ダンジョンとは何であるかについていい加減ご説明せねばなるまい。
端的に言うと、自然発生する “異界” である。
発生原因は不明。世界に遍在する魔素が関係しているという学説が最有力だが、論拠に乏しく定説には至っていない。主な反対説には、ダンジョン自体が
その異界の形は、遺跡だったり洞窟だったり森だったりと様々だ。異界の中にはモンスターや宝箱、罠が自然発生する。原理は不明。なお、発生直後のモンスターには無敵時間が与えられており、出てきたところを叩くことはできない。
そして、ダンジョンには外の世界とは別のルールが適用される。
ボス個体や安置部屋についてはすでに記述したとおりだが、ほかには、通常個体のモンスターがアイテムをドロップしたり、何をしても破壊できない壁があったり、破壊できたらできたで自動修復したり、ダンジョン内に放棄された物(生物の死体も含む)が一定時間の経過でダンジョンに吸収されたり、ソロかパーティーかの判定がパーティー契約ではなく実際の団体行動の有無に基づいていたり、といった具合だ。
さて、ガブリアルのことに話を移そう。
ザザンカから北に徒歩で一時間ほど行った所にマッターグロッグという鋭角な山があるのだが、それに空いた洞窟が洞窟型ダンジョンのガブリアルだ。主人公っぽい種族値、もといステータスのドラゴンとは何の関係もない。なお、ボスは討伐済みだが、顕在筋力を倍増させる舞いを踊ったり土属性を帯びたブレスをぶっぱなしてきたりする、ざらざらした肌のドラゴンだったらしい。もちろん、例のドラゴンじめんタイプとは一切関係ない。
ガブリアルの特徴は二つ。
第一に、完全なる一本道で、かつ直線だということ。山の南側から入って北側から出るのだ。部屋の形は直方体で統一されていて、ザドキエールのボス部屋同様体育館ほどの広さだ。
そして第二に、部屋ごとにランダムで一種類のモンスターが大量に湧き、それをすべて倒すまで次に進めないこと。
例えば、一番目の部屋に入ったら入り口のドアが自動で施錠され、モンスターがわらわら湧いてくる。そのモンスターを殲滅すると、二番目の部屋へと続くドアが解錠される。二番目の部屋に入ったらその入り口が施錠され、と同時に一番目の部屋の入り口が解錠され、次の冒険者が入れるようになる(先行した冒険者が全滅した場合も同様)。二番目の部屋にもモンスターがわらわらで、殲滅すると三番目の部屋に行けるようになる。これをゴールまで延々と繰り返すのだ。当然、転移魔法や転移スキルは無効で、抜け道もない。また、殲滅後十分以内に次の部屋へ行かないと再びモンスターが湧き、それを倒し切らなければ次の部屋には行けない。休むことはほとんどできない。
つまり、一度入ったらひたすらにモンスターを殺し、前へ前へと進んでいかなければならない。
さらに、安置部屋が一つしかないこともその難易度を上げている。
なお、安置部屋だけはルールが少し異なり、その次の部屋からは、そこのモンスターを倒しても倒さなくても安置部屋に戻れる。つまり、施解錠に関しては安置部屋とその次のモンスター部屋で一つの部屋であるかのような扱いなのだ。ただし、安置部屋のドアを開けっぱなしにしておき、安置部屋の中から遠距離攻撃を放ってダメージを与えることはできない。
また、前の部屋の冒険者は安置部屋に人がいてもそこのモンスターを殲滅しさえすれば安置部屋に入れる。ただし、安置部屋から逆走することはできない。つまり、安置部屋に進む場合に限り、“前の部屋に冒険者がいないこと” という解錠条件がなくなるということだ。
総評──昭和のサラリーマンみたいな無尽蔵の体力と不屈の精神力を要求される令和世代お断りのモーレツタダンジョンである。
その最初の部屋。
「よっこら、しょっと」
心はおじさんであるところの俺は、そう呟いて〈さけのけん〉でミノタウロスの右足を、そして間髪容れずに左足を斬り飛ばした。支えを失った巨体が地面に転がり、
「ンモーーーッッ!!」
牛っぽい咆哮を上げたところで、首を斬り落とした。
これが最後のミノタウロスだった。すぐさま〈さけのけん〉を返却、お定まりのシステムメッセージが流れた。
出現するモンスターの種類は討伐難易度Aランクを上限にランダムで決定される。だから弱いのが出てくることもあるんだが、初っぱなからそこそこ強いのが来てしまった。先が思いやられる。
ただまぁ、こういうフィールドはレオノールの最も得意とするところだろう。大剣二刀流の本領発揮とばかりにブンブン振り回して俺の倍以上を虐殺していた。さながら鮮血ハリケーンとでも形容すべき凄惨な光景で、スプラッターそのものであった。
隅っこで結界に引きこもっていたミスティが小走りに寄ってきた。
「お疲れ様です」
と俺の額に付着した返り血をハンカチで甲斐甲斐しく拭き取る。
「貴族とは皆こういうものなのか?」レオノールが不思議そうに首をひねる。「イメージとだいぶん違うのだが」
「人によるかな」俺は答えになってない答えを答え、「それより早く次に行こう」
ドアを開ける。
オーバンが生存している場合、考えられるパターンは二つ。
一つは、安置部屋で休息又は動けなくなっているパターン。
一つは、モンスター部屋で今も戦っているパターン。
オーバンはA級上位の魔法剣士らしいから、いまだ生存している可能性もなくはない。したがって、絞れない。
一方、死亡している場合は、安置部屋に遺体があるパターンでなければ発見できない。
昔、ガブリアルが発見されてすぐのころ、その法則を調べようとした人がいて、こういう実験をした。
まず魔法もスキルも使えない罪人の手足を切り落とし、生きたまま達磨状態にする。
そしてダンジョンの外から一番目の部屋に放り込み、外からドアを閉める。すると当然施錠されるわけだが、解錠されるとすぐにドアを開けて中を確めた。
室内は静まり返り、罪人は跡形もなく消えていた。衣服も血痕もない。
衣服ごとモンスターに喰われたのだろうか?
可能性はある。しかし、何の遺留品もないというのはいささか不整合だろう。
では、ダンジョンに吸収されたのだろうか?
しかしそれにしては早すぎる。通常、物体が吸収されるには一日以上掛かるものだ。
どういうことだろう?
その知的好奇心を満たすために実験を繰り返した──証拠はないが、罪人を調達できないときには自分の娘を使ったと言われている。
結果は何度やっても同じだった。
そして、結論した。モンスター部屋では冒険者が全員死亡するとモンスターと併せて死体と持ち物がすべてダンジョンに吸収される、と。
他方、モンスター部屋でパーティーメンバーの一部が死亡したが全滅は免れたという場合はどうなるかというと、倒したモンスターの死体と一緒にその遺体と持ち物が消滅する。ただし、存命のメンバーが遺体などを回収し、占有しているときは除く。
これもくだんの人物の実験により判明した。罪人を連れてダンジョンへ入り、その場で罪人を殺害して観察したのだ。
また、占有して消滅を免れさせた遺体をその場に残して次の部屋へ行った場合はただちに吸収される。ふた手に分かれて検証したのだ。つまり、先行して入ったグループがわざと遺体を残して次の部屋へ行き、後から入ったグループが部屋を確認する、という実験だ。
セリア曰く、S級を目指していたオーバンは武者修行のためにソロで潜っていたという。
したがって、その遺体がモンスター部屋に残っている可能性はない。
そして、その論理的推論は当たっていた。
安置部屋のドアは握り玉のノブをひねるタイプだったのだが、それを開けると人が仰向けに倒れているのが見えた。大学の大講義室ほどの広さの安置部屋の中央だ。遠目にも血痕が海を作っているのがわかる。
駆け寄ると、胸から腹に掛けての胴体がなくなっていることが確認できた。それ以外に目立った外傷はないが、当然、息絶えている。切断面の激しい乱れ方をみるに、剣などで切断されたわけではなさそうだった。
「ドラゴンに食いちぎられたような傷口だな」
レオノールが言う。俺の所見も同じだった。
「この方は……」ミスティが沈痛そうに言い淀む。
「おそらくオーバンだろう」俺は答えた。
青い短髪にはっきりとした眉の誠実そうな顔立ちはセリアから聞いたとおりだし、彼が右手に握り締めている、鍔の中央に水の魔石が埋め込まれた魔法剣や近くに落ちている麻袋、革ジャンっぽいトップスに黒いボトムスもそうだ。
そして、左手薬指には結婚指輪らしきシンプルなプラチナリングがあった。それを外して裏側を確認すると、
『4298.5.9 A ♡ C』
と刻まれていた。彼らの結婚記念日とイニシャルだ。
「確定か……」レオノールが小さく言う。
「次の部屋を見てみよう」
と言って俺は、奥のほうへ足先を向けた。ミスティとレオノールがついてくる。
ドアを開けると、弱々しい照明が疎らにあるだけのただっ広い空間に静寂が満ちていた。生物の姿は確認できず、変わったところもない。ドアを閉める。
「おかしいですね」ミスティが疑問を呈した。「この状況はあまりにも不可解です」
何で安置部屋でこんな死に方してるんだ? ってことだ。
安置部屋にモンスターは出ないし、入ってもこられない。他の冒険者の関与も考えにくい。
となれば、オーバンは胴体を消失させるようなグロテスクなやり方で自殺したことになるが、典型的な水属性の魔法剣士の彼にその手段があったとは思えないし、自殺する動機も、わざわざこんな苦しそうな死に方を選ぶ理由もないはずだった。
今一度遺体を観察してみても、シチュエーション以外の不可解な点はないように思える。何の違和感も感じない。
レオノールが次の部屋へと続くドアを睨むように見やりつつ言う。
「次の部屋のモンスターがオーバンを食い殺し、この部屋に死体を投げ捨てたのではないか」
安置部屋とその次のモンスター部屋の間のドアは施錠されないという仕様に着目したのだろうが、
「それなら遺体の周り以外に血痕がないのが不整合だ」
遺体の周りには血の飛び散った痕があるが、ドアの辺りには見受けられない。これほどの傷ならば、開け放たれたドアの外から放り込んだらその軌道に合わせた血痕ができるはずだ。次の部屋を見に移動した際、想定される軌道をなぞるように確認していたのだが、血痕はなかった。
それに、モンスター部屋で冒険者が全滅したらモンスターは消える。そのわずかな時間で、さながら早業殺人のように投げ入れなければならない理由がモンスターにあるとは思えない。
「こういうのはどうでしょうか」今度はミスティだ。「オーバンさんが持ち込んだ特殊な罠が安置部屋で誤発動してしまい、運悪く死亡してしまった。そして、罠だけが先にダンジョンに吸収されたのです」
「それだと罠が残っていないのがおかしい。その仮説では、罠の誤発動とオーバンの死亡つまり物体化がほとんど同時だったはずだ。そうすると、遺体だけが残っていて罠がないというのは時間的な辻褄が合わない」
「やっぱりそうですよね」ミスティに落胆した様子はない。念のため口にしただけだったのだろう。
「……ほかにも冒険者がいたのか?」俺は半ば自問──論理のセルフチェックのつもりで言った。
「その冒険者が殺したというのか?」
レオノールの問いには、ミスティが先んじて答えた。
「それはないのではないでしょうか。ソロと思われている冒険者の遺体を、人も疎らな高難度ダンジョンの安置部屋に置いておくというのは自殺偽装として効果的なように思えるかもしれませんが、そもそも、モンスター部屋に遺体と遺留品を捨ててしまえば完全な証拠隠滅ができるのですから安置部屋に残しておくメリットはないはずです」
「そうなんだよなぁ」俺は答えた。「 “冒険者他殺説” はその点が致命的に不整合なんだ」
「オーバンさんに友好的な冒険者が、次の部屋で死亡した遺体をここまで移動させたというのも不自然ですしね」
冒険者は自己責任。パーティーメンバーでもない遺体を消滅から守る理由はない。捨て置くのが常識なのだ。
仮にそんな奇特な人がいたとして、それでもこの “遺体保存説” は成立しない。遺体の即時消滅を避けるのが目的ならば、わざわざ広い安置部屋の中央まで運ぶ必要はないからだ。安置部屋の中であればどこでも同じなのだからドアの横にでも置いておけばいい。コスパ的にもタイパ的にも、それが最も合理的だ。
「ううむ」レオノールが腕組みをして唸った。「わからんな。いったい何があったのか……」
手掛かりらしい手掛かりがないのが問題だった。
●ナン君でもノーヒントでの推理は難しいだろう。というか、根拠なしなら推理ではなく憶測、カテゴリーエラーである。
“妙だなポイント” があればいいんだが、何の違和感もないんだよなぁ……
「!?」
おいおいおい! 馬鹿か俺は?! 違和感あるじゃん! 明らかに奇妙なとこあるじゃん!
「どうされました?」ミスティが尋ねてくる。「何か気がついたのですか?」
「ああ、“違和感がないことが最大の違和感である” ということに気づいたんだ」
「???」レオノールは混乱した。「まるで意味がわからないんだが」
「靴紐だよ」
「!?」
「ミスティは気づいたようだな。
そう、“なぜオーバンの靴紐は両方とも地味な色なんだ?” ということだ。
商人のサイモンは、『ザザンカで靴紐を染めるのが流行ってましてね。片方だけ赤とか青とか派手な色にするのがいいらしいんです。誰も彼もみんなアシンメトリーな靴を履いてますよ。例外は足のない人くらいでしょう』と言っていた。
オーバンはザザンカの人間だ。その流行に乗った違和感マシマシな紐靴を履いてなければおかしいんだ。
だが、現実はそうなっていない。遺体の靴紐の色は左右で同じで、何の違和感もない──これは、遺体がオーバンのものとすれば矛盾ということになる。
しかし、顔立ちや指輪からオーバンであることは間違いない──ただし、それは上半身限定の話。
つまり、下半身だけはザザンカ以外からやって来た別人のものだったんだ」
「たしかに筋は通っているが──」レオノールは困惑げに言う。「だから何だというのだ? 仮にそうだったとしても、不可解な死体が二つに増えただけで謎の答えにはなってないだろう」
「それがそうでもないんだ。
なぜなら、ドラゴンに食いちぎられたかのような致命傷を作り出す手段とその動機が想定できるからだ。
ハウダニットの不可能性はオーバンが “典型的な水属性の魔法剣士” だったからこそのもの。
だから、もう一人の被害者がどんな職業すなわち戦闘スタイルの冒険者だったらそれが可能かを考えればいい」
「……召喚師か」レオノールが小さく言う。
「ご名答。
状況からいって自殺とは思えないから、召喚したモンスターのテイムに失敗したものと見るべきだろう。つまり、自殺でも他殺でもなく事故死だったんだ。
そして、なぜ身の丈に合わないモンスターをテイムしようとしたかだが、次の部屋で出てきたモンスターを倒せそうになかったからだろう。きっと相性が悪かったんだ。追い詰められたオーバンと召喚師は、一か八か、高位モンスターのテイムを試み、しかし反撃に遭い、あえなく食い殺されてしまった」
事の真相はこんなところだろう。
俺が推理を締め括ると、陶然として頬を赤らめたミスティが、
「流石はアラン様で──」
しかしその言葉はレオノールの訝しげな声に遮られた。
「いや、その理屈はおかしい」
自身の見せ場(?)を潰されたミスティは、気持ちムッとしたような表情で尋ねる。「どうしてですか? アラン様の推理に誤謬はないと思いますけれど?」
「わたしにもこのガブリアルでレベル上げをしていた時期があったんだ。当然、何周もしたから出現モンスターの種類はすべて記憶している」
その言葉を聞いた瞬間、心臓に氷柱を突き刺されたかのような薄ら寒い
「ガブリアルには、A級上位の実力者で水魔法が使える魔法剣士のオーバンに対処できないモンスターなんか出てこない。テイム失敗のリスクを押してまで高位モンスターを召喚する必要などなかったはずなんだ」
ミスティが躊躇いがちに反駁する。「……特殊な条件を満たすことで出現するモンスターだったのではないでしょうか。ごく低確率で出現するレアモンスターという線も考えられます」
「その可能性もないとは断言できないが」レオノールは言う。「蓋然性に至らない単なる可能性レベルで語り出したらキリがないぞ? それでいいなら、突然、精神に異常を来たして自殺を図ってしまったという荒唐無稽な仮説さえ、明確な反証がない以上、論に組み込まなければならなくなる。流石にそれは現実的ではないだろう?」
「それはそのとおりですが」ミスティは悩ましげに眉をひそめている。「ホワイダニットに多少不可解な点があったとしても、“テイム失敗説” 以外に状況を説明できる仮説がないのも紛れもない事実です。やはり、アラン様の推理は正鵠を射ていると考えるべきでしょう」
「……」「……」
女二人は一瞬黙して見つめ合うと、助けを求めるように揃って俺に顔を向けた。その眼差しは、どういうこと? 何が起きている? と問いかけていた。
『たしかに妙だな……』
いやお前もかい!?