「ザドキエールについて聞きたいことがある」
「ザドキエールの資料ですね。少々お待ちください」
冒険者ギルドの受付嬢──顔採用疑惑と化粧の濃い──はそう答えると、受付カウンターの奥のキャビネットから分厚いファイルバインダーを取り出した。
俺とレミは冒険者ギルドを訪ねていた。推理をより正確なものにするためだ。安置部屋での事情聴取から一時間ちょっと経っている。
書類を繰る受付嬢の手が止まった。ザドキエールの資料が見つかったのだろう。それをこちらに向けた。上部の表題部に大きく『ザドキエール』とある。
「知りたいことは何でしょうか?」
「攻略済みか否か、つまりボスが討伐済みか否かを教えてほしい」
受付嬢は怪訝そうな顔をした。
ザドキエールは五十年以上前にすでに最下層が判明している。つまり、全階層を探索され尽くしているということだ。難易度も低いようだし、当然ボスも討伐されているに決まっている──そんなふうに思い込んでいるのだろう。
しかし、ダイヤモンドシールドなんていう、低難易度ダンジョンの通常モンスターにはおよそ相応しくないレアものが、隠し部屋ないしフロアにいたとなると疑わざるを得ない。つまり、ダイヤモンドシールドがザドキエールのボスなんじゃないか。
「あれ……?」逆さまのまま該当箇所を読んだらしき受付嬢が、不思議そうにそう洩らした。「攻略済みではあるんですけど、ボスの情報がないですね」
ふうむ?
受付嬢と顔を見合わせる。
──どういうことでしょう?
──いや知らんがな。
そんなアイコンタクトを交わしたところで、受付嬢の後ろに立つ影があった。セバスチャンという名前が世界一似合いそうな姿勢のいい初老の紳士──ここの支部長、例の、バーのマスター風の男性職員だ。
「何か問題でもありましたかな」
これ幸いとばかりに受付嬢が事情を説明すると、
「ああ、それは “看做し攻略” ですね。ボス討伐の報告はないものの、すべての階層が判明しており、かつボスの出現が十年以上確認されない場合、冒険者ギルド上役の審議により攻略済みと看做すことができるという規定がギルド規則にあるのです。実態それ自体に証拠能力を認め、実態と記録の
そしてマスター風支部長は受付嬢に、
「研修で配った資料に書かれていたはずですが、まさかご確認いただけてなかった?」
慇懃に圧を掛けた。
「い、いえ、そういうわけでは──はい、すみません、ちゃんと見てませんでした」
受付嬢は無言の圧力に秒で屈した。セバスチャン風支部長風マスター、恐ろしい男だ。
セバスチャン(仮)は俺に視線を向けた。
「もしやザドキエールのボスを発見されたのですかな?」
「いや、まだ確証はない。というより、その傍証を得るために訪ねさせてもらったんだ」
「ふむ」と応じてセバスは、「時に、アラン殿はダンジョンボスの特性についてはご存じですかな?」
「一般常識の範囲では」その内容を、記憶を頼りに諳じる。「通常の個体よりもステータスが高く、必ず強力なスキルを所持しているが、ボス部屋から出てくることはない。戦うにはボス部屋に入ってドアを閉める必要があり、一度戦いが始まると挑戦者かボスが死ぬまで開かない。そして、通常モンスターのようにポップすることもなく、一度倒すとそれきりだが、通常のドロップアイテムのほかにプラスアルファで特別なアイテムをドロップする──補足したいことはあるか?」
「いいえ、その認識で必要十分でございます」
セバスと受付嬢に見送られながら冒険者ギルドを出た。まだ夕方の時分だが、今日のところは仮説の答え合わせはしない。時間が掛かるからだ。夜の街道は避けたい。
この日は回復薬等のアイテムを補充し、お開きとした。
そして明くる日のザドキエール。
ダイヤモンドシールド(ボス個体)と戦う気満々のフル装備──といっても昨日との違いはアイテムを調えたことくらいだけど──で朝っぱらから突撃した俺は、
「おかしい」しかし当てが外れて眉をひそめていた。「なぜ何も起きない?」
「ちゃんと四五九匹倒したのにね。何でだろ?」レミも小首をかしげている。
『ギャハハ! ざっまぁ! 正解を確信してた探偵気取りの馬鹿が不正解を突きつけられててめぇの無能っぷりを思い知らされるとこって最高だよなぁあ?! ちょーきもちーぜ! ありがとな、嗤わせてくれて!』
アンフェアを
レミに意見を求めても、「わからない」と返ってくるのみ。
安置部屋のベンチに腰を下ろし、考える。
「目撃した時との違いといえば……人数くらいか。ソロプレイじゃないと駄目なのか?」
物は試しということで、今度はレミをダンジョンの入り口前に待たせ、俺一人でジゴクのマッドラビットマラソンを敢行した。
しかし、
「これでも駄目なのか……」
安置部屋のドアはボス部屋に繋がらない。
『ギャハハ! そうしょげんなって! てめぇが底抜けの馬鹿だったってだけなんだからよ!』
ここぞとばかりに煽り散らかしてくるルシフのことは
マッドラビットを六時間以内に四五九匹倒すのはおそらく正解だろう。となれば、ほかにも条件があるのか。
あるいは、レミが嘘をついているか。
懐中時計を確認する。そろそろ逢魔が時の香りが漂ってくる時刻だった。今日はここまでか。
リリスンの町へ戻る。俺たちの間には気まずい沈黙が横たわっていた。
市門をくぐり、レミと二人、目抜き通りを歩いていると、漆黒のクローク──釣り鐘型のマント──とかいう封印されし厨二心をくすぐる格好の人物、たぶん仕事中のシエナと出くわした。
「あら、おかえりなさい」
「うん、ただいま」レミが
「なぁに、元気ないわね」
「別にそんなことないよ」
「あら、そう?」それからシエナは、レミの肩口からにょきっと飛び出て見える片手剣の柄へ視線をやった。「その剣の使い心地はどう?」
この時、俺の脳細胞に微弱な電流が走った。何かをひらめきかけている。
「まぁまぁ悪くないよ」レミは答えた。「なかなか使いやすい」
本当か? 剣の扱いはあまり得意そうには見えなかったが──そう思ったところで、またビリッともどかしい電流があった。
シエナはにこっとして言った。
「お姉ちゃんのセンスに感謝しなさいね」
──!?
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳に散らばる記憶の断片── “真新しそうな片手剣” “ぽつぽつと泥の欠片が落ちている” “今日十一歳になったばかりじゃない” “マッドラビットを
逸る気持ちを抑え込むように唾を飲み下すと、俺は姉弟に等分に尋ねた。
「その片手剣はレミへの誕生日プレゼントなのか?」
「ええ」とシエナ。
「そうだよ」とレミ。「昨日の朝、貰ったんだ」
やはりか。ということは、
「なぁレミ、もしかしてダイヤモンドシールドを目撃した時には武器を装備していなかったんじゃないか?」
「うん、そうだよ。一昨日までは踏みつけてやっつけてたから」
だから、冒険者歴の割に剣の扱いがぎこちなかったのだ。
「防具はどうだ? 何か装備していたか?」
「ううん、何も。動きやすいほうが性に合ってるから」
思い返してみれば、マッドラビット以外からは逃走していたのだったか。であれば、機動力重視もうなずける。
「わかったよ」俺は言う。「もう一つの条件は〈武器及び防具を装備していないこと〉だ」
「えっ」レミは驚いた顔をした。「そんなことも条件になるの?!」
「ああ、そうみたいだな」
──てかさ、条件の性格悪すぎない?
だって、超耐久&超耐性に加え、何らかの強スキル持ちのボスモンスターと戦う条件が〈丸腰でジゴクへGO!〉なんだよ? 制作者の、“絶対に地獄を見せてやる!” という強い意思をびしびし感じるって。初心者向けダンジョンなのもタチが悪い。
『神の試練だぞ。オレってさ、ほら? 叩いて伸ばすタイプじゃん? 鞭に打たれてぶひぶひ鳴く下等生物が好きっていうか?』ルシフに悪びれる様子はない。わかっていたけど。
──鞭ばっかじゃ人は動かないぞ。
『にんげん、がんばえー♡』
な、何てウザいんだ。
はぁ。俺は溜め息をついて気持ちを切り替え、
「明日だ」と宣言する。「明日ザドキエールを落とす」
神に目に物見せてやらぁ!