生前葬の手引き   作:シュガーマン

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僕はしっかりプロットを練らない不届者なので後になってやらかしに気づきました。
1話が少しだけ変わってます。1話も読み直してもらえると幸いです。


ep.2 逃避行散歩

「で、あんたはこれからどんな事がしたいの?」

 

家から出て3歩目で言われた言葉に僕は返事ができなかった。

 

「………」

 

僕は立ち止まった。

 

「…まさかなーんにも決めてないの?ジャンルとかも?」

「世間は死ぬ前にする事にジャンル分けをしているのか?……っあぁ、そうだよ。まだ何も考えてないよ」

 

「………はぁ」

 

ミリーが呆れた顔をしながらため息をついた。

 

「したい事あったんじゃないの?」

「ないよ…僕がしたい事がある、なんて言ったか?…これから探していくんだよ。

最期にする事だ。のんびりはしないがじっくり決めていきたい」

 

死ぬことをダラダラ遅らせる気は一切ない。今一番したい事は死ぬ事だ。これが最重要。でも何もしないまま死んでいくのは嫌だ。最期に僕の好きな事を好きなふうにやってやりたい。僕は世界から逃げたい、けれど自分の人生からは逃げたくない。無駄にしたくない。最期にする事を焦って決めて、後悔する、なんてのは一番だめだ。

 

「…あっそ…じゃあまずは何をするか決めていこっか。第一に…あんたは復讐をする気はあるの?」

 

復讐。それに思い至った事は何度も、何度もあった。死ぬ事を決める前から何度も。

むしろそれを思わない日はなかった、と言ってもいい。

 

僕に穢れた羨望と薄汚れた嫉妬心に満ちた視線をぶつけてきた周囲の環境。

記号の僕に期待だけを押し付けてた母。

直接的に敵意(ナイフ)を刺してきた同級生達。

復讐したい奴らはいくらでもいる。

僕は少年漫画の主人公のように復讐は何も生まない、なんて高貴な思想を持ち得ていない。

でも、なぁ…

 

僕ははっきりと答える。

 

「復讐か。考えなかった日はないよ。でもそれをする気はない、というかさっき無くなった」

 

これが僕の答えだ。

 

「どうして?したい相手はいるでしょ?…ん?さっき?」

 

ミリーが首を傾げてる。可愛いなこいつ。

 

「ミリーに復讐している姿を見られたくない」

「……へ?」

 

ミリーが口を半開きにしている。可愛いなこいつ。

 

「…ミリーにそんなところ見せられないよ…最期くらい幼馴染にカッコつけたっていいだろ」

 

ミリーの顔が一気に赤くな…ったかと思いきやミリーは吹き出した。

 

「ははっ!そんな理由?…カッコわる〜い」

 

やめろ、頬をツンツンするな。

手でミリーの攻撃に防御姿勢を取りながら話を続ける。

 

「ミリーの前で復讐するなんて後悔しか残らなそうだ。黄泉の国から這い戻ってくるぞ」

 

 

「…それはそれでいいけどね…」

 

 

「…」

 

 

僕らはまた歩き出した。

 

____________

 

 

 

今日は休日だが念のため通学路の反対方向、人気の少ない方に足を進めていく。

現在時刻は2時。同級生と出会う可能性も0ではない、どころか高いしな。

ミリーは僕の右で白線の上を歩いていた。横から押して白線から落とすと怒られるだろうか。

 

少し押してみるか迷っていると、ミリーが口を開いた。

 

「結局どんな事がしたいの?」

「…うーん、犯罪は嫌だな。普通に生きてる人に迷惑をかけたくはない。

趣味を精一杯する、ってのも無理。趣味なんて作った事が無いし。」

 

左手の指を一本ずつ曲げて鍵盤に触れるようなジェスチャーをする。

 

「ずっと。これ一筋だったから」

 

もうそれも無いんだけど、という言葉は飲み込んだ。言ったってどうにもならない。

 

「なんかあれね。私がダメ出しするまでもなく、なーんにもなさそうね…したい事」

「したくない事は腐るほどあるけどな」

 

「そーいう事言わない〜」

 

ミリーが横から右の服の裾を引っ張ってきた。

 

「コンビニ寄ろ?」

「財布持ってきてるの?」

「…あんた金持っててももう使わないでしょ?今のうちに使ったげる」

 

…はぁ。仕方ないな。

左ポケットから小さな財布を取り出す。

昔、というほどでもないか。半年ほど前までは大きな財布だったが、今は小型のチャック式の物を使っている。

 

 

「知ってるか?貧乏人の財布は軽いんじゃなく重いんだ。小銭しかないからな」

「重いの?じゃあ私が財布持ってあげようか?」

「ミリーに持たれると軽くなりそうだからいい」

「ん?私が財布を持ってもお金持ちにはならないよ?」

「逆だよ逆」

「…ふふ」

「笑うな」

「あで」

 

頭をこつんと叩く。

2人でコンビニの中に入った。

 

「それで?何が欲しいんだ?」

 

結局、ミリーに財布は取られた。

 

「んー、と。アイス食べちゃおっか」

「いいね」

 

2人でシェアできる、あの有名なアイスを手に持った。

 

「こうやってコンビニ入るの久しぶりじゃない?中学ぶり?」

「だな。放課後はピアノのレッスンがあったから基本母さんが車で迎えにきてくれてたし。自分の足で下校する、ってのが片手で数えるくらいの回数しかなかった」

 

高校に至っては数える事すらできない。もっとも、右手がなくなってからの半年間は歩いて帰っていたが。

 

「その数少ないうちの一回を私とのコンビニに使った。…言葉にしてみるとなかなか照れ臭いものがあるわね」

「なら言葉にするな」

 

ミリーと話すようになったのは中学から。つまり付き合いはもう5〜6年になるのか。

思い返してみれば色々世話をしたし、世話になったな。

…いい付き合いだった。

 

僕がコンビニの外で待っているとミリーがアイスを持って出てきた。

 

「財布軽くなったー」

「軽いノリで言うな。僕の心は今ズンと重くなった」

「上手いこと言ったとか思ってそう」

「…」

「図星?…ぷっ、あははっ!」

「笑うな」

 

…ミリーは笑顔が似合うな。

 

 

「はい、パピコ」

「…せっかく僕が名前出さないようにしてたのに…!」

「雪見だいふくもあるよ。チョコ味の」

「……はぁ…」

 

 

…僕はチョコが嫌いだ。

 

____________

 

 

僕達はコンビニを出てすぐの公園でアイスを食べていた。

結局、僕がパピコ、ミリーがチョコ雪見だいふくを食べている。

 

「納豆もあるけど食べる?」

「なぜ納豆を買った」

「あんたに食べさせようと思って」

 

ミリーは雪見だいふくを食べ終わると納豆を混ぜ始めた。

何でもありだなこいつ。

 

「楽しい?」

「あぁ納豆を混ぜているミリーを見れて楽しいよ」

「…そっか…楽しい、か」

「皮肉に対してしんみり返すな、気まずい」

「…ふふ、でしょ?気まずくさせようと思って。…よし。はい、あーん。」

 

ミリーは納豆を箸ですくうと僕の口元に持ってきた。

 

「美少女からのあーん、よ。泣いて喜びなさい」

「納豆はあーん適正低くないか?」

 

納豆が箸からこぼれていっている。

 

とりあえず食べた。

ミリーも納豆を食べる。なんだこれ。

ミリーの口に透明な橋が出来た。

 

「…なんか…えっちじゃない?これ…」

「‥お前それ言うために納豆買ったろ」

「バレたか」

「汚いからはよ口拭け」

 

……っはは…

 

 

「ぷっ、ははっ…!」

 

 

「ん?!笑ったわね?!今笑ったわね?!」

「ん?あぁ。笑ったよ」

「……ふふ」

 

 

ミリーは少し微笑んだ。

____________

 

 

アイスと納豆を食べ終え、また歩き始めた。行き先は特にない。

今更だけど、目的は…したい事を見つける、とかかな。

 

「で、何かしたい事見つかった?」

「コンビニに来ただけで満足できる何かを見つけられるならコンビニはもっと増えるべきだよ」

「それ皮肉?」

「大正解」

 

したい事…いざ探すとなんっにも見つからないな。色々思いつきはするんだけど、どれもつまらなそうだったり周りに迷惑をかけるものばかりだ。案外見つからないものなんだな。

 

なんて考えているとミリーが裾を引っ張ってきた。

頬が少し赤い。どうしたんだ?

 

「えっちな事…とかしたくないの?」

「お前からそれ聞くか」

 

さっきの納豆が糸を引いているのか…なんて上手いことを言おうと思ったけどやめておく。

 

よく知らないけど普通そういうのは男から言うものなんじゃないか?

 

「最期だし正直に言えばしたくないわけじゃないんだけど…そもそも相手がいない」

「チラチラこっち見ないでよね変態」

「見てないよ…」

 

…ミリーってスタイルいいな。

 

「心見えてるわよ変態」

「せめて声聞こえてるわよ、とかにしてくれ…というか僕今声出てたの?ねぇ」

 

まぁ冗談抜きで言えばミリーに対してそういうのをしたいとは思わない。すぐ死ぬ人間がミリーのはじめてを奪う、ってのは気分が悪い。

…ん?はじめてとは限らないか……いや、もう考えるのはよそう。

 

「…変態」

「やめて」

 

幼馴染に変態、と言われるのは結構心にくるものがある。

 

____________

 

結構歩いてきたな。時計の短い針はすでに4の上を通過した。

街並みもすっかり変わってどんどん寂しい雰囲気になってくる。

…ミリーがいるから寂しくはないか。

 

「なぁミリー、どこまで歩こうか。……というか今更だけどミリーは今日用事とかないのか?」

「ないわよ。あってもキャンセルよキャンセル」

 

「…」

「にやけないでよね」

 

ちょっとくらいいいだろにやけても…。

いや待て…僕のために、僕のせいで。予定をキャンセル…か。

あまり長く僕に付き合わせたくないな。

ミリーの時間を無駄にしていってると考えれば罪悪感と焦燥感に見舞われる。

特に焦燥感の方が問題だ。僕は最期にしたい事をじっくり考えたい。

僕のためにもミリーのためにも…ミリーとはここで別れなきゃ。

 

「ミリー…今日はここまででいいよ。あまり時間を取らせたくないし。最期にする事が決まったらミリーに伝えるしさ」

 

できるだけ笑顔でそう言う。

もっとも、こんな作り笑顔にミリーが気づかないわけないか。

 

 

「はぁ…遠慮しないで。私は今一番したい事をしてるの。どうせミリーの時間を無駄にしてしまっている〜とか思ってるんでしょ?そう考えられる事が不快だわ」

 

「でも」

 

「第一。最期にする事を私に伝えずに先にして、そんで……いなくなっちゃいそうだもの。」

 

「あんたは辛い事があったら昔から全部1人で溜め込んじゃうでしょ?この半年間とかみたいに。……私の事も避けてたでしょ?‥知ってたからね」

 

 

…………

 

 

「あんたはさ、今まで全部、1人で溜め込んだ物を自分で消化出来てたでしょ?だから私は最低限助けてあげればあんたは大丈夫、って。そう思っちゃってた。最低限の助けすらできなかったくせに。しかも避けられてる事に気づかないフリをして、私が自分で『そっとしててあげる』って行動を選択したんだ、なんて言い訳もして」

 

「最期は、もう気づかないフリもしないしそっともしてあげない。1人で溜め込むより2人で背負い込みたい」

 

「私はあんたのしたい事が決まるまで予定も学校も全部キャンセルするわ。確かに、あんたから言わせてみれば時間を無駄にしてる、のかもしれない。でもそれは私がしたくてしてるの、あんたに何を言われようがされようが、私はあんたについていくわ」

 

 

こうも、まっすぐ伝えられちゃうとなぁ…

 

 

「…はぁ…、分かったよ」

 

「…にやけた」

「……」

「今にやけたわね、ちょっと喜んだわね?」

 

……………

 

「…ぷっ、あはは!」

「‥笑うな……っ、ははっ!」

 

僕達は2人で笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

…右手が痛むなぁ、今日は。

____________

 

 

 

家を出た時には真上にあった太陽は、もうすぐ山に沈んでしまいそうだ。

足が棒になってきていたけれど、道端にあった手頃なサイズの石を蹴りながら歩く。

久しぶりだな、これをやるのも。幼稚園以来とかじゃないかな。

右手がないとバランスが取りづらいからこれすら難しいけれど。

 

「へいパス」

「はいシュート」

 

また右側の白線の上を歩いていたミリーにパスするとミリーはすぐさま石を草むらに向かってシュートした。

 

…なんてひどい。もう近くに手頃な石はなさそうだ。

ジト目でミリーを睨みつける。

 

「ははっ、ごめんごめん…というかあんたガキすぎでしょ…ふふ」

 

ミリーは僕の左側に回り込むと半笑いで肩にぶつかってきた。

 

 

………っ…。

 

 

ミリーは僕の肩に頭を乗せてきていた。

 

「私はさ…今日みたいに、あんたとこんなしょうもない事で、ずっと笑ってたいよ…」

「……」

 

____________

 

近くの山の麓まで歩いてきていた僕達は、小さなベンチに腰掛けた。

ミリーは僕の右肩に頭を乗せている。

 

「ねぇ…最期にする事、私とずっと。2人でずっと、笑い合う、なんてどうかな。」

「後悔がない人生にしたいんでしょ?」

「期待とか嫉妬とか、失望とか。全部から逃げたいんでしょ?」

「ほんとはさ…今日みたいに笑ってたいんでしょ?」

「嫌な事のない世界で笑ってたいんでしょ?だから死にたいなんて言ってるんでしょ?」

 

ミリーの声はどんどん熱っぽく、湿っぽくなっていく。

 

 

 

「私と笑い合って生きる、ってのは…ダメ、かなぁ…!」

 

 

 

そんな顔をしないでくれ。

涙を流さないでくれ。

君は笑っていてくれ。

 

言いたかった言葉達は全部喉で足踏みしている。

頼むよ。口から出ていってくれ。

 

 

「私は…っあんたに全部あげられるよ?幸せな全部を、あげたいよ…?」

「女の子は砂糖と可愛さと秘密の幸せスパイスで出来てるの。全部あげるよ?捧げられるよ?」

「あの日のあんたが私を救い上げてくれたみたいに…今度は、今日の日の私は、あんたを下から掬い上げてあげたいの…!だからっ…!死なないでよ…ばか」

 

僕の胸に顔を埋めながら、ミリーの手は僕の胸板を叩く。

痛くない、けど重い。

 

無理やり口を開けて声を出す。

 

「ごめん」

 

<<<<<<<<<<>>>>>>>>>>

 

[誰か轢かれたぞ!]

[あの子…腕が…!]

 

 

[ははっ!ピアニストだろ?ピアノ弾いてくれよ。両手でさぁ!]

[もうお前生きてる価値ないでしょ]

 

[母さん…片腕になっちゃったけどさ、義手とか付けたらまだ演奏できるかもっ、でしょ?一生懸命リハビリするしさ!だからっ…!]

[…母…さん…こっち向いてよ]

 

<<<<<<<<<<>>>>>>>>>>

 

「もう、決めたんだ」

 

 

「死ぬ事が、残された唯一の幸せな結末(ハッピーエンド)なんだよ」

「どんなに綺麗な音でも…不協和音を聞きすぎて耳が聞こえなくなってると意味がないんだよ。僕に君は…もったいないよ」

 

「っ……!」

 

「ありがとう。ミリー。君がそう言ってくれて、僕は今まで生きてきた中で一番人生に満足できた」

 

それ以外にも、今日一日でミリーはいろんな言葉や幸せをくれた。

あの5年前の出会いに感謝だな。

 

 

今までミリーは僕が辛い事を溜め込んでる時、そっとしててくれた。本人はああ言ってたけども、これは優しさだ。あぁ、なんでこの半年間彼女を避けていたんだろう。

避けていなければ…こうも絶望的なほどに心は擦れていなかったかもしれない。

 

笑うたびに、幸せを感じるたびに。右手が甘く痛む。

幻肢痛?そんなんじゃない気がする。

多分、右手が僕を諭しているんだ。

もう手遅れだ。楽になれ。それが一番"幸せ"だ、と。

 

 

もうさ…!っなんなんだろうなぁ…!

 

 

頬を温かい雫が伝っていく。

 

生きるから幸せなのか、幸せだから生きるのか。

死ぬから不幸なのか、不幸だから死ぬのか。

 

僕の場合、幸せのために生きてみたかった。不幸だから死んで幸せになりたかった。

死は幸せのマイナスを総決算して0にしてくれる。

 

 

 

すぐにきっぱり答えたから君は僕が悩まなかったと思うかもしれないけれど。

本当に悩んだんだ。

 

どちらを選ぶのかさ。

 

 

 

やっぱり。右手が甘く痛むよ。

 

 

幸せのために生きてみたかった。けれど幸せのために死にたかったんだ。

 

 

何か最期に好きな事をやってやろうと思ってたけど…そんな事する必要がないくらい満足しちゃったや。

満足した。けれど、最期にこれはしたいな。僕の最期で最後の我儘。

 

 

「ミリー、したいことが見つかったよ」

 

「嫌なら全然いいんだけどさ」

 

 

 

 

「キスしてほしい」

 

 

 

 

「それで。…終わり(エンド)にする」

 

 

 

 

僕は生きて幸せのプラスを積み重ねていくより、

マイナスを総決算する方が幸せになれそうだったんだ。

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