ポケットモンスター茶 作:光宙
ニビシティの朝。
昨日までの激戦が嘘のように、空は青く晴れ渡っていた。
「よし!」
マサヒロはグレーバッジを太陽に掲げる。
銀色のバッジが朝日を反射し、キラリと輝いた。
「これで俺も、ジムバッジ一個目!」
「ブイ!」
隣でイーブイが嬉しそうに跳ねる。
「フシギダネもありがとな!」
「ダネ!」
足元のフシギダネも元気よく鳴いた。
そして――。
「……ビー」
「お前もな」
マサヒロの足元には、一匹のビードル。
昨日、オニスズメに襲われていたところを助けたことで仲間になった、新しい相棒だ。
まだ旅を始めて二日。
それでも、マサヒロの旅は確実に仲間を増やしていた。
「次の目的地は――」
マサヒロは地図を広げる。
ニビシティの東。
そこにある巨大な洞窟を指差した。
「おつきみやま!」
「ブイ?」
「ここを抜ければハナダシティだ」
マサヒロは地図を畳む。
「そして、ハナダジム!」
その目は、すでに次のバッジへ向いていた。
「待ってろよ、シゲル。俺はどんどん先に行くからな!」
「ブイ!」
「ダネ!」
「……ビー」
三匹のポケモンを連れて、少年は歩き出した。
次なる目的地、ハナダシティへ。
* * *
ニビシティを出てしばらく。
マサヒロたちは、おつきみやまへ続く道を歩いていた。
「それにしても……」
マサヒロは隣を歩くイーブイを見る。
「昨日は大変だったな」
「ブイ……」
イーブイが少しだけ肩を落とした。
昨日のタケシとのジム戦。
最後に放ったエボルブラスト。
あの技がなければ、勝利することはできなかった。
しかし、その代償としてイーブイはかなり疲弊していた。
「だから今日は、無理に戦わせないからな」
「ブイ?」
「ハナダジムまでに、ちゃんと休ませる」
マサヒロが頭を撫でる。
イーブイは気持ちよさそうに目を細めた。
「昨日みたいに、勝つためなら何でもする……ってのは駄目だよな」
「ダネ」
フシギダネが頷く。
「お前まで分かったような顔するなよ」
「ダネ!」
ぷいっと顔を背けるフシギダネ。
「ははっ!」
マサヒロは笑った。
その後ろでは、ビードルが一生懸命に二匹の後を追っている。
「……そういえば」
マサヒロが振り返った。
「ビードルも旅に慣れてきたな」
「ビー!」
呼ばれたビードルが元気よく鳴く。
「最初は俺の後ろに隠れてたのにな」
「ビー!」
「お前、ちょっと生意気になった?」
「ビー!」
「褒めてないぞ?」
ビードルは嬉しそうにマサヒロの靴へよじ登ってくる。
「はいはい」
マサヒロは笑いながらビードルを抱き上げた。
「これからもよろしくな」
「ビー!」
* * *
やがて、巨大な洞窟が姿を現した。
おつきみやま。
ハナダシティへ向かうためには、この山を越えなければならない。
「……でかいな」
入り口を見上げ、マサヒロは息を呑んだ。
「本当にここを通るのか?」
「ブイ」
「だよな」
イーブイが先に歩き出す。
「よし、行くか!」
マサヒロたちは洞窟の中へ入っていった。
中は薄暗かった。
ところどころ壁に取り付けられた明かりが、ぼんやりと周囲を照らしている。
「うわ……」
壁には無数の鉱石。
天井からは巨大な岩が突き出している。
遠くから、
「ズバッ!」
という鳴き声も聞こえてくる。
「ズバットか」
マサヒロはポケモン図鑑を取り出した。
図鑑からズバットの情報が流れる。
「洞窟に多いポケモン……か」
すると。
「ブイ!」
イーブイが突然、横を向いた。
「どうした?」
その先から、イシツブテが転がってきた。
「うわっ!」
マサヒロが慌てて飛び退く。
イシツブテはそのまま通路の向こうへ転がっていった。
「……」
「……」
「……なんだったんだ?」
「ブイ」
イーブイも首を傾げる。
「まあいいか」
マサヒロたちは再び歩き始めた。
* * *
それからしばらくして。
「……なあ」
「ブイ?」
「さっきから同じ場所を通ってないか?」
「……」
イーブイがマサヒロを見る。
フシギダネも見る。
ビードルも見る。
「……」
マサヒロは地図を確認する。
「いや、合ってる」
もう一度見る。
「……たぶん」
「ブイ……」
「分かったよ!」
マサヒロは頭を掻いた。
「ちょっと迷ってる!」
「ダネ……」
「そんな目で見るな!」
そんなときだった。
ガサッ。
「!」
茂みのように見えた岩陰が揺れた。
「誰だ!」
マサヒロが身構える。
次の瞬間。
「パラ!」
一匹のパラスが飛び出してきた。
「パラス!」
「野生のポケモンか」
マサヒロはモンスターボールへ手を伸ばす。
しかし――。
「……いや」
手を止めた。
「今回はいいや」
「ブイ?」
「まだ仲間を増やすことだけを考える必要はないだろ」
パラスはマサヒロたちを警戒しながら、洞窟の奥へと消えていった。
「じゃあな!」
「キャタ!」
マサヒロは手を振る。
「行こうぜ」
再び歩き出す。
そのときだった。
「ビー!」
突然、ビードルが前へ飛び出した。
「ビードル?」
ビードルの視線の先。
一匹の野生のズバットがいた。
「ズバッ!」
ズバットが威嚇する。
ビードルは一歩も退かなかった。
「……戦いたいのか?」
「ビー!」
「本当に?」
「ビー!」
マサヒロは笑った。
「よし!」
モンスターボールを握る。
「行くぞ、ビードル!」
「ビー!」
* * *
バトルは激しかった。
ズバットは空中を飛び回り、ビードルの攻撃を次々とかわしていく。
「ビードル、焦るな!」
「ビー!」
「相手が降りてきた瞬間を狙え!」
ズバットが急降下する。
「今だ!」
ビードルがどくばりを繰り出した。
「ビーッ!」
「ズバッ!」
ズバットが地面へ落ちた。
「やった!」
マサヒロが拳を握る。
しかし。
ビードルも息を切らしていた。
「大丈夫か?」
「ビー……」
マサヒロが駆け寄る。
その瞬間だった。
「……え?」
ビードルの身体が、突然光り始めた。
「な、なんだ!?」
「ブイ!?」
「ダネ!?」
眩い光が洞窟を照らす。
ビードルの身体が大きくなっていく。
そして――。
光が収まった。
「……」
そこにいたのは、ビードルではなかった。
硬い殻に覆われたポケモン。
「コクーン……」
「コクーン!」
マサヒロは目を見開いた。
「ビードルが……!」
ポケモン図鑑を向ける。
機械音声がコクーンの情報を読み上げる。
「進化したんだ……!」
マサヒロはコクーンを抱きしめようとして――。
「……」
「……」
コクーンは動かない。
「……あれ?」
「ブイ」
「コクーン?」
反応なし。
「……寝てるのか?」
やはり反応なし。
マサヒロは首を傾げる。
「……そういえば、コクーンってこういうポケモンだったな」
「ブイ!」
イーブイが笑う。
「笑うなよ!」
「ブイブイ!」
フシギダネまで楽しそうに鳴いた。
「お前らなぁ……」
マサヒロは苦笑する。
そして、コクーンの殻をそっと撫でた。
「でも……」
嬉しかった。
「おめでとう、コクーン」
「……」
「これからもよろしくな」
「……」
返事はない。
「……返事くらいしてくれよ」
「ブイ!」
* * *
さらに奥へ。
マサヒロたちは、おつきみやまの深部へ進んでいった。
そこで――。
「……なんだ?」
遠くから声が聞こえた。
「もっと掘れ!」
「はい!」
「化石は慎重に扱え!」
マサヒロは足を止める。
「誰かいる」
岩陰から覗く。
そこには数人の男たちがいた。
黒い制服。
胸元に描かれた、赤い「R」の文字。
「……ロケット団」
マサヒロの表情が険しくなる。
男たちは地面を掘り、何かを探していた。
「化石……?」
地面には、古代のポケモンと思われる骨や石が転がっている。
マサヒロは眉をひそめた。
「何やってるんだ?」
男たちが振り返る。
「……誰だ?」
「俺はトレーナーだ」
「子供か」
ロケット団員は鼻で笑った。
「ここは我々の仕事場だ。さっさと帰れ」
「嫌だ」
「何?」
「ポケモンを捕まえてるだろ」
少し離れた場所には、檻に入れられたポケモンたちがいた。
「返せよ」
「断る」
「……!」
マサヒロは拳を握った。
「ポケモンは道具じゃない」
「綺麗事だな」
ロケット団員がモンスターボールを取り出す。
「我々ロケット団は、ポケモンを利用して利益を得る」
「そんなの、トレーナーじゃない!」
「ならば――」
男がボールを投げる。
「力で理解してもらおう」
* * *
「イーブイ!」
「ブイ!」
「フシギダネ!」
「ダネ!」
二匹が前へ出る。
「コクーンも……!」
マサヒロがボールを構える。
「……」
コクーンは当然動かない。
「……そうだった」
「ブイ!」
「笑うな!」
ロケット団員のポケモンが襲いかかる。
「イーブイ、避けろ!」
イーブイが飛び退く。
「フシギダネ、つるのムチ!」
「ダネ!」
つるが伸び、相手を拘束する。
「よし!」
しかし、ロケット団員は冷静だった。
「甘い!」
別のポケモンが攻撃。
「なっ!」
フシギダネが吹き飛ばされる。
「フシギダネ!」
「ダネ……!」
「イーブイ!」
「ブイ!」
イーブイが駆け出す。
しかし。
バシュッ!
「ブイッ!」
何かが飛んできて、イーブイの足元に突き刺さった。
「イーブイ!」
地面から網が広がる。
イーブイが捕らえられた。
「しまった!」
ロケット団員が笑う。
「捕獲完了だ」
「イーブイを返せ!」
「それはできない」
男がイーブイへ近づく。
「この個体には特殊な反応がある」
「特殊な反応?」
「……」
ロケット団員が装置を見る。
画面には激しく動く数値。
「間違いない」
「何がだよ!」
「お前は知らないのか?」
男がイーブイを見る。
「そのイーブイ――」
一瞬、目を細める。
「ただのイーブイではないぞ」
「……!」
マサヒロの胸に嫌な予感が走る。
「どういう意味だ!」
「知りたければ――」
ロケット団員が装置を操作する。
「本人に聞いてみるんだな」
「イーブイ!」
「ブイ……!」
イーブイの身体が苦しそうに震える。
「やめろ!」
マサヒロが走り出す。
だが、別のポケモンが立ちはだかった。
「くそっ!」
マサヒロは拳を握る。
「イーブイ!」
「ブイ……!」
イーブイの尻尾が――。
淡く光った。
「……!」
マサヒロは気づく。
「やめろ!」
エボルブラスト。
あの技は強い。
だが、その分だけイーブイの身体に負担がかかる。
「使うな!」
「ブイ!」
「お前はもう疲れてる!」
イーブイは首を横に振る。
「ブイ!」
そして。
尻尾から凄まじいエネルギーが集まり始めた。
「……!」
ロケット団員が驚く。
「このエネルギー量は……!」
「イーブイ!」
マサヒロは叫んだ。
「俺たちなら勝てる!」
「ブイ!」
「エボルブラストォォォ!」
ドォンッ!!
凄まじい衝撃波が洞窟を駆け抜ける。
捕獲装置が吹き飛ぶ。
壁に激突し、粉々に砕け散った。
「なっ……!」
ロケット団員が目を見開く。
「馬鹿な……!」
イーブイが地面へ着地する。
「ブイ……」
しかし。
「イーブイ!」
その身体がふらついた。
「もういい!」
マサヒロが駆け寄り、抱き上げる。
「無理しすぎだ!」
「ブイ……」
イーブイは申し訳なさそうにマサヒロを見る。
「……でも、ありがとな」
マサヒロは優しく頭を撫でた。
その瞬間。
「まだ終わっていない!」
ロケット団員が叫ぶ。
「しまった!」
攻撃がマサヒロへ迫る。
その前に――。
ドンッ!
「……?」
何かがマサヒロの前に転がってきた。
「コクーン……?」
攻撃がコクーンの殻に直撃する。
しかし。
コクーンは動かない。
「……」
マサヒロも動かない。
「……お前」
コクーンは、何も言わない。
ただ、そこにいる。
仲間を守るように。
「……ははっ」
マサヒロは笑った。
「ありがとな!」
「ダネ!」
フシギダネも立ち上がる。
「イーブイ、もう一回だけ!」
「ブイ!」
「フシギダネ、つるのムチ!」
「ダネ!」
つるがロケット団員の足を絡め取る。
「なっ!」
「今だ!」
イーブイが走る。
「体当たり!」
「ブイ!」
ドンッ!
ロケット団員が吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
男は地面を転がる。
「くっ……!」
立ち上がると、男はマサヒロを睨みつけた。
「そのイーブイ……」
「……」
「必ず手に入れてみせる」
「絶対に渡さない!」
「今はな」
男は煙幕を投げる。
「うわっ!」
白い煙が洞窟を包む。
煙が晴れたとき。
ロケット団員の姿は、もうなかった。
「逃げた……」
マサヒロは周囲を見渡す。
「……なんだったんだ?」
腕の中のイーブイを見る。
イーブイは何も答えない。
ただ、静かに目を閉じていた。
* * *
しばらくして。
ロケット団が残していった場所を調べていると、マサヒロは二つの奇妙な石を見つけた。
「これ……化石か?」
図鑑には詳しい情報が載っていない。
「オムナイトの化石と、カブトの化石……」
マサヒロは二つを見比べる。
どちらも古代のポケモンの化石だ。
「すごいな……」
しばらく眺める。
だが。
「……俺が持っていくのは違うよな」
マサヒロは化石を元の場所へ戻した。
「いつか、ちゃんとした研究者が見つけてくれるだろ」
そして立ち上がる。
「行こう」
「ブイ!」
「ダネ!」
「……」
コクーンは動かない。
「……コクーン?」
やはり動かない。
「まあ、いいか」
マサヒロは苦笑した。
「ハナダシティに行くぞ!」
* * *
長い洞窟を抜ける。
眩しい光が差し込んできた。
「……!」
マサヒロは目を細める。
「外だ!」
おつきみやまの出口。
その先には、青い空と広い道路。
そして遠くに――。
大きな街が見えた。
「ハナダシティ!」
マサヒロの顔が輝く。
「やっと着くぞ!」
「ブイ!」
「ダネ!」
「……」
「コクーンも!」
「……」
「……まあ、コクーンは分からないけど」
「ブイ!」
「だから笑うなって!」
マサヒロは笑いながら歩き出す。
しかし、その顔には先ほどまでとは違うものがあった。
ロケット団。
そして――。
イーブイの謎。
「……あのロケット団員」
マサヒロは呟く。
「イーブイのこと、知ってたよな」
「ブイ……」
「俺の知らないことを、あいつらは知ってる」
マサヒロはイーブイを見る。
小さな身体。
大きな耳。
いつも一緒にいる、大切な相棒。
「……何者なんだ、お前」
「ブイ?」
イーブイは首を傾げた。
マサヒロは少し笑う。
「まあいい」
そして、前を向く。
「今はハナダジムだ!」
「俺はもっと強くなる!」
「シゲルに負けないくらい!」
「ブイ!」
「ダネ!」
「……」
三匹の仲間とともに、少年は歩き出す。
その先に待っているのは――。
ハナダシティ。
そして、二つ目のジム戦。
だが。
マサヒロはまだ知らない。
この旅が進むほどに。
自分の相棒――イーブイの過去が、少しずつ明らかになっていくことを。
そして。
その過去には、ロケット団のある実験が深く関わっていることを。
少年の冒険は、まだ始まったばかりだった。