マサヒロとイーブイ。
キクコとゲンガー。
最後の一匹同士が、野外バトルフィールドの中央で向かい合っていた。
「決着の時は、もうすぐそこまで迫っているねぇ」
キクコは不敵な笑みを浮かべる。
マサヒロは、改めてキクコを見つめた。
「キクコさん」
「なんだい?」
「俺みたいな新米トレーナーに、ここまで全力で戦ってくれて……ありがとうございます」
マサヒロは深く頭を下げる。
「ギャラドスも、スピアーも、ウインディも……みんな本気のあなたと戦えたからこそ、ここまで来られました」
キクコは目を細める。
「新米トレーナー?」
「はい」
「お前さんが?」
キクコは鼻で笑った。
「何を言ってるんだい。お前さんはもう、いっぱしのトレーナーさ」
「えっ?」
「六匹のポケモンを率いて、ここまで勝ち上がってきたんだろう?」
キクコは倒れたポケモンたちを見る。
「仲間を信じて、最後まで戦い抜いている」
「……」
「そんな奴が、新米だなんて謙遜する必要はないよ」
マサヒロは驚いたように目を見開く。
「俺が……いっぱしのトレーナー」
「そうさ」
キクコは杖を地面に突く。
「だからこそ、アタシも遠慮はしない」
「望むところです!」
マサヒロが叫ぶ。
「イーブイ、行くぞ!」
「ブイ!」
「ゲンガー、迎え撃ちな!」
「ゲンガァ!」
二匹が同時に駆け出す。
「イーブイ、でんこうせっか!」
「ブイ!」
イーブイが一瞬で距離を詰める。
「ゲンガー、シャドーボール!」
「ゲンガァ!」
黒い球体が放たれる。
「右へ避けろ!」
イーブイが身をひねり、シャドーボールをかわす。
「そのまま、スピードスター!」
「ブイ!」
無数の星がゲンガーへ飛んでいく。
「ゲンガー、あくのはどう!」
「ゲンガァ!」
黒い波動が広がり、星を次々と打ち消していく。
「まだだ!」
マサヒロは叫ぶ。
「イーブイ、上へ跳べ!」
「ブイ!」
イーブイが波動を飛び越える。
「今だ、エボルブラスト!」
「ブイイイイ!」
イーブイの身体から、虹色の光が放たれる。
「ゲンガー、サイコキネシス!」
「ゲンガァ!」
ゲンガーの目が光る。
しかし、エボルブラストの勢いは止まらない。
二つの技がぶつかり合い、激しい衝撃がフィールドを揺らす。
「押し切れ、イーブイ!」
「ブイ!」
イーブイがさらに力を込める。
「ゲンガー!」
ゲンガーが少しずつ押されていく。
「よし!」
マサヒロは拳を握る。
「このままいけば勝てる!」
イーブイは攻撃を続ける。
「でんこうせっか!」
「ブイ!」
「ゲンガー、避けな!」
ゲンガーが横へ飛ぶ。
しかし、イーブイはすぐに方向を変えた。
「そこだ!」
「ブイ!」
イーブイのアイアンテールがゲンガーに直撃する。
「ゲンガー!」
ゲンガーが地面を転がる。
「あと一息だ!」
マサヒロは声を張り上げる。
「イーブイ、もう一度エボルブラスト!」
「ブイイイイ!」
イーブイが光をまとい、ゲンガーへ向かって突進する。
そのとき。
「……ふふ」
キクコの肩が震えた。
「ふふふ……」
「え?」
マサヒロは動きを止めずに、キクコを見る。
「何がおかしいんですか!?」
キクコは顔を上げる。
「ふはははははははは!」
豪快な笑い声が、フィールド中に響き渡った。
「キクコさん……?」
「いやぁ、ここまで追い詰められたのは何年振りかと思ってねぇ!」
キクコは心から楽しそうに笑っている。
「お前さんと同じさ!」
「え?」
「アタシも、ワクワクしちまったのさ!」
キクコの目が鋭く輝く。
「こんなに胸が高鳴るバトルは、久しぶりだよ!」
「キクコさん……!」
その瞬間。
キクコの杖に取り付けられていた石が、強い光を放ち始めた。
「え……?」
マサヒロは目を見開く。
「なんだ、あの石……!」
キクコの杖に埋め込まれた石。
そして。
ゲンガーの身体にも、同じような光が集まっていく。
「ゲンガー!?」
「ゲンガァァァァァ!」
ゲンガーが咆哮を上げる。
紫色の光がフィールドを包み込む。
「何が起こってるんですか!?」
マサヒロが叫ぶ。
キクコは杖を掲げた。
「教えてあげるよ」
「……!」
「人とポケモンの絆が、限界を超えたとき」
キクコの杖の石がさらに輝く。
「キーストーンとメガストーンの力によって、ポケモンは進化を超えた進化をすることができるのさ」
「進化を超えた……進化?」
「そうさ」
キクコはゲンガーを見つめる。
「アタシをここまで追い詰めたことへの敬意を表して、見せてあげるよ」
光がゲンガーを包み込む。
「これが――」
ゲンガーの姿が変わっていく。
「メガ進化だ!」
「ゲンガァァァァァ!」
光が弾け飛ぶ。
そこに立っていたのは、先ほどまでのゲンガーではなかった。
身体から溢れ出す圧倒的な力。
地面に広がる巨大な影。
そして、さらに鋭くなった目。
「これが……メガゲンガー……!」
マサヒロは息を呑む。
「ブイ……」
イーブイも警戒するように身構える。
キクコは笑った。
「さあ、ここからが本当の勝負だよ!」
「イーブイ、負けるな!」
「ブイ!」
「メガゲンガー、シャドーボール!」
「ゲンガァ!」
巨大なシャドーボールが放たれる。
「イーブイ、避けろ!」
イーブイが横へ飛ぶ。
しかし。
「まだだよ!」
メガゲンガーの影が伸びる。
「えっ!?」
影がイーブイの足元へ絡みつく。
「イーブイ、動け!」
「ブイ!」
イーブイが必死に身体を動かす。
「メガゲンガー、あくのはどう!」
「ゲンガァ!」
黒い波動が放たれる。
「イーブイ!」
イーブイが吹き飛ばされる。
「立て、イーブイ!」
「ブイ……!」
イーブイは何とか立ち上がる。
「まだ戦える!」
「ブイ!」
「そうだ!」
マサヒロは叫ぶ。
「俺たちのコンビネーションなら、まだやれる!」
「ブイ!」
「でんこうせっか!」
イーブイが走り出す。
「メガゲンガー、サイコキネシス!」
「ゲンガァ!」
メガゲンガーの目が光る。
「イーブイ!」
イーブイの身体が宙へ浮かぶ。
「しまった!」
「そのまま叩きつけな!」
「ゲンガァ!」
メガゲンガーがイーブイを地面へ叩きつける。
「イーブイ!」
「ブイ……!」
「まだだ!」
マサヒロは叫ぶ。
「イーブイ、立て!」
イーブイはふらつきながら立ち上がる。
「ブイ……!」
「よし!」
マサヒロは拳を握る。
「エボルブラストだ!」
「ブイイイイ!」
イーブイが虹色の光を放つ。
「メガゲンガー、れいとうパンチ!」
「ゲンガァ!」
メガゲンガーの拳が冷気をまとっていく。
「イーブイ、正面から受け止めろ!」
「ブイ!」
虹色の光と、冷気をまとった拳が激突する。
「押し切れ!」
「ブイイイイ!」
しかし。
メガゲンガーの力が、徐々に上回っていく。
「イーブイ!」
「ゲンガァ!」
メガゲンガーのれいとうパンチが、エボルブラストを打ち破る。
「イーブイ!」
拳がイーブイに直撃する。
ドォン!
イーブイの身体が大きく吹き飛ばされる。
「イーブイ!」
地面に落ちたイーブイは、動かなかった。
「イーブイ、戦闘不能!」
「……!」
マサヒロは息を呑む。
キクコは静かに口を開いた。
「よく頑張ったねぇ」
「……」
「だがここまでのようだね」
マサヒロは倒れたイーブイを見る。
「……」
キクコは優しく続ける。
「もう十分さ。これ以上は無理だよ」
しかし。
マサヒロは首を横に振った。
「まだです」
「……何?」
「イーブイは、まだ終わってません」
「無理だよ」
キクコは言い切る。
「今の攻撃を受けて、立ち上がれるポケモンなんて――」
「イーブイ!」
マサヒロは叫ぶ。
「立て!」
「……」
「俺たちは、ここまで一緒に来たんだ!」
イーブイの耳が、わずかに動く。
「最初に家を出たときも!」
「ブイ……」
「フシギダネと出会ったときも!」
「ブイ……」
「ビードルを助けたときも!」
イーブイの前足が、地面を掻く。
「ニビジムでも!」
「ブイ……!」
「何度負けても、俺たちは立ち上がってきた!」
マサヒロの声が震える。
「だから、ここでも立ち上がろう!」
イーブイの身体が、ゆっくりと動く。
「ブイ……」
「イーブイ!」
「ブイイイイ……!」
イーブイは震える足で、立ち上がった。
「そんな……!」
キクコが目を見開く。
「まだ立つっていうのかい!?」
イーブイは、マサヒロを見つめる。
「ブイ!」
マサヒロもイーブイを見つめる。
「そうだ!」
「ブイ!」
「俺たちは、まだ終わってない!」
キクコはしばらく二人を見つめていた。
そして。
「……ふふ」
口元が大きく歪む。
「ははははははは!」
キクコは高らかに笑い始めた。
「いいねぇ!」
「キクコさん……!」
「それでこそ、アタシが認めたトレーナーだよ!」
キクコは杖を掲げる。
「さあ、最後の一撃をぶつけてきな!」
マサヒロはイーブイを見る。
「イーブイ!」
「ブイ!」
「俺たちの全部を込めるぞ!」
イーブイの身体が、再び虹色の光に包まれる。
「エボルブラストォォォォ!」
「ブイイイイイイイイ!」
キクコも叫ぶ。
「メガゲンガー、あくのはどう!」
「ゲンガァァァァァ!」
巨大な黒い波動が放たれる。
虹色の光と黒い波動が、真正面からぶつかる。
「押し切れ、イーブイ!」
「ブイイイイイ!」
「メガゲンガー、負けるんじゃないよ!」
「ゲンガァァァ!」
二つの技が激しくぶつかり合う。
フィールド全体が光と闇に包まれる。
「うおおおおおお!」
「ブイイイイイイ!」
やがて。
ドォォォォォン!
大爆発が起こった。
煙がフィールドを覆い尽くす。
「イーブイ!」
「ゲンガー!」
マサヒロとキクコが、それぞれのポケモンの名を叫ぶ。
煙の中から、少しずつフィールドが見えてくる。
「……」
マサヒロは目を凝らす。
「イーブイ……!」
フィールドの中央。
そこには、倒れているイーブイの姿があった。
そして、その向かい側には。
「ゲンガー……」
メガゲンガーもまた、倒れていた。
審判が二匹を確認する。
「イーブイ、戦闘不能!」
「ゲンガー、戦闘不能!」
審判は声を張り上げた。
「両者、戦闘不能!」
「この勝負、引き分け!」
「……引き分け」
マサヒロは呆然と呟く。
キクコは倒れたゲンガーを見つめ、ゆっくりとボールへ戻した。
「よくやったねぇ、ゲンガー」
そして、マサヒロのもとへ歩いてくる。
「イーブイも、よく頑張ったよ」
マサヒロはイーブイを抱き上げる。
「ありがとう、イーブイ」
「ブイ……」
キクコは懐から、一つのバッジを取り出した。
緑色に輝くバッジ。
「これは……?」
「グリーンバッジさ」
キクコはマサヒロへ差し出す。
「受け取りな」
マサヒロは驚く。
「でも……俺は勝っていません」
「引き分けでした」
「そうだねぇ」
キクコは頷く。
「だが、お前さんはアタシのゲンガーを、最後まで追い詰めた」
「……」
「そして、最後まで諦めなかった」
キクコはマサヒロの目を見る。
「お前さんには、ポケモンリーグに挑む資格がある」
「本当に……?」
「ああ」
キクコはバッジをマサヒロの手に握らせる。
「このグリーンバッジは、その証さ」
マサヒロはバッジを見つめる。
「……やった」
「ブイ!」
イーブイが嬉しそうに鳴く。
「やったぞ、イーブイ!」
マサヒロはイーブイを抱きしめる。
「八個目のバッジだ!」
「ブイ! ブイ!」
キクコは二人を見ながら、満足そうに笑った。
「さあ、行きな」
「はい!」
「ポケモンリーグで、もっと強い奴らが待っているよ」
マサヒロはグリーンバッジをしっかりと握る。
「絶対に勝ち上がります!」
「ブイ!」
トキワジムでの最後の戦いは、引き分けに終わった。
しかし。
マサヒロとイーブイは、確かに最後のバッジを手に入れた。
そして今。
二人の前には、ポケモンリーグへの道が開かれていた。