俺の〈神スキル〉がインモラルすぎてつらい   作:虫野律

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ほんまこいつさぁ

 ガブリアルを走破した時にはすっかり夜になっていたから、この日は野宿することにした。

 夜が明けると、冒険者ギルドへと向かった。帰り着いたのは午前九時過ぎだった。

 ウェスタンドアを開けると、

 

「あっ!」

 

 窓際のテーブル席で待ち構えていたらしきヴァネッサが声を上げた。「遅かったじゃない」喜色を浮かべている。

 

 しかし、追従して入ってきたレオノールが担ぐ大きな麻袋を目にすると、表情が強張った。ヴァネッサの差し向かいに座っていたオーバンの妻、セリアも同様で、瞳が小刻みに揺れ動き、潤んでいく。

 

「お疲れ様です」支部長が直々に対応してくれるようだ。「そちらは」と麻袋の中身を問われる。

 

「見知らぬ召喚師とオーバンの遺体だ」

 

 泣き崩れる声がギルドを湿らせた。

 

『いい感じの泣き顔じゃん。やっぱ女が悲しむ姿は一番だな! よくやったぞ、アラン!』

 

 などと言うルシフ・サディスティックのことは措いといて事情を説明した。

 

「少女とゴブリンのキメラに世界改変能力ですか……」支部長はにわかには信じられないといった様子で広すぎる額を撫で上げたが、「わかりました。情報、感謝いたします」ひとまずは持ち帰ることにしたようだった。

 

 オーバンの遺体と遺品を引き渡すと、お仕事完了である。

 ギルドを出て宿に足先を向けたところで、呼び止められた。ヴァネッサだ。今日も谷間強調ドレスで(めか)し込んでいる。彼女はちょっと言いにくそうに、

 

「悪かったわね」

 

「依頼を強要したことか?」俺は尋ねた。「それなら気にしなくいい。やりたくてやったことだから」

 

「違うわよ馬鹿! 雑魚って言って悪かったって言ってるの!」

 

 素直になれない小学生みたいだな。二十歳で未亡人で一児の母なのになぁ。そう思った俺は優しい気持ちで答えた。

 

「心配してくれたんだろ? ありがとな」

 

「ふ、ふんっ」ヴァネッサは高飛車そうな鼻先をプイとした。腕組みをして “むにゅむにゅ” を寄せ上げつつ、「わかってるならいいわ!」

 

「アラン様」と静かな声。ミスティだ。見れば、アルカイックスマイル。お、どうしたどうした。「そろそろ行きませんか?」

 

「あ、ああ」

 

「待ちなさいよ! まだ話は終わってないわ!」

 

 ちっ。ミスティが舌を打った。

 何をそんなにぷりぷりしてるんだか。

 ヴァネッサは構わず続けた。

 

「ガブリアルではいろいろ大変だったみたいじゃない。しばらくわたしのお城で休んでいきなさい。……その、あなたの個人的な話も聞きたいし」

 

 ちっ。

 ミスティが舌打ち(大)? 君、お淑やか令嬢キャラじゃなかったの? いや、そうでもないか。チェスの魔王だしな。

 しかしどうしようかね。俺としてはどっちでもいいが……。

 

『オレに名案がある!』

 

 ──聞くだけ聞こう。

 

『ミスティとレオノールだけ城にやって、てめぇは城下町の宿に泊まるんだ! メスどもはモヤモヤギスギスする! てめぇは自動洗浄機能付き無料生【自主規制】がいない寂しい夜を過ごす! ──な? 完璧だろ?』

 

 ほんまこいつ……。

 と呆れ果てたが、よくよく考えたら悪い案ではないような気がしてきた。ヴァネッサと同格の家の者であるミスティを泊まらせれば最低限はヴァネッサの顔を立てることができるだろうし、俺が城にいなければミスティが悋気(りんき)を起こすこともないだろう。城ならばセキュリティーもばっちり。レオノールをインして鬼に金棒。なかなかどうして、考えれば考えるほど名案じゃあないか。

 

『おう、崇め奉ってくれてもいいんだぜ?』

 

 いやそれはない。

 

 

 

 

 

 

 ミスティたちを城へ送り出し、俺はというと宿でシングルルームを取り、ベッドに腰を下ろして一息ついた。

 すると、

 

『──情報共有といこうか』メッセージがポップした。

 

 ダンジョンのことについて町に戻ってからゆっくり話す約束だった。

 とはいえ俺は、秘密主義なルシフのことだ、あまり期待せずに尋ねた。

 

 ──ガブリアルでは何が起きていたんだ? ルシフにも想定外だったんだろ?

 

『確証はねぇが、たぶんほかの神の干渉があった』

 

 おっと、と意外に思う。普通に教えてくれるんだな。

 

『これくらいはな。神相手に何の情報もなしじゃ流石にアンフェアだろ?』

 

 それはそう。ほんまそう。ゴブリン少女に勝てたのも運が良かっただけだし。彼女のメンタルが安定していたら今ここにはいられなかっただろう。

 というか、

 

 ──今後もあんなのと戦う羽目になるのか?

 

『オレの読みが正しければな』

 

 しんどっ。

 はぁ。ひとまず一つずつ情報を整理していこう。

 

 ──前提として、神は世界に一人ってことでいいのか? それとも数人で一つの世界を管理しているのか?

 

『一つの世界に一人の神だな』

 

 この世界にはまったく関係のない神が干渉してきたということか。

 

 ──ほかの神の世界に干渉するのは禁止されていないのか?

 

『禁止されてるし、罰則もある。ただし、オレらの上にいる上位存在が定めたルールじゃなく、オレらの自主規制だ。協定の類いだな』

 

 自分のものを勝手にいじられたくないというのは神も同じなのだろう。

 

 ──その干渉してきた神の目的は何だ?

 

『推測はできてるが、黙秘する』

 

 肩透かしを食った気分だった。教えるとは何だったのか。

 

『それ教えちまったら、だいぶアンフェアになっからな。てか、そもそも世界の仕様上、教えらんねぇんだわ』

 

 ほーん?

 気にはなるが、こうなったら梃子(てこ)でも口を割らないだろう。質問の矛先を変える。

 

 ──その神は特定できているのか?

 

『それがよー、さっぱりなんだわ』

 

 何だそれ。

 

『こうやってオレが世界に干渉してる時に犯行に及んでくれてたらわかったんだが、離れてる間にやられてたんだよ。痕跡も残ってねぇし』

 

 ──まったく目星がついてないのか?

 

『そうとも言えるし、そうでないとも言える』

 

 ──神だからって禅問答はしなくていいんだぞ?

 

『真実を告げただけだっつーの。

 一度しか説明しねぇからよく聞け。

 本来なら神は自分の管理する世界以外には干渉できねぇ。てめぇら人間にわかりやすく言うと、下位世界に通じる窓を開くにはその下位世界に対応した鍵が要るんだ。その鍵を持ってんのはその下位世界を管理する神だけだ。てめぇらの世界の鍵は当然オレが持ってる。窓自体はいっぱいあるんだがな』

 

 世界に干渉するためのパスワードのようなものがあるということだろう。それを知っているのはルシフだけだと。

 

 ──だが、だとすると実際に起きたことと辻褄が合わないだろ? どういうこ……

 

 ……いや待てよ。内通者か。

 

『正解だ。なかなか冴えてるじゃねぇか。

 てめぇらの世界の鍵を所持してんのはたしかにオレだけだが、使うだけならオレの手足として働く天使どもにも可能だ。ほかの神でも天使と結託したなら干渉できちまう。

 ところが、だ。

 この状況証拠以外の手掛かりがねぇんだよ。天使どもの中に共犯者がいるのは確定してんのに、そっから絞ることができねぇ。今はそーゆー状況だ』

 

 なるほどな。それで、目星はついているが目星はついていない、という撞着(どうちゃく)した言い方になったのか。

 

 ──確認なんだが、ルシフ以外の神や天使は嘘をつくんだよな?

 

『そうじゃなきゃ犯人がわかんねぇなんてことにはならねぇだろぇが。

 ま、オレみてぇにこだわってるやつがいねぇわけじゃねぇが、ほとんどは嘘をつくな』

 

 まぁそりゃあそうだよな。

 

 ──で、ルシフはどうするつもりなんだ?

 

『オレ自らが特別何かするつもりはねぇよ』

 

 それでええんか。

 

『ええんやで。

 だってよ、これって神の試練としてちょうどよくね? 人類は追い込んでナンボだからな。むしろナイスアシスト的な? 身内に裏切り者がいるのもスリリングで気分がいいしな! ギャハハ!』

 

 こんな神嫌や。

 俺は重たい溜め息をついてから、最も重要なことを尋ねた。

 

 ──その干渉の内容は教えてもらえるんだろうな?

 

『教える。だが、オレもすべてを把握してるわけじゃねぇから推測まじりにはなる』

 

 うなずいて先を促すと、

 

『干渉のイメージとしては、ウイルスを送り込んできたって感じだ。感染者のステータスを強化したり、チート級のスキルを無理やり発現させたりって効果のな』

 

 そんなことをしてほかの神に何の得があるんだ?

 ルシフへの嫌がらせだろうか。気持ちはわかるが、神ともあろう者が感情論で協定を破るものだろうか。罰則だってあるのに。よくわからないな。

 だが、禁則事項らしいから聞けない。もどかしさを飲み込んで、

 

 ──その感染対象は?

 

『たぶん生き物なら大抵はいける』

 

 ──ゴブリン少女は生き物判定なのか?

 

『あれは怨念なり自縛霊なりに感染したんだろーな。んで、世界改変スキルでダンジョンを歪めちまった』

 

 ──何でもありじゃん。

 

『チートだからな。ルールもクソもねぇよ。

 つっても、メスガキメラはまだやりやすいほうだったと思うぜ?

 世界改変なんてぶっ壊れ能力、ウイルスの力があっても無理筋なんだよ。ルールどうのじゃなく “ソウルキャパシティー” の問題だ。世界改変能力は下位存在が抱え込める容量を明らかに超過してる。生半可な外付けストレージじゃ対応できねぇレベルでな。そのせいで厳しい発動条件が課せられてた。発動シーンを限定して容量を削ることで何とかインストールしてたって感じだ』

 

 ──そのウイルスを不活化させるにはどうすればいいんだ?

 

『おそらく宿主(しゅくしゅ)を殺せばウイルスは消滅する。まだメスガキメラしかデータがねぇから怪しいところではあるがな』

 

 ──弱点とかないのか?

 

『今んとこは発見できてねぇな。たぶん共通の弱点はないんじゃねぇか? それぞれのスキルごとに特有の脆弱性はあるかもしんねぇが』

 

 そのあたりは普通のスキルと同じようだ。

 ってことは、

 

 ──感染者も訓練次第で強くなったりするのか?

 

『覚醒以外ではスキル自体に変化はないだろうが、扱いは上手くなるだろうな。あとは、レベルが上がれば当然ステータスは更に伸びる』

 

 うへぇ。

 俺はうんざりして唇を歪めた。チート転生者が努力して成長し出したら、それこそチートだろう。手をつけられないし、つけたくない。

 

『ギャハハ! 御愁傷様ァ!』

 

 元はと言えばルシフの監督不行き届き──あるいは恨みを買っていたのだろう──のせいだというのに、この態度。はぁやれやれ、である。

 

 ──その感染者の数は?

 

『わからん。一人ですむとは思えねぇが、具体的には何とも言えねぇ』

 

 聞くべきことはだいたいこんなところか──いや、まだあった。ある意味一番大切な問いが。

 

「俺はそいつらに勝てるのか?」

 

 何となく声に出して尋ねてみると、

 

『ふっ』ルシフは鼻を鳴らしたようだった。『さぁな。そんなもんはもっと上の世界の神でもなきゃわかんねぇんじゃねぇか?』

 

 だとさ。

 

 

 

 

 

 

 休養日を二日置いた三日後の朝、俺は城にミスティたちを迎えに行った。

 衛兵に用件を伝え、城門の所で待っていると、

 

「アラン様……」

 

 げっそりしたミスティが出てきた。

 

「おいおいどうした?」

 

「レオノールさんとヴァネッサさんが……」

 

 と言ったところでタイミング良く二人が出てきた。気のせいだろうか、打ち解けた雰囲気だ。

 

「おいおいどうした?」俺は同じ台詞を口にした。

 

 ヴァネッサが悪戯っ子みたいに目をニヤっとさせた。

 

「秘密よ!」

 

「うむ」レオノールもうなずいている。

 

 どいつもこいつも秘密主義がすぎやしないか?

 と思っていたら、その秘密はすぐに明らかになった。

 例のバロン辺境伯でのモンスター討伐依頼を受注しようと冒険者ギルドへ向かっていると、喋りたくてうずうずしていたミスティが、とうとうこらえ切れずにぼそりと洩らした。

 

「さおのうた」

 

 は?

 と俺は思ったし、ルシフも、『は?』と言っていたが、レオノールはぴくっと反応した。「きゅ、急にどうしたんだ?」と動揺を隠せていない。

 

 ミスティは続けた。

 

「しょじょびっちのものがたり、しん・りょうじょくまほうがくえん、えむきゅうぼうけんしゃかいはつき」

 

「お、おい、やめ──」

 

「レオノールさんって、とーーってもエッチな方だったんですよ!」

 

「」

 

「アラン様、聞いてくださいよ」

 

 (せき)を切ったように語られたミスティの証言によると、レオノールは官能小説談義でヴァネッサと大いに盛り上がり、オタクの布教とばかりに三日間それを聞かされつづけたミスティはたいそうメンタルを消耗し、見知らぬ男女の濃厚な濡れ場が夢に出てくるほどだったという。

 そして、議題はレオノールの性癖へと移る。

 

「レオノールさんはマゾヒストなんですって」

 

「」

 

「よくわからないんですけど、恥ずかしい格好で固く緊縛されたうえで深いところを強く執拗に愛してほしいそうです。抵抗できないシチュエーションが興奮するとか何とか。レオノールさんならどんな縄でも引きちぎれるでしょうに、不思議なことをおっしゃるものです」

 

「」

 

「そのうえで、レオノールさんを辱しめるような卑猥な台詞を耳元でねっとりと囁かれたいそうです。意味がわかりませんよね?」

 

「」

 

「そ、そろそろ勘弁してや──」

 

「あとですね、こう見えて未経験だそうです」

 

 俺をちらと見たミスティの瞳の奥に、理性的な思惑の影が垣間見えた。

 察した。どうやら単なる意趣返しではないようだ。

 というのも、レオノールは今年で二十七歳だそうだが、平民で、すなわち処女性にこだわる必要はない。見目麗しく地位も金もある性に感心の強い女盛りが、男を作らない、知らないというのは不自然だ。

 となると、そうしなければならない理由があるということになる。

 つまり、おそらくは処女であることがスキルの条件になっている。本人の最も求めるものが制限されることは珍しくない。それがスキルというものなのだ。

 レオノールは、噂によると、あるドラゴンを捜しているという。そのドラゴンを討伐するために冒険者を続けているのだ。

 並々ならぬ強さが要る。だから、我慢しつづけている。

 ここで問題なのが、俺たちがパーティーだということだ。もしもミスティとレオノールが犯されるような状況になったとき、その条件を知らなければ助ける優先順位を見誤るかもしれない。ミスティを優先した結果、レオノールが大幅に弱体化して全滅ということもないとは限らない。

 スキルのことを明かしたくないというのは誰しもそうだが、その一方でパーティーメンバーには共有しておいたほうがいい情報というのも存在する。ミスティはそれであえて口にした。……まぁ、腹に据えかねて、というのが動機の中心かもしれないが。

 耳まで赤くして気まずそうにするレオノールに、

 

「あー、その、何だ」俺は気後れするような心地で口を開く──といっても何を言えばいいのだろう、と悩んだ末に出てきたのは、「俺はアラサー処女でも気にしないぞ」

 

「……ふぇ?」とレオノール。

 

「ちっ」とミスティ。

 

『……お前はこいつらとどうなりたいんだ?』

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