俺の〈神スキル〉がインモラルすぎてつらい   作:虫野律

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ナーロッパといえばこれ

 幸運だったのか、再び襲われることはなく無事に最寄りの農村──形態としては純粋荘園(じゅんすいしょうえん)。関所も兼ねている──に着くことができた。

 日はだいぶん傾いている。懐中時計を見れば、午後六時になろうとしていた。

 青々としたライ麦畑が視界いっぱいに広がっている。秋蒔きのものだろう。穏やかな春風に揺れている。

 村を縦断する道を進んでいくと、小屋から人が出てくるのが見えた。農民の方だ。一番多い身分で、社会の屋台骨と言っても過言ではないだろう。

 騎士たちのドッグタグを見せて事情を説明すると、中間管理職たる騎士つまり代官の下に案内された。

 

「ミスティ様ではありませんか!? そのようなおいたわしいお姿で、いったいどうしたというのですか?!」

 

 がっしりとした肩幅のその老人は、ミスティの顔を知っていた。彼は話を聞くや否や上司──エバンス伯爵の城に伝書鳩を飛ばしてくれた。

 

「おお神よ、なぜこのような可憐な少女にこれほどまでに過酷な試練を課すのでしょうか?!」

 

 などと嘆いていたが、その答えはこうだ。

 

『オレのせいじゃねぇし。知らねぇとこで勝手に襲われてただけだし。何でも神のせいにすんなボケ。他責思考の甘ったれたカスがよ、マジざけんな』

 

 何とも形容しがたい切なさが胸に去来した俺は、老騎士からそっと視線を外し、夕日の沈みゆく遠くの山を見やることしかできないのだった。

 

『おい黄昏てねぇで、リベンジするぞ。対策完了したんだ』

 

 ──リベンジ? チェスのことか?

 

『それ以外に何があんだよ? 馬鹿か?』

 

 ──ミスティも疲れてるだろうし、また今度にしなよ。

 

『はぁ? ねぇわ。オレは今すぐミスティとヤりてぇんだよ』

 

 ──マジで三歳児みたいになってるじゃん。

 

『仕方ねぇだろ、神は例外なく負けず嫌いなんだ。競争本能の塊が全裸で歩いてるようなもんなんだよ』

 

 ──ふうん、大変だね。でもミスティに無理させたくないし。

 

『あ、おい、何 “この話は終わりです” みてぇな雰囲気出してんだよ。てめぇマジでふざけんなよ』

 

 とか何とかうるさかったので一戦だけお願いした。

 したら、ルシフのやつ普通にボコられてた。

 

「わたしのシシリアン・ディフェンス・ミスティスペシャルはその程度のぬるい攻めでは崩せませんよ」

 

 ルシフざまぁ、という気持ちよりミスティの規格外の強さと壊滅的なネーミングセンスに恐怖した。たぶん、ルシフも似たようなものだと思う。

 

 

 

 

 

 

 地方都市の住宅街にしれっと佇む古いラブホみたいな外観の代官の館に泊まらせてもらい、その翌々日の夕方のこと。

 伯爵騎士団が到着した。シルバーメイルに身を包んで帯剣している。物々しい雰囲気に農奴の皆さんもおっかなびっくりである。

 で、三回目の事情説明ののち、俺はドナドナされ──じゃなくて事情聴取のために登城することとなった。何回事情を話せばいいのか、と思うかもしれないが、こんなものである。

 翌朝に村を立った。馬車に揺られて進む。

 百キロほどの道のりだが、この世界の鍛えられた動物は人間同様ファンタジーな身体能力をしているため、余力を残しつつもおよそ一日半で到着した。

 そして謁見の間。

 

「話は理解した」

 

 改めて俺とミスティから事情を聞いたエバンス伯爵は、玉座の下位互換みたいな椅子にふんぞり返りながら厳かな顔つきと声色でそう言った。痩せて筋張った老紳士だが、その皺の一つ一つから厳粛さが滲み出ているかのようで、要するに威圧的な顔した爺さんだった。世が世なら近所のキッズから雷親父とか呼ばれてそう。

 

「娘を助けてくれたこと、深く感謝する」

 

「身に余るお言葉、恐縮でございます」

 

 レッドカーペットに膝を突いた俺がそう言うと、エバンスは続けた。

 

「謝礼も十分な額を渡そう」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、金輪際、娘に近づくことは禁ずる」

 

「お父様!!」エバンスの横の椅子にちょこんと座っていたミスティが声を上げた。

 

 エバンスはミスティを睨んだ。ギロリという擬音が聞こえてきそうな鋭い眼光だ。

 

「誰が発言を許可した。黙っておれ」

 

 静かだが有無を言わせぬ迫力。

 これ本当に親馬鹿親父か? と俺は内心、疑心暗鬼である。

 

「今回ばかりは黙れません!」ミスティもおとなしそうでいて、なかなかどうして気が強いようだ。「完全な接近禁止は過剰です! そこまでする正当な理由などないはずです!」

 

「黙れと言っておろう」

 

「いいえ、黙りません」

 

 火花の散りそうな睨み合いがあって、

 

「このアランがウィリアムズ家を追放されたのはお前も知っておろう」根負けしたのはエバンスだった。「こやつは罪を犯したのだ。平民であれば斬首と財産没収が併科されるところを、上級貴族だったがゆえにこの程度ですんでいるのだ。そんな男と嫁入り前の娘との接触を許す貴族がいるわけなかろう」

 

「そんなの──」

 

 エバンスはミスティが何かを言おうとするのを遮り、

 

「お前が何を言おうとウィリアムズ家の沙汰がそうであったという事実は変わらぬ。我々伯爵家はそれを尊重するだけだ」

 

 賢い言い方だな、と思う。伯爵家が公爵家の決定を蔑ろにするような言動は、少なくとも表立ってはすべきではない。格上に目をつけられたら面倒でしかない。面子を重んじる貴族社会では特に。

 だからミスティも反論しにくい。家の、ひいては領地の存続という大義の前では個人の感情など竜を前にした蟷螂(とうろう)の斧のようなもの。とても太刀打ちできない。

 

「……っ」ミスティは懊悩(おうのう)のしわを眉間に刻むばかり。

 

 決着はついたと判断したのだろう、エバンスは俺に視線を移した。

 

「娘が失礼した」眉一つ動かさない言葉ばかりの謝罪だが、過剰な礼だろう。自分にも厳しくあろうという気概がひしひしと伝わってくる。「アランからは何かあるか」

 

「いいえ。誠意あるご対応に感謝いたします」

 

「……そうか、ならばもう下がり、この隣の部屋で待っておれ。すぐに謝礼を用意する」

 

 立ち上がると、ミスティと目が合った。

 しかし、当たり前だが別れの言葉を交わすことなく背を向け、謁見の間を、そして謝礼の袋を受け取ると城を後にした。

 もうすっかり夕方だ。腹も減った。

 近く大衆食堂の暖簾をくぐる。

 

 

 

 

 

 

 で、明くる日の午前十一時前、やって来たのがエバンス領の城下町にある冒険者ギルドである。

 令和日本からの貴族ボンボンとかいうスーパーぬるま湯コースでぬくぬくしてた人間が、なぜに荒事系の日雇い労働者に? どっかの商人にでも売り込んだほうがいいのでは?

 日本に千人はいるという、ハード寄りの異世界に転移した経験をお持ちの方々ならば、きっとそう思って首をかしげることだろう。

 

『いや、わかるぜ。ミスティの一件で生きた人体をスパッと切り裂く快感を覚えちまって病みつきなんだろ? 一方的に格下を蹂躙するのが楽しくてしょうがねぇんだろ? 自分に大義名分があるともう最高だよなぁ? 相手が悪いんだから仕方ないって魔法の言葉が使えるもんなぁ? 暴力と自己正当化の反復横跳びが人間は大好きだもんなぁ? へへっ』

 

 何という露悪的思想。これもう悪魔だろ。

 

『ギャハハ! そりゃあそうだろ! 同一人物なんだから! 人間にとって都合がいいときは神と崇め、悪けりゃ悪魔と罵る、そういう分類でしかねぇんだからな!』

 

 おお神よ、人間の身勝手さに触れ、グレてしまわれたのですね。

 

『それがよ、不思議なことに元からなんだわ! ギャハハ!』

 

 俺はそっとステータス画面を閉じた。

 で、なぜ冒険者になるかだが、資金集めとレベル上げをタイパ良くこなしたいからだ。〈神スキル〉の裏効果のおかげで戦闘面も計算に入れられるようになったし、ミスティの一件で正義を為すには力が要るというのを改めて痛感した。そこで、金を稼ぎつつも効率良くレベルを上げられそうな冒険者だ。

 そんなわけで俺は、冒険者ギルドの扉──西部劇の酒場っぽいやつ──を開けた。そしたら西部劇の酒場っぽい空間──ただしバーカウンターの左半分が依頼受付カウンターになっている──のお出ましである。

 すると、

 

「「「ギャハハハハ!」」」

 

 デジャブ感しかない下卑た笑い声が耳を打った。

 カウンターの前にいる、真新しそうな片手剣を背負った小学校高学年くらいの赤毛の少年を、テーブル席の冒険者たちが嘲笑しているようだった。

 立ち止まって様子を窺う。

 

「そんな条件でパーティー契約を結ぶやつなんかいるわけねぇだろぉがよ」と斧使いのむつくけき大男。

 

「どうせ嘘なんでしょ? ダイヤモンドシールドがこの辺りにいるはずないし、契約金をせしめるのが目的なのバレバレだっての」と魔法使い風の痩せぎすの女。

 

 ダイヤモンドシールド──浮遊するダイヤモンドの盾という激レアモンスターで、その死骸は革製防具に蘇生効果を付与するアイテムになる。ポケ●ンで言うと初代正規ミュ●くらいレア、つまりほとんど幻の存在。なお、討伐難易度はA。最強の盾でもある。

 

「お前の家が大変なのはわかるがよ、見え透いた詐欺に引っ掛かってやるほどお人好しじゃねーんだわ」と召喚師風のチャラ男。

 

 召喚師──モンスターを召喚してテイムする職業すなわち戦闘スタイルで、使役モンスター(=テイム成功モンスター)の数だけ刻印が体に現れる。チャラ男の腕には八つあり、そこから職業を推測した。なお、反撃されるなどしてテイムに失敗するとモンスターは自動的に元の場所に転送される。

 

「お得意のマッドラビット狩りで稼いだらどう? ま、あんなのどんだけ倒しても金にも経験値にもならないんだけどね!」と双剣使いのヒアルロン酸風涙袋の女。

 

 マッドラビット──泥の体の兎型モンスターで、ごく稀に体内に存在する土属性の極小の魔石(≒粗末な定食一食分の価値)くらいしか倒すメリットのないコスパ最悪の最下級雑魚モンスター。とはいえ、泥を飛ばして気管を詰まらせようとしてくるためミスると普通に窒息死する。なので、誰も相手にしない。

 ヒアルロン酸風涙袋──ぷくっとしてる。ナメクジ風涙袋とも言う。

 

「そこらへんにしとけ」

 

 大声というわけではないのによく通る声で(たしな)めたのは、右端のカウンター席で大ジョッキ(ミルク)を一人チビチビとやっていた槍使いのイケメンだった。

 

「レミも必死なんだ。魔が差しちまうこともあるだろうよ。お前らだって覚えがあるだろ? 幸いまだ被害は出てねぇんだからもういいじゃねぇか。あまりいじめてやるな」

 

 レミとは赤毛の少年のことだろう。彼はイケメンの言葉を聞き、悔しげに俯いた。

 一方の説明台詞四人衆は、

 

「「「ま、まぁB級冒険者でも上位の、あんたほどの実力者がそう言うなら……」」」

 

 最後まで自分の仕事を全うしてくれた。

 うむ、素晴らしい。これぞプロの仕事である。

 俺は、まるで一本の映画を見終わったかのような深い満足感に大いにうなずいた。

 

「で、あんたはどうした? ここらじゃ見ねぇ顔だが」

 

 イケメンは、「まぁ座れよ」とその隣の止まり木を勧めてくる。「ギャラリーのまま終わる人生なんかお前も御免だろ?」カッコ良さげな台詞付きで。

 

 ギャラリー云々は正直あんま刺さんなかったけど、断る理由はない。俺は染みだらけのそのスツールに腰を落ち着けた。

 新クエスト発生! といったところか。

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