とぼとぼと冒険者ギルドを出ていく少年の背中を横目に収めつつ、凛々しさと甘さのバランスが半々くらいの広く女好きしそうな顔立ちの青年、要するにイケメンの自己紹介を聞く。
「俺はクロードってんだ。このリリスンの町で冒険者をやってる」
「アランだ。実家はウィリアムズなんだが、ちょっと訳ありでな。この町へは野暮用で寄らせてもらった」
「ふっ」クロードは気障っぽく笑うと、「 “訳あり” “野暮用” ……いい響きだ」
な、何を言っているんだ?
それはさておき、マスター風のギルド職員が注文してほしそうにこちらを見ているのに気づいた。
「何か飲むか? 奢るぜ」クロードが言う。
「いいのか? 悪いな」
ギルド職員風のマスターに
「さっきの赤毛の少年、レミと言ったか、いったい何があったんだ?」
「特段珍しくもない陳腐な悲劇だよ」
クロードは難しい顔で大ジョッキ(ミルク)を傾けると、事の次第を説明した。
赤毛の少年、レミはここリリスンの町で下級官吏の父と没落貴族の母の間に生まれた。四人の兄弟姉妹──姉だけは父親の連れ子だが──がおり、裕福とは言いがたいが何とか食べてはいける、そんな、ごくありふれた幼少期を過ごした。
転機が訪れたのは、レミが八歳になったころだった。彼の父が横領の罪で処刑されてしまったのだ。
──病気になった友人のためだった。少しだけなら神もお赦しになるだろうと思ってしまった。
父はそんなふうに供述していたという。
当然、退職金などなく、レミの家の動産は最低限の衣服を残してすべてが没収された。もし集合住宅──賃貸物件住まいでなかったならば不動産も没収されていただろう。
元々あまり体の丈夫でなかったレミの母には、まだ幼かった子供たちを抱えて生活していくのは負担が大きすぎた。一年ほどで彼女は肺病を患ってしまった。
通常ならば子供を孤児院に預けるなり養子に出すなりするところだが、母の中に流れる高貴なる青き血が彼女にそれを許さなかった。彼女にとって子供の存在が自分の矜持を守る最後の砦だったのだ。子供を取られるくらいなら家に火を点けてやる、とまで
そして、レミの弟妹たちもまだ幼く──上から五、三、二歳だ──母親と離れたがらなかった。
そうなってくると、家族の生活を支えるのは長女のシエナと長男のレミしかいない。とはいえシエナもまだ十四歳、レミに至っては九歳、十分な食い扶持と治療費を稼ぐことなど尋常の手段では不可能だった。
勢い、シエナは娼婦となり、レミは冒険者となった。 しかし、ただの少年だったレミがやっていけるほど冒険者稼業は甘くない。まる一日かけて丁稚奉公よりはマシといった程度の報酬を得るのがやっと。
当然、その皺寄せはシエナに行く。毎晩毎晩、客を取り、朝方に帰ってきては昼過ぎまで泥のように眠る、そんな生活を続けた。
そして、先ほどその実行行為に着手した。
その内容は、
〈ダイヤモンドシールドを目撃したと嘘をついてその討伐パーティーを募り、その際のパーティー結成契約に「契約金を情報提供者のレミに支払うこと」という条項を盛り込み、ダイヤモンドシールドの存否及び討伐の成否にかかわらず自分だけは一定額を得られるようにする〉
というものだ。
子供騙しそのもの。そんな下手な擬似餌に釣られる大人はいない。揶揄されても仕方ない浅知恵、愚かな犯罪行為だった。
「いや」とクロードは自身の言葉を否定し、続けた。
今改めて考えてみると、あの冒険者たちには、あえて大声でその内容の杜撰さを嘲笑して周囲に警戒を促し、騙される人が出てこないようにしたい、という思惑もあったのかもしれない。みんなのためにも、レミのためにも。
「レミも焦ってるんだ」
クロードはそう言ってジョッキを
「なぁクロード、もう一ついいか?」
「もちろん」
「レミの家の場所を教えてくれ」
冒険者登録を手早く済ました俺は、低所得者向け住宅がひしめく西地区へと足先を向けた。徒歩で向かう。
日が高くなってきていてぽかぽかと心地よい。町のおばさ──失礼、
『関係ねぇよ。だいたい何なんその責任転嫁? つーか泣かすって何だよ、お前が泣けや』
また一つ世界の真理を悟ってしまった。
そんなふうに駄弁りながら歩を進めること半時間、レミの家らしきものが見えてきた。
西地区の外れに周りの建物から距離を取るようにぽつねんと佇み、一見して築深だとわかる掘っ立て小屋のような簡素な木造の平屋──クロードから聞いた特徴と一致するからおそらくあれだろう。
レミの家へ続く石畳の鋪道を歩いていると、
「ん?」
ふと、足元が気になった。キャラメルみたいな色の五百円玉大の欠片がある。
屈んで確かめてみると、やっぱり乾燥して固まった泥の欠片だった。鋪道を改めて見渡した。レミの家に向かってヘンゼルとグレーテルよろしくぽつぽつと泥の欠片が落ちているのが見える。
最近は雨が降ってないようだし、レミがマッドラビットを狩る時に付着した泥が乾燥して剥がれ落ちたのだろう。つまり、やっぱりあの平屋で間違いないということだ。
そのドアをノックすると、程なくして開き、レミが姿を現した。
「あなたは……」
「ウィリアムズ領から来たアランだ。さっき話していたパーティー契約のことを詳しく聞きたくて訪ねさせてもらった」
「ええと……」レミは困ったような顔をし、家の中を気にするそぶり。「どこで話せば……」
なるほど、病床に伏す母に疲労困憊で休んでいる姉、そして幼い弟妹のいる家の中はたしかに話し合いの席には向かない。
いい所はないかと視線を巡らせれば、路傍に、お
「では、あの木箱に座って話そう」
レミは木箱をちらっと見てからこくりとうなずいた。
「冒険者ギルドのみんなはああ言ってたけど、俺は君が真実を語っていると思っている」
「……何で」レミは舌足らずなきらいがあるようだった。
「契約の内容だよ。もしダイヤモンドシールドを見たというのが嘘で、その嘘を利用してすぐにお金を手に入れようと思ったら、普通は、契約金なんて面倒な口実を
でも君は違った。自分もダイヤモンドシールド討伐に参加するつもりだった。
ということは、実際にダイヤモンドシールドが存在していて、君もその素材の報酬を得たいと考えていると推測できる。
ではなぜ契約金なのかというと、お母さんの病状が前より悪くなってきていて治療費が入り用だったからだ。目撃情報が真実でもダイヤモンドシールドを討伐できるとは限らない。早く、確実にお金を得るためにはそうする必要があった」
──という推理には致命的な欠陥がある。流石の俺もそれくらいは気づく。
つまり、今俺が語ったようにミスリードして信用させるためにあえて自分も討伐に参加する形にした、という可能性を除外できていないのだ。
だからこれは、それこそ口実にすぎない。レミを助けたいという俺の思いをレミに信用させるための方便のようなもの。誰も信じてくれなかった話なのに何の根拠もなく信じると言い出されたら、何か裏があると疑って不安になるかもしれない。その可能性を潰すためだ。
ちなみに、ルシフとの取引──いわゆる “第三者のためにする契約” ──で困ってる人を直接何とかしてもらうことはできない。システムメッセージさんも言っていたとおり、〈神の贋作シリーズ〉の賃貸借契約の取引権限しか有しないからだ。
また、善行ポイントを使えばルシフと取引できるということを教えるのは意味がない。神との取引権限が〈神スキル〉の裏効果である以上、取引するには〈神スキル〉を所持していなければならない。同名スキルが同時期に存在することはないのだから所持者は俺以外にいないと言え、したがって知ったところで取引きはできない。神話の時代つまり古代より前なら〈神スキル〉なくして取引できたが、現代では無理だそうだ。
閑話休題。
「納得してくれたか?」
俺が尋ねると、レミは顎を引いた。
「よし、じゃあ早速パーティー契約を結ぼう」
といっても口頭での合意で足りるから、レミがうんと言えばそれで成立する。
レミが提示した契約金は白金貨四枚(≒四十万円)だった。ダイヤモンドシールドの素材の落札価格が、令和の日本で例えると麻布に大豪邸を建ててお釣りが来るくらいであることを考えると、かなり良心的だろう。
「ほい」俺は謝礼金から白金貨を渡した。
両手で受け取ったレミは、ごくりと唾を飲み込んだ。「……ありがと」
さて、ここからが冒険者としては本題である。つまり、差し当たってはレミが真実を語っていると仮定して話を進める。疑うのは致命的な不整合が生じてからでいい。
というわけで、まずは情報の整理だ。
「ダイヤモンドシールドはどこで見たんだ?」
「ザドキエール、そこの地下二階で」
ザドキエール──ここリリスンから程近い、歴史ある低難易度の地下遺跡型ダンジョンのことだ。最下層でも地下十五階、その地下二階というとかなり浅い。
「見たのはいつだ?」
「昨日の昼過ぎくらい」
「だとしたら妙だな……」俺は顎を軽く掴んでぽつりと呟いた。
ビクッと肩を震わせたレミに、
「なぜ大騒ぎになっていないんだ?」
町チカダンジョンなら、超高難易度でもない限り冒険者が入らないということはない。昨日の昼過ぎにそこにいたなら、遅くとも昨日の終日までには発見されてないとおかしい。
「わからない」とレミは言う。
「ザドキエールには特別な仕様があるのか?」
「普通のダンジョンだと思うけど……」レミはおずおずと言う。叱られた子供みたいだ。
「ふうむ」
となると、辻褄の合う仮説は〈ダイヤモンドシールドには発見されないための能力がある〉というのくらいか。聞いたことはないが、よく考えなくてもありえそうな話ではある。
ただ、それだとなぜF級冒険者のレミに見破れたのか、という疑問が生じる。たまたま能力が切れたところに遭遇したとすれば不整合はないが……。
懐中時計を見れば、正午を回っていた。
よし、ちょっくら行ってみるか。
「これからザドキエールに確かめに行こう」
「わかった」
そうして二人して腰を浮かせた、その時、レミの家から亜麻色のロングワンピースを着たJKっぽい年頃の少女が出てきた。金髪で、痩せている。姉のシエナだろう。
彼女はとことこと寄ってきて、
「レミのお友達?」
「違うよ!」と言下に否定したレミは、子供扱いのニュアンスを嗅ぎ取ったからか、語気が強かった。「この人はパーティーメンバーの人!」
「あら、そうなの?」
と問われたから、「ああ」とうなずく。「これからひと狩り行こうぜって話してたところだ」
「そう……」シエナは物憂げに言うと、レミに、「気をつけなさいね、あなた抜けてるから」
「大丈夫だってば! 子供扱いすんなよ!」
「今日十一歳になったばかりじゃない。まだまだ子供みたいなものよ」
「もう姉ちゃんどっか行ってよ!」レミは恥ずかしそうだ。
しかし悲しいかな、姉は弟の抗議を貫禄のスルー、俺に向き直り、
「レミをよろしくお願いしますね」
ママオカンみたいなことを言う。
「わかったよ、ママオカン」
「ママオカン?」
と小首をかしげるシエナの手に、レミが押しつけるように白金貨を握らせた。
「それ、薬代だから」
「え」シエナは目を丸くした。「こんな大金どうやって……」
しかし今度は弟が姉を反逆のスルー、俺に向き直り、
「行こ」
と言って返事も待たずに歩き出した。
が、
「あ、こら、剣を忘れてるわよ!」
レミは直角に曲がってそそくさと家に入っていった。
たしかにうっかりしている。こりゃあママオカンが心配するのも納得である。