俺の〈神スキル〉がインモラルすぎてつらい   作:虫野律

12 / 13
法の下の不平等、神の下の平等

 アルマス王国の貴族は男性社会であるが、例外もある。

 そのうちの一つが領主が幼い場合だ。そういうときは母親が後見人として政務を代理する。

 ベナール伯爵領を取り仕切るヴァネッサ・ベナールもその一人だ。彼女は二十歳の未亡人にしてチビッ子伯爵の代理人なわけだが、彼女曰く、

 

「人の恋愛を高みから見物することこそ至高」

 

 一見、自分の満たされなさをカップルチャンネルを観て誤魔化すかわいそうな女の上位(下位)互換に思えるかもしれない──そのとおりである。これは本人も認めている。

 

「わたしだって許されるなら現役復帰したいわよ! でも亡き夫に操を立てなきゃ叩かれるんだもの、仕方ないじゃない!」

 

 とのこと。

 アルマス王国の貴婦人は、原則として跡継ぎを生む以外の役目がない代わりにとても窮屈なのである。

 そんなわけでベナール領では政策レベルで恋愛が推奨されていて、カップル割がそこかしこにあったり恋愛小説が多く出版されていたり城でヴァネッサに恋愛相談ができたりする。

 あと、アダルトコンテンツもお盛ん。官能小説とか大人の玩具とか。

 質のいい性玩具が出回るとお一人様で完結されてしまう(おそれ)があり、一見、恋愛推奨というコンセプトと(はなは)だ不整合なようだが──そのとおりである。

 え? 理由? ……察してやってくれ。

 で、何が言いたいかというと、

 

「お姉さん、カッコいい大剣だね。どう? 今から俺と鍛冶屋巡りしない?」

「お姉さん、強そうな大剣だね。どう? 今から俺とダンジョン巡りしない?」

「お姉さん、淫乱そうな髪してるね。どう? 今から俺と美容室巡りしない?」

 

 レオノールがよくナンパされるのだ。ほんの少し大通りを歩いただけですでに三人だ。顔と体がいいからそれ自体は不自然ではないが、誘い文句はもうちょっとどうにかならなかったのか?

 警戒心を解くためのユーモアか、あるいはドア・イン・ザ・フェイス──大きな要求(一日がかりのデートなど)をして一度断らせ、罪悪感を覚えさせてからの本命の小さな要求(食事の約束など)を通すテクニック──だろうか。ビジネスマンみたいだな。

 だからというわけじゃないだろうが、レオノールはそのすべてを冷然と断っていた。

 懐中時計を見れば、午前の九時半を回ろうとしているところ。

 俺たちはザザンカの冒険者ギルドに向かっていた。

 依頼達成とアイスウルフの報告は三日前に済ませている。この二日間は休養に当てていたのだ。

 レオノールの美貌に、ふと物憂げな影が差した。気疲れしたのだろう。

 ちなみに、誰が見ても婚約指輪にしか見えない指輪をして俺に寄り添っているミスティは無事スルーされている。

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドを訪れると、この前報告に来た時にはなかった依頼が掲示板に張り出されていた。

 

〈討伐依頼・難易度A〉

 バロン辺境伯領近郊の未開拓地のモンスターの討伐

〈報酬〉

 討伐対象に応じた完全歩合制(交通費及び経費は別途支給)

〈承諾条件〉

 S級若しくはA級冒険者一人以上又はB級冒険者二人以上

 

 バロン辺境伯領はアルマス王国の北端に位置していて、北側の未開拓地のモンスターから国を守る防波堤でもある。聞けば、一箇月ほど前から、襲来してくるモンスターが増えてきて困っているという。その対応のための助っ人を募っているということだ。したがって、モンスターの数が戻るまでの常設依頼となる。

 眼鏡をしたお堅そうな雰囲気の受付嬢が言う。

 

「ドラゴンを何十頭とソロ討伐してきた真の強者であるレオノール様にこそ受けていただきたい依頼でございます。いかがでしょう、お受けいただけませんか?」

 

 レオノールが俺を見る。リーダーのお前が決めろ、というような目だ。

 わかった、この依頼を受ける。

 そう口にしようとしたところで、

 

 ──バンッ!

 

 勢いよくウェスタンドアを開ける音が響いた。

 振り返ると、胸──推定C70──の谷間を強調したドレスの若い女がギルドに入ってくるところだった。その後ろには庶民らしきオーバーチュニックの女と騎士らしき男が見える。

 ざわざわしていたギルドが、しんと静まり返った。

 ドレス姿の女はウェーブしたレモンイエローヘアーを(なび)かせ、眼鏡の受付嬢のほう、つまり俺たちのほうへと大股で迫る。

 

「ヴァネッサ様……?」

 

 受付嬢が怪訝そうに呟くのが聞こえた。「本日はどういったご用件でしょうか?」

 

「領主命令よ! ガブリアルに救助隊を派遣しなさい!」

 

 ガブリアル──その特殊なギミックゆえに、極めて高い戦闘力が必要とされる高難易度ダンジョンである。

 

「救助隊?」おうむ返しに答えた受付嬢は、ハッとして、「まさか伯爵様が誤って入ってしまわれたのですか?!」

 

 なるほど、自分の息子で領の未来を担う存在の危機とあれば血相を変えるのもうなずける──しかし、それならなぜ騎士団を動かさない?

 

「そんなわけないじゃない。どうしてあの子をダンジョンの近くまで連れ出さなきゃいけないの? ありえないわ」ヴァネッサは、お前は何を言ってるんだ? と言わんばかりの口調で否定すると、「彼女よ」と後ろでおろおろしているオーバーチュニックの女を示した。

 

「セリアさんがどうかしたのですか?」受付嬢は尋ねたが、しかし返答を待たずに、「もしかして救助というのはオーバンさんのことですか?」

 

「そうよ、決まってるでしょ。オーバンがダンジョンから戻ってないらしいじゃない。助けてあげなさい」

 

 なるほど。事情が飲み込めてきた。おそらくこういうことだろう。

 セリアとオーバンは恋人又は夫婦であり、オーバンは、受付嬢が堅気らしきセリアの名前を知っていたことから、ここザザンカを拠点にしている冒険者だろう。

 ダンジョンから帰らないことは冒険者の死を意味する。しかしセリアはオーバンの死を認められず、何とか助けたいと思っていた。

 とはいえ、ダンジョンへの救助依頼を冒険者ギルドに出したところで受注してくれる冒険者は皆無だろう。誰だって徒労に終わる可能性が高いのに命を懸けて高難易度ダンジョンに潜りたくなんかない。冒険者には自己責任という考え方が深く根付いているのも向かい風だろう。そもそも論、ガブリアルに対応できる水準の冒険者はかなり少ない。

 そんなことはセリアも重々承知していたはずだ。だからこそ冒険者ギルドに依頼していなかった。受付嬢が推測でしか語っていないことからもそれはわかる。

 悩んだセリアは、城の恋愛相談でヴァネッサに相談した。

 権力を持ったリアルカプ厨とかいう厄介極まりない存在であるところのヴァネッサは、セリアが未亡人になるのを阻止したいと思ったはずだ。もしかしたら、自身の境遇と重ねて同情したというのもあるかもしれない。

 ヴァネッサはまず騎士団を動かそうとした。わざわざ冒険者ギルドまで来ずとも、戦える手駒が近くにあるのだからそれを使おうとするのが道理だ。

 しかし、騎士団だって無駄にリスクを負いたくはない。通常業務だってある。そこで、口八丁手八丁でヴァネッサが冒険者ギルドに向かうように誘導した。「パンはパン屋、ダンジョンのことはその専門家である冒険者に頼むのがいい」などと言ったんだろう。

 ダンジョンから得られるアイテムは、この国の法令上、本来は土地の支配権者である領主に帰する。一個人がそのアイテムを得ようと思ったら採取・狩猟権を認めてもらわなければならないが、そのためには領主に金銭を支払う必要がある。

 冒険者ギルドは、その支払いを包括的に行うことで定額かつ低額にしてもらおうという趣旨で発足した。いわば、“ダンジョンのサブスク組織” である。領主側にも手続きの一本化や管理コストの削減、ダンジョンの天然果実の供給促進というメリットがあるわけだが、両者は対等な関係ではなく、サブスク料の最終的な決定権を持つ領主には逆らいがたい。

 だから、ヴァネッサを動かせた時点でオーバン救出のための第一段階は達成したと言ってよい。もっとも、矢も盾もたまらずヴァネッサに相談しただけでそこまで計算ずくだったとは限らないが。

 

「……支部長を呼んでまいりますので、お少々お待ちください」

 

 受付嬢は硬い声色でそう言って席を立った。

 程なくして前髪が激しく後退した男性が出てきた。後ろには受付嬢が追従している。この男が支部長なのだろう。張りつけた愛想笑いに脂汗が浮かんでいる。

 

「ヴァネッサ様、本日はようこそおいでくださいました」

 

「社交辞令は要らないわ。早く冒険者を見繕いなさい」

 

「かしこまりました。ただ、ガブリアルへの救助依頼となりますと適任者が──」

 

「そこを何とかするのがあなたの仕事でしょ」

 

 支部長は秀ですぎた額の汗をハンカチで拭った。

 

「ええ、もちろん尽力はいたしますが、何分相手方の意に反して強制はできませんので、少々お時間を要すると言いますか、むしろ騎士団のほうが適任と言いますか──」

 

 ヴァネッサはカッとまなじりを決し、受付カウンターの天板を両の手のひらで叩いた。バンッ、と強く鳴り、固唾を飲んで見守っていた冒険者たちがうち揃ってビクッとした。

 

「何をぐだぐだ言ってるの!? 人命が懸かってるのよ?! 早くなさい!!」

 

「わたしどももそうしたいのは山々なのですが、しかしですね──」

 

「俺たちがやろうか?」

 

 割って入るように言うと、支部長とヴァネッサが仲良く顔を向けてきた。

 

「見ない顔ね」値踏みする視線を寄越しながらヴァネッサが言う。「流れの冒険者? あなた、等級は?」

 

「俺はFだが──」

 

「最低ランクじゃない! あなた、死にたいの?! ガブリアルはあなたみたいな駆け出しが挑んでいいダンジョンじゃないの、身の程を弁えなさい」

 

「ヴァネッサ様、こちらのパーティーには──」受付嬢がたまらずといった様子で口を出す。

 

「何よ」

 

 と苛立ちまじりに問い返したヴァネッサの顔が、

 

「S級のレオノール様がいらっしゃいます」

 

 フリーズした。

 

「……えすきゅう? あなた今、S級って言った?」

 

「はい、大陸に七人しかいないS級冒険者、〈ドラゴンスレイヤー〉のレオノール様でござまいます」

 

 ヴァネッサはレオノールを見て、「たしかに、この淫乱そうなピンク髪と厨二感あふれるロマン装備は風の便りのとおり……」などと独りごち、そして再び俺を見た。

 

「あなたねぇ、リーダーみたいな顔してないで、荷物持ちなら荷物持ちって最初から言いなさいよ!」

 

「いや俺がパーティーリーダーだが」

 

「はぁ? あなたみたいな雑魚がリーダーなわけないじゃない。時間ないんだから戯れ言はやめなさい」

 

 ──無礼(なめ)るなよ、小娘。

 

 やにわに、底冷えするような威圧的な声が響いた。レオノールだ。彼女は、14,000はあるというMPの、その一端を解放して魔力的にも圧を掛けながら言った。

 

「わたしたちのリーダーは強い。万全な状態のわたしでも苦戦は必至だろう。お前ごときに雑魚呼ばわりされる筋合いはない」

 

「ほ、本当なの……?」ヴァネッサは喘ぐようにして支部長に尋ねた。

 

「戦闘力というのは絶対的、定量的に測れるものではありませんが、事実としてこのアランさんはお一人でダイヤモンドシールドのボス個体を瞬殺しております。木っ端微塵ですよ。魔道具職人が『どんだけ粉々にすんのよ。加工ダルすぎだって。冒険者の人っていつもそうよね。わたしたちのこと何だと思ってるんだか』と嘆いていたほどです」

 

 レオノールは、身に覚えがあるのか、すん、と魔力を引っ込めて気まずそうに目を逸らした。

 ヴァネッサのみならず周囲の冒険者たちも胸を撫で下ろすように息をついた。

 ヴァネッサは俺に向き直って言う。

 

「そういうことならあなたたちにお願いするわ。今すぐ向かってちょうだい」

 

 セリアや受付嬢から事の次第とオーバンの特徴を詳しく聞くと、ギルドを()った。

 と、今まで口をつぐんでいたミスティがこう洩らした。

 

「わたし、セリアという方のこと苦手です」

 

「自己中心的に見えるからか?」

 

 あるいは、セリアへのそれは同族嫌悪なのかもしれない。

 

「はい」ミスティは静かに首肯した。眉間に浅いしわが寄っている。「アラン様もお気づきでしょうけど、同情心に訴えてヴァネッサさんを操作して、ほかの人の危険を顧みずに自分の要求を通そうとするというのは、あまり美しくないとわたしは思います」

 

 レオノールも口を開いた。「乗り気ではないのか?」

 

「いえ、そういうわけではありません。愛する人を失いたくないというセリアさんの切実な気持ちもわかりますし、オーバンさんを助けたいという思いも確かにあります。ただ……」

 

 そこでミスティは言葉を詰まらせた。自分の裡に渦巻く黒い感情を吐露するのを恐れたのかもしれない。彼女の躊躇いの中に、そういう、自己嫌悪にも似た響きがあった。

 懐かしいな、と思う。ミスティはどんな答えに辿り着くのだろうか、と想像しつつ俺は言った。

 

「もしすべてが意図的だったとしたら、たしかにいけ好かないね。それはわかる。犯罪にもならないし、証拠がなくて非難もされにくいから余計にそう思うんだろう」

 

 ミスティは曖昧に顎を引いた。

 

「だが」と俺は続ける。「たとえそうだったとしても俺はセリアの依頼を受けていた。罪には罰が必要だとは思うが、悪人や罪人だからって救わなくていいって道理はない──俺はそう信じてるし、その “正義” を曲げるつもりもない」

 

 ミスティは少し困ったように微笑んだ。「何となく、そんなふうに考えているんだろうなとは思ってました。アラン様は美しすぎるから」

 

『本当にそうか?』

 

 唐突にルシフの言葉が目の前に現れた。

 

『スキルはその人間の本質を表象するってのは事実なんだぜ? てめぇがインモラルだ何だと謗るオレがスキルとして現れたということが何を意味するか考えてねぇわけじゃねぇだろ?』

 

 ──なぜルシフなのか、なんてのは俺が一番理解してるよ。

 

『はっ、そりゃあ素晴らしいな! ぜひご教授願いたいね! その理由ってやつをな!』

 

 ──気が向いたらな。

 

 というやり取りの裏、というか表ではミスティにこう続けていた。

 

「ま、自分の正義に人を巻き込むつもりもないから、本当に嫌だったら遠慮なく言ってくれ」

 

「いいえ、それはありえません。わたしはアラン様にすべてを捧げるとルシフ様に誓いました。なので、遠慮なく巻き込んでくださって大丈夫ですよ──」

 

 モヤモヤしたら何か言うことはあるかもしれませんけどね。おどけるようにそう付け加えてミスティは、悪戯っぽく笑った。

 その隣でレオノールの唇が、何かを口にしかけていた──が、結局、彼女は口を閉ざした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。