シオンタウンを出発して、しばらく。
マサヒロたちは、タマムシシティへ続く道を歩いていた。
「タマムシシティか……」
マサヒロは地図を見ながら呟く。
「次のジムは草タイプなんだよな」
「ブイ!」
隣を歩くイーブイが元気よく鳴く。
「炎タイプのポケモンがいたら、かなり有利なんだけどな」
マサヒロは自分の仲間たちを見る。
イーブイ。
フシギソウ。
スピアー。
ハクリュー。
バルキー。
「まあ、焦って探す必要もないか」
その時だった。
「……ん?」
マサヒロが足を止める。
「どうした?」
イーブイも立ち止まった。
「今、何か聞こえなかったか?」
森の中から、かすかな物音が聞こえてくる。
「ポケモンかな?」
マサヒロたちは音のする方へ向かった。
* * *
「……!」
木の陰を覗き込んだマサヒロは、息を呑んだ。
そこに、一匹のガーディが倒れていた。
体中が傷だらけになっている。
毛も汚れていて、足にはいくつもの傷があった。
「ガーディ……」
マサヒロはゆっくり近づく。
「大丈夫か?」
「ガウッ!」
ガーディが突然顔を上げた。
「うわっ!」
ガーディはマサヒロに向かって吠えた。
「ガウッ! ガウッ!」
「待て!」
マサヒロは慌てて後ろへ下がる。
ガーディは体を震わせながら、マサヒロを睨んでいる。
「……怖がってるのか?」
「ブイ……」
イーブイも心配そうにガーディを見る。
マサヒロはガーディの傷を見つめた。
「野生のポケモン同士で戦ったのかな……」
そう考えた。
しかし――
マサヒロがほんの少し近づいただけで、ガーディは激しく怯えた。
「ガウッ!」
「わっ!」
ガーディが攻撃してくる。
マサヒロはとっさに避けた。
「そんなに怖がるなって!」
もう一度近づこうとする。
「ガウッ!」
また攻撃された。
「……」
マサヒロは立ち止まった。
ガーディの目には、怒りだけではない。
恐怖があった。
人間そのものを恐れている。
「……おかしい」
マサヒロはガーディをじっと見つめる。
「野生のポケモン同士で戦っただけなら、こんなに人間を怖がるか?」
ガーディの体には、自然にできたとは思えない傷も残っていた。
「……まさか」
マサヒロの顔から笑みが消える。
「誰かに……やられたのか?」
ガーディがびくっと体を震わせた。
「……」
マサヒロは気づいた。
「トレーナーに傷つけられて……そのまま捨てられたのか」
「ブイ……」
イーブイが悲しそうに鳴く。
「……かわいそうに」
マサヒロは拳を握った。
「治療してやらないと」
マサヒロはポケモンセンターから持ってきた薬を取り出す。
「ほら。これを使えば――」
一歩近づく。
「ガウッ!」
ガーディが威嚇する。
「……」
もう一歩。
「ガウッ!」
ガーディが攻撃する。
マサヒロは避ける。
「くっ……」
何度試しても、ガーディは近づかせてくれない。
無理に捕まえようとすれば、もっと怖がらせてしまう。
「……ダメだ」
マサヒロは薬をしまった。
「今は無理に近づかない方がいい」
ガーディは警戒したまま、マサヒロを見ている。
「でも、治してやりたいんだ」
マサヒロは考える。
そして――
「そうだ!」
森の中を見回した。
「木の実なら……」
* * *
マサヒロは森の中から、いくつかの木の実を集めてきた。
オレンの実。
そして、他の傷の回復に役立つ木の実。
それらを細かくして、ポケモン用の食事に混ぜる。
「これなら食べてくれるかもしれない」
マサヒロはガーディから少し離れた場所に食事を置いた。
「ここに置いておくからな」
ガーディは警戒したままだ。
マサヒロはさらに離れる。
「俺たちはここにいる」
そして、木の陰に座った。
イーブイたちもその隣に座る。
「無理に食べなくてもいい」
「ブイ……」
ガーディは食事を見る。
しかし、近づこうとはしなかった。
時間だけが過ぎていく。
夕方になっても、ガーディは食事に手をつけなかった。
「……まだ怖いんだな」
マサヒロは静かに呟いた。
「仕方ないか」
その夜。
マサヒロたちが眠りについた頃。
イーブイがゆっくりと起き上がった。
「ブイ……」
イーブイはガーディのいる場所へ歩いていく。
ガーディはすぐに気づいた。
「ガウ……」
イーブイはそこで立ち止まった。
敵意は見せない。
ただ、ガーディを見つめている。
「ブイ……ブイ」
ガーディが首をかしげる。
イーブイは自分の胸に前足を当てた。
そして、遠くで眠っているマサヒロを見る。
「ブイ……」
ガーディはマサヒロを見る。
「ガウ……」
イーブイは首を横に振った。
人間には、悪い人間もいる。
自分を傷つける人間もいる。
でも――
すべての人間が悪いわけではない。
イーブイ自身も、かつて人間を信じていなかった。
ロケット団。
研究室。
そこで受けた実験。
痛み。
恐怖。
逃げ出した自分を、最初は誰も助けてくれなかった。
だから、人間なんて信じられなかった。
そんな自分を拾ってくれたのが――
マサヒロだった。
「ブイ……」
イーブイは眠っているマサヒロを見る。
マサヒロは何も知らずに、穏やかな顔で眠っている。
イーブイはガーディへ向き直った。
「ブイ」
そして、マサヒロを指すように前足を向ける。
「ブイ……ブイ!」
ガーディはじっとマサヒロを見る。
イーブイはもう一度鳴いた。
まるで、
――マサヒロはいい人だ。
そう伝えているようだった。
ガーディはしばらく動かなかった。
やがて――
ゆっくりと食事へ近づいた。
「……」
匂いを嗅ぐ。
そして、一口。
「……!」
もう一口。
ガーディは夢中になって食べ始めた。
「ガウ……」
イーブイは嬉しそうに笑った。
* * *
翌朝。
「ん……」
マサヒロが目を覚ます。
「おはよう……」
辺りを見回す。
そして――
「……え?」
昨日置いた食事が、なくなっていた。
「食べたのか!」
マサヒロは嬉しそうに立ち上がる。
「イーブイ!」
「ブイ!」
イーブイが駆け寄ってくる。
「もしかして、お前が何かしてくれたのか?」
「ブイ!」
イーブイは嬉しそうに鳴く。
マサヒロはガーディを見る。
「ガーディ……」
ガーディはまだ少し警戒している。
だが――
昨日とは違う。
マサヒロが一歩近づいても、攻撃してこない。
「……いいのか?」
マサヒロはゆっくりしゃがむ。
「治療してもいいか?」
ガーディはマサヒロを見る。
そして――
小さく頷いた。
「……!」
マサヒロは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
マサヒロは慎重に傷を治療する。
薬を塗る。
包帯を巻く。
「痛かったら言えよ」
ガーディはじっと耐えている。
「もう少しだからな」
フシギソウたちも心配そうに見守っている。
やがて――
「よし!」
治療が終わった。
「これで大丈夫だ」
ガーディは立ち上がる。
昨日までふらついていた足で、しっかりと地面を踏みしめる。
「ガウ!」
元気な声が森に響いた。
「よかった!」
マサヒロは笑った。
「元気になったな!」
「ブイ!」
イーブイも嬉しそうに跳ねる。
ガーディはそんな二匹を見つめていた。
そして、マサヒロの前まで歩いてくる。
「どうした?」
ガーディはマサヒロを見上げる。
マサヒロは少し考えた。
「……俺と一緒に来るか?」
ガーディが耳を動かす。
マサヒロはモンスターボールを取り出した。
「俺はこれからタマムシシティへ行く」
「ブイ!」
「仲間と一緒に旅をして、もっと強くなりたい」
マサヒロはモンスターボールを差し出す。
「もし、お前が俺と一緒に来たいと思ってくれるなら……」
マサヒロは笑った。
「仲間になってくれ」
ガーディはモンスターボールを見る。
そして――
マサヒロを見る。
少しだけ迷ったあと。
ガーディは自分から一歩近づいた。
そして、鼻先でモンスターボールに触れる。
カチッ。
「……!」
モンスターボールがガーディを吸い込む。
地面に落ちたボールが揺れる。
一回。
二回。
三回。
そして――
カチッ。
「……!」
マサヒロはボールを拾い上げた。
「やった……!」
拳を握る。
「ガーディ、ゲットだ!」
「ブイ!」
イーブイが喜ぶ。
フシギソウたちも嬉しそうに鳴く。
マサヒロはガーディの入ったボールを大切そうに握った。
「よろしくな、ガーディ」
* * *
少しして。
ガーディをボールから出したマサヒロたちは、再びタマムシシティへの道を歩いていた。
「これで六匹目だな」
マサヒロは仲間たちを見る。
イーブイ。
フシギソウ。
スピアー。
ハクリュー。
バルキー。
そして――
ガーディ。
「みんなでタマムシジムを攻略するぞ!」
「ブイ!」
「フシ!」
「ハチ!」
「シャア!」
「バル!」
「ガウ!」
マサヒロは笑った。
「よーし!」
木々の向こう。
遠くに大きな街が見えてきた。
「見えた!」
「タマムシシティだ!」
新しい仲間を加えたマサヒロたちは、次の目的地へ向かって走り出した。
その隣を、ガーディも元気よく走っていく。
もう、その目に人間への恐怖はなかった。
少なくとも――
マサヒロを見る目には。