ポケモンタワー。
その最上階へ続く階段を、マサヒロたちはゆっくりと上っていた。
先頭を歩くのはイーブイ。
その後ろを、フシギソウ、スピアー、ハクリュー、バルキーが続いている。
「……さっきのゴースト、どこ行ったんだ?」
マサヒロは辺りを見回した。
さっきまで姿を見せていたゴーストの姿は、どこにもない。
その時だった。
「……グルルル……」
低い声が、階段の上から聞こえてきた。
「え?」
マサヒロが顔を上げる。
暗闇の中から、大きな影がゆっくりと現れた。
赤い目。
大きな口。
そして、全身から漂う不気味な気配。
「……ゲンガー!」
「ブイ……!」
イーブイが警戒する。
ゲンガーは何も言わず、こちらを睨んでいた。
「こいつ……さっきのゴーストとは違う……」
マサヒロが一歩下がる。
すると、ゲンガーの周りに黒い影が集まり始めた。
「来るぞ!」
ゲンガーが地面を蹴った。
「イーブイ、避けろ!」
イーブイが横へ飛ぶ。
ゲンガーの攻撃が床をえぐった。
「危なっ!」
「ブイ!」
イーブイも反撃しようとする。
しかし――
「待て!」
マサヒロは手を上げた。
「まだ攻撃するな!」
ゲンガーは、なぜかこちらを攻撃し続けようとはしなかった。
その視線は、イーブイではなく――
その後ろにいる仲間たちへ向けられている。
「……?」
マサヒロは首をかしげた。
その時。
「ゴース!」
「え?」
先ほどのゴーストが姿を現した。
さらに、その後ろから別のゴーストたちも現れる。
「ゴース……ゴースト……」
何匹ものゴーストタイプのポケモンが、ゲンガーを取り囲んだ。
「なんだ……?」
マサヒロには、何が起きているのか分からない。
だが、ゴーストたちはゲンガーを攻撃しているわけではなかった。
むしろ――
何かを伝えようとしているように見えた。
「もしかして……ゲンガーを止めようとしてるのか?」
「ブイ?」
イーブイも不思議そうにゴーストたちを見る。
その時だった。
「グアアアアッ!」
突然、ゲンガーが怒ったように叫んだ。
「うわっ!」
黒い影が一気に広がる。
「みんな、避けろ!」
フシギソウたちが散開する。
ゲンガーの攻撃が床を走り抜けた。
「こいつ、本気だ!」
マサヒロはボールに手を伸ばした。
しかし、その前に――
「ゴース!」
先ほどのゴーストがゲンガーの前に飛び出した。
「えっ?」
ゲンガーの動きが止まる。
ゴーストはゲンガーを見つめている。
そして、ゆっくりと首を振った。
「……何してるんだ?」
マサヒロには、やっぱり分からない。
するとゲンガーが、今度はイーブイを見た。
「……ブイ」
イーブイもゲンガーを見返す。
二匹の間に、奇妙な空気が流れた。
「……イーブイ?」
マサヒロが声をかける。
その瞬間。
ゲンガーが動いた。
「イーブイ!」
「ブイ!」
ゲンガーがイーブイへ向かって突っ込んでくる。
「かげぶんしん!」
イーブイの姿がいくつにも分かれる。
ゲンガーの攻撃が空を切った。
「今だ!」
「でんこうせっか!」
イーブイが一気に距離を詰める。
「かみつく!」
ゲンガーへ飛びかかる。
しかし――
「グッ!」
ゲンガーは体を影のように変化させ、攻撃をすり抜けた。
「なっ……!」
イーブイの攻撃が空振りする。
ゲンガーはそのままイーブイの背後へ回った。
「イーブイ、後ろ!」
イーブイが振り返る。
「ブイッ!」
間一髪で攻撃を避けた。
「強い……!」
マサヒロは歯を食いしばる。
イーブイなら、エボルブラストがある。
けれど――
「……いや」
マサヒロは首を振った。
「まだ使わない」
エボルブラストは強力だ。
だけど、イーブイの体への負担も大きい。
相手が何者なのか分からない今、簡単に使うわけにはいかなかった。
「イーブイ! 自分の力でいくぞ!」
「ブイ!」
「かげぶんしん!」
再びイーブイが分身する。
ゲンガーが周囲を見回す。
「今だ!」
「でんこうせっか!」
分身の一匹が走る。
ゲンガーがそちらへ攻撃する。
しかし、それは分身。
「こっちだ!」
本物のイーブイが反対側から飛び出した。
「かみつく!」
ガブッ!
ゲンガーの腕に攻撃が入った。
「グッ……!」
ゲンガーが後ろへ下がる。
その瞬間。
「ゴース!」
ゴーストがゲンガーの前に飛び出した。
「……?」
マサヒロは目を見開く。
ゴーストはゲンガーを攻撃しない。
ただ、ゲンガーの前に立っている。
まるで――
何かからゲンガーを守っているようだった。
「お前……ゲンガーを守ってるのか?」
ゴーストが振り返る。
「ゴース……」
小さく鳴いた。
すると、今度は他のゴーストたちもゲンガーの周りに集まった。
「……そういうことか」
マサヒロはようやく気づいた。
「こいつら、ゲンガーと戦ってたんじゃない」
「ブイ?」
「ゲンガーを止めてたんだ」
ゲンガーはじっとマサヒロを見る。
その目には、先ほどまでの敵意とは違う何かがあった。
「……お前、何かを守ってるのか?」
ゲンガーは答えない。
ただ、ポケモンタワーの奥を振り返った。
「……?」
マサヒロもそちらを見る。
そこには、たくさんのポケモンたちが眠っている。
「ここにいるポケモンたちを……守ってるのか?」
ゲンガーが静かに頷いた。
「……そうだったのか」
マサヒロはゆっくりと笑った。
「だったら、最初からそう言ってくれよ」
「ブイ……」
イーブイも少し安心したようにゲンガーを見る。
すると――
ゲンガーがイーブイへ近づいてきた。
「イーブイ!」
マサヒロは思わず身構える。
だが、ゲンガーは攻撃しなかった。
イーブイの前で立ち止まる。
そして――
「……ゲンガー」
ゆっくりとイーブイの目を見る。
「ブイ……」
イーブイもゲンガーを見る。
二匹の間に、しばらく沈黙が流れた。
するとゲンガーは、イーブイの胸元へ視線を向けた。
「……?」
そして、何かを伝えるように一度だけ鳴いた。
「ゲン……」
「イーブイに何か言ってるのか?」
マサヒロは耳を澄ませる。
だが、やっぱり意味は分からない。
イーブイも首をかしげている。
「……分からないな」
マサヒロは苦笑した。
「でも……いつか分かるのかもしれないな」
ゲンガーはその言葉を聞くと、少しだけ笑ったように見えた。
そして――
暗闇の中へ消えていった。
「……行っちゃった」
「ブイ……」
「まあ、いいか」
マサヒロはイーブイの頭を撫でる。
「俺たちも行こう」
* * *
ポケモンタワーを出ると、シオンタウンには夕方の光が差し込んでいた。
「今日は色々あったな……」
マサヒロは振り返る。
巨大なポケモンタワーが、静かにそびえている。
「イーブイのことも、ゲンガーのことも……まだ分からないことだらけだ」
「ブイ!」
「でも――」
マサヒロは笑った。
「少しずつ分かっていけばいいよな」
イーブイが頷く。
その後ろでは、フシギソウたちも待っている。
「よし! 明日は次の町へ出発だ!」
マサヒロが歩き出す。
その背中を、ポケモンタワーの最上階から見つめる影があった。
「……」
ゲンガーだった。
そして、その隣には――
さっきのゴースト。
ゴーストは窓の外を見ながら、静かに呟くように鳴いた。
「ゴース……」
ゲンガーは答えない。
ただ、遠ざかっていくマサヒロたちを見つめていた。
その視線は――
イーブイへ向けられていた。
静かなシオンタウンの夜。
その塔の中で、まだ誰も知らない何かが動き始めていた。