ハナダシティを出発して、しばらく経った。
マサヒロは道を歩きながら、腰に付けたバッジケースを眺めていた。
中には二つのバッジ。
ニビジムで手に入れたグレーバッジ。
そして、ハナダジムで手に入れたハナダバッジ。
「二つか……」
マサヒロはニヤリと笑う。
「結構集まってきたな!」
「ブイ!」
隣を歩くイーブイも嬉しそうに鳴く。
少し後ろでは、フシギソウとスピアーも歩いている。
「フシギソウ!」
「スピアー!」
「お前たちも頑張ってくれたからな!」
マサヒロは二匹を振り返る。
「次のジムも、みんなで勝つぞ!」
「ソウ!」
「スピアー!」
「ブイ!」
三匹の元気な声が返ってきた。
その時だった。
「……ん?」
道の先に、大きな湖が見えた。
湖の周りには何人ものトレーナーが集まっている。
「なんだ?」
近づいてみると、どうやらみんな釣りをしているようだった。
「ポケモン釣りか!」
マサヒロの目が輝く。
「面白そうだな!」
* * *
「……あれ?」
湖のほとりまで来たところで、マサヒロは見覚えのある後ろ姿を見つけた。
茶色の髪。
自信満々な立ち方。
腰にはいくつものモンスターボール。
「まさか……」
その少年が振り返った。
「……やっぱりマサヒロか」
「!」
マサヒロは目を見開いた。
「シゲル!」
「久しぶり」
そこにいたのは、幼い頃から何度も顔を合わせてきた少年――シゲルだった。
「お前、こんなところにいたのかよ!」
「僕だって旅をしてるんだから、どこにいてもおかしくないでしょ」
「まあ、それはそうだけど……」
マサヒロはシゲルの腰を見る。
「……なあ」
「何?」
「そのモンスターボール、何個あるんだ?」
シゲルは得意げに笑った。
「気になる?」
「別に!」
「じゃあ教えない」
「なんだよそれ!」
シゲルが笑う。
「冗談だよ」
そして、自分の捕まえたポケモンについて話し始めた。
「僕は旅を始めてから、もう何匹も捕まえてるよ」
「何匹も!?」
「うん」
シゲルはボールをいくつか見せる。
「水タイプも結構いる」
「……」
マサヒロは自分のポケモンを見る。
イーブイ。
フシギソウ。
スピアー。
三匹。
もちろんイーブイは幼い頃から一緒だった。
フシギソウも、もともとはオーキド博士から貰ったフシギダネ。
そして自分で捕まえたのは、スピアーだけ。
シゲルがマサヒロの腰を見る。
「マサヒロは?」
「俺だって三匹いるぞ!」
「三匹?」
「イーブイとフシギソウとスピアー!」
「……」
シゲルは少し考える。
そして――
「つまり、自分で捕まえたのはスピアーだけ?」
「……!」
マサヒロの眉がピクリと動く。
「そうだけど……」
「へえ」
シゲルはニヤッと笑った。
「少ないね」
「うるさい!」
「僕はもっと捕まえてるよ」
「……!」
マサヒロは拳を握った。
「シゲル……!」
シゲルは昔からそうだった。
何をやらせてもマサヒロより先に行く。
勉強でも。
ポケモンの知識でも。
そして今度は、ポケモンを捕まえた数まで。
マサヒロはシゲルを追い越したい。
いつか絶対に勝ちたい。
それは幼い頃から変わらない。
だからこそ――
「……俺だって捕まえる!」
「ん?」
「俺だって、もっとポケモンを捕まえてやる!」
シゲルは湖を見る。
「だったら釣りでもする?」
「釣り?」
「ここなら水タイプのポケモンがたくさんいるみたいだから」
シゲルは釣り竿を持ち上げた。
「どっちがたくさん釣れるか勝負しようよ」
「……!」
マサヒロの目が輝く。
「いいぞ!」
「後悔しないでね?」
「するわけないだろ!」
イーブイが二人を見ながら首を傾げる。
「ブイ?」
「イーブイ、見てろよ!」
マサヒロは釣り竿を握る。
「シゲルには絶対負けない!」
「へえ」
シゲルは笑った。
「その意気込み、いつまで続くかな?」
* * *
二人は湖のほとりに並んで座った。
釣り糸を水面へ垂らす。
「それじゃあ、始めようか」
「よし!」
「……」
「……」
静かな時間が流れる。
マサヒロはじっと水面を見つめる。
「……」
まだ来ない。
隣を見る。
シゲルもじっと竿を見ている。
「……」
突然。
シゲルの竿が動いた。
「来た!」
「えっ!?」
シゲルが竿を引く。
「よっと!」
水面から飛び出してきたのはコイキングだった。
「コイキングか」
シゲルは慣れた手つきでモンスターボールを投げる。
「ゲット!」
「くっ……!」
マサヒロの竿は動かない。
「まだだ!」
しばらくすると――
「また来た」
「早っ!」
シゲルが竿を引く。
今度はトサキント。
「ゲット」
「……」
さらに少しすると――
「また来たよ」
「また!?」
ニョロモ。
そして――
「これで三匹目」
シゲルは余裕そうに笑った。
「マサヒロは?」
「……まだ」
「一匹も?」
「まだだ!」
「そっか」
シゲルは笑う。
「釣りって、才能が出るんだよね」
「……!」
「まあ、頑張ってよ」
「言われなくても頑張ってる!」
シゲルは釣ったポケモンをボールに戻す。
「じゃあ僕は先に行くね」
「待てよ!」
「何?」
「まだ勝負は終わってない!」
「でも、もう勝負になってないじゃない」
「……!」
シゲルは背を向ける。
「じゃあね、マサヒロ」
「シゲル!」
シゲルは振り返る。
「次に会った時には、もう少しポケモンを増やしておくといいよ」
「……!」
「じゃあね」
シゲルはそのまま歩いていった。
「……」
マサヒロはシゲルの背中を睨む。
「……絶対に追いついてやる」
イーブイがマサヒロを見る。
「ブイ……」
「まだ終わってないぞ」
マサヒロは竿を握り直す。
「俺は絶対にポケモンを捕まえる!」
* * *
時間が経った。
太陽が少しずつ傾いていく。
「……」
マサヒロはまだ釣りを続けていた。
「……」
一匹も釣れない。
フシギソウは途中で眠ってしまった。
スピアーも木の枝で休んでいる。
それでもイーブイだけはマサヒロの隣にいた。
「ブイ?」
「大丈夫だ」
マサヒロは湖を見つめる。
「俺はシゲルに負けたくないんだ」
「……」
「いつか絶対に、あいつを超える」
マサヒロは幼い頃を思い出す。
いつも先に行っていたシゲル。
そして、もう一人。
「……サトシとは違うんだ」
「ブイ?」
マサヒロは呟く。
「サトシはまだまだだよ」
幼馴染のサトシ。
昔から一緒に遊んできた。
けれど――
「俺のライバルはシゲルだ」
マサヒロは竿を握りしめる。
「サトシなんかに負ける気はしないけど……シゲルには絶対負けたくない」
その瞬間。
竿が大きく動いた。
「……!」
マサヒロが顔を上げる。
「来た……?」
竿が大きくしなる。
「来たぁぁぁぁ!!」
「ブイ!?」
マサヒロは立ち上がる。
「重い!」
竿が引っ張られる。
「くっ……!」
両手で必死に竿を握る。
「逃がすかぁぁぁ!」
水面から何かが飛び出した。
「うわっ!」
ドサッ!
地面に落ちたポケモンを見て、マサヒロは固まった。
「……え?」
そこにいたのは――
青い体。
白い腹。
長い身体。
大きな耳。
「……ミニリュウ?」
マサヒロは慌てて図鑑を取り出す。
図鑑がミニリュウの情報を表示する。
「ミニリュウ……ドラゴンタイプ……」
マサヒロは目を見開いた。
「ドラゴンタイプ!?」
「ブイ!?」
二人とも驚く。
「す、すげえ……!」
マサヒロはミニリュウを見る。
「俺、ミニリュウを釣ったのか!?」
しかし――
ミニリュウは動かなかった。
「……ん?」
マサヒロはしゃがみ込む。
「おい、大丈夫か?」
「ミニ……」
ミニリュウの声は弱々しい。
「……」
マサヒロは心配そうにミニリュウを見る。
すると――
ぐぅぅぅ……。
「……」
マサヒロは目を丸くした。
「腹減ってるのか?」
「ミニ……」
ミニリュウは恥ずかしそうに顔を背ける。
「なんだよ」
マサヒロは笑った。
「だったら、早く言えよ」
マサヒロはバッグを開ける。
「ほら」
ポケモンフーズを取り出し、ミニリュウの前に置く。
「食べていいぞ」
ミニリュウは少し警戒する。
「大丈夫だって」
マサヒロは少し離れて座る。
「俺は何もしないから」
ミニリュウはゆっくり近づく。
そして――
パクッ。
「!」
次の瞬間。
パクパクパクッ!
ミニリュウは夢中になってフードを食べ始めた。
「お、おい!」
マサヒロは思わず笑う。
「そんなに腹減ってたのかよ!」
「ブイ!」
イーブイも安心したように鳴く。
やがて、ミニリュウはフードを全部食べ終えた。
「もうないぞ」
「ミニ……」
ミニリュウはマサヒロを見つめる。
そして――
トコトコ。
マサヒロの足元まで歩いてくる。
「……?」
ミニリュウはマサヒロの足に身体を寄せた。
「お前……」
マサヒロは驚く。
「俺についてくるのか?」
「ミニリュウ!」
ミニリュウは嬉しそうに鳴いた。
「……そっか」
マサヒロはミニリュウの頭を優しく撫でる。
「じゃあ、一緒に来るか?」
「ミニ!」
ミニリュウは嬉しそうに頷いた。
「よし!」
マサヒロはモンスターボールを取り出す。
「それじゃあ――」
ボールをミニリュウに向ける。
「これからよろしくな!」
マサヒロがボールを投げる。
ポンッ!
ミニリュウがボールの中へ入る。
ボールが地面に落ちた。
コロッ。
コロッ。
そして――
カチッ。
「……!」
マサヒロは目を見開く。
「やった……」
ボールを拾い上げる。
「やったぞ!」
マサヒロは大きく拳を突き上げた。
「ミニリュウ、ゲットだ!」
「ブイ!」
「ソウ!」
「スピアー!」
仲間たちも嬉しそうに声を上げる。
マサヒロはボールを見つめる。
「俺が……自分で捕まえた二匹目のポケモン……」
しかもミニリュウ。
偶然とはいえ、とんでもなく珍しいポケモンだ。
「へへっ……」
マサヒロは嬉しそうに笑う。
「これでシゲルにも――」
そこまで言って、マサヒロは少し考える。
「……いや」
そして、前を向いた。
「次に会った時に見せてやればいい」
マサヒロは拳を握る。
「シゲル!」
「俺は絶対にお前を超えてやる!」
「ブイ!」
イーブイが元気よく返事をする。
「もちろん、お前も一緒だからな」
「ブイ!」
マサヒロはイーブイの頭を撫でる。
「ミニリュウも仲間になった」
腰には四つのモンスターボール。
最初から一緒だったイーブイ。
博士から貰ったフシギソウ。
自分で捕まえたスピアー。
そして今日、新たに仲間になったミニリュウ。
「よし!」
マサヒロは歩き出す。
「次はクチバシティだ!」
「ブイ!」
夕暮れの道を、マサヒロたちは歩いていく。
* * *
その頃。
少し離れた道を歩いていたシゲルは、ふと足を止めた。
「……そういえば」
シゲルは後ろを振り返る。
「マサヒロ、まだ釣りしてるのかな?」
少し考える。
「まあ、あいつのことだから、意地になって続けてそうだけど」
シゲルは小さく笑った。
「次に会った時、何匹増えてるか楽しみだな」
そして再び歩き始める。
幼い頃から続いてきた二人の競争はまだ始まったばかりだった。