ただ、前半のお話は関わってくるのはもう少し後ですかね。
星彩学園教師、
「やあ、光希」
その人物が来た。玄関まで出迎えに行くと、イケメン美女と言った風情の見慣れた女性が立っていた。ウルフカットの髪型にハットを被り、やや豪華な服を着ており、肩に上着を引っ掛けている。全体的に高級感漂う見た目の彼女の名は
綺麗は帽子と上着を取ると、光希の家に上がり込んだ。彼女が持つ荷物にはお高い酒の瓶もしっかりと入っていた。光希が要求したものである。わざわざ家で話し合うからには酒でも無ければやっていられないと言ったのだ。綺麗は二つ返事で了承し、今に至る。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうか。学校でのアヤメ嬢と咲ちゃんのことをさ」
綺麗はダイニングで席に着き、光希に報告を促す。『どうでもいいけど、小夜風さんのことはアヤメ
「とは言っても、いつも通り平和な毎日だわ。特に報告する事なんて……いえ、あったわ」
「何だい?」
「あの子……小夜風さんに新しく友達が出来たわ」
「へえ、そりゃめでたいじゃないか。あの子友達少ないもんねえ」
綺麗はぐいっと酒を呷る。この女、中々の酒豪であり、光希は綺麗が酔ったのを見たことが無い。まあ、それは光希も同じなのであるが。
「しかも、
「あの出不精な女王様が……珍しいこともあるもんだねえ……もしかしてその子、キリスト教関係者かい?」
「みたいね。教会に住んでるらしいわ」
「なるほど、そりゃ警戒するわけだ。天使共の動きも活発になってきているわけだし?」
妖精達の歴史、そして天使達の脅威を知っている綺麗は納得したと言わんばかりに鷹揚に頷いた。因みに、ゲアカリングが表に出ないのは、人間界での出来事に(人間と契約でもしていない限り)妖精はあまり干渉しないからである。断じて出不精だからではない。
「にしても霊感があるのか……魔法使いの才能もあるのかな?」
「さあ? でも、小夜風さんは友達を関わらせるつもりはないみたいよ?」
「まあ一般人ではあるしねえ。因みにその子は男? 女?」
「男」
「その子が入ってくれればようやく女所帯の暗月騎士団日本支部にも男の子が入るねえ。あと人手不足も多少は改善するじゃないか」
「五人……いえ、ポチも含めれば六人かしら。それだけいれば十分じゃない?」
「組織としては少なすぎるね。せめてあと三人か四人は欲しいところだけど」
「三人か四人……そういえば、例の小夜風さんの友達、四人組だったわね」
「おお、三人から四人ってのは適当に言ったけど、ちょうどいいじゃないか。その子達には霊感はあったりするのかい?」
「さあ……無いんじゃないかしら? でも……」
「でも?」
「鬼川先生と一瞬とはいえ互角にやり合えるのよね」
「ああ、身体能力高すぎる先生だっけ……魔法使いでもないんだろ?」
「鬼川先生からは、少なくとも魔力は感じられなかったわ」
光希と綺麗はリン達四人組について話す。まず前提として、彼女達が所属する〝暗月騎士団〟という組織は人手不足である。魔法使いで構成される、ゲアカリングの兵。今はこの説明で充分だろう。そして、人手不足に陥った理由だが、単に魔法使いという存在の数が少ないからである。魔法に覚醒する人間の数は、一つの国に数百人いればいい方だと言われている。数百人と聞くと多いように思えるかもしれないが、八千万から一億人いる中での数百人である。
よって、暗月騎士団側(特に日本支部)も新たなフェーズに突入しようとしていた。具体的には魔法使いでない人間を組織に迎え入れようという算段である。とはいえ、適当な一般人を入れるわけにもいかず、現状アイデア以上の効力を発揮してはいない。そして、その第一弾としてリン達に目を付けたわけである。一般人なうえに未成年だが、暗月騎士団は公的には存在しない機関である。何とかなるだろうという算段もあった。
「思ったよりも良いアイデアだな。政府の方には天使や悪魔の討伐という実績で溜飲を下げていただくと。まあ、政府の方はそれでいいだろうさ……問題は……」
「小夜風さん、ね。あの子を敵に回すのは得策じゃないわ」
「そりゃそうだ。アヤメ嬢が持つ魔法は恐ろしいものだしね」
光希は綺麗のその言葉に、少し眉をひそめた。
「確かに、小夜風さんの持つ魔法は恐ろしいものよ。でも、それを抜きにしても、私はあの子に嫌われたくはないわね」
「そんなに不愉快そうな顔をしないでくれよ。僕だってアヤメ嬢には嫌われたくはない。もう手遅れかもしれないけどね……それでも減点事項を増やす事は無いさ。ただ、彼女の持つ魔法については考えなければならないよ。現状、僕達が束になっても、彼女の持つ魔法には手も足も出ない。おまけに、その矛先は敵にも味方にも向く」
アヤメの持つ恐ろしい魔法。その詳細は既に二人には知られている。知ったところでどうする事も出来ないのが現状だが。なお、その魔法は現在、封印されている。他の誰でもない、アヤメの中に。魔法を本人から引き剥がすのは、こちら側の手札では不可能であるし、仮にできたとしてその魔法がどんな暴走をするか分かったものではない。
「とはいえだ。アヤメ嬢は他人の自由を妨害するような人間じゃあない。その友達……名前なんていうの?」
「天野リンよ」
「天野リンが僕達に協力したいと言えば、彼女にそれを止める権利はなくなる」
「そうね……」
「まあ、今暫くはアヤメ嬢と天野リン君を見守るとしよう。このまま二人には順調に絆を深めてもらおうじゃないか」
「…………」
「絆は或る意味呪いだ。リン君がアヤメ嬢を助けたいと言った時、彼女はそれを拒むことはできるだろうか。それが出来たとして、アヤメ嬢と絆を深めた後、何の力も持たない彼は、それに耐えられるだろうか。どう考えても、運命は一つに収束する」
綺麗は悪い笑みを浮かべながらリンとアヤメの仲を応援する。自分にとってその方が都合がいいのは確かだ。それを光希は溜息を吐きながら見ていた。
・・・
光希と綺麗の不穏な話し合いの後のとある週末、アヤメはリンが住むという聖ラムダ教会に向かっていた。ゲアカリングは渋い顔をしそうだが、リンとの音楽室での会話で登場したリンの住む場所には興味があったのだ。
既にメッセージアプリで教会に向かう旨は伝えてある。アヤメはこう見えてもお嬢様である。いきなり他家に押し掛けるような事はしない。本来ならばお土産も持っていこうとしたのだが、「これから何度も来ることになるだろうし、その度にお土産持ってきてもらうのは申し訳ないから良いよ」とリンが言うので、今日は何も持ってきていない。
ただ友人の家を訪ねるだけだというのに、妙な緊張感がある。それは訊ねる先が教会だからというわけではなく、アヤメの胸にある暖かい何かが原因だろう。そんな感情を持つ相手の家に向かっているというのだ。緊張しないわけが無い。
やがて教会に辿り着き、一般公開されている礼拝堂の扉を開け―――
「あら?」
ようとすると、扉が勝手に開いた。見たところ自動ドアではないはずだが? と、アヤメが首をかしげていると、扉を開けた者の正体が分かった。
「おや? これはこれは、ようこそ聖ラムダ教会へ」
扉を開けていたのは一人の神父であった。ここに住んでいるのだろう。とすると、リンが言っていたかの人であろうか、とアヤメは思うが、今はひとまず挨拶である。
「初めまして。私は小夜風アヤメ。天野リンさんの友人です」
足を揃えて丁寧なお辞儀をするアヤメに対し、神父は少し戸惑った顔をするが、すぐに切り替えて返事を返した。
「ご丁寧にありがとう。私はここ、聖ラムダ教会で神父をさせてもらっている佐倉という者です。君は、もしかしてリンの言っていた客人かな。だったら申し訳ないのだが、リンは今裏庭の水やりに行っていてね。良ければ、礼拝堂でゆっくりしていってくれ」
「いえ、私が早く来すぎてしまっただけのことですから。それではお言葉に甘えて、ゆっくりさせていただきます」
アヤメは礼拝堂に入り、並べられている椅子に座る。すると、佐倉神父が話しかけてきた。
「小夜風さん」
「は、はい!」
「あはは、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
話しかけられた瞬間に背筋を伸ばすアヤメに対し、神父は笑いながらそう言った。
「近頃のリンの様子はどうだい?」
「近頃の天野さんの様子、ですか」
アヤメは話して良いのだろうかという気持ちもあったが、いずれバレるだろうとも思ったので話す事にした。
「そうですね。近頃は学校で友人の皆さんと悪戯をしては生徒指導の教師に連行されています」
「ちょっと待ってくれ。あの子は学校で悪戯をしているのかい?」
やはり知らなかったのだな。と、アヤメは苦笑する。
「だから良いというものでもありませんが、少なくとも私やその他の生徒に被害は及ぼしていませんよ」
「不幸中の幸いだね……その友人というのは、あの三人かな? 出会いは、うん、かなり劇的だったけれど、仲良くやっているようで良かったよ。高校に入ったばかりの頃は、見ていられなかったからね」
「死神のようだった。と、友人達は形容していましたね」
「間違ってはいないよ。無表情で、無感動で、瞳に光は無かった。まさに死人や死神と形容できるような様子だったからね。彼等や小夜風さんとの出会いで明るくなったのなら良かったよ。私ではリンの傷を癒す事はできなかったからね」
アヤメは最後の言葉を肯定も否定もしなかった。リンの過去に何があったのかは分からない。佐倉神父は知っているかもしれないが、本人が語らない以上無理に聞き出そうとは思わない。代わりに、アヤメはこう答えた。
「私達でも、彼を癒せているのかは分かりません」
「…………」
「それでも、私達が彼の居場所になれれば良いと思います。それが逃げ道なのか、それとも水を得るオアシスのようなものなのかは分かりませんけれど、何らかの形で彼に寄り添えればいいと思っています。それはとても傲慢な考えかもしれません。しかし、彼の天秤が不運に傾いているというのなら、私達は幸運をもたらしたいのです」
そして、リンの隣に座っているのはできれば自分がいい。ともアヤメは思った。ああ、もう認めよう。きっとアヤメは、一人の男性としてリンが好きだ。
「リンも良い友達を持ったみたいだね」
「そう言って頂けると光栄です」
「続きはまあ、是非ともリン自身に聞かせてあげて欲しい」
「佐倉さんが話したのに……」
「そこまで深いことを聞くことになるとは思わなかったんだ……」
神父は苦笑しながら、「仕事があるので」と礼拝堂を去っていった。入れ替わりでリンがやってきたが、アヤメは少し髪を気にする素振りを見せる。家を出る前に散々確認したはずだが、改めてリンを見ると気になるのは少女の性分というものだろう。
「来たんだね、小夜風さん」
「ええ、ここは良い場所ですね。時がゆっくりと流れているような。そういう意味では森と近しいものがあるかもしれません」
アヤメは隣に座ったリンに少し近づいた。よく見れば、少し頬が紅潮している事に気付いただろう。幸か不幸か、リンは気付いてはいない。
そのまま、二人は何をするでもなく一緒にいた。音楽室ではよく話していたが、たまにはこういう過ごし方も良いだろう。アヤメはさりげなくリンに近づく。改めてリンが好きなのだと認識すると、こうして二人で過ごしている事が何よりも尊く思える。
そんな中で、リンが
「小夜風さんはさ、どうして僕と友達になってくれたの?」
それは疑問だった。リンとアヤメでは住む世界が違い過ぎると思っていたのである。教会に引き取られたリンと違い、アヤメは生まれながらの富裕層である。実は悪友三人も富裕層なのではあるが、どう考えても思考回路が愉快なので除外。
富裕層かそうでないかという思考自体はリンはくだらないと思っているが、アヤメもそうとは限らないこともリンは分かっていた。おまけに、アヤメはリンのように悪戯好きというわけでもない。要するに性格も違う事はリンも悟っていた。
そんな中で疑問だったのである。何故この人は自分の友達をしているのだろう、と。とある過去により、人間不信気味なのもそれに拍車を掛けていた。
それに対し、アヤメはこう答える。
「初めてだったんです。異性で普通に話してくれたの」
「え?」
「だから、初めてだったんですよ。私に対して普通の人間として接してくれた家族以外の男性って」
曰く、アヤメは美人であり、名の知れたヴァイオリニストである。故に、話しかけてくる相手は、その容姿や技術を求めてのことだったという。
「勿論、容姿を磨いていたのは事実です。私だって人並に美に興味はありますし、綺麗でいたいという思いは有ります。しかし、いやらしい視線や欲望の籠った視線で見られれば、それは嫌です……」
欲望の籠った視線でないなら良いのかと言えば、それはそれでアヤメにとっては苦悩の伴う事だった。
「他にはやたらと神格化して私を見る人もいました。私の実家は富裕で、ヴァイオリンを演奏出来て、容姿が良い。それは事実なのでしょう。しかし、勝手に理想を私に当て嵌めて、偶像にしないでほしいです」
少しでも他者の理想と違う行動を取れば非難され、勝手に神格化されては敬遠され、孤立した。よく言われるが、神は死んではいないが人が望む神は元からいない。
他には、上記の家柄や技術や容姿によって嫉妬され、特に同性に嫌われる事も多かったという。
そんな中で、咲は「しがらみ? 何それ」と言わんばかりに付き合ってくれるから友人なのだという。
「あれ? でも、霞さんって普通にセクハラしてたような」
「あれは本当にびっくりしました。でも、その他のようないやらしい視線ではなかったので……」
「違いが分からない……」
「女の子からすれば、大分違いますよ?」
そういうものか、とリンは納得しておくことにした。
しかし、ここまで言われればリンにもアヤメの言わんとしていることは分かった。確かにリンの行動原理は欲望でも、神格化でも、嫉妬でもない。純粋に音が綺麗だと言って、アヤメと話したいと思ったのだ。それがアヤメの心を捉えたのだろう。
「だから―――」
アヤメはリンの手を握る。
「私、天野さん、いいえ、リンさんのことが好きみたいです」
アヤメは笑顔ではあるが、頬が赤い。アヤメとしては、一世一代の告白だった。異性に好意を伝えたのは初めてである。本人の内心は「言っちゃった……言っちゃった!」と激しく昂っていた。
なお、そんなアヤメを見たリンはというと、
「そりゃ嫌いじゃ友達なんてやってられないだろうからね。改めて言わなくても大丈夫だよ。それより顔が赤いけれど、熱でもあるの? て、いたたたたた!?」
アヤメの目が死んだ。リンの手を握った手に力が入ってしまったのも仕方のないことだろう。
なお、日も傾いてきて礼拝堂の鍵を閉めようとした佐倉神父が、「このまま鍵かけようか?」と二人きりになれるように気を使ったが、アヤメは「いいえ、結構です」と笑っていない笑顔で断った。アヤメの、いや、恋する乙女の戦いは長くなりそうである。
はい。アヤメが恋心を自覚しました。(ただ、この後の展開を知っている身からすると少し複雑ではある)
恋心を抱くのはもう少し後でも良かったかなと思いつつも、キャラが勝手に動いたとしか言いようがありませんね。チョロいと思われるかもしれませんが、欲望の籠った視線か、勝手に神格化されるか、勝手に嫉妬されるかされる中で、それらをしないリン君に恋をしたというのは、まあ、自然ではあるかなと。
とはいえ、この後を予告すると、二人にちょっとした試練が訪れます。リン君が鈍感な事、ではありません。もっと別の事です。