帰城から一夜明け、謁見の間。
「褒賞は渡すよ? たっぷりね。けどさー、事が事だけに内容は慎重に決めたいんだよねー。わかるっしょ?」
カナダを超える広大な国土を誇るアルマス王国の若き君主、フレディー・ブランシェットが、ガムでも噛んでそうな軽薄な口調で言った。左の肘掛けに怠そうに頬杖を突いて玉座に座っている。
今年で二十五歳になるフレディーは、身長184センチに体重180キロオーバーの巨漢である。シルエットが完全に力士のそれで、特製の玉座は横に広い。ルシフ評は『臭そう』『【自主規制】コ、肉に埋まってそう』『思いっきり乗馬鞭を打ちつけてブヒブヒ鳴かせたい』。
その隣にある椅子には王妃のロザリーが女子アナみたいに膝を斜めに揃えて腰掛けている。
今年で十七歳になるロザリーは、136センチの身長に30キロくらいしかなさそうなうっすいほっそい小学生体型で、顔立ちも非常に幼く、すなわち合法ロリ淑女(?)である。こちらも特製の椅子だ。なお、三児の母。ルシフ評は『頭からカメムシのにおいしそう』『【自主規制】コ浅そう』『ちょん切ったガキどもの腕突っ込んでヒィヒィ言わせたい』。
俺はというと、彼らより低い所、赤い絨毯に突っ立っている。「もちろんでございます」とおざなりな相槌を打つと、王は続けた。
「いろいろと捜査もしたいじゃん? ちょいちょい時間掛かっから、それまで城の客室でだらだらしててよ」
俺が畏まって了承すると、少し下がった所に伏せ目がちな佇まいで控えるミスティとレオノールに視線を移し、
「ミスティちゃんたちもそれでいいっしょ?」
「ご配慮を賜り、御礼申し上げます」
ミスティが恭しく答え、
「仰せのままに」
レオノールもそつなく続けた。緊張した様子はない。人類最強格のS級冒険者ということで、今までにも大諸侯と顔を合わせる機会があったのだろう。
「決まりだね」
王が言い、謁見は終了した。
それから十日、日常回みたいな緩いノリで過ごし、ようやく王に呼び出された。
家令の案内に従って廊下を歩いていると、ワクワクした様子のミスティが口を開いた。
「何が貰えるんでしょうね」
「何だろうな。下級爵位くらいは貰えるかもな」
「そうすれば結婚できますね!」ミスティに笑顔が咲いた。
そういえばそういう約束で実家を飛び出してたんだったっけ。
「本当に一年も掛からずに貴族に返り咲くとはな」レオノールが感嘆するように言った。
「わたしの目に狂いはないのです」ミスティは鼻先を上げて得々とした。
家令により謁見の間の扉が開けられると、
「!?」
俺は驚愕して目を見張った。
赤い絨毯の上、玉座に近い所に見知った人物が立っていた。それも二人も。
猫耳が、杖が──ヨンジャとティナがこちらを振り返っていた。
玉座の前まで行くと、
「驚いた?」
王が脂の乗った頬肉をぐにゃりとさせて言った。「アランのとこにフラウロ帝国から来た錬金術師がいたでしょ? その彼が錬金した建材のおかげで助かったんだってさ。ほかにも生存者がいるらしいよ。少ないけどね。今は近隣の教会に保護されてる」
熱い嬉しみが胸に込み上げてくる──その一方で、彼女たちがここにいる意味すなわち王の魂胆を薄々察し、頭が冷えてゆく。
一見堕落した贅肉の塊に見えるこの男は、決して無能ではない。というか、普通に優秀だ。
「実はさー」と王が切り出す。「ボク
ヨンジャとティナを見ると、二人揃って気まずそうに目を逸らした。
「いやぁボク朕もツイてるよねー。この獣人の子、被害者役だったんだってね。アランに口裏を合わせるように頼まれて彼のためならと引き受けたはいいものの、内心つらかったらしいよ。尊敬する男が悪く言われるのを指をくわえて見ていることしか許されない。君もなかなかの鬼畜だねー」
王は顎肉を震わせてくっくっと笑った。
「そのシスターは正式な共犯者ではなかったみたいだけど、君の追放劇に出てくる “顔面偏差値も中途半端” で “発育がイマイチで、お世辞にもシコい体とは言えない” “三十点くらい” の女の子だよね?」
「……はい」
俺が認めると、ティナは悔しげに修道服の裾を握り締めた。「せめて試してから言ってくださいよ」などとシスターにあるまじきことをぶつくさ言っている。
「ところでさ」王は玉座から俺の目を見据えて言う。「アランは追放の時、お母さんに去勢されたんだよね?」
「……ええ、まぁ」
「本当に? だったら確認してもいい?」
「……」
どう答えるか迷っていると、ふ、と王は目元を緩めた。
「その沈黙が何よりの答えだね。反対証拠はもう十分だ。アランには非難されるべき犯行事実がない。
けど、公表された偽の追放理由と本当の追放理由が一致しなかったとしても、それは君の家の裁量的・政治的判断として尊重されるし、追放自体が当然に無効となるわけじゃない」
でもね、と諭すような声色で王は言う。
「アランはウィリアムズ家の当主として立つべきだと思う。ボク朕が、というよりそれが民意だからだ。ウィリアムズ家の生き残りは君だけだ。犯行事実がなかったとわかればみんな君を支持するだろう」
「……そうかもしれませんね」
「そこでボク朕は、今回の褒賞として君に旧ウィリアムズ領を封土として与え、公爵の地位を授けることにした。単純に復権させることはできないけど、これなら問題ない。救世の活躍とも釣り合いが取れてるし、名案っしょ?」
王は、さも民草の気持ちを第一に考えた名采配かのようなどや顔と口ぶりだが、本音は別に違いなかった。
王の狙いは、S級戦力たる俺を東側諸国との境界線に縛りつけ、防波堤とすることだろう。
十八年前の東西戦争では西側のアルマス王国が勝利して東側諸国を家臣としたわけだが、その際、王侯貴族を皆殺しにしたわけではない。その領地の多くが支配者層の生き残りに領主をやらせる、いわば間接統治の形態を取っている。
これはコストや住民の反発を抑えられるという利点があるが、その一方で領主の反乱の芽を残すという欠点がある。
旧ウィリアムズ領の本拠地は東側諸国と接している。東西戦争より前は国境防衛の任に就いていた領地であり、それ以後もその任は事実上継続していた。もしも王がそれを実行しようとすると、かなりの予算と人員を割かなければならない。領地が壊滅状態で収入が見込めないにもかかわらず、だ。
そこで王は、〈神スキル〉だけでもS級冒険者並みの武力と機動力があり、〈罪には罰を〉が嵌まればそれを凌駕する俺の有効活用を画策した。
そして時間を掛けて捜査し、口実を拵えた。民意をダシにできるように、すなわち正義を気取れるようにしたのだ──否、一面ではそれはたしかに正義なのだろう。
「謹んでお受けいたします」
思想革新には地位があったほうがいい。元々、資金を集め、その金で爵位を買うか、裏から貴族を操って事を進める計画だった。王の提案は、広大な更地を復興させなければならないという大いなる難点もあるが悪い話というわけではない。
だが、
「ただし、条件があります」
封建制度が自由意思による双務的な契約に基づくことに付け込み、そう口にした。「復興のための資金と人員に加え、必要な兵力の一部を軌道に乗るまで負担してください。現状、わたし一人では手に余ります」
「うん、いいよ」王はあっさりと了承した。「王家からも出すけど、諸侯にも協力してもらおう」
こうして俺の公爵就任とウィリアムズ領復興クラファンが決定した。
流れでヨンジャとティナも一行に加わり、非常にメスメスしいパーティーになってしまったわけだが、それよりも今はミスティだ。彼女には言っておかなければならないことがある。
王領の城下町にミスティを連れ出した。二人きりだ。昼前の日差しに照らされながら目抜き通りをゆったりと歩き、広場に着くと手頃なベンチに並んで腰を下ろした。
話の口を切る。
「ミスティなら予想できているかもしれないが、念のため伝えておく」
ミスティは居住まいを正した。「はい」
「俺はミスティを愛しているが、ミスティだけを愛しているわけじゃない。あくまでも全人類の一人として博愛の対象になっているにすぎない。これはおそらく今後も変わらない」
「……はい」
「ミスティと結婚するのは博愛を実行するため、そして勘違いさせてしまった責任を取るためでしかない。したがって特別扱いすることは絶対にないし、女の子の多くが憧れるような結婚生活にはならないだろう。それどころか、“正義” のために必要ならば躊躇なくミスティを切り捨てるし、俺自らが手を下すこともありうる」
「……」ミスティは黙して耳を傾けている。
「はっきり言って、俺との結婚はお勧めできない。今ならまだ間に合う。考え直してみる気はないか?」
ミスティは悩ましそうに眉尻を下げたけれど、ふふ、と微笑んだ。「思うに、アラン様がそういう、神に近い視座をお持ちの方だったからこそ、わたしの瞳に美しく映ったのでしょうね」
「自分で言うならまだしも、人から『神と一緒だ』ってはっきり言われると、つらいものがあるな」
『ギャハハ!』
ミスティは俺を見つめた。すぐ隣に座っているから深紅の瞳がよく見える。「すべて覚悟のうえです。今更考えることなどありません」
きっぱりと言い切られ、彼女の強さ──あるいは美しさを垣間見た気がした。
「どうかわたしのすべてを貰ってくださいませ」
『何回目の生オナ【自主規制】宣言だ? もう飽きたんだが』
インモラルなステータス画面を閉じて俺は、「わかったよ」と答えた。「婚姻予約契約を履行しよう」
「はい」と柔らかく微笑み、「よろしくお願いします」
そして、ミスティは目を閉じた。
ひどく物欲しげな唇。
そっと口づけを贈る。
と、
『一名様~人生の墓場へご案なぁ~い!』
これ以上ないくらい最低な神の祝福が届いた。
これからも愚痴が捗りそうだぜ! ちょーつれー!
(第一部・完)
本作は、Web小説の異世界ファンタジーを無理やりパズラーの文法で書いてみよう! という実験作でした。長編ファンタジーは初めてですしジャンル相性も悪いしで上手くいったかは甚だ疑問ですが、とりあえず第一部完走です。第二部以降は需要を見て書くか決めます。順調にいけば第四部で完結です。
お付き合いくださり、ありがとうございました!