今回は3000字程度です。
リン達の内乱……という程の物でもない小競り合いが終わった。
「はい。皆さんが静かになるまで3分かかりました」
「担任みたいなのやめてね、小夜風さん」
椅子に座ったアヤメがよくある定型文をリン達に告知した。その後は流石に反省したのか、粛々と情報交換に勤しむリン達。
とは言っても、大抵はあだ名が示すとおりである。『脳筋』こと栗原一滋はスポーツ特待生で運動が得意。『スパイ』こと影山杏は影が薄く、諜報活動をしている。『腹黒』こと烏丸白は見た目は品行方正だが、中身はブラックだとか(なお、本人ではなく周りのタレコミだが)。そして、腹黒には幼馴染でもある恋人がいる。
「まあ、これが僕らの大まかな情報だね」
「とはいえ、だいたいあだ名で呼んでっから、本名聞いても『ああ、コイツそんな名前だったっけ』てなっちまうけどな」
「貴方の鶏と同レベルの脳みそには、端から期待していませんよ。脳筋君」
「あ?」
脳筋の発言にスパイが煽りを入れる。それに対して脳筋がややギレ状態になっていた。
「まあ、僕達の間であだ名が浸透しすぎているのはあるかもねえ」
「今や誰一人として本名で呼んでないよね」
「思えばいつからあだ名で呼び始めたんだっけか」
「鳥頭にも程があるでしょう。四人でゲームやっててリアルファイトに発展した時ですよ」
「ああ、第三次大戦の時か……」
「一体どれだけ喧嘩してるんですか」
脳筋から零れた言葉を拾って、やや呆れ気味に会話に参加するアヤメ。とはいえ、これはこれで成り立っているのは間違いない。
「安心しました。天野さんがいきなり殴りかかられた、なんて言うものですから、もっと殺伐とした集団なのかと」
「おい参謀、いったいどんな紹介をしたんだい」
「事実しか言ってないわい」
「まあ、僕達が殴りかかったのは事実ですからねえ」
「あの頃のお前、本当に死神みたいだったぞ。というか、ガンつけられたから普通に喧嘩売られてんのかとも思ったしよ」
「目が合っただけで襲い掛かって来るとか、君は獣なのかな」
「目が合っただけじゃねえって。視界に入るもの全部滅ぼしてやるくらいの勢いだったぞ」
「まあ、それくらい絶望してはいたけどねえ」
「何があったのだろう」とアヤメは思った。しかし、それをこの場で聞くのも憚られる。きっと、世界を憎んでしまうほどの絶望など、軽々とは話したくないであろうから。自分もそれくらいの絶望を抱えているから分かる。
しかし、それでもアヤメは、リンは笑うだろう。希望に満たされているかもしれない。この世は天秤だ。誰かが希望に満たされていれば、別の誰かが絶望する。だから、アヤメ達は決して絶望しない。悪しき者達を、絶望に沈めるために。
「? 小夜風さん? どうしたの?」
「いえ、今の貴方が楽しき人生を謳歌できているのであれば、それに越したことは無いと思いまして」
「そうだね。今はとても楽しいよ。そういう意味では、馬鹿三人には感謝しているかな」
「馬鹿が無ければ完璧だったのですがね、参謀」
「しれっと自分を抜かしているところもね。抜け目ないというか面の皮が厚いというか」
「何故一々喧嘩を売るのだろう」とアヤメは思う。その後、案の定殴り合いの喧嘩に発展した。さりげなく巻き込まれない位置に離れるアヤメ。後は高みの見物をしていれば終わるだろう。
結局、終わるまでに十分かかった。これは止めた方が良かったかもしれないなとアヤメは思った。
・・・
「いやー、良かった良かった。小夜風さんに面倒くさいグループだと思われなくて」
「ちょっと思いましたけどね」
「思ったんだ……」
「喧嘩で十分も使うグループが面倒でないとでも」
リンとアヤメは一緒に帰ることになり、その道中で、リンはホッと息をつく。なお、たまたま自宅の方向が同じだったために一緒に帰っているのだが、やはりご襲儀を仕掛けようとするスパイと脳筋をなんとか撒いての帰宅である。アヤメが楽しそうにしているのが唯一の救いであった。いや、喧嘩に関してはやや呆れてはいたが。
「ふふふ、それでも皆様、とても楽しい方々ですね」
「楽しいけど、学校では敬遠されてるからなあ。自業自得だけどさ。だから小夜風さんが引かずに加わってくれたことはとても嬉しいんだ」
リン達のグループは普段から色々やらかしてるため、殆どの生徒や教師からは「あいつらだけは敵に回すな」「ならず者集団」「学園の四災」「バカ四天王」などと恐れられ危険視されている。まだ四月上旬だというのにそんな評判が立つのは、リン達の悪戯が如何に頻度が高いか分かるというものである。だが、アヤメはそれを聞いても逃げ出す事は無かった。
「So long lives this, and this gives life to thee.」
「What’s ?」
アヤメの口から唐突に発された英文に、思わずリンも英語で聞き返してしまう。あと、発音が綺麗すぎる、ともリンは思った。
「ウィリアム・シェイクスピアのソネット18番から引用しました。意味は、『詩よ、どうか永久に命を与えたまえ』」
シェイクスピアのソネットは青年への同性愛を歌う内容であるが、アヤメに他意は無い。そして、あくまで祈りとして使っているために、和訳は命令形となっている。
「貴方達に、詩の加護がありますように。どうか健やかであって欲しいという、私の願いを込めました」
それを聞いて、リンはアヤメとはどこまでも誠実で、優しい人物なのだと察する。価値観が浮世離れしていようとも、祈りを捧げる彼女は悪人では無いのだ。
(う~ん、ちょっと苦手なタイプかも)
自分が外道という自覚が有り、アヤメのようなお人好しなタイプはリンからすればかなり苦手な部類に入る。あと、これはリンに霊感があるから分かる事だが、アヤメの影に何かが潜んでいる気がする。とはいえ、人格自体にはかなり好感を持っているため、いい塩梅で付き合っていこうとリンが考えていると、
「あっ―――」
「げ、雨だ」
天気予報に無い唐突な雨。二人は急いで軒下に入る。ひとまず、雨が止むか、少なくとも今よりも弱まる事を願うばかりだ。
地面に叩きつけられる無数の水滴。空は晴れているのに、なんともミスマッチな光景に思えた。
「Regna sereno intense ed infinito.」
「何語?」
非常に耳心地の良い声と発音であること以外が何も分からないアヤメの発言に思わず聞き返すリン。すると、アヤメは雨を見上げたまま答える。
「ジョズエ・カルドゥッチというイタリアの詩人の詩です。意味は、『晴天と静けさが全てを統べる』」
「めっちゃ雨だよ……?」
リンがそう言うと、アヤメはリンに目を合わせて微笑む。
「私、実は雨が好きなんです」
「へえ……?」
「私達は、常に晴天である事を強要される。人間社会という名のゴールドバーグ・マシンの中に漂うドグマという日光によって、誰も彼もが明るく、模範的であれと、教えられる。きっと、それは必要な事なのでしょう。しかし、私は時に、それが息苦しく感じるのです」
「それは……」
悲しそうな表情で話すアヤメに、リンは他人事とは思えないという反応を返す。今の環境に反逆するために、リン達は動く事もあるのだから。
「だから、私は気まぐれに降る雨が好きなんです。私達を焼き焦がす日光から守る雲も、踊るように、奏でるように降り注ぐ雨粒も、ソネットを囁くように吹きすさぶ風も」
「…………」
「私は、貴方達と一緒にいるのが心地よいのです。私が酷い嵐を望んでも受け入れてくれるかもしれない」
そして、雨をバックに、アヤメは目を伏せながら話す。
「これは、私の勝手な感情、願い、太陽に嫌われた北風の、寂寞の独白。天野さん、貴方達はこのような私を、仲間に入れて下さいますか? 末座に、加えて下さいますか?」
リンは、アヤメに対する認識を改めなければならないと感じた。アヤメは確かに優しく誠実だ。しかし、本質的な部分では自分達と全く同じものを抱えている。人間社会の息苦しさ。理不尽への反逆。本心では秩序を望んでいるが、それは束縛を意味するものではない。
そして、リンが言うべき言葉は、既に決まっていた。
「勿論だよ」
そして、リンがそう言った時、アヤメがリンの手を引いて軒下から出た。
「え、ちょっと、小夜風さん!?」
気付けば雨は上がっていて、アヤメは踊るようにリンの手を引く。道は水溜まりとそれを繋ぐ道で埋め尽くされている。その中を、水と咽るような雨の匂いが支配した街を二人で走る。
「Each moment, now storm !」
アヤメにとって、世界は音楽であり、また、韻律に彩られた詩なのだろう。彼女はそうして世界を観測している。きっと彼女には善も悪も無い。
彼女は水を跳ねさせて踊る。雨は止んで晴れているにも関わらず、アヤメの周りには嵐が起きているようだった。地面から空に雨が降る。雨粒が視界を覆い隠す。
幻覚だろうか。リンの眼には跳ねる水が文字や音符のように見えた。地面や水面に衝突する音が、ステップを踏む足音が、楽器も楽譜も無い、原始的な詩と音楽。
ただ、音の中で生きている。
足元の水滴にすら、楽しそうな表情をする。
嵐を奏でる少女は思っていたよりも強かで、繊細で、詩的で、音楽的で、仲間に入れないなど有り得なかった。