弟子の不祥事の責任を取って辞職した錬成学最高権威の教授。田舎で『普通の子』を育てていたら、大成して償いに来た「元教え子たち」が毎日『嫉妬』と『後悔』で勝手に曇っていく 作:Student
※かつてカクヨムでランキング上位を取った自作品の大幅リメイク版。
※内容や登場人物、構成や執筆まで、最初から全て作り直しております。
※今年のカクヨムコン応募予定作品。既に10万文字執筆済み。本サイトにて先行公開中。
※毎週土曜日更新予定。
国の宝を預かる覚悟と誇りを持て――
これが今は亡き、師の「教え」だった。
学び舎に集う学生は、いずれは国を背負い、世界を動かす可能性の原石。
――すなわち『国の宝』だ。
だからこそ、僕は学生が未熟さゆえに過ちを犯した時、感情に任せて罵声を浴びせて恐怖に訴えかけるような「古い教育手法」に意義はないと考えている。
恐怖を感じた人間は「何が悪かったのか」ではなく「どうすればこの恐怖から逃げられるか」しか考えられなくなるからだ。
そこには、次こそ同じ失敗をしないために行わなければならない「分析」や「内省」が存在しない。
それは宝を曇らせるだけで、教育ではない。
俗に言われる「教壇の上の賢人」ではなく、学生と同じ目線に立ちながら一緒に改善点を考え、その失敗や過ちと正面から向き合って、次へと活かす。
これこそが、世界最高峰と謳われた王立学院で、僕が実践し続けた教育哲学だ。
だから僕は、学生を褒めることはあっても、一度も責めることはなかった。
――そして現在。
王立学院で全てを失った僕は、辺境にひっそりと佇むアトリエで暮らしていた。
「ケイン先生、お茶淹れたよ」
錬成に使用する木製の素材棚から視線を外すと、無駄な装飾のない質素なエプロンを身につけた少女が朗らかな笑みを浮かべて立っていた。
弟子であり、娘でもある、クロエ・エルロッド・オーレオール。
素朴で無害な、どこにでもいる――『普通の子』。
「ありがとう、クロエ。助かるよ」
受け取った湯呑みの温かさを感じながら、僕は空いた左手で彼女の頭をくしゃりと撫でた。
クロエは「えへへ」と嬉しそうに目を細め、僕の服の裾を小さな手でぎゅっと掴む。
「うち、先生のお手伝いできんの一番嬉しいんよ。だから何でも言うてね?」
彼女は「捨て子」だった。
数年前、辺境から少し離れた場所にある田舎街で、行く当てのなかったこの子と出会ったのだ。
それからは、実の娘として食事を与え、服を着せ、文字を教え、今ではこうして僕の拙い錬金術を手伝ってくれている。
子供は親を選べない。それに、僕自身がこの子にとって、本当に相応しい親になれているのかどうか、今でも自信がない。
けれど、彼女に「この人が自分の親で幸せだった」と思ってもらえる日がくることを切に願いながら、一緒に生活をしている。
この小さな温もりを、健やかに育て上げること。
それだけが、学院で多くの優秀な錬金術師を輩出するという「夢」を失った僕に残された、ささやかな生き甲斐だった。
ふと、作業机の端に置かれた王都の雑誌。その学術関連のページが目に入る。
そこには、今や国家最高峰の『生命錬成学の母』として大成した、かつての弟子の姿があった。
――エレナ・レインズ・ワースハイト。
成果至上主義の実家に追い詰められ、焦燥の末、僕が子供の頃から連れ添った大切な精霊の友達を「錬成用の素材」として拘束し、その命の核を引き抜いてしまった少女。
あの日も、僕はエレナを怒鳴りつけたり、責めたりはしなかった。
一緒に泥に塗れながら学院の裏庭にお墓を作り、静かに、彼女の未来に寄り添う言葉をかけたのだ。
「……エレナ、死んでしまった命は、錬金術を用いても生き還らない。犯してしまった過ちは消せない。だから、これから君が創り出す『命』に、一生懸けて誠実に向き合い続けることで、この子に応えよう」
僕が彼女に求めたのは過去への償いではなく、未来への研鑽だった。
彼女はその言葉を道標に、自分の過ちから逃げ出さずに向き合い、必死に前へと進んだのだろう。
「……先生?」
クロエが、僕の視線の先にある雑誌に気づく。
開かれた学術ページに掲載された、元教え子の紹介文と学術論文。
その瞬間、彼女の表情が仄暗くなったように見えた。
だが、僕が視線を戻すと、彼女はいつものように屈託のない笑顔を向けてくれる。
――その時だった。
アトリエの古びた木製の扉を、遠慮がちに叩く音が室内に響く。
僕がこんな辺境に来客なんて珍しいなと思い、慎重に扉を開ける。
するとそこには、田舎におよそ似つかわしくない、黒と赤の見るからに高級そうな装いに身を包んだ美しい女性だった。
差し込む日差しを受け、手入れの行き届いた赤髪が美しく輝く。
だが、その顔は痛々しいほどに青ざめており、呼吸も絶え絶えで、視線は辺りを彷徨っていた。
「……せ、せん、せい?」
その震える唇から、言葉が漏れた。
訪ねてきたのは、かつての教え子「エレナ」だった。
あの日、自分の過ちと向き合い、ひたすらに研鑽を積んできたのだろう。
彼女の偉大な業績は、生命錬成の倫理規則の制定、特に今まで多くの犠牲を出し続けていたにもかかわらず無法だった生命錬成において「錬成対象が心の底から同意した場合にのみ錬成ができる錬金術式の構築」を成し遂げ、秩序をもたらした生命錬成学の第一人者。
この功績に加え、医学分野への貢献も大きい。
それまで患者の治療には、罪人の臓器を素材とするような野蛮な錬成だったものを、患者自身の血液や細胞の一部から、拒絶反応のない「人工臓器」を安定して錬成する基礎理論から応用理論まで確立した。
エレナが震える手で、胸元から淡い光を放つ宝石を取り出した。
「ケイン先生……あなたにずっと会いたかった!……あたし、先生の教えを胸に、命を一番に考える錬金術師になったのっ!」
彼女はポロポロと大粒の涙を流しながら、それを差し出す。
「これ、あたしのすべてを懸けて交わした最高峰の召喚石よ。あの精霊の代わりになんてならないけれど、一生を懸けた償いよ。だからどうか、もう一度あたしと一緒に……っ!」
眩く輝きを放ちながらも透き通っている水色の宝石。
世界の誰もが、喉から手が出るほどに欲しがるであろう代物だ。
おそらく、大精霊ウンディーネの召喚石だろう。
召喚石とは、精霊に認められた術者がその精霊と契約を交わしている「証」のようなものと言える。
大精霊は世界でも数柱が登録されているが、ウンディーネは別格だ。
これは人智を超越したウンディーネがエレナにだけは心を許し、助けが必要な時はいつでも召喚に応じると、本心から契約したことを意味する。
契約に嘘偽りがあった場合は契約は不履行。悪ければ術者が精霊に殺されてしまう危険性すらある。
だからこそ、エレナではなく、誰かに譲渡する可能性についても包み隠さずに話し、予め了承を得てからの契約だろう。
僕も教授時代に一度だけ、大精霊の召喚石を目にしたことがあった。
けれど、その大精霊は温厚な性格で信頼関係を構築しやすい部類に入る。
高慢でプライドの高い大精霊ウンディーネの召喚石など、まずお目にかかれない。
それを前にして、僕はかつて世界最高峰の王立学院の錬金術科の教授だった頃と何一つ変わらない穏やかな口調で、目の前で泣いている彼女に語りかける。
「立派になったね、エレナ。君がこの世界で誰よりも命を大切にする人になったのなら、それ以上に嬉しいことはないよ」
「……っ!」
ぱっと明るい表情になったエレナに、僕はそっと言葉を続ける。
「でも、その希少な召喚石は君自身のために使いなさい。僕にはもう、必要ないから」
――その瞬間、エレナの表情が固まった。
僕は彼女の研究成果を認めているし、あの子への償いも、エレナが新しい命を救い続ける形で十分に果たされたと思っている。
だからこそもう何かに縛られる必要はないと、彼女の罪悪感を解くつもりで告げたのだ。
「……え?」
彼女は差し出した召喚石を握りしめたまま、呆然と立ち尽くしていた。
本作は本編のEpisodeと捕捉資料のArchiveに大別されます。
世界観の補完が多分に含まれますのでArchiveもぜひお読み下さい。
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