『ギャハハ! 正解だ! 気づくの遅すぎだっつーの!』
ルシフはやっぱり汚く──あるいは愉快げに──笑っているんだろう。
『だが後悔するなよ? オレはほかのやつらと違って甘くねぇからな。ま、その意思表示はもう取り消せねぇんだけどな! ギャハハ!』
──な、何が始まるんです?
その問いに対する答えは、久しぶりに聞いたシステムメッセージだった。
『〈神スキル〉の裏効果解放条件を満たしました』
『神との取引権限(〈神の贋作シリーズ〉の賃貸借契約に限る)を原始取得しました』
『〈神の剣(贋作)・かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉の賃貸借契約を締結しました』
何だその、羞恥心をひどく掻き立てつつもスペックに一抹、てか三抹くらいの不安がある名称は。
俺は震えた。ホントに大丈夫かこれ?
しかし現実は待ってくれない。にわかに手元に眩い光が出現したかと思ったら、
「誰だ?!」
当然賊の皆様にバレたわけだが、それはそれとしてその
問題はバフ効果だ。ただの剣と同じなら意味がない。
──ルシフ!
俺は〈かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉を油断なく構えつつ、ルシフに水を向けた。
『ほらよ』
そのメッセージの下つまりスキル欄に、神の名を冠する五つの贋作のスペックが表示されていた。
〈神の剣(贋作)・かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉
〈本体性能〉
カッコ良さS 切れ味EX 耐久EX 重量EX 羞恥心C 隠密性D 全耐性貫通効果EX 全耐性EX
〈バフ効果〉
全ステータスカンスト 全耐性EX スタミナ回復速度上昇EX 魔力回復速度上昇EX
〈賃料〉
1秒につき5善行ポイント
この対価がどれほどのものなのか不明だが、とりあえずはミスティ救出である。
「行くぞ」
そう呟くと俺は、〈かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉を中段に構え、賊に躍り掛からんと地を蹴った。
瞬間、大地が
視界が飛び、間髪容れずに、
「ぎゃ!」「おふん♡」「かはっ!」
男たちの野太い声と憎き転生トラックを彷彿させる衝撃──森と、鋪道を挟んで広がる草原を、おにぎりよろしく転がり、止まったころには草と土だらけになっていた。が、痛みはなく、〈かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉を手放してもいなかった。
脚力が強すぎてひとっ跳びに賊に突っ込んでしまったのだ。完全に肉体スペックに振り回されている。よく考えなくても当然の帰結だった。普通の車しか運転したことない人間がいきなりF1カーを乗りこなせるわけがないのである。
できれば全員を生かしたまま捕らえて事情を聴取したいところだが、そこまでの余裕はなさそうだった。
今度は失敗しないように慎重に立ち上がり、戦況を確認する。
草原に倒れぴくりとも動かない三人の賊と唖然とした顔の賊の生き残り、そして神に祈るかのように手を組みキラキラとした眼差しを送ってくるミスティ──おい結界を解くな。
などと言ってる場合ではない。こうしている間にも善行ポイントは減っている。俺はそっと草原を駆け、といってもめちゃくちゃ速いんだけど、ぎりりと白い歯を
「馬鹿なっ、速すぎる! ──あべしっ!」
〈かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉を振るい、
「クソッ、得物が眩しくてよく見えな──ぐああ!」「こうなりゃ奥の手だ! 灼熱の嵐で焦土と成せ! 出でよ! 炎獄の精霊・イフリー──ぎゃあああ!」「ちくしょう! 来い! 魔獣のや──がぁっ!」「お前発動中は反そ──ぐぇ!」
一人また一人と斬り伏せていき、瞬く間に死屍累々──悪は散ったのであった。
するとかみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけんくんちゃんが、気を利かせたのか自らすぅーとフェードアウトしていき、あっという間に完全に消えた。
『〈神の剣(贋作)・かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉の賃貸借契約が終了しました』
そして、親切で礼儀正しいシステムメッセージ。どこぞの神にも見習ってほしいものである。
『それ、オレの声がモデルだからな』
──嘘ぉお?!
はつかないんだったか。またしても夢が壊された。もう駄目かもわからんね。
はぁ。
のしかかってくる疲労感を引きずり、尻餅を突くようにぺたんと女の子座りをしているミスティの下へ向かった。
「ミスティ・エバンスだよな? 大丈夫?」
ミスティ・エバンス──御年十四歳(中三の年=タメ)の未婚令嬢。
『でも胸はペラいじゃん。これじゃ全然足りねぇよ。っぱ、女は爆乳じゃねぇと』
【悲報】神は巨乳至上主義者だった【知ってた】
「はい、おかげさまで無傷ですみました。ありがとうございます」神からディスられているとは露知らない推定C65のミスティは、神妙な面持ちで礼を口にした。「けれど、ごめんなさい、腰が抜けてしまって立てないんです」
「まぁそうだよね、びっくりしたよね」
俺が片膝を突いて目線の高さを合わせると、ミスティははにかんでモジモジした。
「あの、もしやあなた様はウィリアムズ公爵家の──」
「いや、今の俺はただのアランだよ」
「???」ミスティは満面に疑問符をたたえた。
「先日うっかり実家を追放されちゃってね、今は平民の身分なんだ」
「追放? 人格者だと
まだ醜聞が伝わっていないのだろう。
「そうそう、俺が追放されたんだよ」と答え、「そんなことより」と話を転じた。
「野盗に襲われてたってことでいいんだよね?」
「? ええ、そうですけれど……?」
「しかし、だとしたら妙だな……」
「なぜですか?」
「歯だよ」
「ハ? と言いますとお口の中の」
「ああ、野盗にしては綺麗すぎるんだ」
野盗に身をやつした者は、普通、歯のケアにお金を掛けない。平民でも手の届く額ではあるが、それなりに
かといって、野盗になりたてだったと考えるのも “うらぶれた風体” と矛盾する。そうなるにはある程度の時間を要するからだ。
結論として、この死屍累々の方々は野盗に扮したそれなりの、少なくとも平民以上の身分の者たちである、と言える。
「あの速さで動いていて、そんなところまで見ていたなんて、流石ですアラン様」ミスティは感服したように言った。
「心当たりはあるか?」
ミスティはかぶりを振った。「申し訳ございません、わたしには何とも。ただ、現実的に考えますと、わたしの父、エバンス伯爵の政敵が差し向けた可能性が高いのではないでしょうか」
「たしかにそうだな」
政治がらみとすると、政略結婚の駒として非常に有用なミスティを人質に取って無理な要求を通すか、シンプルにミスティを亡き者にしてエバンス家の力を削ぐか──一般論で言えばこの二択に、“強姦という不名誉な既成事実をネタに脅して婚姻を迫り、領地を奪うパターン” が加わるが、エバンス伯爵の厳格な性格を考えると脅迫に屈する可能性は低く、犯人も選択肢には入れないだろう。
ふむ。
「失礼」
そう言ってミスティをお姫様抱っこすると、
「きゃっ」
彼女は控えめに悲鳴を上げ、しかし嫌がるそぶりは見せず、俺の肩に手を回した。
「もうっ、アラン様ったら」
などと頬を赤らめ、ルビーのような瞳を潤ませてうっとりと見つめてくる。
『お、旅のオ【自主規制】ホにするんか?』
ぶれないルシフに、旅のお供みたいに言うな、と突っ込みつつ、お姫様にセクハラ行為の言い訳をする。
「実は一人だけ峰打ち、つまりフラットで殴るだけにとどめたからまだ息があるはずなんだ」
ミスティは察した顔になった。
「これから尋問しようというのですね」
「ああ、ミスティにはその証人になってもらいたい」
今の俺は平民だしね。それがなくても証人は多いほうが証明力が増す。だから、賊の下へ連れていこうというのだ。美少女とくっつきたくてやったわけではない。
『いやいや、だったら賊を連れてくりゃあいいだろーが。そうやって自分を正当化すんのって善人気取りのカスの常套手段だよな、マジきめぇわ』
──そっちこそ
『流石人格者のアラン様だ、理屈を
──おもしろみのない正論しか吐けなくて申し訳ないね。
不意にミスティが俺の肩口に、こてんと頭を寄せた。
「わたしに触れたくて、してくれたのではなかったのですね。
『……まぁ何だ、何か馬鹿馬鹿しいな』
──だなぁ。
「これは……」
思わず俺はそう洩らした。
ミスティを下ろして、倒れて微動だにしない──呼吸している気配すらない賊の手首を取り、脈を確認する。ない。指で瞼を開くが、瞳孔に変化はない。間違いなく死亡している。
力加減を誤ったか?
たしかにそれも道理だが──
「あの、アラン様、賊の左手のその銀の指輪」
後ろからミスティが指摘する。「もしかしたら呪いが込められていたのではないでしょうか」
「ありうるな」
呪い──時間差で対象を害する魔法のことだが、発動条件を調整することで緊急時の自害にも用いることができる。貴婦人はいかなる場合も夫以外に体を許してはならない、という慣習法がある我が国の王侯貴族の女性にとっては半ば必需品となっている。法令上は、実行できるか否かは人によりけりだが、悪漢や敵兵に手籠めにされそうになったら自殺しなければならないということだ。ミスティは、だからいち早く思い至ったのだろう。
そして、この自害の呪いは当然、スパイや暗殺者など何があろうと口を割るわけにはいかない連中にも重宝されている。
いや待て、そうだとするとヤバいかもしれない。
俺は跳ねるように身を翻すと、急いでミスティを抱えて死体から離れた。
その時だった。
散乱する賊の死体すべてが一斉に黒い炎に包まれた。
呪いだ。間違いない。証拠の完全な隠滅のために焼き尽くそうというのだ。
森を見渡せば、少し奥に行った所から煙が上がっている。そこに賊の馬なり馬車なりが隠されていたのだろう。
「アラン様……」ミスティが不安そうに小さく言った。
「大丈夫、これですべてのはずだから、もう危険はないよ」
嘘だった。ここまでする連中がミスティを狙っているのだとしたら、安全圏──エバンス伯爵領の城に送り届けるまでは油断できない。
けど、今、これ以上不安にさせてもメリットはない。
「……はい」ミスティは、こちらの意図を汲んでくれたのだろう、悩ましげなしわを眉間に刻みながらも何も言わずに
俺はおもむろに天を仰いだ。
青が澄み渡っている。爽やかで美しい光景なのに、それがどうしようもなく不気味に感じられ、風が不穏な未来を運んでくる──そんなおセンチな空想が、ふと脳裏をよぎったのだった。