俺の〈神スキル〉がインモラルすぎてつらい   作:虫野律

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クソナガ回想(母&弟&ドラゴン)

 さて、貴族に転生したご経験のある皆様ならば、“お前は新世界の神ではなく一介の貴族令息だろう。武芸の鍛練はしなくていいのか?” と心配なさっていることだろう。

 もちろん、ちゃんとやっている。

 モフセンの処刑から数日経った昼下がりのこと、俺は城の庭に立っていた。遠くのほうで庭師のおじさんが花壇の世話そっちのけで蝶々と戯れているのが見える。妖精のようで、実にファンシーである。

 

「結論から言うと、“殺害魔法” はフィーリングです」母のアリスが気品あふるる無表情で言った。「小難しいことはわたしにはさっぱりぽんぽんちんぷんかんぷんですので、見て感覚で理解してください。大丈夫、何も心配は要りませんよ。何かわからないけどやってみたらできちゃった──殺害魔法とはそういうものです」

 

 今日は実戦魔法の訓練である。効率的に生物を殺害する魔法を学ぶ。物騒である。講師は、敵国から〈天空の死神〉と恐れられる母だ。超物騒である。

 絶対ミスキャストやろ、と俺は思っている。無自覚イキり主人公予備軍みたいなこと言いおってからに。

 が、弟のノエルは、

 

「はい! わかりました!」

 

 元気に返事をした。母の殺害魔法を見られることに胸を躍らせているご様子。

 

「アランさんもいいですね?」母が、路傍にこびりついた虫けらの死骸を見るような冷たい目で見下ろしてくるが、これがデフォである。

 

 俺が首肯すると、

 

「それでは、お手本をお見せします。何回もやるのはべらぼうに面倒なので一度で完璧に理解してください。まぁ簡単なのでできない道理なんかないのですけれど」

 

 そして母は一言。

 

「てけてこぴょろりん」

 

 は?

 と俺が白目を剥きかけた時には、風の刃らしきものが庭師のおじさんのほうへ発射されていた。唸りを上げて迫る死神の鎌に気づいたおじさんは、

 

「うわっ!」

 

 仰天して尻餅を着いた。その瞬間、

 

 ──ハラリ。

 

 彼の遊び相手だった蝶々が真っ二つに両断された。落葉のようにひらひらと舞い落ちてゆき、おじさんの鼻頭に着地。

 

「ひっ」

 

 彼は短い悲鳴を上げると、壊れたブリキ人形みたいなぎこちない動きでこちらに顔を向けた。(はね)が落ちる。

 母の薄い唇が、“サ・ボ・る・な” と動いた。

 おじさんが張子の虎みたいにガクガクと大げさに首を振る。

 使用人を震え上がらせて満足したのか、母は息子たちに向き直り、

 

「では、やってみてください」

 

「はい!」ノエルは瞳を純真そうに輝かせ、「しかし母上、『てけてこぴょろりん』なる珍妙怪奇な詠唱は省略してもよろしいのですよね?」

 

「ええ、詠唱などただの飾りですので気が乗った時以外はやらなくて結構ですよ」

 

「わかりました」

 

 そしてノエルは、ニコニコの無言で、庭師のおじさんの後ろに落ちている蝶々だったものに向けて風の刃を放った。

 不可視の刃が風切り音と共に迫り、お花の水やりという崇高なる任務に就いていたおじさんの背後で土埃が舞った。

 

「手応えはありましたが、どうでしょうか」

 

 ノエルはかわいらしく小首をかしげたが、おじさんの蟀谷(こめかみ)にはキラリと光る冷や汗が伝っている。

 やがて土埃が収まると、蝶々だったものが半分になっているのが確認できた。

 

「いいですね」母は端的に褒めた。「けれど土埃を上げたのは減点ポイントです。意図的に敵の視界を奪ったり器物を損壊したりするのでなければ、殺害対象のみを切り裂くようにしてください。“貴族の殺し” は “無駄なくスマートに” ですよ。“鮮血の舞踏” の中にも “優雅さ” を忘れてはいけません」

 

「はい、次は微調整します」

 

「それではアランさんの番ですよ。類い稀なるお兄ちゃん力を見せつけてやってください」

 

「……」

 

 期待のこもったキラキラアイズで見つめてくるノエルを努めて意識の外に追いやりつつ俺は、魔法の真髄を看破しようと灰色の脳細胞を働かす。

 しかし、どうすればいいのか、さっぱりぽんぽんちんぷんかんぷんである。だって何の説明もないんだもん。魔導書も、危ないからと今まで見せてもらってなかったし。

 しかしやらないわけにはいかない。母が怖いから。何やねん、スマートな殺しって。殺し屋一家やないんやぞ。

 

「……て、てけてこぴょろりん」

 

 俺は恥じらいを押し殺し、ふざけてるとしか思えない詠唱を口にした。一応、風の刃っぽいものが体から出るイメージはしていた。

 が、

 

 ──ふわっ。

 

 母のドレスの裾が少し膨らんだだけ。そよ風もいいとこである。庭師のおじさんも胸を撫で下ろしている。

 

「「???」」

 

 母とノエルがうち揃って疑問符を顔中に広げた。親子だなぁ。

 

「それはどういう意図なのですか?」

 

 母が困惑げに尋ねてくる。やろうとしてもできなかったという可能性は、(はな)から頭にないようだった。

 

「なるほどそういうことですか」ノエルは何かに気づいたらしい。「母上のドレスに埃が付いていて、ちょうどいいから魔法で払った──正解でしょう?」

 

 優しい兄上らしいですね、と柔和に微笑んでくる。

 

「いやそうじゃな──」くて。

 

「そうだったのですか」母が言葉を被せてくる。「それはありがとうございます。ではもう一度、今度はしっかりきっかりターゲットの息の根を止める “シュアな殺傷力” を持たせてください」

 

「……」

 

 こりゃ口で言っても駄目だな、と悟った俺は、百聞は一見に如かず、もう一度実演してやることにした。俺がいかに凡人であるかをわからせるためになぁ!!

 と、悲しい気合いを入れた、その時だった。

 晴れ渡る春空の彼方、山々の稜線と重なるようにして小さな影の群れが羽ばたいているのが目の端に映った。こちらに向かってきている。

 

「どうしたのですか」と背後を振り返った母も気づいた。「──ワイバーンの群れですか」しかし緊迫感はない。

 

 ワイバーン──ドラゴンと鳥の中間みたいなモンスターである。ドラゴンが四本足なのに対してワイバーンは二本足だ。ブレスっぽいものを吐いたり、翼から風の刃っぽいものを飛ばしたり、しっぽっぽいしっぽで切り裂いたりしてくる。討伐難易度は単体ならC~B、群れならA。まぁまぁ強い。

 

「少々待っていてください」

 

 そう言って母は、〈天空の貴婦人〉を発動させて飛び立った。ちょっとひと狩りしてくる心積もりらしい。

 母のスキルには二つ制約がある。

 一つ、大地に足を着けていなければ魔法を使えなくなる(ただし、魔力そのものの操作はこの限りではない)。

 一つ、息を止めなければ発動できない。

 したがって、母の戦闘スタイルはシンプル。マッハで飛び回りながら魔力の剣や弾丸で命を刈り取る、それだけである。

 遠くの空でワイバーンが初代モ●ハンみたいな勢いマシマシの血飛沫を迸らせながら次々と落ちていく。母の姿は速すぎてよく見えないが、きっとイキイキしていることだろう。怖い。

 公爵令嬢──籠の鳥だった母にとって窓の外に果てしなく広がる空は自由の象徴だったのだろう。自由を願い、天空に憧れた少女が、ついに手に入れた翼が、思いのままに空を飛べる〈天空の貴婦人〉だった。本人の口からそうと聞いたわけじゃないが、ふと気づけばいつも決まって空の彼方を見上げている彼女の、その美しい横顔から、そうなんだろうなと察せられた。

 最後のワイバーンが切り裂かれた。

 

 ──ストン。

 

 音速で戻ってきて、しかし優雅に着地した母は、返り血一つ浴びていない。スマートな殺しというやつだろうか。やっぱり怖いよ、あなた。そのうち血を出さないで心臓を抜き取りそう──え? もうできる? そっかぁ。

 母は何事もなかったかのように言う。

 

「ではアランさん、お願いします」

 

 そして俺は、母や弟のようにはできないことを一生懸命プレゼンした。俺は凡骨なんだと力説した。

 彼らは終始、盆踊りに興じる未確認生物を目の当たりにしたかのような困惑の色を浮かべていたが、一応の理解はしたようだった。

 天才と凡人でも努力すればわかりあえるんや!! 素晴らしいね!!

 

「同じ種と卵から生成された物体なのに不思議ですね」母に悪気はない。たぶん。

 

「まぁ、遺伝子には運要素がありますからね。兄上は殺害魔法に関しては大ハズレを引いてしまったのでしょう。おいたわしいことです」ノエルにも悪気はない。たぶん。

 

 ──と、まぁ、俺の武芸の鍛練はだいたいこんな感じである。

 え? とりあえず講師を替えるべき? 感覚派の天才は指導者には向かない?

 それはそう。マジでそう。

 

 

 

 

 

 

 母がワイバーンを撫で斬りにしてから一箇月後のこと、俺は城下町の商人ギルドを視察──社会科見学とも言う──していた。

 傍らにはクリフとノエル、そしてその専属護衛を務める若手の女騎士、リリーもいる。ノエルはまだ父から城下町見学の指示を賜っていないが、退屈そうにしていたから誘ったのだ。

 商人ギルドはダンジョンサブスク組織の冒険者ギルドと違い、相互扶助と市場独占のための組合である。

 そろそろ今日の仕事も終わりが見えてきたな、という午後四時ごろに抜き打ちで公爵令息兄弟に訪問されるという不幸に見舞われた組合事務所には、ふた組の商人がいた。他領から仕入れた商品を報告するためだ。領内の流通状況を把握するのもギルドの仕事なのだ。

 ひと組は〈竜玉(りゅうぎょく)〉と呼ばれる宝石の原石を、もうひと組は魔石を取り扱っているようだった。事務所に横付けされた馬車の中を、組合幹部に当たる親方商人のジョセフが検めている。

 ジョセフ待ちのふた組は手持ち無沙汰なわけだが、宝石のほうの商人が俺たちに話しかけてきた。

 

「どうでしょう? 素晴らしい原石でしょう? 坊っちゃんたちもお一ついかがですか? 本日ご注文いただければ一箇月ほどでお好みのジュエリーに加工してお届けいたしますよ」

 

「いえ、結構です」ノエルは母譲りのそっけなさを披露し、「これだけの竜玉を積んでの移動となると、ドラゴンに狙われたりはしないのですか?」自分の興味のあることを尋ねた。

 

 ドラゴンは宝石などのキラキラしたものが大好きなのだ。竜玉はその最たるもので、それが名称の由来でもある。通常の宝石は原石の時点ではそこまでキラキラしていないが、竜玉は例外で、ちょーキラキラしてる。

 ドラゴンは、傍若無人でキレやすい性格と併せて考えると、おそらくスマホバキバキ系地雷女子の同類であろう。まぁドラゴンの場合、人間バキバキ系(咀嚼音的な意味で)なんだが。

 宝石商は答える。

 

「ドラゴンは頭が良くないので、外から見えなければ大丈夫ですよ。ここに来る途中も空を飛んでいるのがいましたが、素通りでしたね」

 

「そうなんですね。教えていただき、ありがとうございます」ノエルは礼儀正しく礼を口にした。

 

 話が一段落したところで、今度は魔石の商人が営業を掛けてきた。機を見計らっていたのかもしれない。

 

「どうでしょう? 素晴らしい魔石でしょう? 火、水、風、土、雷──どれも上質な魔力をたんまり溜め込んだ一級品です。次の魔石交換の際にはぜひとも我が〈アリの魔石屋さん〉をご一考ください」

 

 魔石とは、要するに魔力の電池である。例えば、光の魔石なら光属性の魔力を内包しており照明用魔道具に、水の魔石なら洗面所などの水回りに使われたりする。もちろん、戦闘においても重宝されている。

 

「前向きに検討するよ」と俺がおざなりに応じたところで、

 

「!?」リリーが血相を変えて空を振り返った。

 

 彼女は耳がいいのだ。索敵範囲は騎士団随一である。その視線の先には一頭の竜、雲を突き破り、城下町中央の広場に向かって急降下してきていて、間もなく、

 

「きゃー!」「うわぁあ!」「りゅ、竜だぁあああああ!」

 

 町人から悲鳴が上がり、

 

 ──ドォォォン!!

 

 ドラゴンが地響きを立てて着地した。

 商人ギルドは広場を貫く幅広の大通りに面しているから、その姿がよく見えた。

 思っていたより小柄だな、というのが最初の感想だった。全長で二十メートルほど。たぶん若いドラゴンなんだろう。

 とはいえ、討伐難易度はS。S級冒険者でもなければソロ討伐は基本的に不可能だ。

 見たところ、顔立ちはいかついが、激昂してはいない。おそらく食事をしに立ち寄ったのだろう。ファミレスのメニュー表を見るギャルみたいな顔で逃げ去る人々を見回している。

 

「くっ」クリフは眉を険しくして言う。「よりによって奥様が不在の時に現れるとは」

 

 父と母は王都に出掛けている。したがって現在の最高戦力はクリフということになるが、彼の強さは冒険者で言うとA級上位程度、ドラゴン相手には少々力不足だった。

 

「どうするっすか?!」リリーが緊迫した顔つきで騎士団長に問うた。

 

 クリフは俺とノエルを一瞥すると、

 

「リリーはアラン様とノエル様を連れて冒険者ギルドへ避難し、緊急の救援依頼を出すのだ」

 

 城よりも冒険者ギルドのほうが近いゆえの判断なのだろう。

 

「ここはわたしが食い止める」クリフがハンマーを抜きながら言う。「早く行け!」

 

「くっ」うちの騎士連中は事あるごとに悔しげにそう発しなければ死んでしまう病に罹っているに違いなく、リリーは歯を食い縛るようにして顔をしかめた。「ご武運を!」

 

 そして俺とノエルを小脇に抱えようとして──

 

「いいや」「僕たちも残ります」

 

 揃ってさっと身をかわされた。

 

「な、何言ってるっすか?!」リリーは目を剥いた。

 

「貴族の男には、いざという時に矢面に立つ義務がある」俺が言うと、

 

「そうです」ノエルも追従する。「それに、僕も多少は戦力になるでしょう。少なくともリリーさんよりは火力を出せます」

 

 俺はジョセフに視線をやった。呆然とドラゴンを見つめているが、馬車の(ほろ)のカーテンは下ろされていた。咄嗟に “キラキラ” を隠したのだろう。判断が早い。

 

「冒険者ギルドにはジョセフさんに行ってもらう」

 

 いいな? と彼に問うと、こくこくとうなずき、こんな所にいられるかとばかりに冒険者ギルドのほうへ駆け出した。贅肉の割に機敏である。

 なお、馬車を牽いていた馬は綱木(つなぎ)と呼ばれる木に繋がれたままパニックを起こしている。が、今は対応している余裕がない。

 と、その時、ドラゴンのほうから轟音が響いた。

 見れば、クリフがドラゴンの首にハンマーをぶちかましていた。

 しかし、

 

「ガオン?」

 

 ドラゴンはすっとぼけた顔で、無傷。

 それどころか、ドラゴン特有の “何か知らんけどちょーつよい膜っぽいバリアー” に阻まれて鱗に触れられてもいない。全身を隙間なく覆うそれは、あらゆる魔法やスキル、物理現象に強力な耐性がある。ドラゴンを最強生物たらしめている要因の一つである。ぶっちゃけ強さそのまま極薄0.01ミリATフィー●ド。ズルい。

 クリフは瞬時に二撃目を振りかぶった。そのハンマーには血のように赤黒いオーラがまとわりついている。

 彼のスキル〈両片想いの引力〉だ。

 物理学系スキルに分類されるこの能力は、任意の二つの物体同士に働く引力を強めたり弱めたりできる(ただし、同質量の場合は除き、引力操作の程度にも質量に応じて限度がある)。

 そのスキルを発動した現在、クリフのハンマーとドラゴンは本来のあり方よりも熱烈に求め合っている(≒両片想い)が、質量(≒(貞操観念量+良識量)÷2)の差からハンマーに生じる加速度(≒片想い力)のほうが極端に大きく、つまりヤンデレみたいにめっちゃすごい勢いでドラゴンに迫り、超重量級の衝撃力(≒メリバ力)を発生させる──何を言ってるかわからねーと思うが、俺もあんまわかってねーから安心してくれ!

 

「ぬんっ!」クリフが気合いを吐いてハンマーを叩きつけた。

 

 ──ドン!!

 

 ヒット。赤黒いオーラが迸り、〈ヤンデレハンマー〉の異名に相応しい凄まじい衝撃音がビリビリと空間を揺るがす。

 

「やったか?!」リリーもノリノリリーである(?)。

 

「グァァアアア!!」

 

 が、駄目。ちょーつよバリアーはびくともせず、ドラゴンは怒りの咆哮を上げると、前足の爪でクリフを狙う。

 ハンマーは重く、勢い、身のこなしも重いはずだが、

 

「何の!」

 

 瞬間、クリフの体が後方へ、ぎゅん! とずれた。後ろの建物とクリフ自身との引力を操作したのだ。その勢いに便乗するように地を蹴って跳ぶ。

 爪が空を切り、クリフは着地して体勢を整える。

 しかし、キレたドラゴン相手に余裕などあろうはずもない。

 

「ギャォォォオオン!!」

 

 ドラゴンが口を開き、その奥から眩い光があふれる。ブレスだ。ドラゴン特有の “炎だか気だか反物質だか知らんけどちょーつよい特大エネルギー弾” である。魔法やスキル、そして物質を消滅させる特性があり、避けるしかない。当然、当たると死ぬ。

 その時、俺たちの上空に魔法陣が七つ現れた。くるくると回転しながらそれぞれが別の色に輝く。

 ノエルが魔法を発動しようとしているのだ。“妖精おぢもびっくり! 初めての殺害魔法!” の授業から一箇月ほどで多数の属性魔法を使えるようになった彼は、無詠唱での複数属性同時発動をこなせるようにまでなっていた。てか、初めからできてたっぽい。

 

「若き竜よ、龍星と共に散れ」

 

 ノエルがカッコ良さげな台詞を発すると、魔法陣から、火の龍、水の龍、氷の龍、土の龍、雷の龍、風の龍、そして彼が最も得意とする鋼鉄属性の鋼の龍が、にゅるん! と飛び出し、矢のような速度でドラゴンに向かう。ノエルの魔力量がまだ人外レベルに達していないからか、全体的に小ぶり──龍というより巨大アナコンダというサイズ──だが、その威力は尋常のモンスターを死に至らしめるには余りある。そして何より──

 

「グガァァアアア!!」

 

 迫り来る龍星群に視線を走らせたドラゴンが、ブレスを放った。その先には雷の龍。当然、その魔法は掻き消されるが、

 

 ──ズドドドドドドォォォンッッ!! 

 

 そのほかは全弾ヒット、特撮みたいな爆煙が上がる。おそらくドラゴンバリアーは撃ち破れていないだろうが、

 

「兄上、どうやら雷属性が嫌いなようです」

 

「みたいだな」

 

 “七色の龍星” は手っ取り早く弱点属性を探るためのものだった。

 ドラゴンは頭脳派モンスターではない。基本的に本能のままに動く野獣である。ゆえに、パッと見まったく驚異にならない魔法であっても苦手属性だと本能的又は反射的に迎撃することがある。

 そんなふうにモンスター図鑑に記載されていたのを思い出し、手札多めの公爵令息ことノエルにお願いしていたのだ。

 

「次は少し強めに行きます」

 

 ノエルは再び魔法陣を出現させた。しかし今度はふた回りは大きい。それが三つ、広場の上方に、ドラゴン──のいるであろう煙──を囲む三角形を描いている。そこから、やはりふた回りは大きな雷の龍が出現し、さながら稲妻のようにドラゴンに落ち──その時、

 

「ヤバいっす!!」

 

 突然、リリーが俺たちを脇に抱え、高く跳んだ──と同時に煙の中から赤く燃え盛る火の玉が飛び出した。ブレスだ。直径四メートルくらいはありそうなそれが、表通りの石畳を抉りながら先ほどまで俺たちがいた所を、通りに対して斜めに通過し、仕立て屋の店舗に命中──だけにとどまらず、射線上にある建物を次々とぶち抜いてゆき、数百メートル以上にわたり消滅させてしまった。下手すると、城壁さえも貫通しているかもしれない。

 シュタッと建物の屋根に着地したリリーが、俺たちを両脇に抱えたまま息をつく。黒っぽいショートヘアーが乱れている。

 

「こっちに向かってブレスが放たれそうな音が聞こえたんす。間に合ってよかったっす」

 

「ありがとうございます──それより」ノエルは広場のほうを睨んでいた。「兄上、あれ、効いてませんよね?」

 

「ああ、ドラゴンバリアーには(ひび)一つないように見える」

 

 広場ではクリフとドラゴンが再び激突していた。彼らの動きにはいささかの翳りもない。

 ノエルは感知能力も低くない。煙が立ち込めていようと、雷の龍を当てることくらいはできたはずだ。

 ドラゴンは魔法やスキルは使えない。したがって、それらの効果によって防いだというのも考えなくてよい。

 つまり、単に威力不足だったか、雷属性が苦手というのが見当違いだったか。

 俺は馬車を見やりつつ、

 

「あそこの馬車の魔石を拝借してブーストしたら、あとどれくらい威力を上げられる?」

 

「仮に十分な量があるとして、ですが……」ノエルは瞬く間だけ考え、「今の三倍くらいまでなら制御できるでしょう」

 

「なら、一度やってみるか」

 

 俺たちは石畳に下り、検証を実行した。

 しかし──

 

「これでも駄目なのか」

 

 そう呟いた俺の視線の先、ドラゴンは健在で、バリアーも無傷。まるでダメージが通らない。

 

「流石は最強種族といったところでしょうか」ノエルは鷹揚な口調だが、その顔には焦りの色が滲んでいた。

 

 クリフが前衛として踏ん張ってくれているが、じり貧だろう。長く持たないのは誰の目にも明らかだった。

 かといって、冒険者の加勢は望み薄だった。ドラゴンと戦える、又は戦おうという冒険者は少ない。都合良く近くにいる確率は低いだろう。

 と、リリーがぴくりと反応し、城のほうを見やった。

 

「騎士団っす!」声を弾ませて言う。「ドンパチに気づいて駆けつけようとしてくれてるっす! カチコミっす!」

 

 時を交わさずしてプレートメイルに身を包んだ一団が、ニンジャみたいな大跳躍で広場に闖入してきた。騎士団の中でも選りすぐりの強者(つわもの)だけを集めた精鋭部隊のご到着だ。

 その先頭にはウェーブさせた長髪の男、副団長のバーナードがいる。彼は魔弓による援護射撃を得意とする高速移動砲台である。そのポジションなら長い髪は邪魔じゃない? 切りなよ、と俺は密かに思っている。

 即座にクリフを中心として陣形を整え、ドラゴンに臨む。

 

「多少は猶予ができましたね」

 

 ノエルが幾分かホッとした様子で言うが、裏を返せば、“多少の猶予” のうちに攻略法を見つけなければ負けると踏んでいるということ。そして、その見立てはおそらく正しい。ノエルの不安の色は、なお色濃い。

 俺は弟の、将来禿げそうな柔らかなホワイトブロンドヘアーをくしゃくしゃと掻き回した。

 

「心配すんな」と安心させるように言い、「俺にいい考えがある」

 

 ノエルとリリーのまつ毛がぴくりと上向いた。

 

「本当ですか!?」「やつのタマァ取れるんすか?!」

 

「ああ」とうなずき、「ただし、作戦の成否はノエルに掛かっている」

 

「……兄上は僕ならばできると思っているということですよね」

 

「そうだ」

 

「それなら問題ありませんね」ノエルは微笑んで言う。「父上に比肩する慧眼を持つ兄上がそうと確信したのならば、それが真実です。躊躇う理由はありません。やりましょう」

 

 

 

 

 

 

「ガオガオ! ……ガオ? グルル?」

 

 騎士団(ごはん)と戯れていたドラゴンが、怪訝そうに空を見上げた。

 そこには二本の巨大なレールと一本の長槍があった。いずれも鋼鉄製。鉛直状態で宙に浮かんでいる。もちろん、ノエルとかいうチートキャラの仕業である。彼は今、リリーと共に切妻屋根の陰に身を潜めている。

 一方の俺はというと、広場から少し離れた表通りの真ん中に仁王立ちしていた。そして、俺の傍らには竜玉の馬車があり、俺とドラゴンとの中間地点には雷の魔石が詰め込まれた麻袋がたくさん転がっている。その真上、およそ三十メートルの所(マンションの十階くらいの高さ)にレールが静かに佇んでいる。

 位置関係を図にすると、

 

           ┃ ごはん

 ━━━━━━━━━━┛     ごはん

 俺   魔石袋×いっぱい  ごはん

竜玉馬車 (レールと槍)    ドラゴン

 ━━━━━━━━━━┓     ごはん

  (ノエルとリリー)┃ ごはん

 

 どこからどう見ても罠だし、事実、罠以外の何物でもない。

 フィジカルに極振りしたせいで知能がお亡くなりになった、でお馴染みのダチョウくらいしか引っ掛からなそうなくらい怪しさ満点だが、ドラゴンの知能はダチョウといい勝負するレベルなのでこれで十分なのだ。

 俺は竜玉を積んだ幌を開けた。

 赤、青、緑その他様々な色の原石が、傾きつつある日差しを受けて妖しく輝く。キラキラである。ちょーかわいい!

 

「ガオ!?」

 

 ドラゴンが目の色を変えたのがはっきりと見て取れた。団子より宝石なのだろう。港区女子属性まで持ち合わせているのかもしれない。強いわけだ(?)。顎の力は段違いだが。

 ドラゴンが飛び掛かってくる。爆発的な加速。

 しかし、母に似てAGIとDEXが先天的にバチクソに高いノエルならば対応できる。

 

 ──バチッ。

 

 紫電の弾ける音がした。

 あるいはそれは、死神が鎌を振り下ろす風切り音。

 そうしてレールに電流が走ると同時に鉄槍が消えた。

 

 ──ドォン! ズドンッ!

 

 レール、もとい超電磁砲(レールガン)から射出された、音速を優に超える槍が、雷鳴のごときソニックブームを撒き散らしながらドラゴンを貫き、さらに石畳に縫いつける衝撃音が轟く。それに一拍遅れて、

 

「ガァァァアアアア!!」

 

 ドラゴンの、耳をつんざく絶叫が辺りに響き渡った。

 

「おおっ!!」

 

 どこからか感嘆の声が聞こえたが、まだだ。まだドラゴンは存命。致命傷には至っていない。むしろ手負いになったことでより狂暴さを増していることだろう。

 

 ──バチィィッ。

 

 再びスパーク音。

 リリーに支えられて立ち上がったノエルが、ドラゴンに向けて手をかざしていた。その小さな手のひらから電撃が落とされたのだ。その先にはドラゴン、そして魔石袋。

 袋の口から光が洩れた、次の瞬間、

 

 ──バチチチチチチチチッッ!!

 

 すべての袋から四方八方に電流が迸った。避雷針よろしく尖っている鉄槍の石突(いしづき)に吸い込まれてゆき、

 

「ガァァァアアアア!!」

 

 ドラゴンの肉体を内側から焼く。もがきつつ苦しげな声を上げる。

 ドラゴンバリアーはその名称からイメージされるとおり外側からの攻撃には無類の強さを発揮するが、その内側で起きていることには影響を与えない。結界魔法と同じ仕様だ──そんなふうに推測していた。

 雷の龍に反応したのは、肉体の苦手属性だったからだろう。バリアーの弱点ではないが、肉体としては苦手だった。だから本能に突き動かされた。

 そして、その苦手な(=耐性のない)電撃を大量にそそぎ込まれた結果起きる物理現象は、

 

「ガァァ──」

 

 ──バァン!!

 

 ドラゴンの脳が、眼球が、首が、四肢が、胴が、尾が爆ぜた。血が、肉片が、臓腑の欠片が飛び散り、町を鮮やかに彩る。

 水蒸気爆発だ。体内の体液が急激に熱せられて膨張したことで内圧が増し、耐え切れなくなった肉体が弾けたのだ。風船にものすごい勢いで許容量を超える空気を入れればその風船は瞬間的に割れるわけだが、それと似たようなものである。

 さしもの最強生物といえど、もう動く気配はない。確実に絶命している。ホラー映画みたいに血肉がうねうねしながら襲ってきたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようで何より。

 

『ドラゴンを討伐しました』『700ポイントの経験値を原始取得しました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』

 

 勝利を告げる耳心地のよい声が、その判断にお墨付きを与える。

 

「ふぅ」俺は息をついて肩の緊張を解いた。「何とかなったな」

 

 なお、馬車を盾にするようにしてちゃっかり身を隠していたので事なきを得ている。馬車はえらいことになっているが、緊急避難だからセーフである。

 合法! 他力本願チート! 勝利!

 これぞナーロッパ三原則である(?)。

 なお、損失補償。

 俺は事後処理から全力で目を逸らしつつ、馬車の陰から出た。ぺちゃぺちゃと血溜まりが鳴る。

 屋根を見れば、ぐったりとしたノエルがリリーに寄りかかっていた。しかし意識はある。

 広場では、何が起きたかわからないという様子の騎士たちが立ち尽くしていたが、

 

「ドラゴン討伐完了! 我々の勝利だ!」

 

 体力も魔力も有り余っている俺が元気溌剌に宣言すると、

 

「うおおおおおお!!」「きたねぇ花火だ」「これでわたしもドラゴンスレイヤーの仲間入りっす!!」「ええぃ、ウィリアムズ家の血は化け物か!!」「くぅ、疲れましたぁ!!」「また書類仕事が増える……」

 

 めいめい弾けんばかりの喜びの声(?)を上げた。

 なお、後日帰宅した母から、

 

「まったくもって優雅ではありませんね。猛省してください」

 

 とお叱りの言葉を頂戴した。血肉爆発四散という手口がよほどお気に召さなかったらしい。

 

「いい機会ですので、アランさんとノエルさんにはダンジョンで “優雅なる虐殺” の特別レッスンをして差し上げましょう」

 

 そしてダンジョンに連れ込まれた俺たち兄弟は、ブラインドチェスを覚えた。母が本来の目的を忘れてイキイキとモンスターをバラバラにし出し、暇になったのだ。

 

「チェックメイトです、兄上」

 

「ちょ待てよ」

 

「駄目です」

 

「けちんぼ」

 

「どうして現実の戦闘IQは高いのにボードゲームはよわよわなんですか?」

 

「血が流れないからじゃないか?」

 

「なるほど、母上の同類ということですか」

 

「……」

 

「?」

 

 こうしてドラゴン襲来編は幕を下ろしたのだった。

 二度と戦いたくないと切に願う。頼むぜ、神様よ。

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