俺の〈神スキル〉がインモラルすぎてつらい   作:虫野律

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クソナガ回想(猫耳)

 朝の身支度を終えてすぐのこと。

 猫耳少女の様子を見に埃っぽい物置部屋を訪れた俺は、ドアを開けたところで彼女から強襲を受けた。

 シャキン! と鋭く伸ばした爪──解剖学に喧嘩を売ってるとしか思えない、ナイフのような形状だ──で喉元を狙ってくるも、

 

「にゃ?!」

 

 猫耳少女の体がピタリと止まった。

 “奴隷の首輪” の効果だ。設定したルールを強制する。本来は奴隷契約か懲罰、戦争に附随する場合以外は奴隷にはさせられないのだが、暴れられたら困るため、〈この物置部屋から勝手に出るな〉〈物を壊すな〉〈他人に危害を加えるな〉というルールを設定し、寝ている間に着けておいた。

 

「やぁ、おはよう」俺は朗らかに挨拶した。「昨晩はよく眠れたかな?」

 

 しかし猫耳少女は、「フシャ!」「ナ゛ァ!」と諦め悪く爪を振るってきては体を硬直させる。

 

「無駄だよ。諦めて大人しくしたまえ」

 

「ぅぅ~」

 

 猫耳少女の目尻に涙が浮かんだ。その瞳の奥には明確な敵愾心(てきがいしん)と恐怖が見える。猫耳は伏せられ、爪も短く収納されている。

 

「君を痛めつけるつもりはないから安心して」

 

「……」猫耳少女は疑わしそうにしている。

 

「お腹空いたろ。液状ペーストの菓子はないけど、何か持ってくるからちょっと待ってて」

 

 厨房から賄いのライ麦粥を貰ってきて差し出すと、おそるおそるといった様子ながらも膝を折ってスプーンを手に取った。空腹には勝てなかったみたいだ。一口食べると、

 

「あちっ」

 

 熱に眉をひそめつつも、(たが)が外れたように掻き込みはじめた。

 俺はというと、壁に背を預けるようにしてしゃがんだ。黙して見守る。

 見た目は猫耳と尻尾があるだけのケモナー初心者用の獣人といった感じだが、醸し出す雰囲気は猫そのもの。餌付けしている気分になる。

 すっかり平らげたところで、

 

「落ち着いた?」

 

「……」猫耳少女は悩ましそうにしながら口を開いた。口の端にライ麦が付いている。「あなた誰」

 

「俺はアラン。趣味で正義の味方をやっている者だ」

 

「セイギノミカタ?」

 

「そうそう。ところで君の名前は?」

 

「ヨンジャはヨンジャ」

 

 ヨンジャという名前らしい。

 

「体調はどう? 痛い所はない?」

 

 ヨンジャは自分の体を見回してから、「ない」

 

「ヨンジャはどうしてあんな所で倒れてたんだ?」

 

 猫耳少女の顔に悲しげな影が差した。腹が膨れて引っ込んでいた涙が再び滲む。

 

「お母さん」と呟くように言う。「お母さんがいなくなったの……」

 

「それで捜してたんだ?」

 

 ヨンジャはこくりとうなずいた。

 事情を聞くと、こういうことらしかった。

 ヨンジャを拾う前日つまり今から三日前の朝のこと、猫の額みたいな狭苦しい自宅で目を覚ますと、母の姿がなかった。家は狭く、大人が身を隠す場所などない。外の共用トイレにでも行っているのだろうと待っていたが、母は帰ってこない。

 不安になったヨンジャは、外に捜しに行こうとして、はたと気づいた。玄関扉の(かんぬき)が下りていたのだ。家に窓はあるが、水みたいに体の柔らかいネコ科獣人といえども大人が通り抜けられる大きさではない。また、母は魔法もスキルも使えない。だから、彼女は外に出られなかったはずだった。

 しかし母は消えた。

 ……まさか悪魔に拐われたのだろうか。

 獣人は悪魔に見込まれやすいと聞く。ヨンジャは矢も盾もたまらず家を飛び出した。足が傷だらけになるのも夜雨(よさめ)に濡れるのも構わずあちこち駆けずり回り、しかしどこにもいない。

 やがて目眩に襲われた。気づけば、頭がズキズキと痛んでいた。足の裏も痛い。ヨンジャは足を縺れさせるようにして転倒し、そのまま起き上がることができなかった。

 

「そこへ俺が通りかかったわけか」

 

 ヨンジャは、記憶がないのだろう、小首をかしげた。「そうなの?」

 

 ヨンジャを拾った経緯を説明すると、いまいち状況が理解できなかったのか、彼女は当惑顔になった。

 

「ヨンジャはどうなるの?」

 

「君がいいって言うなら、俺の奴隷メイドとしてここで働いてもらうつもりだ。

 けど、まずはお母さんの密室消失事件を解決してからかな」 

 

 母親がいて、断固として拒否するようなら無理強いするつもりはない。

 

「お母さんを見つけれるの?」ヨンジャの顔に希望の色が浮かぶ。

 

「わからない。でも、頑張ってはみるよ」

 

「うん!」

 

 少し明るい声が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

「時に、ヨンジャは靴を履かない子なのかい?」

 

「……」ヨンジャは俯きがちになり、「ない。取られた」

 

 母のいなくなった日の前日にスラム街に住む年上の少女たちにやられたという。いじめだった。暴言、暴力、強奪など、よくあることらしい。

 というわけでクローゼットの奥に眠っていた靴を履かせ、クリフを呼び出した。彼の主な任務は俺の護衛なのだ。かわいそう。

 

「密室を解きに行くからついてきて」

 

「はい?」クリフは目を点にした。「密室?」

 

「いいからいいから」

 

 勢いで押し切り、現場、すなわちヨンジャの自宅に赴いた。

 城下町の端にあるスラム街の中でも更に端のほう、城壁のすぐ下にヨンジャの住みかはあった。木の板を雑に組み合わせただけの、隙間風のすごそうな平屋だった。同じような家屋がびっしりと立ち並んでいて、裏手側はほとんど見えない。

 玄関扉は内開きで、施錠されていなかった。ヨンジャが飛び出した時のままだ。

 令和日本のセキュリティー感覚からすれば信じがたいが、スラム街では簡易的な閂が拵えられただけの家がほとんどだ。金属製のウォード錠は高価なのだ。したがって、貴重品は持ち歩くか、どこかに隠しておく必要がある。ヨンジャが起床した時にも部屋に金目の物はなく、母が持っていった可能性が高い。もっとも、大した量ではないため普段から身につけていたようで、意図的に持ち去ったとは限らない。

 ここへ来る道中にヨンジャに聞いたところによると、彼女の母、サビナは娼婦をしているようだった。見目は悪くないが、しかし最下級の格安娼婦で、生活はギリギリだったという。というのも、サビナは声を出せないらしく、客の評判が悪かったのだ。

 といっても、ヨンジャがサビナの仕事ぶりを直接見聞きしていたわけではない。娘に気を使ってか、客の劣情が娘に向かないようにするためか、自宅ではなく客の家や路地裏で行為に及んでいたのだ。

 

「お邪魔します」

 

 と半ば無意識に口にして玄関扉を開けると、六帖ほどの部屋で、外と地続きの土間には藁が敷き詰められていた。一見して、荒らされた様子は見受けられない。奥の壁には羊皮紙が張りつけられている。窓だろう。めくると、小さな丸い窓──といっても硝子はなく壁に穴が空いているだけだが──があった。この大きさなのは防犯のためだ。玄関から向かって左奥の隅には蓋付きの木箱があった。中は空のようだ。

 

「何これ?」俺はヨンジャに尋ねた。

 

「あたしの寝床」

 

 ヨンジャは蓋を開けると靴を脱ぎ、木箱に入った。驚異の柔軟性で上手い具合に体を丸めると、すっぽりと収まり、最後にひょいと蓋をした。よく見れば、壁側の側面に空気穴が空いている。そこからくぐもった声で、「狭いとこ落ち着く。いつもこうやって寝てる。お母さんがいなくなった夜は屋根裏で寝てたけど」

 

「まんま猫やないかいっ!! 猫マンマやないかいっ!!」

 

「アラン様、キレのあるパイモン弁はお控えください」パイモン弁アンチ疑惑のある父の手先であるところのクリフがすかさず窘めてくる。「アルマス王国人らしく、コクとノビのある濃厚クリーミーな言葉遣いをお心掛けください」

 

「マジで意味わからん」

 

 ヨンジャが出てくる。

 俺は尋ねた。

 

「屋根裏にはどうやって行くんだ?」

 

 天井に出入り口らしきものは見当たらない。

 

「通りの反対側の壁に入る所があるの」

 

 家同士の隙間──子供がやっと通れるくらい──を抜けて裏側に回ると、魔女の帽子みたいな三角屋根のすぐ下の壁板に小さな四角い扉があった。本来は梯子を掛けて入るのだろうが、そんな気の利いたものはない。

 

「壁を登って入るのか?」

 

「うん」

 

 ヨンジャは横張りの壁板のわずかな凹みや溝を取っ掛かりにしてひょいひょいと登ってゆき、屋根裏の扉を開けてみせた。アスレチック遊具で遊ぶ子供みたいだ。

 ヨンジャはぴょんと飛び降りて柔らかく着地した。

 

「サビナがいなくなった時は閂が掛かってたんだよな? ってことはこの小さな窓から出入りしたのか?」俺は壁の丸い穴を指して言った。

 

「うん、あたしなら通れるから」

 

 ヨンジャは再び実演した。ちょっと得意げだ。

 室内に戻ると、俺は事情聴取を再開した。

 

「現場にいつもと違うところはないか? どんなちっちゃなことでもいいよ」

 

 ヨンジャは部屋に視線を巡らし、何かに思い至ったように、ふと目を留めた。玄関から見て右奥の隅の地面を見ている。彼女はそこの藁をどかすと、素手で土を掘りはじめた。

 やがて木板が覗いた。更に掘り進めると、小さな木箱が出てきた。ヨンジャはその蓋を開けた。

 中には幾ばくかの硬貨と魔石が入っていた。臍繰り金の類いに違いなかった。減っているかもしれないと思い、確かめたのだろう。

 ヨンジャは少し頭を傾けて、

 

「わかんないけど、たぶん変わってない」

 

「ほかに気になるところはないか?」

 

 ヨンジャはかぶりを振った。ボサボサのオレンジブラウンヘアがふわふわ揺れる。「ない。全部いつもと同じ」

 

「目立った手掛かりはなし、か」

 

 とりあえず玄関扉を調べるか、と体を反転させ──と、何か硬いものを踏んだ感触があった。石でも踏んだか?

 足を持ち上げると、藁の下に細長いものが見えた。拾ってみれば、剥がれた爪のようだった。ナイフのような形状をしている。ネコ科獣人の爪だろう。根元に乾燥した血が付着している。サビナのものだろうか。

 

「たぶん」ヨンジャは自信なげに首肯した。

 

「獣人というのは簡単に爪が剥がれるものなのか?」

 

「剥がれないよ!」

 

 そんなわけないじゃん、と言わんばかりの口ぶりだった──まぁそうだよな。

 

「ふむ?」

 

 不可解ではあるが、爪のことはひとまず措き、玄関扉を見る。

 さて、問題の閂だが、錆びたロングソードだった。いや何でやねん。

 ジブンらのうちどないなっとんねんとヨンジャに聞くと、元々は閂が付いていなかったらしく、自前で調(ととの)えなければならなかった。しかし金はない。そこで、森に落ちていたロングソードとその鞘を拾ってきて再利用したのだ。まさかの異世界DIYである。

 構造としては、刀身を心棒、鞘を受座としている。鞘の刃の当たる部分の片方が魚の腹を裂くように切られていて、また、先端から四分の三ほどの所で、輪切りにするように切断されている。先端側を扉側の、鍔側をドア枠側の受座にし、上からロングソードを嵌めることで閂代わりにするという寸法だ。

 シンプル・イズ・ベストを極めている。取り憑かれたかのように密室作成に汲々(きゅうきゅう)としている本格ミステリ界隈の住民ならどうとでもできるだろう。

 

「おや?」

 

 ドアに打ち付けられた鞘の少し上の辺り、ドア板の側面(ドア枠との接触面)から内側(室内側)に掛けて切れ込みが入っている。まずまずの深さ。

 ピンと来て、今さっき見つけた爪を合わせてみるとピタリと嵌まった。

 

「ハウダニットはわかったよ。この爪をストッパーにして、扉を閉めることで爪が落ちて閂ソードが鞘に収まる仕掛けだったんだ」

 

 扉側の受座と爪ストッパーに閂ソードを乗せると、斜めになる。その状態で扉を閉めると、爪ストッパーがドア枠に押されて外れ、閂ソードがストンと下りてきて施錠される──このやり方なら外からでも閂ソードを掛けられる。

 

「──となると」とクリフが論を展開する。「サビナがわざわざ爪を剥がして密室を作成し、行方をくらました、ということですかな?」

 

「外形的な事実だけを並べるとそうなるね」

 

「動機は……貧困ですかな。

 ということは、密室は自らの失踪を悪魔の仕業に見せかけるためといったところでしょうか」

 

 娘のヨンジャに “母は自分を捨ててどこかへ消えた” と思わせないためだった、とクリフは言っているのだ。

 

「いや」と俺はその仮説を反証する。「だったら、臍繰り金に手をつけていないのが不整合だ。それほどまでに追い詰められていたなら、順序としてまずは臍繰り金を切り崩しているはずだろう」

 

「たしかに……」クリフは納得したようだった。「となると、何者かの関与が疑われますな」

 

「そう。そこで重要になってくるのが犯行推定時刻だ」

 

 俺はヨンジャに尋ねる。

 

「サビナがいなくなってるのに気づいたのは朝で、その前の晩までは普通に生活していて、ヨンジャが眠るまでは家にいたんだよね?」

 

「うん、夕方にお母さんが帰ってきてからはおうちでずっと一緒だった。眠ったのも同じ時間」

 

「眠るまでに訪ねてきた人はいる?」

 

「いない」

 

「眠ったのが何時ごろだったかわかるか?」

 

 ヨンジャは眉尻を下げた。「わかんない。暗くなってからたくさん経ってたと思うけど」

 

「それだけわかれば十分だよ。

 犯行推定時刻が夜更けだったということは、その時間にサビナが家の玄関口で第三者と顔を合わせていた可能性が高い。つまり、その第三者とは、夜遅くに訪ねてこられても玄関扉を開けるような関係だった。

 そして、花売りの客は家に入れなかったことから、個人的に親しい人物か立場上無下にできない人物だったと推測される」

 

 心当たりをヨンジャに尋ねると、

 

「……フォージー。お母さんと仲良かった」

 

 詳しく聞くと、(からす)の獣人で、どうやらサビナの色男だったらしい。家にも来たことがあり、心を許していたことが窺える。

 ちなみに、獣人はその動物の特徴を引き継ぐが、フォージーに飛行能力はなかったという。

 

「ほかにはいないか?」

 

「うーん」少し視線をさ迷わせ、「……あとはモフセン? 家に来たことある」

 

「どんな人なんだ?」

 

「白い犬」

 

「白い犬?」

 

「──の獣人」

 

「どんな関係だったんだ?」

 

「わかんない。お金の話をしてた」

 

「金貸しでしょうか」とクリフ。

 

「かもしれないね」

 

 獣人に金を貸す存在は貴重だ。深夜だろうと応対しないわけにはいかない心情は容易に想像がつく。

 

「あたしあの人、嫌い」

 

「どうして? 嫌なことをされたりしたのか?」

 

「されてないけど……」ヨンジャは言葉に迷っているようだった。「目が怖いの」

 

「どう怖いんだ? 命中率の下がらなそうな鋭い目をしているとか?」

 

 ヨンジャはちょっと言いづらそうに、「……あたしの体をじろじろ見てくるの。お胸とかお股とか」

 

「Oh……」

 

【悲報】異世界にもロリコンはいた【そらそうよ】

 

 それはともかく、ほかにはそれらしき関係の人物は思い当たらないらしかった。

 

「確認なんだが、屋根裏で寝てたのは四日前の夜だけか?」

 

「たまに寝てる。滅多にないけど」

 

「サビナ以外でそのことを知ってる人はいるか?」

 

「いない」

 

「──であれば、モフセンが一番怪しいかな」

 

「なぜでしょうか?」クリフの質問だ。

 

「鍵となるのは、“なぜサビナは密室を作ったか” というホワイダニットだ。そしてそれは、“関与した人物はなぜそんな時間にやって来たのか” という疑問の答えでもある」

 

 俺の推理したシナリオはこうだ。

 四日前の深夜、モフセンが家を訪ねてきた。

 サビナは不審に思いながらも玄関扉を開けた。

 すると、発情したモフセンが立っているではないか。

 自分と娘の身の危険を感じたサビナは、警戒しつつも手話なりで訪問の目的を尋ねた。

 モフセンは嫌らしく頬を歪め、

 

「今後も金を貸してほしければヨンジャとヤらせろ。そこにいるんだろう?」

 

 母親であるサビナの協力があれば、ヨンジャを言いくるめて発覚するのを防ぐことができる。そう考えての脅迫だったのだろう。悪知恵が働く男だった。

 当然、サビナは拒絶した。

 

「ざけんなよ。てめぇ自分の立場わかってんのか?」モフセンは鼻息荒く凄んでくる。引き下がる様子はない。

 

 理性的な解決が不可能だと悟ったサビナは、獣欲を吐き出したいなら自分が受け止めるからヨンジャには手を出さないで、などと身振りで伝えつつ──あるいは、(しな)を作り、剛直を撫でさするなどして気を逸らしつつ──くだんの密室トリックを実行した。

 これは、モフセンがヨンジャが室内にいると勘違いしていることを前提としている。したがって、獲物を手に入れるには密室を破らなければならないと思い込んだはずだ。

 獣人の、特に男性の力ならば壊そうと思えば壊せるボロい家だが、モフセンの狡猾な性格を鑑みると、音を出して耳目を集めること、すなわち幼女強姦の事実が明るみに出ることは避けるはずだ。サビナは瞬時にそう計算し、ヨンジャを守るために密室を作成したのだ。

 

「てめぇっ!」

 

 サビナの小細工を悟ったモフセンは激昂した。

 そして、サビナを連れ去った。痛めつけて立場をわからせ、もって安全にヨンジャを犯すためだ。

 俺が語りおえると、クリフが疑問を呈した。

 

「そのシナリオでしたら、脅迫のネタを金銭的な依存から恋愛的な依存に置き換えればフォージーでも同じ役どころを演じられると思うのですが、なぜモフセンなのですか?」

 

 “俺に捨てられたくなければ娘を差し出せ” とフォージーが迫った可能性はないかと尋ねているのだ。

 

「イヌ科獣人として鼻の利くモフセンでなければヨンジャがこの家にいたことに気づけなかったからだよ。

 事件当日、ヨンジャは屋根裏で寝ていて、靴もなかった。

 その状況ならば、サビナはわざわざ痛い思いをして密室を作らずとも、『ヨンジャは森に行ったきり帰ってきていない。モンスターにやられて死んでしまったんだろう。だからもういない』とでも言って誤魔化せたはずだ。カラス科獣人は鳥らしく嗅覚に劣り、その言葉が嘘と見破れないからだ」

 

「よく蔵書室にこもって本を読まれているだけのことはありますな。博識でございます」クリフは納得したようだった。

 

 そこへヨンジャが訂正するように言う。

 

「フォージーはママじゃないと駄目って言ってたよ」

 

「『ママ』? さっきまでずっと『お母さん』って言ってたのに急にどうした?」

 

「お母さんのことじゃなくて、子供のいる女の人じゃないと興奮しないんだって」

 

「Oh……」

 

【悲報】異世界にもママ専はいた【そらそうよ】

 

 俺はやるせなさにも似た疲労感を感じつつ、クリフにお願いする。

 

「──と、まぁ、モフセンが限りなく黒に近いけど、まったく想定外の第三者が魔法なりスキルなりで通り魔的に誘拐した可能性、あるいは夜更けまで待つという理性が残っていたにもかかわらず周囲から不審に思われるリスクを顧みずに昼間からずっとヨンジャを付け回していて家にいると知っていたフォージーがドアを叩いた可能性もゼロではない。だからモフセンを密かに監視して尻尾を掴んでほしいんだ」

 

「わたしが、ですか? わたしはアラン様の下を離れるわけにはいきませぬぞ」

 

「この程度、若いもんにやらせればいいよ。尾行の上手い子ね。騎士団にもいるでしょ? 斥候役の子」

 

 こう見えてクリフは騎士団長である。強くて偉いのだ。

 なお、書類仕事は副団長に回されている模様。助け合いを大切にするアットホームな職場なのだ。

 

「よくご存じで」クリフは恭しく、「かしこまりました、城に戻り次第、手配しましょう」

 

 

 

 

 

 

 例のごとく結果から言うと、モフセンは肉刑ののちに処刑された。広場で八つ裂きである。

 彼はサビナを監禁し暴行を加えていたわけだが、それが厳罰の理由ではない。獣人一人傷つけたところで大した罪にはならない。それが民衆の法感情だ。教育の充実しているはずの令和の日本でも、重度の精神障害者が施設職員に虐待されても、気持ち悪くて迷惑な存在なんだから仕方ない、むしろ施設職員がかわいそうだ、となったり、刑務所で性犯罪者が受刑者にリンチされても問題視されなかったりするが、それと似たようなものである。

 ではなぜか。

 モフセンは “アへアへ(そう)” とかいうイカれた名称の植物を栽培し、売り捌いていた。これはいわゆる麻薬の類いで、使用者は一時的に強烈な多幸感を得られ、自ずからアへ顔ダブルピースをかますが、依存性が強く、使用しつづけると脳が萎縮してゆき、あっという間に廃人になる。そんなものを売り捌かれたら領地が滅ぶため、どこの領地でも厳罰が設けられている。

 しかし、根絶には至っていない。需要があり、栽培も容易で、やろうと思えば誰でも売人になってボロ儲けできるからだ。最高に厄介な草である。

 実を言うと元々、何かあるな、とは思っていた。

 資産や信用を形成しがたく、したがって資金源のないはずの獣人が、なぜ金貸しなどやれているのか。悪事に手を染めているのではないか──そう疑っていたら案の定だったというわけだ。

 さて、ヨンジャについてだが、今回の件ですっかり俺に懐いた。嬉々として奴隷メイドをしているし、隙あらばすり寄ってきて密着してくる。

 

「アラン好きぃ。アランはヨンジャのこと好き? ──えへへ、やった。アランもぎゅーして──やだ、して。してくれなきゃ離れないもん──んにゃ~♡」

 

 といった具合である。凄まじい変わりようだ。子供も猫も嫌いじゃないが、鬱陶しいか鬱陶しくないかで言うと、とても鬱陶しい。しかし奴隷の首輪で無理やりやめさせようとすると泣き崩れるので、好きにさせている。

 他方、サビナは以前として娼婦をしている。

 が、彼女にはある役割をお願いしてある。

 

「もう少ししたら獣人用の孤児院を作るから、その時はそこの職員になってほしい」

 

 病み上がりのサビナ──彼女は比較的ケモノ度の高いネコ科獣人だった──は、非常識な施策に戸惑いの色を浮かべたものの、

 

 ──それで恩を返せるのなら。

 

 と了承してくれた。猫の恩返しというわけである。

 その日のこと。

 計画どおりぃぃ!!

 と城の廊下で一人ほくそ笑んでいたら妹ズに見られた。

 

「「計画どおり!!」」

 

 三歳児はすぐ真似をするから困る。やれやれである。

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