マリアナの清楚系な歌声が城下町に響き渡る。
「~♪」
広場に急遽設置された特設ステージの上、音声拡張魔法の施されたコケシみたいな棒をマイクロフォンにして歌って踊っている。プラチナブロンドの髪が舞えば、推定J70カップのおっぱいがぽよんぽよん跳ねる。
痛そうである。
しかし、マリアナのクーパー靭帯は天下無敵だから大丈夫らしい(公式見解)。歌って踊って戦える美少女(?)のおっぱいは格が違うということだろう。
こなれた微笑を口元に漂わせ、悪戯な眼差しを観客に投げかける。その姿はスーパーアイドルそのもの。観客は魅了魔法にでも掛かったかのように男女問わずメロメロである。4000年のキャリアは伊達ではないようだ。
城から双眼鏡を使って民衆の熱狂を眺めつつ俺は、冷めた心でそんなことを思う。
本来ならばマリアナのライブは予定になかった。訪問してきたのは、ウィリアムズ領の獣人政策を視察するためだ。上納金の回収のための一団にしれっと交ざっていたマリアナ本人が、サプライズライブの開催を伝えに城を訪ねた際にそう説明していた。
まさか親玉が直接乗り込んでくるとは、思ってたより大事になってて草ァwww
といったところ。まぁファンサのついでという感じなんだろうが。だって水際立った成果は上がってないし。本当に微々たるものだし。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「だぁれだ?☆」
ライブが大成功を収めた翌朝のこと、いつものように庭で剣の鍛練に励んでいると、不意に背後を取られ、手のひらで目を塞がれた。
「!?!?!?」
戦慄した。まったく気づかなかった。何という
教師をしていたクリフも、その手伝いをしていた耳がいいはずのリリーも、天才の名を欲しいままにするノエルも驚愕に息を呑んでいる──その気配がする。
俺はそっとその手を払いのけつつ、
「聖女様におかれましては、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「もうっ、他人行儀は “めっ!” なの! マリアナちゃん☆ って呼んでくれなきゃやぁだ!」
鼻に掛かった甘ったるい声。4000歳を超える女の子()のぶりっ子である。いい年して女子を自称する中年女性の比ではない貫禄のエグミ。
「うわきつっ」
口をついて本音がまろび出たのもやむなしであろう。
聖女はぷくっと頬の片方を膨らませた。見た目はすこぶるかわいい。抗議のつもりなのか、
「んぅー! んぅー!」
と媚びた唸り声を出しながら、つんつんと脇腹をつついてくる。その指先には星型──トゲトゲボールに成形した魔力を纏っている。おそらく “
「やめろ」
俺はマリアナの人差し指を掴んだ。「で、結局何しに来たんだ?」
マリアナは指を掴み返しながら、
「獣人政策の仕掛人とお話ししてみたくてね」
不意のシリアスな声音。指をぎゅうぎゅうと締めつけてくる。「君は何を考えているのかな?」
「神の御心にかなった世界になればいいなぁ的な感じ」
「嘘ね」聖女は断じた。「君の瞳はルシフ様にもわたしにも心酔していない。無機物でも見るように冷徹に観察している。もう一度だけ問う。君は何を考えている」
ぎりぎりまで指をねじられる。正直に答えないと骨を外すぞ、ということだろう。権力関係からか、あるいは聖女の纏う独特の威圧感からか、クリフたちは動けないでいる。
俺は、
「例えばさ」
と口を開く。「道端で物乞いをしている子供を見てマリアナはどう思う?」
マリアナはいささか虚を衝かれたように、「……かわいそうだと思うよ」
「じゃあ、戦争で殺されたり犯されたりする民のことは? 生まれつきの精神障害が理由で問答無用で殺処分にされる赤ちゃんのことは? 遺伝的要因や環境的要因から犯罪に走らざるを得なかった人のことは? 貧困や児童虐待の連鎖に囚われた人のことは?」
「不幸な身の上ね、そう思うわ」
「俺もそう思う」
マリアナは眉間にしわを寄せた。「……何が言いたいの」
「俺はそれをマシにしたい。社会の構造レベルでね。
そのためには社会に余力がなければならない。余力を作り出すには効率的な社会でなければならない。差別して人材を遊ばせておくのはいかにも非効率だ。だから変えたい」
「悪魔の共犯者とそうでない者を分けて扱うのは差別ではないわ。信仰を守るために必要な合理的区別よ」
「信仰を否定するつもりはないが、信仰さえあれば “最大多数の最大幸福” が実現するというわけじゃない。より高い視座で見れば、より多くを救うためにはその配分原理は変えるべきものだとわかるはずだ」
「君は優先順位を間違えている。“教義という規範” に従うことこそが正しさの核であり、何よりも優先されるべき “神聖な義務” よ。神の従順なる信徒が積み重ねてきた “穢れなき信仰” に報いることが蔑ろにされれば、その法源性が揺らいでしまうわ。それに反逆するのは神への反逆と同義、紛れもない “絶対悪” よ」
ふっ、と失笑した俺を聖女が訝しむ。
「何がおかしいの」
「
「神の目指す “楽園” を実現するためには必要なことよ」
「効率的社会こそがその楽園とやらに最も近いものだと思うがね」
「信仰なき合理主義の先にあるのは、理想郷とは名ばかりの地獄よ」
「そこで自然権思想っすよ」
「ルシフ様の残した語録があればそんなこまっしゃくれたものは要らないわ」
俺と聖女は見つめ合った。
「見解の相違ね」「だな」「指、折ろっか?」「お好きにどうぞ」
ニコッと笑って聖女は、しかしパッと指を放した。
「もー、そんなことできるわけないじゃない!☆ 聖女ちゃんは君のことだって愛してるんだよ?☆」
そして突然、「だーい好き☆」抱き締めてきた。「愛してるよ☆ アラン君☆」
豊満すぎる乳肉に顔が埋まり、息ができない。「し、しぬ」
「ちょーっと変わった考え方してるみたいだけど、ルシフ様は器の大きなお方だからぁ、聖女ちゃんも大目に見てあげる☆」それから声を低くして、「どうせ無意味だし。差別感情は無くならない。それが人というものなんだよ」
「……おっぱいをどけろ」
「やぁだ☆ 聖女ちゃんの魅力にヤられちゃうまで放さないんだから☆」
「としかんがえろ」
「……」マリアナは無言で抱き締めるのをやめて俺の指を取った。「聖女ちゃんは十七歳なの、いいね?」
「え、だって4292年前から──イタタタタタッ」
「聖女ちゃんは十七歳、わかったかな?」
そのガン決まった眼光は、これが最終通告だと如実に物語っていた。
「……はい、せいじょちゃんのくーぱーじんたいはじゅうななさいです」
「むぅ、微妙に論点をずらされた気がするぅ」
「気のせいだ」
「仕方ないなぁ☆ 今回だけはそういうことにしてあげる☆」
マリアナは指質を解放すると、
「また会いに来るね☆」
そう言って去っていった。嵐のようなおっぱいであった。
そうして時は流れ、十歳の誕生日を迎えた。
すると、錬金術師のイエルが城を訪ねてきた。誕生日プレゼントを渡しに来たらしい。何かと思えば、ステンレスっぽいボディーの犬型ロボットだった。
いや何でやねん。ここ、ファンタジー世界やなかったんかい。
しかし聞けば、ちゃんとファンタジーしていた。
曰く、恋人の生体ゴーレムが錬金術を使ったことに着想を得て開発した自己進化機能付き鋼鉄製ゴーレムらしい。自らの機体と新たな対価を捧げ、記憶を継承した、より強く、より賢いゴーレムを錬成する機能を備えており、理論上、S級冒険者を超える可能性を秘めているという。
番犬にどうぞ、と軽い調子で言っていたが、下手するとウィリアムズ領の最高戦力になりかねない恐ろしいAI兵器である。
まぁ貰うんだけどさ。
「お前の名前はパチコウだ」
犬型ロボットにそう告げると、目がピカピカと光り、やる気なげに「わん」と鳴いた。人間の醜いエゴを満たしてやるためにわざわざ鳴いてやってるんだから感謝しろよ、と言わんばかりのスレた態度である。
こうして番犬がファミリーに加わった。
ちなみに、錬成素材はそこら辺の森やダンジョンから自力で採ってくる仕様らしい──まぁ自己進化を謳うならそうなるわな。
ので、留守にすることが多くなる。番犬としてはイマイチである。
パチコウは順調に自己進化を繰り返し、俺が十一歳になるころにはBランクモンスターにも負けない強さを手に入れており、大量破壊兵器への道を一歩一歩確実に邁進していた。
のみならず、暗殺魔法すなわち認識阻害が施された殺害魔法も得意らしく、母もご満悦である。
また、当初懸念された番犬不適格問題も、実体のある分身を犬小屋に待機させることで解決している。強いってばよ。
見た目に関してだが、犬っぽいのはそのままに、どことなく洗練されたデザインになっている。昭和ロボアニメから平成ロボアニメに進化した感じ。カッコいい。
「わんわん」
相変わらずやる気も覇気も忠誠心も感じられない鳴き声のパチコウと庭で戯れていると、
「兄上」
ノエルが声を掛けてきた。いつになくシリアスな面差し。「少しお時間頂いてもよろしいでしょうか」
俺たちは庭のベンチに腰を落ち着けた。
ノエルが重たそうに話の口を切った。
「兄上は以前、自然権というものについて話してくださいましたね。聖書に代わり、あるいは補い合って社会を規律する思想になりうると」
「せやな」
「僕なりにいろいろと考えてみたんです。そして、結論しました」
「ほーん?」
「兄上は間違っています」
「その心は?」
「自然権という概念を持ち込むには、この世界は未熟なんです。いえ、正確には、民が、です」
「一理ある」
「民は幼く、愚かな存在です。極めて狭い視野で自らの欲望の充足のみを追求し、その利己主義を正当化するために理屈をこじつける。それがさも公益に則した、あるいは正義であるかのような口ぶりで語り、にもかかわらず彼ら自身はそれが牽強付会に陥った詭弁であると気づきもしない」
「知性が足りないなら教育すればええやない」
「兄上、愚者につける薬はないのです。我々のような、厳選された青き血の流れる一部の上流階級を除いて、救いようのない愚か者しか存在しない──それがこの世界の真実なのです」
「馬鹿やったとして何が問題なん? ええやん別に。何なら馬鹿のほうが人生楽しいで?」
「あるいはそれは、未来においては違うのかもしれません。千年後、二千年後には遺伝子の取捨選択により今よりは民の脳髄の質が改善されている可能性は否定しません」
「──と思うやん? 大して変わらんよ、実際。賢さが自然選択の絶対的な基準ってわけやないからね。多様性を確保して保険掛けときたいって要請もあるっぽいし」
「今の民に自然権を与えるとどうなるか兄上ならばわかるはずです。好き放題に妄言じみた利己的理想論を、あるいは不都合な存在への誹謗中傷を繰り返し、それが叶わぬと悟るや否や、領地を崩壊させる暴徒と化すのです」
「誤った反乱を
「そうです。
だからこそ厳格な身分制度により民の権利を制限してやる必要があるのです。愚か者には愚か者に相応しい箱庭を与えてやる。あるいは、
「やり方次第だと思うけどな。たしかに今の時代の思想的成熟具合では劇薬になりうる。それは事実だ。
だが、サターンデュ教との親和性を保ちながら具体的な施策の中で少しずつ広めていけば良薬になりうる。早いうちに自然権というブレーキを設定できれば、そう遠くない未来に始まるだろう国家の中央集権化とそれに伴う大規模な国際戦争で演ぜられる悲劇を抑えられる。その先に待ち受けるあれやこれやでも、人の心ないんか状態のド畜生イベントを多少は回避できる」
はぁ。
ノエルはピチピチの十歳児には似つかわしくない重たい溜め息をついた。「やはりわかっていただけませんか」
「まぁなぁ」俺は空を仰いだ。「ノエルの気持ちもわかるけどさ。かわいそうなことはなるべく起きてほしくないってゆーか」
「わかりました」ノエルは声に力を込めて言った。「そういうことでしたら仕方ありませんね。これからは敵同士です」
「お、初めての兄弟喧嘩やん。オラ、わくわくすっぞ」
「ウィリアムズ家は僕が継ぎます。
たとえ、兄上が〈知恵の賢者〉と讃えられていようと、僕には〈魔法の賢者〉と評される天賦の才があります。実績を積み、長子相続の原則を打ち破る──僕にはそれだけの力があります」
「ふむ」俺は顎先を扱いた。「ま、頑張って」
ノエルは肩透かしを食ったように呆けた。「軽いですね」
「俺としてはどっちに転んでもいいかなって気持ちもあるんだよ。
思想改革には公爵の地位はたしかに都合がいい。
けど、俺がそれを利用するのは狡いような気もしてるんだ」
「それは未来の記憶というのがあるからですか?」
「ああ、やっぱり大人対子供じゃフェアじゃないだろ?」
「子供と言うほど子供ではありませんが」
ノエルは拗ねたようにわずかに口をすぼめた。
思わず失笑して、ノエルの頭を掻き回す。
「や、やめてください」
「ははは」
『スキル・〈以信伝心〉を発現しました』
というシステムメッセージがノエルの脳内に流れたのは、彼が十一歳になって二箇月が過ぎたころだった。
ウィリアムズ家はにわかに沸いた。
百人を上限に登録された友好度の高い人物との念話が距離に関係なく可能なこのスキルは、政治家や指揮官には打ってつけの逸品だった。人類史上初のスキルでもあり、ノエルの魔法と合わさればその活躍は約束されたようなもの。彼が歴史にその名を刻むのはもはや確定事項のように思われた。
そして、その評価は身内贔屓などではなかった。
“精神感応系最優”
スキルの条件のために以前にも増して父に連れ回されるようになったノエルのそれが、そんなふうに評されるようになるまで時間は掛からなかった。
時を交わさずして、
「次期当主にはノエル様のほうが相応しいのではないか」
ここまで直接的ではないにせよ、そんな声が同盟貴族や民衆から聞こえてくるようになった。モンスターや戦争の脅威に常にさらされているこの世界の住民にとって、戦争の申し子のようなスペックのノエルは救世主にほかならない。〈魔法の賢者〉は伊達ではないのだ。
その一方で、
「いやいや、アラン様の叡智こそが上に立つ者に最も必要な資質でしょう。戦いなど騎士や傭兵、冒険者にやらせればよいのです。彼は人格も優れている。原則どおり彼に継がせるべきです」
そのような声も少なくなかった。特に獣人をはじめとする貧困層からの支持が厚く、慈善活動の手伝いを無償でしてきたからか、教会関係者の評判も悪くなかった。獣人政策に対して聖女が許容の態度を示したのも、その判断を後押ししたのだろう。
“知恵” と “魔法” ──二人の賢者を
『スキル・〈神スキル〉を発現しました』