バロン辺境伯領の城下町からパトリシア領境までおよそ1630キロあり、侯爵の城までは更に560キロ進まなければならない。札幌から那覇までの直線距離とだいたい同じと言えばその遠さがイメージできると思う。
〈各領本拠地の城下町のざっくりとした位置関係〉
バ領
西⬅️ ベ領 ➡️東
パ領 エ領 ウ領
母が
そして俺の場合だと、神の贋作シリーズの使用の有無で変わってくる。
〈罪には罰を〉の対象設定機能は事実上の悪行歴の覗き見でもあるが、一度相手方(≒被疑者)を定めたらその人物を殺害しない限りほかの人を相手方とすることができない。つまり、犯人の指摘を間違えたら無実の人を殺さなければステータス及び貫通効果の強化とポイントの前借りが永遠にできなくなるということだ。冤罪死刑である。傲慢にも正義を振りかざす極悪人が最も忌避しなければならないものだろう。最上級のリスクだ。スキルというのは本当に嫌らしい。
対象設定は絶対に外せない。
パトリシアが犯人だとは思う。彼を犯人とすると、ジグソーパズルがぴたりと嵌まるようにすべてが整合する。
可能性としては、蘇生防具の所有者全員の行動を把握しているわけではないから彼以上に辻褄の合う容疑者がいないとも限らない。しかし、悠長に調査したり善行ポイントを稼いだりするのも危険だった。
ウィリアムズ領だけが狙いだったならゆっくりしていてもいいが、同盟貴族やほかの領地も滅ぼすつもりだったならまたしても夥しい人命が失われる。ヤるなら早いほうがいい。
覚悟を決めた。
だから早速、戦闘の相手方をアルマス王国のエリス・パトリシア侯爵に設定した。すると、
『105,806件の聖職者殺人罪(教会法)、1件の器物損壊罪(教会法)によりステータス及び貫通効果に上昇補正(×100×50)が加わります』
『709,541,320,400善行ポイントを前借りできます。前借りしますか?』
というシステムメッセージが脳内に響いて度肝をぶっこ抜かれた。
ななせんおくって何億だっけ? 三億くらいだったか?
桁違いの数字に俺は激しく動揺し、混乱していた。
「ルシフさぁん?! ちょっといいですかぁあ?!」
実はまだ宿屋──朝食を済ませて部屋に戻ってきたところだった。ベッドに腰掛けている──なのだが、俺はたまらず神を呼んだ。
「藪から棒に何だ?」レオノールが訝しみ、ミスティはちょっとむっとしてみせた。「ルシフ様と仲が良いのですね。悪魔信仰に目覚めてしまいそうです」
「悪い。ちょっと想定外の数字が見えてな」
少ししてから、
『んだよ、朝っぱらからるっせぇな』
──前借りの善行ポイント、バグってないか。
『んあ? ……ああ、そーゆーことな。バグってねぇよ』
マジか。
これはもうパトリシアが犯人で確定と見ていいだろう。
そして、おそらくまだほかにも滅ぼそうとしている領地が複数ある。その凶行、大虐殺を止める対価がこの桁外れの善行ポイントなのだ──というように最悪を想定しておくべきだろう。
倍率の計算式については判然としないが、件数や規模の割に上昇補正が低いから罪数による単純な合算ではなさそうだ。どれだけ罪を重ねようと、体が一つしかない以上実際には財産没収や内臓抉り、八つ裂きなどですまされてしまうからか、罪ごとの上限が設定されているからか、仕組みは不明だが。
なお、器物損壊罪は同一所有者のものを一回の行為で破壊した場合一件とカウントされるが、これは令和日本と同じだ。
閑話休題。
──ヤるか。
よし、と膝を打って婚約者(?)の名を呼んだ。
「実はミスティに折り入って頼みがあるんだ」
その日の午後四時前、俺はパトリシア侯爵の城を訪ねた。一人だ。
門番にアルマス王家の紹介状を見せると、彼は仰天して、
「し、しばし待たれよ」
慌ただしく城内に駆け込んだ。王家の紋章──シーリングワックスが本物か確認しに行ったのだろう。
少しして戻ってくると、応接間に通された。
更に数分が過ぎるとドアが開いた。
「久しぶりだな、アラン君」
アッシュゴールドの髪を、カーテンを開くように左右に分けた
「ええ、お久しぶりです、閣下」
パトリシアが差し向かいに腰を下ろすのを待って急な訪問を詫びた。
パトリシアは、「構わないさ」と朗らかに応じると、
「それで、内密に相談したいことというのはいったい何なんだい?」
きらびやかでだだっ広い応接間には俺とパトリシアの二人しかいない。
俺はいつもどおり結論から口にした。
「実は閣下にウィリアムズ領襲撃の嫌疑が掛かっているのです」
殺害時の善行ポイントの量から悪行は確定だろうが、その内容を
パトリシアは目を丸くして控えめに驚きを表現した。自然体だ。「どういう理屈でそうなったんだい?」
大前提として蘇生防具の所有者の中に犯人がいることを説明し、理解を得ると、
「閣下はミスティ・エバンスという令嬢のことはご存じですね? そして、彼女のスキルが読心系であるということも」
「もちろん彼女のことはよく知っているよ。けれど、スキルについては初耳だ。読心系というのは本当なのかい?」
ええ、と軽くうなずき、
「そのミスティ嬢がこのように証言しております。
『パトリシア侯爵はウィリアムズ領の襲撃を企図しており』『彼の持つ、スキル名を看破する理外のスキルにより乙女の秘密を盗み見し』『その襲撃計画の露見を懸念してわたしを手中に収めようとした』」
そう、“阿漕な手法” というのは、“切り違え尋問” と言われるもののことだ。具体的には「共犯者が自白したぞ(実際にはしていない)」などと告げて被疑者に自白を促す取調べが該当する(だからミスティのやつは厳密には類似手法)。要は、情報の非対称性を悪用するわけだ。日本では違法だが、アルマス王国ではホワイト寄りのグレーとされている。パトリシアがミスティのスキルの効果を誤認しているのをいいことに、彼が犯人であるという仮定から導かれた推論を、さも直接的に得た情報であるかのように偽り、自白へ誘導しようという魂胆である。
パトリシアは、しかし悠然たる態度を崩さない。
「その証言の証明力はどの程度あるのかな。つまり、ミスティ嬢が嘘をついている可能性は排除できているのかい?」
「国王陛下の内心を百発百中で当ててみせました」嘘だけど。「したがって、ミスティ嬢が読心系スキルを所持していることは間違いないでしょう。そして、彼女が侯爵閣下を陥れようと偽証している可能性ですが、考えにくいでしょう。彼女には動機がありません」
「必ずしも犯行に動機が必要なわけではない。動機の不存在は反証としてあまりにも弱い。であれば、その証言も信憑性に欠けると思うのだけれど?」
「その反駁はごもっともです。ですので、証言の検証をおこないました」
「事実と矛盾がないか調べたということかな」
「ええ、そのとおりです」
デイビーズ家との縁組を反故にした理由、ミスティを襲った賊の正体、斥候はいたのに追撃がなかった理由、未開拓地の火事の原因について、〈神スキル〉の効果やウイルスのことは伏せつつ説明し、
「ミスティ嬢の証言が正しいとすると、すなわち閣下を犯人とするとすべての事象に説明がつきます。もちろん矛盾もありません」
詐術である。
パトリシア犯人説の最大の弱点は、ほかの蘇生防具所有者を容疑者リストから除外するロジックがないことだ。しかし、パトリシアの “ミスティは人の思考が読める” という勘違いと嘘の証言がそれを補う。確証バイアスという脳のシステムが無意識下でその勘違い、ひいては嘘への反証を抑制しもする。
もし彼が十分に客観的な視点を維持できていたなら、“婚姻に応じなければ帰りに襲われることがスキルによりわかっていたはずのミスティが、なぜその場限りの形だけのものでも恭順の態度を示さなかったのか” という不整合にも気づいたはずだ。
もっとも、“十四歳の箱入り娘にそのような肝の座った演技などできず、恐怖に混乱するままに正直に否定的な態度を取ってしまった” という解釈で矛盾を解消することも可能で、思考まで読めるという推測を完全に否定することはできない。
ただそうすると今度は、“そのような精神状態の割にはチェスが強すぎる” という不整合が出てくるが、 “元々の棋力が化物じみていることと思考を読めることから、デバフが掛かっていても手癖で打つだけで化物枠にとどまれたのだ” というように整合させれば、勘違いを是正するどころか補強してしまう。
結論として、確証バイアスなどない推理AIだったとしても “ミスティは思考まで読める” という仮説を完全に否定することはできず、人間であるパトリシアが勘違いから抜け出すことは極めて難しい。俺のように “あらぬ疑いを掛けられてギャン泣きされた挙げ句、ありえないくらい人聞きの悪いことを往来の場で全力で叫ばれる” という憂きすぎる目に遭っていれば話は別だがな!
それはさておき。
俺は、沈黙を続けるパトリシアを油断なく見据えながら、
「罪を認めて出頭していただけませんか」
ウィリアムズ領襲撃は法的には、現時点ではエリス・パトリシア個人又は領地ぐるみ(=共同正犯)の大量殺人及び器物損壊と解される。このような場合、普通は被害を受けた領主が事実関係を明らかにしたうえで刑法犯として処罰したり賠償を請求したりするか、宣戦布告と看做して報復戦争で対応するか決めるが、それをする暇もなく綺麗さっぱり滅ぼされてしまった──といっても飛地は無事だったようだが──ために少々面倒なことになっている。
何が起きているかというと、家系が断絶しているため封建制度の原則に則ってウィリアムズ領は王に返還されているのだ。これは相続よろしく包括的な権利・義務の承継を伴うが、換言すれば本来ならば父であるエドワード・ウィリアムズがすべきだった決定を王がしなければならないということだ。しかし、前提となる事実関係が判然とせず、王も判断しかねている。
だからこその “出頭” なのだが、ここでネックになるのが、“王も領主の一人にすぎず、その主権が及ぶ範囲は原則として自分の領地に限定される” という慣習法上の制限があることだ。要するに、国外逃亡した殺人犯と同じで身柄を引き渡されない限り自領の法で罰することができないということだ。そして、その身柄引渡しの決定権は領主であるパトリシアが握っている。だからこの出頭要請は刑事手続法上は任意的なものでしかない。
ただし、教会の権力は原則として土地に縛られずに行使されるため、どこにいようと処罰される。世俗法との二層構造ということだ。したがって、教会から「聖職者を殺した罪で八つ裂きにする」と言われたら法的には逆らえない。
これらの法理ゆえに、教会法違反分の上昇補正しか加わらなかったのだろう。処罰が法的に可能な状況になって初めて “罰とその罪に応じて” という条件を満たすということだ。
これは、その文言が意味するところが、“
なお、王家が宣戦布告と看做した場合は領内の犯罪という括りから外れ、戦争という合法的な競技で処理される。その加害行為が最初から合法だったものとして扱われるのだ。だから世俗法違反分の上昇補正は得られなくなる。ただし、その加害行為時に為された正当防衛までもが不成立になるわけではない。やむを得ずにした防衛行為の違法性は阻却されたままである。
ちなみに、出頭に際しては最上級の奴隷の首輪で無力化する。
「……」パトリシアの喉仏が上下し、ふっ、と息を洩らした。「いいだろう、犯行事実は認めよう。しかし、出頭要請に応じるメリットがわたしにあるのかい?」
「違法性阻却事由、すなわち大義を立証できれば王家を敵に回さなくてすみます」
王家としてはやられっぱなしで放置すれば威信──求心力に関わるから対応しているが、強大な力を持つパトリシアとの敵対は避けたいというのが本音だ。もしも正当性が示されたなら歩み寄るのも吝かではない。
「残念ながら陛下がご納得するような証拠はないね」
「正義が実現されるというメリットもあります」
パトリシアは嘲るように目を細めた。「そんなもの、どこにある? この世界にあるのは弱肉強食の
「否定はしません。しかしそれは一面にすぎません」
「いいや、それがすべてだよ。
アラン君だって知らないわけではないだろう? どれだけ理想を叫ぼうと言葉巧みに綺麗事を並べ立てようと、力ある者がしたことが正しいとされ、力を持たぬ者は死ぬまで虐げられ、搾取されつづける。どこに行こうとその光景を目の当たりにする。教会内でさえそうだ。
わたしにはそれを正義と看做すことはできない。
規範となって我々を導いていた神がすぐそこにおわした原初の時代ならば、あるいは “楽園” の夢を見ても赦されたのかもしれない。しかし、神はもういない。かの美しき女神と共に正義も死んだのだよ」
「いや昨日来てたけど。美しきおっぱい見せて帰ってったよ」
「は?」
『ギャハハ!』
ルシフの笑いにシステムメッセージが続いた。
『〈反逆罪〉によりステータス及び貫通効果に上昇補正(×3)が加わります』
“この出頭要請は
つまり、封建契約上の忠誠義務は別なのだ。パトリシアはそれに違反した。だから反逆罪が成立したのだろう。これで補正倍率は15,000になった。
俺はごほんと空咳をして場を引き締めた。
「動機は何だったのですか?」
「わたしの供述を証明するものはないけれど、それでもいいのかい?」
「ええ、ないなら聞いてから捜せばいいだけですので」
「たしかにそうだ」パトリシアは朗らかに言うと、「動機は──世界を壊したい」
思わず眉間に力が入る。
それでは矛盾する。パトリシアは〈神スキル〉との戦闘を避けるためにミスティから手を引いた。しかし、世界の破壊が目的ならば結局は敵対することになる。だったら、後回しにして対処しなければならない敵が増えてからでなく最初に処理してしまったほうが合理的だ。
「──それなのになぜですか」
微苦笑が鳴った。「こんなに早く発覚するとは思っていなかったからだよ。故郷を滅ぼされたアラン君が暴走して自滅してくれたら儲けもの、くらいの気持ちだった。強大な軍事力を有するウィリアムズ領を先に潰しておくというのも理にかなっていた」
「俺は追放された身ですよ。故郷や元家族が転落しても “ざまぁ” と思うだけかもしれないとは考えなかったのですか」
「追放が真実ならばそうかもしれないが、アラン君の人格と状況に鑑みると偽装だった可能性もないとは言えない。後者であれば精神に負荷を掛けられるだろう?」
「後者であれば、ですが」
「目論見が外れてもこちらにダメージはない──そう思っていたんだけどね、甘かったようだ」
と言う割には落胆や動揺は見られない。
「壊したいと思った理由は、今おっしゃっていた弱肉強食の世界への失望ですか」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「は?」先ほどのパトリシアのようになっていた。
「この規格外の力に目覚めた時、ただただ世界を破壊したいと、そう思ったんだ。しかし、それはわたしが以前から抱いていた願望で、元々あったものが表面化しただけのような気もする。力と願望の因果関係は判然としないんだよ。だからどちらとも言える」
「……世界の破壊それ自体が目的ということですか」
「そうだね」
「……」
ウイルスに破壊衝動を植えつけられた、又は強化されたとすれば、ウイルスを送り込んできた神の目的はこの世界を破壊することということになるが……今はそれを悠長に考えている暇はないだろう。なぜなら、世界の破壊が目的だなどとパトリシアが明かしたということは──
「もう取調べはいいかな?」
「ええ、ご協力ありがとうございました」
と答えた瞬間だった。
パトリシアから静電気めいた紫電がパチッと洩れ、かと思えば、応接間を閃光が満たし、轟音が城を揺るがした。調度品に火が点く。
俺を亡き者にしようと電撃が放たれたのだ。
素の状態ならば当然即死である。が──
「 “魔力の鎧” か。なかなかの展開スピードと密度だ。流石は〈天空の死神〉の息子といったところか」
魔力そのものを全身から放出して纏い、鎧とする “魔力の鎧” があれば雷攻撃までなら防げることは、ノエルたちで実証済みだ。
もちろん、本来のステータスでは攻撃の予兆を察知して先読みし、早めに展開していようと防げない。
しかし、今は上昇補正という下駄を履いている。
さらに、ここに来た時からずっと隠密性EXの〈さいこぱすのち〉を発動している。効果の適用はこちらが先らしく、全ステータス149,985,000(=9999×100×50×3)となっている。才能のなさを異常なDEXが補っていて魔力操作がとてもやりやすい。
そして、素の魔力操作も以前より上達している。ゴブリン少女の件を受けて必要性を痛感し、練習していたのだ。神の贋作シリーズを発動し、潤沢なMPがある状態で。おかげで成長スピードが段違いだった。そのせいで金欠になってしまったのだけれど──というのはさておき。
俺はテーブルをひっくり返して視界を遮ると、テーブルごとパトリシアをぶん殴ろうとし──しかし雷化移動により回避されてしまった。
転生トラック千台分くらいの爆発的な破砕音と雷の衝撃波が重なり、粉々になったテーブルが手榴弾のように弾ける。
「とんでもないな」と、これは俺の台詞。ドアの近くに佇むパトリシアを振り向きつつ、「雷になって動けるってだけじゃなく、反応速度も常軌を逸している」
おそらく生体電流を強化して反応速度を上げ、それに加えて直接操作することで精密な挙動を実現しているのだろう。落雷(伝播の最高速)の速さは光速(
「そう言うアラン君も人間をやめている。それが〈神スキル〉の効果かい? それとも〈罪には罰を〉かな?」
「さぁな」
と受け流し、
──ルシフ! 〈ごきぶりのつばさ〉!
説明しよう!
〈ごきぶりのつばさ〉とは〈かみがみがごきぶりをたいじしながらかんがえたさいきょうのつばさ〉のことである! 超カッケー! これで俺も空を飛べるぞ! 人類の夢、ゴキブリで達成! うひょー! やったぜ!
〈神の翼(贋作)・かみがみがごきぶりをたいじしながらかんがえたさいきょうのつばさ〉
〈本体性能〉
カッコ良さEX 耐久EX 重量EX 羞恥心B 隠密性F ゴキブリの汁の香りEX 全耐性EX 全耐性貫通効果EX 飛行速度不定(ステータス依存。例・ステータスの平均値が10000でマッハ1)
〈バフ効果〉
全ステータスカンスト 全耐性EX スタミナ回復速度上昇EX 魔力回復速度上昇EX ゴキブリ感知能力上昇EX
〈賃料〉
1秒につき5善行ポイント
なぜゴキブリ退治のタイミングで考案したのか。なぜわざわざその
そも、虫は嫌いだ。ゲジゲジとか蝿とか蜘蛛とか、博愛の対象ではないのだ。虫サンが走る。つまり神と一緒。すなわち、神=ルシフ=ゴキブリ。はい論破(?)。何ということか、俺はずっとゴキブリと会話していた! ゴキブリのおっぱいにときめいていた! いと悲し! しかし、これが現実である。受け入れるしかない。
『クソ虫野郎の分際で人んことをゴキブリ扱いしてんじゃねぇよ──つーか、やっぱり【自主規制】ってたんじゃねぇか! そういうことはちゃんと伝えろよボケカスクソムッツリ童貞!』
ルシフの罵倒(?)に呼応するように俺の背中に黄金の光が現れた。瞬く間に輝きが収束し、翼となる。
「おや、アラン君も飛べるのかい?」パトリシアは余裕の態度。
と、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきて、
「エリス様っ!! ご無事ですかっ?!」
ドア越しに臣下の声が飛んでくる。おそらく騎士だろう。ドンパチの気配に駆けつけたのだ。
「ああ、大丈夫だよ。通常業務に戻ってくれ」
パトリシアは、俺の対応に集中したいからか、目もくれずに柔和な口調で追い返した。
作戦を開始する。
というわけで、
「あばよ! パっつぁん!」
と告げ、出窓を突き破って空に躍り出た。
──ドン!
次の瞬間、青天の霹靂が俺を打った。が、規格外のステータスと “魔力の鎧” があればどうということはない。無傷だ。東へと飛行を続ける。
と、
──ドォン!
再び稲妻。
だけにとどまらず、ドドドドドドドドド──と立て続けに落ちてきてすべて命中する。
ソニックブームによる住民への被害を抑えるために速度は控えめだが、それにしても一発も外さないというのは不自然だ。
知らない間に正電荷でも押しつけられたか?
電荷は正(プラス)と負(マイナス)に分けられ、これらは磁石のように引かれ合う。例えば雷なら、雲から電子(負電荷)が玉突き事故みたいなノリで強引に道を開拓しながら地上(正電荷)のほうへ延びてきて近くまで来ると、その先頭車両に向かって地上から正電荷(陽キャ)の先遣隊(雰囲気)が伸びてゆき、繋がった瞬間、電流の本隊(陽キャのやかましいノリ)が雲まで駆け上がる(ように見える)。いわゆる
俺にもこれと同じことが起きている可能性がある。
例えば、スキルによる電荷的なエネルギーをソファーに仕込まれていて気づかないうちにマーキングされていたのかもしれない。その目印がある限り雷攻撃は必中となり、それはつまり──
「どこへ行くつもりだ?」
ドン、という轟音と共に俺を貫いた雷が、人の形を成し、同速ですぐ左隣を並走──飛行する。その右腕には革製の籠手が装着されていた。ダイヤモンドシールドの蘇生防具だろう。
飛行の原理自体は、電子のスピンと軌道を操作して都合のいい磁力を生み出し、その力でリニアモーターカーのように進むというものだと思われるが、電荷的エネルギーによるマーキングと併用することで敵つまり俺を自動で追尾できるようになっているのだろう。
攻撃を当てられず、攻撃を避けられず、逃げられない。
しかし、パトリシアの攻撃も通らない。例の疑似太陽──おそらくは巨大なプラズマの塊──をぶつけられたら、飛んで火に入る夏の虫みたいにジュッ♡ って感じに死ぬ可能性が高いが、このスピードでそれは難しいのだろう。その気配はなく、様子見している。
と、その唇が動く。声は遅くて聞こえないが、読唇術で理解はできる。
「旧ウィリアムズ領に向かっているのか?」
「……なぜそう思う?」
「〈罪には罰を〉という名称から推測される効果は、概念的な罪人か、法令上の罪人に一定の制裁的な攻撃を加えるというものだ。後者であれば、主権の及ぶ領域でのみ発動条件を満たすとも取れる。旧ウィリアムズ領では俗人を殺した分と建物を破壊した分の罪が加算されるはずだ。より強力な攻撃が可能になる。この解釈では王領でも発動できるはずだが、旧ウィリアムズ領ならば民草への被害を考えなくてもよいという利点がある──その制裁的な攻撃が狙いなのだろう?」
惜しいな、と思う。たしかに、俺が東に向かっていることとスキル名を併せて考えると、そういう結論に辿り着く。
スキル名がわかるというのも考えものだな、とつくづく思う。
たしかにスキル名だけでも一見アドバンテージのように思える。しかしその実、思考を狭めるリスクのある諸刃の剣なのだろう。もう少しソウルキャパシティーを割いて効果の一端だけでもわかるようにしておけば、ミスティのことから足がつくこともなかったかもしれないし、ビルドをミスったな、パトリシア──もっとも、本人の意思で決めたかは不明だけれど。
「答える気はない、と」パトリシアの唇が言う。
「敵に情報を与えるメリットはないだろう?」
パトリシアはそれには答えず、「アラン君の作戦は成功しない」と断じた。
「旧ウィリアムズ領に入らずとも全域に雷を落とすことがわたしにはできる。加えて、自然界にある電子を吸収して有機物に変換することも、電気で脳を操作して意識を保ちながら睡眠を取ることも可能だ」
「人間永久機関やないかい! チート! チート!」
「そうだ。したがって、籠城戦のように旧ウィリアムズ領に引きこもってこちらの体力がなくなるのを待っても無駄だ。千日手の持久戦では必ずわたしが勝つ」
「諦めて大人しく殺されろと言うのか」
「どうせ皆すぐに死ぬ。結果が変わらないならば無駄な抵抗はしないほうが賢明だろう」
「それは聞けないな。俺が正義を諦めることはない」
「そうか──ならば足掻いて死ね」
その瞬間、ひときわ眩い閃光と鼓膜を突き破らんばかりの轟音が爆発した。
直径三メートルほどの太陽──プラズマの塊があった。人の輪郭を保ちつつも雷化したパトリシアの左側で青白く輝いている。
汗が滲んだのは熱のためだけではないだろう。ちょっとヤバいかもしれない。