あらかじめ断っておくが、俺の素の戦闘力は良く見積もってもせいぜいが新米騎士くらい、冒険者で言うとC級下位くらいである。
状況を整理しよう。
俺の装備はロングソードと短剣が一本ずつ。戦闘用の魔道具が少々。
前方七十メートルほどの所に、まぁまぁちゃんとした馬車が一台、馬の死体が五体、騎士らしき死体複数体、侍女らしき死体が二体、それらの下手人らしきうらぶれた風体の男が十人、そして貴族令嬢──馬車の家紋と彼女の年の頃から推測するに、おそらくはエバンス伯爵家のミスティ嬢だろう。
戦時であれば非軍人を害するのも合法だが、エバンス領は現在戦争をしていないはずだ。
したがって、ミスティが賊に襲われているものと見てまず間違いなかった。そして、この賊には俺では絶対に勝てないことも間違いない。
ミスティに向かって賊の一人が片手剣を振り下ろす。
──キィィィン!
硬い金属音が辺りに響き渡り、
「ちっ」
片手剣を弾かれた賊が舌打ちをした──そういう顔をした。
ミスティの周囲には “防御結界” が展開されている。彼女の魔法だ。
俺がのんびりと状況分析をしていられるのは、これがあるからだ。どうやらミスティは結界魔法、要はバリアー系魔法が得意らしく、多少の猶予はあるようだった。
とはいえ、魔力には限りがあるし、ミスティの苦しげな顔を見るにその時は近いように思われた。
そうなる前に何とかする
『なぁなぁ賭けをしようぜ!』ルシフが何か言ってきた。『それでお前が勝ったら助けてやってもいいぜ?』
──というと?
『いよいよってなった時にあの女が自殺を選ぶか、選ばないか。当たったら力を貸してやる──もちろん、オレはみっともなく生にしがみつくほうに賭けるぜ!』
──助ける気ないじゃん。
『ギャハハ!』
神は駄目だ。俺が自分の力だけで何とかするしかない。
しかしいったいどうすれば……。
英雄のような力もなければ、妙案も浮かばない。ネガティブが胸裏に滲む。
やっぱり無理なのか。俺は正義の味方になれないのか。
『きひっ、正義の味方って、ひひ、ちょーウケんだけどー! ギャハハハ!』
待て、まだ時間はある。諦めるな。最悪、玉砕覚悟で突っ込んでミスティと共に森に逃げ込めば……いや、この辺りの森は高ランクの人食いモンスターが生息してるんだった。となると……。
絶望──しかけたその時だった。ふと、よぎった疑問があった。
なぜ神は善行を推奨しているんだ?
善行──一般には人のためになることを指すとされているが、俺たち人間がそれをして神に何の得があるんだ?
いや違うな。
そこは今は考えなくていい。重要なのは、神が人間の善行を求めているということがどうやら事実らしいということだ。
なら──
『駄目だ』
ルシフは先回りして答えてきた。『 “賊を倒すのは善行だから神にもメリットがあるはずだ。だから協力してくれてもいいはず” ──そんなふうに考えたんだろ? カスにしちゃいい線いってるが、あめぇよ、その理屈は通らない』
いい線いってるのに駄目? なぜだ。
……ん? 今、“あめぇよ” って言ったよな? ログは残ってないが記憶には確かにそうある。“あめぇよ” とは理屈の詰めが甘いという意味か、それとも甘えた根性をしているということか、どっちだ?
「……」
返事を待っても沈黙しか返ってこない。
ということは、答えづらい、つまり答えてしまうと神が嫌うところの “アンフェア=他の人よりも著しく俺に有利な状態” になりかねないということなのではないか。換言すれば、“あめぇよ” という発言の中に現状を打開するヒントが潜んでいる。
──あっ。
ひらめくものがあった。
もしかして、賊を倒すのに片務的に(=アンフェアに)協力してしまったらその人間の力で善行をしたことにならないから駄目だったのか?
あるいは、そもそも神の直接的な介入が何らかの事情で不可能な可能性もあるか。
いずれにせよ、神に頼らずに為した善行はやはり神にとっても価値があり、評価に値するということは否定されない。
『ギャハ』
であれば、だ。いけるかもしれない。
もう一つ思い及んだことがある。
死後に行われる審判で善行と悪行が精算されるというのが真であるならば、マスクデータのような形で善行と悪行が定量的に記録されているはず。そうでなければ精算なんてできないんだから不整合だ。
その善行のマスクデータを、仮に “善行ポイント” と呼ぶこととする。
サターンデュ教の教えと併せて考えると、善行ポイントとは〈人間が自分の力で完遂した善行の対価としてその個人が取得し、単独で所有する点数又は権利〉と定義することができる。
もしも後者(権利)であれば、善行ポイントを行使するか否かは所有者の意思に委ねられる。権利には通常それを行使しない自由が内包されているからだ。これは取りも直さず、“死後の審判” では善行ポイントを支払って死後の待遇を買う必要があることを意味する。ただ一方的に、神の査定を受けるだけの受動的な儀式ではなく、もっと能動的で、ビジネスライクな取引ということだ。
そして神の発言。
“
反対解釈すれば、“普通ではない会話をしたら何かが起こるかもしれない” となる。“普通ではない会話” とは、神がアンフェアを嫌っていることを考慮すると、売買契約のような有償双務契約の申し込みとそれに対する承諾のことなのではないか。
そして、人間が対価として差し出せるものといえば、やはり善行ポイントだろう。
つまり、〈神スキル〉の真の効果は〈善行ポイントを使って神と取引できる〉だったんだ。
もちろん、憶測の域を出ないのはわかっている。仮定に仮定を重ねた砂上の推論だ。
だが、もうこれしかないように思われた。時間もない。だから俺は念じた。半ばやけくそで。
──おい、ルシフ! 俺の善行ポイントをくれてやるから力を寄越しやがれ!