グレンタウンへやって来たマサヒロとイーブイ。
「着いたぞ、イーブイ!」
「ブイ!」
マサヒロは町を見渡す。
「ここがグレンタウンか!」
町には温泉を楽しむ観光客が大勢いる。
「温泉で有名な町なんだな!」
「ブイ!」
「でも、俺たちが来た目的は温泉じゃないぞ!」
マサヒロは胸を張る。
「グレンジムだ!」
「ブイ!」
「よし! さっそく行こう!」
マサヒロとイーブイは、グレンジムへ向かって歩き出した。
* * *
「ここがグレンジム……」
マサヒロは目の前にある建物を見る。
「いよいよ七つ目のバッジだ!」
マサヒロが扉を開けようとした、その時。
「待ちなさい」
「え?」
後ろから声がした。
振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
「このジムに何の用かな?」
「俺、マサヒロっていいます!」
マサヒロは元気よく答える。
「カントーリーグに出るために、七つ目のバッジを取りに来ました!」
「ほう……」
男はマサヒロを見る。
「私はカツラ。このグレンジムのジムリーダーだ」
「えっ!」
マサヒロが驚く。
「じゃあ、カツラさん! 俺とバトルしてください!」
「……」
カツラは少し困ったような顔をする。
「すまないが、それはできん」
「え?」
「現在、グレンジムは閉業している」
「閉業!?」
マサヒロは目を丸くする。
「どうしてですか!?」
カツラはグレンタウンの町並みを見る。
「このグレンタウンは温泉観光地として有名になった」
「はい」
「それと同時に、このジムにも多くのトレーナーが訪れるようになった」
「それなら、いいことじゃないですか!」
「最初は私もそう思っていた」
カツラはため息をつく。
「だが、やって来る者たちは、ポケモンバトルを目的としていなかった」
「え?」
「温泉旅行のついでにジムへ立ち寄る者ばかりになったのだ」
「……」
「観光の記念にバッジを取ってみたい」
「せっかくグレンタウンに来たから、ジムにも行ってみよう」
「そんな気持ちで挑む者ばかりだった」
カツラは腕を組む。
「ポケモンとの真剣勝負を求めている者など、ほとんどいなかった」
「だから……」
「私は嫌気がさして、ジムを閉めた」
「そうだったんですか……」
マサヒロは少し考える。
自分は温泉観光のついでに来たわけではない。
「俺は違います!」
「ほう?」
「俺は本気でカントーリーグを目指してるんです!」
マサヒロはバッジケースを見せる。
「この七つ目のバッジを取るために、ここまで旅してきました!」
イーブイも隣で、
「ブイ!」
と声を上げる。
カツラはマサヒロとイーブイを見る。
「……君が本気なのは分かった」
「じゃあ!」
「だが、それでも今はジムを開けるつもりはない」
「そんな……」
マサヒロは肩を落とす。
「せっかくここまで来たのに……」
「ブイ……」
イーブイも心配そうにマサヒロを見る。
その時だった。
「……そのイーブイ」
「え?」
別の声が聞こえた。
マサヒロが振り返る。
「お前は……」
そこに立っていたのは――。
「ランス……!」
ロケット団の幹部、ランスだった。
カツラもランスを見る。
「ロケット団か」
ランスはカツラを気にする様子もなく、マサヒロのイーブイを見つめている。
「久しぶりだな、マサヒロ」
「なんでここにいるんだよ!」
ランスは答えず、イーブイへ視線を向ける。
「そのイーブイ……」
イーブイが警戒する。
「ブイ……」
「そのイーブイを、どこで手に入れた?」
「え?」
マサヒロは少し驚く。
「前にも言っただろ」
ランスが言う。
「そいつはロケット団の研究所から逃げ出した実験体だ」
「……」
マサヒロはイーブイを見る。
「こいつがロケット団の実験体だったことは知ってる」
「そうか」
ランスは頷く。
「ならば、もう一つ聞こう」
「何?」
「そのイーブイを、お前はどこで手に入れた?」
マサヒロは答える。
「オーキド博士の研究所だよ」
「……オーキド博士の研究所」
ランスの表情が変わる。
カツラが口を挟む。
「どういうことだ?」
「このイーブイは、ロケット団の研究所から逃げ出したんです」
マサヒロが説明する。
「そのことを以前ランスから聞きました」
「そうか……」
ランスはイーブイを見る。
「では、お前は知らないのだな」
「何を?」
「そのイーブイが、どうしてオーキド博士の研究所へ行ったのか」
「……え?」
マサヒロはイーブイを見る。
ランスは静かに言った。
「少し昔の話をしよう」
* * *
――ずっと昔。
暗い部屋の中。
そこには、たくさんのイーブイがいた。
小さな身体。
怯えた目。
その中に、一匹のイーブイがいた。
まだ幼いイーブイだった。
「個体番号、E-01」
研究員の声が響く。
「実験を開始する」
「ブイ……?」
イーブイは何も分からない。
ただ、怖かった。
目の前には見たこともない機械。
身体を固定する器具。
そして、自分を見つめる人間たち。
「目的は一つだ」
研究員が言う。
「自在に進化と退化を繰り返すことのできる、最強のイーブイを作り出す」
実験が始まった。
身体にさまざまな装置を取り付けられる。
苦しい。
痛い。
逃げたい。
「ブイ……!」
しかし、逃げることはできない。
実験は何度も繰り返された。
進化。
退化。
また進化。
そして、また退化。
E-01は何度も苦しめられた。
隣にも、たくさんのイーブイがいた。
同じように実験を受けていた。
しかし――。
ある日。
一匹のイーブイが動かなくなった。
「……」
E-01は隣を見る。
動かない。
次の日には、別のイーブイが動かなくなった。
そしてまた一匹。
一匹。
一匹。
仲間たちは、次々と力尽きていった。
「ブイ……」
E-01は震える。
怖い。
自分も、いつか同じになる。
それでも実験は続いた。
何日も。
何か月も。
そして――。
何年もの月日が流れた。
E-01の身体は、すっかり弱っていた。
立つことさえ辛い。
「ブイ……」
それでも研究員たちは実験を続ける。
しかし――。
「進化反応なし」
「退化反応も確認できない」
「実験は失敗だな」
研究員たちはE-01を見る。
「もう進化できないようだ」
「完全な失敗作だ」
「これ以上、飼育する意味もない」
E-01には、その言葉の意味は分からない。
ただ、人間たちが自分を見なくなったことだけは分かった。
そして――。
ある日。
研究員たちはE-01を外へ連れていった。
「ここでいいだろう」
「どうせもう必要ない」
E-01は地面に置かれる。
「ブイ……?」
扉が閉まった。
E-01は一匹で取り残された。
初めて見る外の世界。
青い空。
風。
草。
E-01はゆっくり歩き出した。
これが自由なのか。
それとも――。
捨てられたのか。
E-01には分からなかった。
* * *
長い旅の末。
E-01は、一つの町へたどり着いた。
マサラタウン。
そこで初めて、人間を見た。
「イーブイだ!」
「野生のポケモンか?」
人間が近づいてくる。
「……!」
E-01の身体が震えた。
人間。
怖い。
研究員たち。
実験。
痛み。
仲間たち。
すべてが頭の中によみがえる。
「ブイィィィ!」
E-01は恐怖のまま、人間へ飛びかかった。
「うわっ!」
「危ない!」
逃げる人間。
しかしE-01は止まらない。
「ブイ!」
また別の人間へ。
恐怖が攻撃に変わっていく。
「このイーブイ、町の人を襲っているぞ!」
その騒ぎを聞いた人物がいた。
オーキド博士だった。
「何だと?」
オーキドはE-01を見る。
「……あの子は、ひどく怯えておる」
しかし、E-01はオーキドにも襲いかかる。
「ブイ!」
「危ない!」
オーキドはE-01を捕獲した。
そして――。
E-01はオーキド研究所へ移された。
* * *
研究所。
E-01は一人、部屋の隅にいた。
人間を見るだけで身体が震える。
「この子は、かなり人間を恐れているようじゃな」
オーキド博士が言う。
その時。
「博士!」
研究所の扉が開いた。
「遊びに来た!」
そこにいたのは――。
まだ六歳のマサヒロだった。
「おお、マサヒロか」
「博士、このイーブイは?」
マサヒロはE-01を見る。
「この子はな……」
「イーブイ!」
マサヒロの目が輝く。
「かわいい!」
「待ちなさい、マサヒロ!」
オーキド博士が止める。
「その子には近づかないほうがいい」
「どうして?」
「人間をひどく警戒しておる」
しかしマサヒロは聞かなかった。
「大丈夫だよ!」
ゆっくりとE-01へ近づいていく。
「……!」
E-01の身体がこわばる。
人間が近づいてくる。
また痛いことをされる。
そう思った。
「ブイッ!」
E-01はマサヒロへ飛びかかった。
ドンッ!
「うわっ!」
マサヒロが尻もちをつく。
「マサヒロ!」
オーキドが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん!」
マサヒロは立ち上がる。
そしてE-01を見る。
「元気だな!」
「……ブイ?」
E-01は戸惑う。
逃げない。
怒らない。
それでもマサヒロは近づいてくる。
「よーし!」
マサヒロが手を伸ばす。
E-01は再び飛びかかった。
「ブイ!」
ガブッ!
今度はマサヒロの手にかみつく。
「いててて!」
「だから言ったじゃろう!」
オーキドが慌てる。
しかしマサヒロは手を引っ込めるだけだった。
「へへっ」
「ブイ……?」
「お前、イーブイっていうんだろ?」
「……」
E-01はマサヒロを見る。
「イーブイ!」
マサヒロは笑う。
E-01は何も答えない。
自分はE-01。
それが自分の名前だった。
「また来るからな!」
マサヒロは手を振る。
「じゃあな、イーブイ!」
「……ブイ」
マサヒロが帰っていく。
E-01は、その背中を見つめていた。
* * *
次の日。
「イーブイ!」
マサヒロがやって来た。
「また来たぞ!」
E-01は警戒する。
「……」
マサヒロは近づいてくる。
E-01は身構える。
しかし――。
何もされない。
マサヒロはただ一緒に遊んだ。
次の日も。
その次の日も。
マサヒロは毎日のように研究所へやって来た。
E-01は最初、何度もマサヒロを攻撃した。
たいあたり。
かみつく。
それでもマサヒロは逃げなかった。
「痛いけど、元気だな!」
「ブイ……」
マサヒロはE-01に嫌なことをしない。
無理やり捕まえない。
実験もしない。
ただ遊ぶ。
一緒にいる。
そしていつも――。
「イーブイ!」
そう呼んでくれる。
E-01は、その言葉を少しずつ覚えていった。
イーブイ。
それは、E-01とは違う呼び方だった。
研究員たちは自分を番号で呼んだ。
E-01。
E-01。
E-01。
でも、この少年は違った。
「イーブイ!」
その呼び方が、不思議と嫌ではなかった。
むしろ――。
心地よかった。
* * *
ある日。
マサヒロがいつものように研究所へやって来た。
「イーブイ!」
E-01は顔を上げる。
マサヒロが笑っている。
E-01は、ゆっくりとマサヒロへ近づいた。
「おっ!」
マサヒロが驚く。
「今日はそっちから来てくれたのか!」
E-01はマサヒロの前に座る。
「へへっ」
マサヒロが頭を撫でる。
E-01は逃げなかった。
怖くない。
この人間は、自分を傷つけない。
そして――。
「イーブイ!」
その名前を呼ばれることが、嬉しかった。
E-01だった自分。
実験体だった自分。
失敗作だった自分。
そんなものは、もうどうでもよかった。
この少年が自分を「イーブイ」と呼んでくれる。
それだけでよかった。
こうして――。
E-01は少しずつ、人間を信じるようになった。
そしていつしか、自分自身も――。
E-01ではなく。
イーブイとして生きるようになっていた。
* * *
遂に判明するイーブイの壮絶な過去。
マサヒロが居なかったらイーブイは人間を信用出来ず餌も食べないまま緩やかに衰弱していた事でしょう、マサヒロGJ!