彼方楽園のレチタティーヴォ(リメイク)   作:三文小説家

4 / 4
 リン君とアヤメのデート(?)回であると同時に、世界観の説明でもあります。


森へのお出かけ

 リンの友人と会って数日。リンとアヤメは基本的に音楽室で放課後に話していた。アヤメと特待生であるリンはクラスが違うので、落ち合う場所と言えば放課後にアヤメが必ずいる音楽室に落ち着いたのである。

 

 なお、この学校に音楽室を使う部活動は存在しない。マイナーな弦楽部はおろか、メジャーな合唱部や吹奏楽部もない。なんだか、音楽というものが排除されているようだとアヤメは語った。

 

「天野さん、今週末、何処かへ出かけませんか?」

 

 そんな或る日、アヤメはリンに提案した。

 

「え、どうしたの急に」

 

 しかし、リンから帰って来たのは困惑だった。正直、リンとアヤメは出会って数日で、そこまでする関係ではないと思っていたのだ。

 

「私達、出会って数日経ちましたし、友達なら出かける事もあるかな、と思ったのですが……迷惑でしたか?」

「いや、迷惑とかじゃない。迷惑とかじゃないんだけど、僕達って一緒に出かけるような関係だったかなって。ほら、僕達恋人でもないし……」

「恋人でなくとも出かけたりはしますよ、友達であれば。しかし、現在、天野さんが交際されている方がいらっしゃるのでしたら遠慮しますが」

「いないね。悲しいけれどそういう人はいないよ」

「では、お出かけしてくださいますか?」

「良いよ。今週末は予定も無いしね」

 

 リンはその申し出を快諾した。特に断る理由もないからだ。

 

「それではどこに行きましょうか」

「小夜風さんが決めてくれて構わないよ」

「そうは言いますけれど、行きたい場所などはないのですか? 逆に行きたくない場所は?」

「行きたくない場所は……汚い場所と研究所かな」

「研究所?」

「うん……僕の両親が……て、何でもないよ!」

 

 リンは何かを言いかけてやめた。アヤメとしてはその続きが気になるところだったが、会って数日の人間に言う事でもないと判断したのだろう。アヤメはリンが話したくなるまで待つことにした。自分とて、リンに全ての秘密を話したわけでもない。自分の背後に存在する天秤は今も、アヤメを凝視しているがそれをリンに言うつもりはない。リンは何も関係の無い一般人なのだから。

 

 

 

・・・

 

 

 

 翌日の土曜日、アヤメは私服姿でリンを待っていた。約束の時間よりは少し早いが、遅れるよりは良いだろうと早めに家を出たのだ。しかし、

 

「流石に早すぎましたね」

 

 約束の時間までは後三十分もある。ことのほか、自分は浮かれていたらしいと、アヤメは自省した。アヤメが浮かれるのも致し方ないことであろう。何せ、彼女は仕事以外で同年代の人間と出かける事なんてほとんどなかった。例の、週に一回連絡を取り合う友人とも出かけたことはない。

 

 そんなわけでかなり楽しみだったのだ。アヤメにとってはほぼ初めての友人との二人でのお出かけである。浮かれるなという方が無理であろう。そして、事実アヤメは浮かれていた。

 

 目の前に、衝撃的な光景が広がるまでは。

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、リンが家を出た時の話。彼は諸事情有って教会に住んでいるのだが、その教会を出て暫く歩いた時に、それは現れた。

 

 それは一見すると、黒いドレスの麗人だった。鹿のような動物に横向きに座っているため、正確な身長は分からないが、それでもかなり背が高いことが分かる。そして、地面に付くかと思うような夜のような長い黒髪に、青白い月光色の瞳を持っている。

リンのいた場所はそれなりに人通りもあるが、誰も彼女に反応していない。つまり、彼女は他人からは見えていない。

 

 前回も書いた通り、リンには霊感とでも呼ぶべき感覚がある。幽霊や精霊など、普通の人間には見えないものが見える事がある。今日も教会の屋根に純白の翼を生やした何かが止まっているのを見たばかりである。

 

 目の前の女性もそのような、常人の目には見えないタイプの存在なのだろうか。

 

 考えるリンを前に、女性は一言言った。

 

「乗ってく?」

 

 とはいえ、リンにとっては知らない相手、それも人間でないとなれば、警戒するのは当然であった。

 

「いえ、結構です」

 

 そう断って足早にその場を去ろうとする。しかし、女性はよりいっそう笑みを深めて、リンの周りに夜を展開した。何を言っているのか分からないかもしれないが、そう表現するより他にない。リンの周りを夜空が包み込むように覆ってしまい、リンは前後不覚に陥ってしまった。

 

 そして、夜が晴れた時には、アヤメの目の前だった。

 

「…………何してるんですか、ゲアカリング様」

 

 一方のアヤメは暫く呆けていたが、それが終わると呆れたように女性に話しかけた。女性の名前はゲアカリングというらしい。そして、アヤメと知り合いのようだ。『様』と敬称を付けている辺り、かなり目上の存在なのかもしれない。

 

「アイリスの新しいお友達がどんな子か、少し気になったのよ。教会に住んでるって知ったから、心配だったのよね。私達に害をなす存在じゃないかって」

「天野さんって教会に住んでいたのですね。それで?」

「貴方達のデートを監視させてもらうわ。彼を送って来たのはついでに、ね?」

「で、デートじゃないですから……しかし、送ってきてくれたという事は、私達の邪魔をするつもりはないということですか?」

 

 アヤメは最も懸念していた事を聞く。リンの素性をどうやって知ったのか聞いても栓無き事である。なにせ、相手の素性を考えれば、どこに『目』があるか分からないのだから。もしかしたら、日本中の全ての教会を監視しているのかもしれない。

 

 今は、最低限のことを聞いておくべきだ。

 

「ええ、無いわよ。いくら異教の神を祀る建物に住んでいるからって、付き合いを禁止するほど狭量ではないわ。彼が、私達の森に害を与えようとするのならば、話は別だけれど」

 

 キリスト教はローマ帝国やノルマン・コンクエストによってブリテンに入ってきて妖精達を排除したという歴史がある。故に、妖精達はキリスト教徒の事をあまり良く思ってはいない。ここはイギリスではなく日本だと言われそうだが、ゲアカリングに関して言うならば、イギリスと日本に出現するのは同一人物(人ではないが)である。彼女は森や夜があればどこにでも出現するのだ。

 

 そのあたりは道すがらリンに説明するとして、アヤメは最後に気になる話を聞いた。

 

「……では、最後にもう一つ。天野さんの前に、わざわざ自分から姿を現したのですか?」

「いいえ。この子、霊感あるわよ。私達の姿も見えるし、他の存在の姿も見える。私が特別な事をしたわけではないわ」

 

 妖精達は普通の人間には見ることができないが、妖精達の意志で人間達に姿を見せる事はできる。尤も、見られる事を嫌う彼らがわざわざそれをする事は稀であるが。

 

「てことは、俺の姿も見えてたってことか。そういや、お前の視線が時々影に来るとは思ってたんだよなあ」

「うわっ」

 

 アヤメの影から、何か、黒い犬のような形をしたものが這い出てきた。犬とは形容したが、瞳が一つしかない事や、全体的に不定形な事から、ただの犬ではない事は明白である。第三話にて、リンがアヤメの影に何かを感じてはいたが、どうやら彼(声からして男)の気配であったらしい。

 

「あとは二人と一匹でごゆっくり。良ければ妖精の国(ティル・ナ・ノーグ)にも来て頂戴」

「……帰してくれる気があるのなら行きますよ」

 

 妖精の国に行って、帰れなかった人間の伝説などいくらでもある。特に、ゲアカリングの歪んだ母性を知っているアヤメはリンを護るように彼女の前に立つ。アヤメはとある事情でゲアカリングに忠誠を誓っているが、それとこれとは別の話だ。

 

 ゲアカリングは少し残念そうな表情を浮かべた後に、鹿のような動物に乗って去っていった。そして、その去っていった先の森が、リンとアヤメの目的地でもある。

 

「はあ……まさか、ゲアカリング様に見つかるなんて……せっかく天野さんには隠してきたというのに」

「な、なんかごめんね」

「いえ、察するに、彼女に無理矢理連れてこられたのでしょう? 自分からついていったのであれば、お説教物でしたが……」

 

 やはり、あの時断っておいて良かったのだと自分の判断が正しかったことに安堵するリン。アヤメ曰く、妖精と人間の利害が一致するとは限らない。例えるなら、『可愛い貴方が傷つかないように安全な場所に匿う』と妖精たちが宣い、実質永劫亜空間に監禁される、などといった事態が容易に起こりうるのだ。

 

「彼女は一体何者なの?」

「彼女の名前はゲアカリング。妖精達の国、ティル・ナ・ノーグの女王です」

「へえ、じゃあ、結構なお偉いさん?」

「そうですね。妖精とは言っていますが、月と夜の神と言っても相違ないでしょう」

 

 『神』という単語に、リンは少し驚いたような顔をする。教会に住んでいながら無神論的な考え方をするリン。まさか、神というものが実在するとは思わなかったのだ。

 そして、アヤメから妖精達とキリスト教の関係をざっくりと説明される。リン自身はキリスト教の信者というわけではないが、警戒される理由ではあるか、と納得した気持ちにはなった。

 

「それで、その蠢く影は一体?」

「ポチです」

「そんな犬みたいな名前付けてんの!? 明らかに犬じゃないんだけど!」

「墓守犬(チャーチグリム)って呼ばれてるから犬ではあるんじゃないですか?」

「お前俺の扱い雑じゃねえか?」

 

 ゲアカリングの説明の時には無視を決め込んでいた黒い影は、アヤメの雑過ぎる説明に流石に苦言を呈する。

 

「俺は墓守犬(チャーチグリム)。黒妖犬の一種だな。そこの女にポチなんて名前を付けられて契約している」

「へえ、よろしく、ポチ。小夜風さんとはいつからの仲なの?」

「コイツが物の道理を知らねえガキの頃からだ。野良犬と間違えて遊んでたんだとよ。自分で言うのも何だが、俺の姿は野良犬に見えんのか?」

 

 リンとポチは揃ってアヤメを馬鹿を見るような目で見つめる。

 

「仕方ないじゃないですか。物の道理を知らない子供の頃の話なんですから」

「君には恐怖心ってものは無いの?」

「それは俺も気になるな。どうなんだ? ねえのか?」

 

 少し真剣に考えてみるアヤメ。子供の頃は確かに怖いもの知らずだったように思える。それで今はどうだろうか。そして、結論は出たようだ。

 

「恐怖は有りますよ。しかし、それを表に出す事は無いでしょう」

「結局あんのかよ」

「生物ですからね。無かったら欠陥でしょう」

「確かにそうだね」

 

 アヤメは一息ついて、続ける。

 

「私は笑います。常に希望に満たされているでしょう。この世界は天秤です。何者かが希望に満たされていれば、他の何者かが絶望する。だから、私は決して絶望しない。これ以上ない程の希望に包まれています。地上の悪魔達を絶望に沈めるために。The balance distinguishes not between gold and lead. 金も鉛も区別せずに天秤が傾くというのであれば、私はせめて、金でありたい」

 

 リンとポチは押し黙る。思いがけず、途轍もなく重い信念を聞いてしまった。ただ、ポチは「まあ、アレだけのことがありゃあなあ」と何処か納得した声で呟いた。この世界の公平さと不公平さを両方見てきたかのような言葉。アヤメの過去に何があったのかは分からないが、何か物凄く暗い過去がありそうである。

 

 だが、言葉が出ないリンに気付いたアヤメは、ハッとして取り繕うように言葉を紡ぐ。

 

「今日は楽しみましょう、天野さん。せっかくこうやって二人で出かけているんですもの。あまり余計な事は考えず、今この時を大切に……」

「そ、それもそうだね。まずは何処へ行こうか」

「んじゃ、俺は影にいる。何かあったら呼べ」

 

 そう言ってポチは影に帰っていく。アヤメは「何も無いことを祈るのですがね」と独り言ちた。少なくとも、彼女の中でポチを呼ぶような事態はあまり歓迎したくはないという事だろう。一般人たるリンもいることであるし。

 

 その後、アヤメとリンは静かな森を歩いて回った。リンとしては森の中に幾つも何かの気配を感じるのだが、害意は無さそうなのと、アヤメと話すのが楽しくて、ひとまずは意識の外に置いている。

 

「ミスミソウにスミレ、カタクリにサクラソウも咲いていますね」

「森の中で見ると、特別な綺麗さがあるね。そういえば、小夜風さんの名前の由来でもあるアヤメの花は無いのかな?」

 

 いきなり名指しで花を指定され、少しドキッとするアヤメ。

 

「えっ、えっと、アヤメの花は五月に開花するので、四月の今は咲いていませんね」

「へえ、そうなんだ」

 

 アヤメの花について答えたはいいものの、リンの反応が薄いことに少し不満に思うアヤメ。勿論、恋人でもないただの友人関係で、アヤメの花のことを聞いたという事実に大した意味が無いというのは、そうなのだろう。しかし、アヤメからすれば初めての同年代の異性の友人である。何かと特別視してしまうのは道理であると言えよう。

 

「もし、天野さんが良ければ、五月にアヤメの花を見に行きませんか?」

「それは別に構わないけど」

「良かったです。おすすめのアヤメの群生地があるので、今度そこに行きましょう」

 

 リンが拒絶しなかった事で、アヤメは嬉しそうだった。アヤメは少なくともリンの事を好意的に見ている。彼女としては、その感情は大切に育てたかった。それが急速に育つものなのか、それともゆっくりと育つものなのかは分からないが。

 ただ、アヤメは、アヤメと一緒にこうして森を歩いてくれる人がいるという事に、何か暖かいものを感じるのだった。

 




 ちょっと唐突だったかなとは思いつつも、ゲアカリングさん登場。この先の重要キャラです。ついでにポチも。

ポチ「ついで!?」

 後付けでもなんでもなく最初から設定していたのですが、開示するのが四話目になってしまいました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。