『3,422,827件の殺人罪(世俗法)と1件の器物損壊罪(世俗法)によりステータス及び貫通効果に上昇補正(×300×100)が加わります』
エバンス領境を越えた瞬間、俺の全ステータスは四兆を超えた。具体的には4,499,550,000,000まで跳ね上がった。やろうと思えば質量のある物体の限界速度、すなわち限りなく光に近い亜光速で動くことも飛行することもできるはずだ。
計画どおりである。
パトリシアがチートの権化みたいな技を発動した時は肝を冷やしたが、何とか(脳筋チートの権化みたいな上昇補正が)間に合った。
俺のしたことは単純だ。
すなわち、突き出された擬似太陽を裏拳で吹き飛ばし、胸部に回し蹴りを入れただけだ。(この化物ステータスだと手加減してても)相手は死ぬ。(数字の暴力的な意味で)慈悲はない。
パトリシアの雷化が解かれ、鮮やかな赤の軌跡を残して落ちてゆく。
その瞬間、右腕の籠手から光が放たれた。絶命したのを受けてダイヤモンドシールドの蘇生防具が発動したのだ。
──バチッ。
紫電が小さく弾けた。
パトリシアの瞳に力が戻る。磁力により体勢を直し、重力に逆らって滞空する。睨むようにこちらを見上げた。
「……まさかこんな手があったとはな」
「もう気づいたのか」
「わたしの裏を掻くためにエバンス伯爵に
「ご明察」
そう、ミスティにした頼み事とはこれだった。
すなわち、ミスティに取り持ってもらってエバンス伯爵を引き込み、伯爵という地位を利用して王との交渉の場を設けてもらった。
そして、エバンス領を一時的に王領に変えた。
換言すれば、旧エバンス領にいる人に対しても王の主権が及び、処罰を下せるということ。
これにより〈罪には罰を〉の発動条件 “罪とその罰に応じて” を満たした。
ちなみに、バロン領からエバンス領へは〈ごきぶりのつばさ〉でぴゅんと飛んでいったわけだが、ミスティとレオノールは俺が手に提げた馬車の中だった。ミスティには風対策に結界を張ってもらい、レオノールには……まぁ特に何もしてもらってないが、降りてきた時は顔面蒼白だった。乗り物酔いらしかった。対して、ミスティはぴんぴんしてた。速くて高くて楽しかったんだってさ。
目の前の戦いに話を戻そう。
「〈罪には罰を〉の効果は何だ?」パトリシアが問うてくる。
「ステータスと貫通効果の強化だよ」と答え、「そして、この
「いくつなんだ」
「全ステータス四兆四千億オーバーだよ」
「なっ!?」パトリシアが目を見張った。「馬鹿げた数字だ。同じ人間とは思えない」
「あなたにだけは言われたくないんだが」
「いやいやアラン君と一緒にはされたくないよ。神でもそんな数字は出ないのではないか」
「だが事実だ。それはあなたも理解しているはずだ。今の俺は “光” に近似する。いかな雷速といえど対応は不可能だ。加えて、身体能力の上昇に引っ張られて感知範囲も広げられている。閃光で目眩ましをしてエバンス領外に逃げるのも不可能。あなたはもう詰んでいるんだ」
ふっ、とパトリシアは自嘲と嘲笑の中間のような吐息を洩らした。「潔くお縄につけと?」
「抵抗するようなら殺害せよ、と王命を
「抵抗しなくとも結末は同じなのだろう?」
──バチチッ!
パトリシアが雷化し、と同時に直径十メートルはあろうかというプラズマ球が大量に出現した。空を覆い尽くさんばかりだ。青白い光と熱エネルギーが満ちる。
どうやら最後まで抗うつもりのようだった。
──ルシフ、〈さけのけん〉を頼む。
魔法の才も戦闘用スキルもなかった俺は、ずっと剣を振ってきた。一番上手く戦えるのは間違いなくこれだろう。
『今のスペックだとステゴロでも結果は大して変わらねぇと思うけどな』
と言いつつ、
『〈神の剣(贋作)・かみがみがさけのせきでかんがえたさいきょうのけん〉の賃貸借契約を締結しました』
光の剣を握った、それが開戦の合図だったかのようにすべてのプラズマ球から夥しい雷撃が降りそそいだ。
だが無駄だ。その程度、“魔力の鎧” がなくともダメージにならない。
今度はプラズマ球自体が殺到してくる。視界を埋め尽くさんばかりだが、恐れは
たちどころにMPが回復してゆく。魔力回復速度上昇EXの効果だ。
亜光速(≒1c)で動いたり、〈さけのけん〉を振ったりすれば、常軌を逸した衝撃波と核融合による大爆発が地上を襲いかねない。
だから、先ほど放った魔力を操作して巨大な “魔力の密室” を作り、エネルギーを閉じ込める。空中コロッセオだ。
突如として、白銀に輝く半透明の巨大ドームが上空に現れたのを見た住民はどう思うだろうか。
「──っ!」
パトリシアのように息を呑んでいるのかもしれない。
0.7cまで一瞬で加速し、背後を取る──と見せかけて、辛うじて反応してきたパトリシアの死角に0.9cで移動した。
大気が炸裂したかのような強烈な爆音が轟く中、刹那の──しかし致命的な遅延の後にパトリシアがこちらを振り返った。
視線が交錯した。
その雷の双眸に映っているのは、至近距離で居合い抜きの構えを取る、どこにでもいる栗毛の冴えない少年の姿だろう。
──あの世で会えたら一緒に神の愚痴を垂れようぜ。
そんな戯れ言を思い、全身全霊で “光” を振り抜いた。
さて、代表的だが不人気な密室トリックと言われて何を思い浮かべるだろうか。
俺は “秘密の抜け道” だ。壁の鏡の裏に隠し通路があったとかそういうやつ。
──すまない。
先ほど “密室” と述べたが、あれは嘘──ではないがアンフェアのきらいがある。厳密には〈さけのけん〉を一閃した瞬間に魔力ドームを操作して雪国のかまくらよろしく天井に穴を開けた。
核爆発のエネルギーを密室に閉じ込めたら流石にヤバいかなって直感して咄嗟にそうした。
おかげで──かどうかは知らないが、えげつない衝撃波とかガンマ線とか熱とかが宇宙のほうに逃げていって俺と密室(偽)と大陸は無事だった。一刀両断されて雷化が解けたパトリシアは一瞬のうちに跡形もなく消し飛んだけど。もちろん、ステータスの確認もした。上昇補正が消え、9999になっていたから間違いなく死んでいる。すべて終わったんだ。
「ふぅー」
肩の力を抜くと自然と吐息が洩れた。
空を駆ける風が肌を撫でれば、風切り音が鼓膜を震わす。
と、その鼓膜が声を知覚した。
『無事かしら』
王妃の聴覚共有スキル〈耳に耳あり〉だ。証拠収集のために盗聴していたのだ。
「はい、無傷です」
『──っ!』息を呑む気配がした。
「被疑者の死亡も確認しました。細胞のひと欠片も残っていないでしょう」
『……大義でありました。速やかに帰城し、詳細を報告してください』
「それに関してなのですが、お願いがあります。核爆発による周辺地域への被害はないと思われますが、ソニックブームや落雷の影響はあるかもしれません。ひととおり見回ってから帰城したいのですが、よろしいでしょうか?」
王に確認するやり取りが聞こえる。互いの会話が筒抜になってしまうのが、このスキルのメリットでもありデメリットでもある。なお、傍聴最適化機能があり、突然の大音量はセーブされる。爆心地にいた俺が聞いた音が伝わって王妃のやんごとなき鼓膜が破れたりはしないのだ。
『──許可が下りましたわ』
「ありがとうございます」
『それではお待ちしております』
聴覚共有が切れると、俺は下降しはじめた。
結論から言うと、町も人も大丈夫だった。騒音被害や火災はあったみたいだけど、みんな逞しく対処してた。
厳密に地球の物理法則に従えばこの程度ではすまないような気がするが、この世界には “精霊” がいる。
精霊は自然と調和し、自然を守り育てる。世界が違えば過激派環境保護団体としてSNSで荒ぶっていたとしてもおかしくない。とはいえ、ほとんど力を持たないから戦闘の余波をふんわり和らげる程度らしい。知らんけど。俺には見えないから。
ちなみに、パトリシア領の城からの600キロの経路を丁寧に確認して回ったから、王城に着いたのは翌日の夜だった。言うまでもなくお偉いさんからありがたいお小言を頂戴した。めでたしめでたしである(?)。