ハナダシティを出発して、しばらく経った。
マサヒロたちは、次の目的地であるクチバシティを目指して歩いていた。
「次のジムはクチバジムか……」
マサヒロは地図を見ながら呟く。
「どんなジムなんだろうな」
その隣を、イーブイが歩いている。
「イーブイ!」
元気よく返事をするイーブイ。
だが――。
マサヒロは、少しだけ違和感を覚えていた。
「……なあ、イーブイ」
「イーブイ?」
「お前、最近ちょっと元気ないだろ?」
イーブイの足が止まった。
「……」
マサヒロも足を止める。
「やっぱりか」
イーブイは俯いてしまった。
マサヒロには、その理由が分かっていた。
ハナダジム。
あの戦いで、イーブイは初めて公式戦で負けた。
相手はスターミー。
たいあたりも、にどげりも、かみつくも通じた。
最後にはエボルブラストまで使った。
それでも――勝てなかった。
「……まだ気にしてるのか?」
「イーブイ……」
「でも、あれは仕方ないって」
マサヒロはしゃがみ込んで、イーブイの頭を撫でる。
「スターミーは強かった。俺たちだって、まだまだこれからだろ?」
「……」
イーブイは顔を上げる。
「負けたからって、お前が弱いってことじゃないよ」
「イーブイ……」
「だから、そんな顔するなって」
マサヒロは笑う。
イーブイも笑おうとした。
だが――。
その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
* * *
翌朝。
「……ん?」
マサヒロはテントの外から聞こえる物音で目を覚ました。
「なんだ?」
外へ出る。
すると――。
「イーブイ!?」
イーブイが一人で走っていた。
森の中を、何度も何度も駆け回っている。
木の根を飛び越え。
岩をかわし。
転んでも、すぐに立ち上がる。
「お、おい!」
マサヒロが呼びかける。
イーブイは一度振り返る。
「イーブイ!」
そして、また走り出した。
「……」
マサヒロは、その姿をじっと見つめた。
「もっと強くなりたい……ってことか」
イーブイが振り返る。
「イーブイ!」
「分かった」
マサヒロは笑った。
「じゃあ、一緒に強くなろう!」
「イーブイ!」
こうして、二人の特訓が始まった。
* * *
「もっと速く!」
イーブイが森の中を走る。
「右!」
木をかわす。
「左!」
さらに木をかわす。
「ジャンプ!」
岩を飛び越える。
「よし!」
だが――。
ドサッ!
「イーブイ!」
イーブイが転んだ。
「大丈夫か!?」
「……イーブイ」
イーブイはすぐに立ち上がった。
そして、また走り出す。
「無理するなよ……」
マサヒロは心配そうに見つめる。
それでもイーブイは止まらない。
何度も。
何度も。
走り続ける。
その姿を見て、マサヒロは思った。
――こいつ、本当に悔しかったんだ。
ハナダジムで負けたこと。
自分の力が足りなかったこと。
全部、悔しかったのだ。
「……だったら、俺も頑張らないとな」
マサヒロも走り出した。
「よーし! 次はスピアーと競争だ!」
「イーブイ!?」
「ほら、行くぞ!」
「イーブイ!」
スピアーのこうそくいどう。
その速さを目標に、イーブイは走り続けた。
最初はまったく追いつけなかった。
それでも――。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
イーブイの走る速度は上がっていった。
* * *
数日後。
「そろそろ休憩するか」
マサヒロが木の下に腰を下ろす。
イーブイも隣に座った。
「だいぶ速くなったな」
「イーブイ!」
「でも、まだまだだ」
「イーブイ!」
「ははっ、やる気満々だな」
そのときだった。
「マサヒロ!」
聞き覚えのある声。
「……え?」
マサヒロが振り返る。
そこにいたのは――。
「サトシ!」
「久しぶり!」
サトシと、その肩に乗ったピカチュウだった。
「ピカ!」
「お前、こんなところで何してるんだ?」
「俺もクチバシティに向かってるんだ!」
サトシは笑う。
「マサヒロも旅を続けてたんだな!」
「当たり前だろ」
「そのポケモンたちも、ずいぶん増えたな!」
サトシはマサヒロの手持ちを見る。
「フシギソウにスピアー……それにミニリュウまで!」
「昨日捕まえたんだ」
マサヒロは少し得意げに言った。
「へえ、すごいな!」
サトシは笑う。
「俺だってピカチュウと一緒に強くなってるぞ!」
「へえ」
マサヒロはピカチュウを見る。
ピカチュウもマサヒロを見る。
「……」
「……」
そして、イーブイとピカチュウも顔を見合わせた。
「ピカチュウ!」
「イーブイ!」
二匹が同時に鳴く。
「ん?」
「どうしたんだ?」
二匹はお互いを見つめている。
マサヒロは笑った。
「……なるほどな」
サトシもニヤリと笑う。
「マサヒロ!」
「なんだ?」
「バトルしようぜ!」
「やっぱりそうなるか」
マサヒロは立ち上がる。
「いいぜ」
「よし!」
サトシは拳を握った。
「俺のピカチュウも、前よりずっと強くなってるからな!」
「じゃあ、確かめてみるか」
マサヒロはモンスターボールに手を伸ばす。
だが――。
その前にイーブイが飛び出した。
「イーブイ!」
「……」
マサヒロはイーブイを見る。
イーブイは真剣な目でマサヒロを見返した。
「……お前がやりたいのか?」
「イーブイ!」
「分かった」
マサヒロは笑う。
「じゃあ行くぞ!」
「ピカチュウ、頼む!」
「ピカ!」
こうして――。
幼馴染二人の相棒対決が始まった。
* * *
「ピカチュウ!」
「イーブイ!」
二匹が同時に駆け出す。
「でんこうせっか!」
ピカチュウが一瞬で距離を詰める。
「速い!」
「イーブイ、かわして!」
イーブイが横へ飛ぶ。
ピカチュウの攻撃をギリギリでかわした。
「よし!」
「まだだ! ピカチュウ、もう一度!」
「ピカ!」
再びピカチュウが突っ込む。
「イーブイ、たいあたり!」
イーブイも正面から突っ込んだ。
ドンッ!
二匹がぶつかる。
「ピカ!」
「イーブイ!」
互いに弾き飛ばされる。
「やるな!」
サトシが笑う。
「そっちこそ!」
マサヒロも笑う。
しかし――。
イーブイの表情が少し曇った。
「……?」
マサヒロが気づく。
「イーブイ?」
その瞬間。
「ピカチュウ、10まんボルト!」
「ピカチュウ!」
電撃が放たれる。
「イーブイ、避けろ!」
イーブイは飛び退いた。
だが――。
「追いかけろ!」
ピカチュウが一気に接近する。
「イーブイ!」
攻撃が直撃。
「イーブイ!」
イーブイが地面を転がった。
マサヒロは駆け寄りそうになる。
だが、イーブイは立ち上がった。
「……」
その目には、以前のハナダジムでの光景が浮かんでいた。
スターミー。
何度攻撃しても倒れなかった。
最後のエボルブラスト。
そして――敗北。
「……イーブイ」
マサヒロは静かに呼びかけた。
「お前、まだ怖いのか?」
「……」
「ハナダジムで負けたこと」
イーブイは俯く。
マサヒロは拳を握った。
「……そうだよな」
「負けたの、悔しいよな」
イーブイが顔を上げる。
「でも――」
マサヒロは笑った。
「だから特訓したんだろ?」
「!」
「お前はもう、あのときのイーブイじゃない」
「イーブイ……」
「自分で強くなろうとしたんだ」
「イーブイ!」
イーブイの目に力が戻る。
その瞬間だった。
「ピカチュウ、でんこうせっか!」
「ピカ!」
ピカチュウが迫る。
「イーブイ!」
イーブイが走った。
シュッ!
「なっ!?」
マサヒロも驚く。
イーブイの動きが、今までとはまるで違った。
ピカチュウの攻撃を紙一重でかわす。
そして、そのままピカチュウの横を駆け抜けた。
「今の……!」
サトシが驚く。
マサヒロは目を見開いた。
「……でんこうせっか!」
イーブイが振り返る。
「イーブイ!」
「お前……覚えたのか!」
イーブイが嬉しそうに鳴く。
「すごいぞ!」
「ピカ!?」
ピカチュウも驚いている。
「だったら――!」
マサヒロは構える。
「ここからだ!」
「イーブイ!」
「ピカチュウ、もう一度でんこうせっか!」
「ピカ!」
二匹が同時に走り出した。
「イーブイ!」
「ピカチュウ!」
森の中を二匹が駆け回る。
速い。
速い。
目で追うのも難しい。
「すげえ……!」
サトシが呟く。
マサヒロも集中する。
「……」
そして――。
「今だ!」
「イーブイ!」
イーブイが急加速。
ピカチュウの横をすり抜ける。
「ピカ!?」
「そのまま、でんこうせっか!」
「イーブイ!」
ドンッ!
ピカチュウが吹き飛ばされた。
「ピカチュウ!」
サトシが叫ぶ。
しかしピカチュウは立ち上がった。
「まだだ!」
サトシが叫ぶ。
「10まんボルト!」
「ピカチュウ!」
強烈な電撃が放たれる。
「イーブイ、でんこうせっか!」
「イーブイ!」
イーブイが走る。
電撃をかわす。
そして――。
一瞬でピカチュウとの距離を詰める。
「でんこうせっか!」
「イーブイ!」
ドンッ!!
ピカチュウが大きく吹き飛ぶ。
そして地面に倒れた。
「ピ、ピカ……」
「ピカチュウ!」
サトシが駆け寄る。
ピカチュウは目を回している。
「……ピカチュウ、戦闘不能!」
マサヒロの勝利だった。
「……」
マサヒロは呆然とする。
「勝った……?」
イーブイがマサヒロの足元へ駆け寄ってくる。
「イーブイ!」
「やったな!」
マサヒロはイーブイを抱き上げる。
「すごいぞ、イーブイ!」
「イーブイ!」
「でんこうせっか……!」
イーブイは嬉しそうに笑っている。
マサヒロも笑う。
「これでもう、ハナダジムのことなんて気にしなくていいな!」
「イーブイ!」
「お前はちゃんと強いよ」
「イーブイ!」
* * *
「……負けた」
サトシは悔しそうにピカチュウを見る。
「ごめんな、ピカチュウ」
「ピカ……」
しかし、サトシはすぐに顔を上げた。
「でも――」
マサヒロを見る。
「すげえよ、マサヒロ!」
「え?」
「イーブイ、めちゃくちゃ強くなったな!」
「まあな!」
マサヒロは胸を張る。
「俺たちで頑張ったからな!」
「俺も負けてられない!」
サトシは拳を握る。
そして、マサヒロの目を真っ直ぐ見る。
「マサヒロ!」
「なんだ?」
「俺、お前をライバルにする!」
「……」
マサヒロは驚いた。
「ライバル?」
「ああ!」
サトシは真剣だった。
「今までは幼馴染って感じだったけど、今日のバトルで決めた!」
「俺は絶対にお前より強くなる!」
「……」
マサヒロは少し考える。
今までのマサヒロにとって、ライバルと呼べるのは一人だけだった。
シゲル。
幼い頃からずっと意識してきた存在。
いつか絶対に追い越したい相手。
サトシは違った。
少なくとも、今までは。
「……分かった」
マサヒロは笑う。
「じゃあ、俺も負けないからな」
「おう!」
サトシも笑った。
「でもな」
マサヒロは続ける。
「俺の一番のライバルは、まだシゲルだからな」
「だったら!」
サトシが指を突きつける。
「俺がシゲルより強くなればいいんだろ!」
「ははっ!」
マサヒロは笑う。
「やってみろよ!」
「絶対やってやる!」
二人は拳をぶつけた。
「じゃあな、マサヒロ!」
「また会おうな、サトシ!」
「そのときは絶対勝つからな!」
「俺だって負けない!」
サトシとピカチュウは、先へと歩いていった。
マサヒロも反対方向へ歩き始める。
「……なあ、イーブイ」
「イーブイ?」
「今日の勝負、楽しかったか?」
「イーブイ!」
「そっか」
マサヒロは笑った。
イーブイはもう、ハナダジムで負けたときのような顔をしていない。
その目には、再び自信が戻っていた。
「これからもっと強くなろうな」
「イーブイ!」
マサヒロたちは、クチバシティへ向かって歩き出した。
その先に待っているのは――。
三つ目のジムバッジ。
そして、電気タイプの使い手。
クチバジムリーダー・マチスだった。