。「 “専属【自主規制】” 」
「聞き間違いだよ。こんな所でそんな卑猥なことを言う女の子がいるわけないじゃないか」
ミスティが、ふっ、とおかしそうに──あるいは自嘲的に──吐息を洩らした。
「いいのですよ、別に。アラン様が誰とどんな変態プレイに興じようと、退屈
ミスティはとうとうその深紅の瞳に涙をたたえ、声を上げずにしくしく泣き出した。
「……」
──な、なぁルシフ、この子何しに来たんだと思う?
アポなしで急に来たと思ったら、チェスのことを非常に人聞きの悪い言い回しで言って泣き出す女の子の気持ちを述べよ──ハズレ年の現代文の問題かな?
『知らねぇよ。本人に直接聞きゃいいだろーが』
──そりゃそうだが……。
ミスティは顔を覆って泣いている。ポタポタと滴り落ちた雫が、足元に哀れを誘う染みを作っていく。
……聞きづらい。
とりあえず泣きやんでもらわないと。しかし、どうすれば。
──ルシフ、妙案はないか?
『「君に会えない寂しさで自分を見失っていたんだ。もうこんなことはしない。今回限りにする。だからチャンスをくれないか。君なしでは生きていけないんだ。ルシフ様に誓って、もう君を悲しませたりしない。愛してる、ミスティ」とでも言って抱いてやればいーんじゃねーの』
ちくしょうルシフは駄目だ。こいつの言うとおりにしたら問題が解決する代わりに問題が悪化してしまう。恋愛経験に乏しい俺でもそれくらいはわかる。あと、ルシフ様とか死んでも言いたくない。
──その時、俺に電流走る。
先ほど冒険者ギルドで受け取ったあれを渡せばいいのでは?
女の子はこういうの好きなものだし。
そうと気づけば、この場を収めるにはもうそれしかないような気がしてきた。いや間違いない。これこそが最適解! 一縷の望み! 蜘蛛の糸!
よし来た! これで万事解決だ!
俺は、ポケットに無造作に突っ込んでいたそれを取り出した。
「ミスティ、飴ちゃんの代わりと言っては何だが、これを受け取ってほしい」
ミスティは顔を覆う指を開き、
「えっ」
次いで目も見開いた。その視線は、パカッと開かれたお洒落な小箱の中のダイヤの指輪に釘付け。
ダイヤモンドシールドのドロップアイテムだ。鑑定が終わって返してもらったところだったのだ。曰く、給料三箇月分どころか生涯所得三回分くらいの価値があるらしい。ちなみに、小箱は冒険者ギルドのサービスだ。
「そ、そそそそそれは、つつつつ、つみゃり、そういうことですか? そうですよね? ね!? ねっ?!」
「そういうこと?」よくわからないが、「これあげるから泣くなよ的な……」
「はいっ、はいっ、もう泣きませんっ」しかしミスティの涙は止まらない。細い指先でしきりに涙を拭いながら、「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
その台詞、前にも聞いたような──ハッ!!
この娘さん、プロポーズと勘違いしてらっしゃる!?
「ち、ちがっ、そうじゃないんだ!」
「えっ……え?」
ミスティは信じられないものを見るような目をした。こんな、これ以上ないくらい婚約指輪っぽいものを箱パカで渡そうとしてといてそれはないよね? まさかね、そんなクソボケいるわけないよね、と言わんばかりである。
「いやその、ええと……」そこで俺は気づいた。「!?」
ミスティの、小刻みに揺れる瞳の奥に、冷たい雨に濡れて凍える捨て猫のような怯えが潜んでいることに。俺に捨てられるのを恐れているのだ、心の底から──いやそもそも拾ってないんだけど、とにかくそういうことになってるみたいだった。
ここでNOを突きつけるのは、何か、こう、胸が痛む。しかしその気もないのに気を持たせるようなことを言うのは……
『今更だろ、アホか。正義の味方(笑)を自任するなら責任取れば?』
くっ、ルシフのくせにちょくちょく正論言いやがって。どうせチェスの相手を近くに置いときたいだけに決まってる。
ミスティは瞳をうるうるさせて見つめてくる。
「くっ」
何てうるうるした目をしているんだっ……!
その類い稀なる潤いっぷりに、
「………………な、何でもな──」
いです、と屈しかけたところに、
「盛り上がっているところ悪いが、見られているぞ」
白けた顔で静観していた、ミスティの連れ(?)の妙齢の女が、しかつめらしく硬い口調で口を挟んできた。
高めの身長に分厚い大剣を二本も背負っており、しかもポニーテールにした髪は鮮やかなピンク色で、おまけに顔立ちも整っている。あと、推定F75。ありえんくらい目立つ風采だ。そんな彼女は続ける。
「動かずに聞け。北東100メートル地点から視線を感じる。おそらくわたしたちを観察している。人数は二人。一人は一流で、もう一人は超一流だが、どこかぎこちなさがある」
ミスティの顔に緊張が走り、俺も察した。以前彼女を襲った連中の関係者、人数から推測するに斥候だろう。下調べをしているのだ。
ミスティが俺の二の腕に腕を絡ませた。上目遣いににこっとすると、
「小腹が空いてしまいました。どこかでケーキでも食べましょう?」
俺たちは、柄の悪い武装集団の根城つまり冒険者ギルドに向かった。万が一襲撃しようと思ってもここならリスクマネジメントの観点から踏みとどまるだろうという思惑だった。
その判断が奏効したのか、ギルドの建物が見えてきたころには観察者の気配は消えていた。ピンク髪曰く、気づいたことに気づかれた可能性が高いらしい。なる早でエバンス伯爵に報告しておくべきだろう。
で、ミスティがなぜ俺のところに来たかだが、
「アラン様と共にありたかったからです」
当然、ミスティの父親、エバンス伯爵は認めなかった。だが、ミスティも引き下がらなかった。「アラン様との婚姻を認めないなら自死を選びます」などと脅し、譲歩を引きずり出した。何だかんだで末娘に甘いらしいエバンスは疲れ切った顔で、
「アランが爵位を得ること、それが婚姻を許す条件だ」
「わかりました、ではアラン様が可及的速やかに功を上げられるようにお側でサポートします」
「は? 何を言っておるのだ。お主のような箱入り娘に
何ができるというのだ? 城でおとなしくしておれ」
「それは聞けません。では、行ってまいります」
「待て馬鹿者!」エバンスは更に老け込んで、「はぁ、本当にこの子は。わかった。だが少し待て。護衛を手配するからそれまでじっとしていろ」
そうしてエバンスのポケットマネーで雇われたのが、〈ドラゴンスレイヤー〉の異名を取る大剣二刀流のS級冒険者、レオノールである。
「むちゃくちゃするなぁ」とか「それで動きやすそうな格好だったのか」とか「何で俺の知らないところで俺の婚姻の話が勝手に進んでるんだ?」とか思ったが、一番はエバンスへの同情と罪悪感だった。今度いいお酒でも贈ろう。
冒険者ギルドの壁際のテーブル席に俺たちは座っている。
ちらちらと視線を感じる。言うまでもなくレオノールが原因だった。大陸でも七人しかいないS級冒険者を間近で見る機会などそうはない。そりゃあ気になるだろう。
しかし当の本人はどこ吹く風なご様子、仏頂面で腕組みをしている。その隣ではミスティが無駄に優雅な仕草で
俺は尋ねた。
「サポートって言うが、ミスティに何ができるんだ?」
「結界魔法と回復魔法を少々」お見合いで、ご趣味は? と聞かれたかのような答え方である。「あとは、社会科学以外ならひととおり修めております」
「学問はともかく、たしかにそれらの魔法は実戦でも非常に有用ではあるが」しかし経験が皆無なのがな。
「わたし、がんばります!」ミスティはぐっと拳を握ってみせた。
「レオノールはそれでいいのか?」
「わたしはわたしの仕事をするだけだ」
否やはない、と。
……仕方ないか。突き返しても勝手についてきそうだし。
こうして俺たちはパーティーとなった。
なお、ダイヤモンドシールドの指輪は改めてミスティにプレゼントした。VITとAGIとWILを大幅に上昇させる効果があるからだ。しかもサイズが自動調整される優れものでもある。
「ありがとうございます。生涯大切にしますね」
ミスティは愛おしそうに左手薬指の指輪を撫でた。
早速何か依頼を受けてみようと思って例の厚化粧の受付嬢に尋ねた。
「いやいやいや! レオノール様に見合うような依頼なんかそうそうありませんて! まさかゴブリン退治をやらせるわけにもいきませんでしょう? ザドキエールもアランさんが攻略しちゃいましたし」
レオノールはちらと俺を見てから口を開いた。「そういった気遣いは不要だ。この少年たちに合わせてくれて構わない」
「そうですか……?」受付嬢は疑わしそうにしつつも、一枚の羊皮紙を差し出した。「それではこれなんかどうでしょう?」
〈護衛依頼・難易度B〉
ベナール伯爵領ザザンカ町までの商人の護衛
〈報酬〉
白金貨七枚(一日二食付き)
〈承諾条件〉
C級冒険者四人以上、B級冒険者二人以上又はA級以上の冒険者一人以上(ただし五人まで)
受付嬢が淀みなく説明したところによると、最近、ザザンカ町へ向かう途中にあるペヌエの森で商人や冒険者が食い殺される事案が増加しているという。現場に残された足跡がペヌエの森に棲息する既存のモンスターや通常の動物のものでないことから、変異モンスターだと冒険者ギルドは見ている。
「こういうときはいつもそうなんですけど」受付嬢は眉をハの字にして言う。「皆さんあんまり受けたがらなくて」
敵の正体や能力がわからないとリスクが高くなる。討伐難易度や冒険者の等級にかかわらず相性次第で完封されることもあるからだ。だから様子見に徹する。冒険者は冒険しないとはよく言ったものである。
「その点、レオノール様なら安心です。相性が不利な相手でも強引に突破できてしまいますからね!」
遠回しに “お前は脳筋だ” と言われたレオノールは、しかし気分を害したふうもなく、「まぁな」とクールな対応。
「それに」と受付嬢は続ける。「ダイヤモンドシールドのボス個体の弱点を一瞬で見破ったアランさんの慧眼があれば、いい感じに足りないところを補えると思うんですよ!」
遠回しに “お前は馬鹿だ” と言われたレオノールは、しかし眉一つ動かさず、「そうか」とそっけない受け答え。
「どうされますか? 受けてもらえると助かるんですけど……」
そう言って受付嬢はレオノールの顔色を窺い、そのレオノールはミスティの指示を仰ぎ、そのミスティは俺に任せると言い、そして俺が依頼を引き受ける旨を受付嬢に伝えた。
『お前らはアホなのか? トップダウンでやってくつもりなら初めから誰がリーダーかはっきりさせとけよ』
マジでそう思う。