ここは宇宙ステーション『ヘルタ』。知恵の使令ヘルタが立ち上げた、巨大宇宙ステーションだ。今日はそこに、ナナシビト達が訪れていた。その目的は、壊滅の勢力に襲われた宇宙ステーションの救援。
「この者の座標は、この宇宙ステーションから発信されたものじゃない……何者だ?」
「もう、こんな時に何言ってるの? ウチらの目の前で生きた人間が倒れてるんだから、放っておけるわけないでしょ? ね、ファイノン?」
「あぁ、僕もそう思う。早く介抱してあげよう」
丹恒がその怪しげな男に対して、警戒心を露わにしている中、三月なのかはナナシビトとして、目の前の男を心配している。そしてその隣にいる白髪の男……ファイノンもなのかに賛同しているが、その目には心配以外の感情が宿っているように思えた。
「心拍、脈拍ともに弱いな。ファイノン、人工呼吸の準備を」
「わかった、三月さん。少し離れていてくれ」
「え、えぇっ!? ホントにやるの!? は、早く終わらせてね……?」
なんの躊躇いもなく、ファイノンは人工呼吸のために男に顔を近づけていく。その時、男の目が開いた。それを見て、ファイノンをなのかが押し退ける。
「あ、待って!! 目を覚ましたみたいだよ!!」
「よかった、目が覚めたんだね」
「大丈夫? ウチの声は聞こえる? 自分の名前は覚えてる?」
それを聞いた目の前の男……穹は、立ち上がって頭を押さえながら、言った。
「何も……思い出せない」
「それは相当まずいね……頑張って思い出せない? アンタの名前は……」
「俺は穹だ」
そう言って目の前の男が名乗ると、ファイノンがこれまでにないほど、嬉しそうに自己紹介を始めた。
「穹……いい名前だね!! 僕の名前はファイノン、ナナシビトの一人さ。よろしくね、相棒」
「初対面でいきなり相棒って……ファイノン、距離近すぎない?」
「そ、そうかな? すまない、君の気分を害してしまったなら、謝罪しよう」
ファイノンが申し訳なさそうにしているのを見て、穹が言った。
「いや、いいよ。俺のことは好きに呼んでくれれば」
「本当かい!? ありがとう相棒!!」
「……多分意味がわかってないな。まぁいい、自己紹介が遅れたな。俺はナナシビトの丹恒、こっちは三月なのかだ」
丹恒となのかはそう言って、自己紹介をした。そこでファイノンが、状況の説明を始める。
「相棒、今この宇宙ステーションはまずい状況だ。ここのアスター所長から、反物質レギオンの襲撃を受けたと聞いてね。僕たちは救護のためにここに来たんだ」
「反物質……レギオン?」
「『壊滅』のナヌークの手下さ。幸い、星を滅ぼすほどの力がある『絶滅大君』は近くにいないようだから、僕たちだけでもなんとかなっているけどね」
穹はさらに質問を続けようとする。如何せん、右も左も分からないのだ。
「じゃあ、アスター所長っていうのは……」
「……話はあとにしよう。どうやら、見つかってしまったらしい」
「チッ、タイミングが悪いな……下がっていてくれ、相棒。武器がない状態では……」
穹は偶然、そこに置いてあったバットを見つけて、拾い上げる。何故かやけに手に馴染んだ。
「いや、戦える」
「え、ホントにやれるの!? 危ないよ!?」
「……やるというなら、自分の身は自分で守れ」
「大丈夫だ、相棒。危なくなったら、僕の後ろに隠れてくれ」
反物質レギオンが数体、大した敵ではない。なのかが弓に氷の矢をつがえて、丹恒は槍を向け、ファイノンは太陽が描かれた大剣を鞘から抜く。
『──!!』
「食らえっ!!」
『──!?』
反物質レギオンの一体に向かって、穹がバットを振り抜く。ヴォイドレンジャーが吹っ飛んで、後方のヴォイドレンジャーごと倒れ込む。だが穹の後ろから、ヴォイドレンジャーが迫ってくる。
「はぁぁっ!!」
「ファイノン!?」
「後ろは僕に任せてくれ、相棒!!」
ファイノンがそこをカバーして、ヴォイドレンジャー達を一太刀で真っ二つにした。そのまま、ヴォイドレンジャーの群れに向かって突き進む。
「あの子達、初対面なのに息ぴったりだね……」
「感心している場合じゃない、行くぞ!!」
「わ、わかってるって!!」
なのかは狙いを定めて、ヴォイドレンジャー達に氷の矢を放つ。動きを封じられた奴らに、丹恒の槍が深々と突き刺さる。まとめて串刺しにして撃破した。とりあえず脅威は去ったようだ。
「……まさか、ここまで来るとはな。思っていたよりも数が多そうだ。俺と三月は、アーランを探しに行く。ファイノン、穹を頼んだぞ」
「わかった。任せてくれ、丹恒」
「え、ウチも行くの!? あ、待ってよ!! 置いてかないでー!!」
なのかと丹恒は、アーランを探しに先に歩いていった。その場には二人だけが残される。
「相棒、素晴らしい動きだったよ。記憶喪失だと言っていたけど、記憶を失う前は熟練の戦士だったのかもね」
「ファイノンのおかげで助かったよ」
「当然さ、もう僕たちは戦友だろう? それに、なんだか親近感も湧くしね」
親近感という言葉を聞いて、首を傾げる。
「親近感って?」
「実は僕も記憶喪失でね。宇宙の中で激しく光るなにかを見つけて、救難信号かと思って近づいたら、僕が浮かんでいたらしい。どうしてそうなったのか、全く覚えていないんだ」
「そうなんだ……剣の扱いが上手いみたいだけど、練習したの?」
ファイノンはそれを聞いて、首を横に振った。
「ううん、相棒と概ね同じさ。目覚めた時から、何故か剣が使えて……といっても、目覚めた時から持っていた、この『ヘリオス』以外はすぐ壊れてしまって使えないんだけどね」
「そうなのか……似てるな、俺達って」
「あぁ、だから不安に思わなくていい。助け合おう、相棒」
そんな感じで、仲良く話しながら進んでいく穹とファイノン。道中でヴォイドレンジャーを薙ぎ倒して進んでいると、先に行った二人の探していたアーランとも合流できた。
「あ、やっと来た!! 怪我とかしてない?」
「大丈夫さ、相棒がいてくれたからね」
「そいつらもお前達の仲間か? 俺はアーラン、防衛課の責任者をやっている」
アーランはそう言って、自己紹介する。それを聞いて、ファイノンと穹も挨拶を返した。
「僕はナナシビトのファイノン。こっちは、僕の相棒の穹だ」
「よろしく」
「突然全セキュリティがダウンしたと思ったら、レギオン共が現れて……アスター所長に避難者の援護を任されたんだがな。油断した結果、このザマだ」
利き手と足には傷があり、応急処置はされているが、戦える状態でないことは明らかだった。
「自分を責めるな。その状態なら、戦いを避けたのは賢明な判断だ」
「そうそう!! 今やるべきことはエレベーターを起動して、あいつらに反撃することだよ!! だから、あれの動かし方知ってない?」
「レギオン達が来ないように避難が終わった後、エレベーターをロックしたんだ。お嬢様……アスター所長から、暗証番号の書かれたカードを渡されなかったか?」
そう尋ねられて、ファイノンがそれを取り出した。
「これのことだろう? ちゃんと持っているよ」
「よし、それなら話が早い。ここの操作台で解除できるはずだ」
「ファイノンに預けておいてよかったな。三月に渡していたら、そこで手間取っていた気がする」
「ちょっと、酷くない!? ウチって、そんなに忘れっぽい人に思われてるの!?」
そんな話をしつつ、エレベーターが動くようになり……アーランは遠慮したが、彼も連れていくことになった。レギオンの侵入を防ぐため、最上層エレベーターまで回り道をすることになったが、なんとか辿り着くことができた。そこにいたレギオンを倒すと、大量のレギオンが出てきて一悶着あったが……姫子の援護によって難を逃れた。
「三月ちゃん、丹恒、ファイノン。お疲れ様」
「姫子、もっと早く来て~!! 最後のレギオンはバッタみたいで、弓が当たらなくて大変だったんだから!!」
「私が早く来ても、意味がないわよ。私のレールガンならレギオンを一掃できるけど……アスター所長、『あの件』から仕事がすごく増えて、かなり疲れてるだろうし、苦労はかけられないわ」
それを聞いて、なにも知らない穹が疑問を口にする。
「あの件って何のこと?」
「……それはまた後で話しましょう。初めまして、私は姫子。星穹列車のナビゲーターよ。あなたは?」
「俺は穹、ファイノンの相棒だ」
そう憚らずに言うと、ファイノンが嬉しそうにした。
「相棒から言ってくれるなんて、嬉しいな!!」
「アンタ達ってば、ちょっと目を離した隙にすごく仲良しになってたよね。どうやったらそんなにすぐ仲良くなれるの?」
「ふふっ、いいことじゃない。アーラン、あなたは大丈夫?」
そう言われて、アーランが答えて歩いていく。
「大丈夫だ、傷口に包帯を巻けばいい。俺は先にアスター所長のところに報告に行ってくる」
「そうね、彼女には心配をかけっぱなしだもの。みんな、行きましょう」
「よーし、レッツゴー!!」
なのかが元気よくそう言って、場の空気が少し明るくなった。
「丹恒、ファイノンが穹と二人だったなら、三月ちゃんと二人で行動していたんでしょう? 迷惑かけられてない?」
「黙秘する」
「ちょっと、なにその言い方!?」
そんな話をしつつ歩いていると……忙しなく動くアスターが見えた。レギオンの攻撃に対して指示を出しているようだ。
「予測によるとレギオンの攻撃は十分以上ある!! みんな、持ちこたえるのよ!!」
「アスター所長、戻ったよ!!」
「あ、みんな無事でよかった。アーランから話は聞いてるよ、彼を助けてくれてありがとうね……ふわぁぁ……」
目の下に少し隈があるアスターは、まだ眠いのか欠伸をしている。
「大丈夫、アスター所長? 眠れていないの?」
「ごめんね……所長の仕事だけじゃなくて、代表代理もやらないといけなくなっちゃって、仕事量が増えたの……最近は残業続きだよ」
「これが終わったら、仮眠を取ったらどうだ?」
丹恒がそう言うと、アスターは笑顔で頷いた。
「うん、そうさせてもらうよ……正直限界なんだ、こんな時にレギオンが来て……ツイてないなぁ」
「現在の状況はどうだい、アスター所長?」
「襲撃については問題ない。セキュリティの修復もすぐにできた……でも、スタッフ達の精神的なダメージが酷いみたい。『あの件』でただでさえ、みんな気分が沈んでるのに……そこにこんなことが起きたから、みんなパニックになっちゃってる」
それを聞いて、穹以外の全員の顔が暗くなる。全員『あの件』のことはよく知っているからだ。
「俺達が話してみよう。それで落ち着いてくれればいいが……」
「とにかく、何もしないことには始まらないよ。相棒、行こうか」
「お願いね、みんな」
そして、職員達と話して回った。誰もが口々に『あの件』について口にし、やはり全員の心の傷になっていることがわかった。それが終わってすぐ……警報がステーション内に鳴り響く。
「あれは……終末獣!? みんなは行って、早く!! ここは私が!!」
「シールドを引き裂いてきている……行こう相棒、長居するのは危険だ!!」
「えぇ、行きましょう!!」
その場を離れた五人は、離れた場所でどうするかを考えていた。全員の意見は『ここを見捨てるわけにはいかない』で一致しており、姫子は穹を重要な存在であると判断した。そして、列車の年長者であるヴェルト・ヨウと合流し、その力を借りるために規定の場所まで向かうことになった。
「それにしても、相棒が特別な存在だって……僕の時も同じようなことを言っていなかったかい?」
「えぇ、そうね。だけど穹からは、あなたとはまた別種のものを感じるの」
「俺もファイノンも記憶喪失だぞ」
「ふふっ、確かにそうね。そういう意味では同じような存在とも言えるかしら」
そんな会話を交わしつつ、進んでいくと……ついに列車のある場所まで辿り着いた。しかし五人を追って、終末獣が現れる。
「本当に追ってくるなんてね……」
「よーし、かかってこい!!」
「相棒、僕の後ろに!!」
終末獣が咆哮を上げて、巨大な手を振り上げて押し潰そうとしてくる。ファイノンはそれを避けて、空中からヘリオスで攻撃を仕掛けた。
「そこだ!!」
「──!!」
「ファイノン、危ない!!」
もう片方の手が振り下ろされそうになっているところで、姫子がそれをレールガンで弾き飛ばす。それを見たファイノンは剣を構え直す。剣の太陽の部分が輝いて、刀身に光が灯った。
「食らえっ!!」
「──!?」
「よし、効いている!! 畳み掛けるぞ!!」
怯んだところに、全員の集中攻撃が襲いかかる。なのかの氷の矢が頭に突き刺さり、丹恒の槍が体を貫き、姫子のチェーンソーが命中する。
「ウチのとっておきを食らえっ!!」
「洞天幻化、長夢一覚……ハァッ!!」
「喰らいなさい!!」
それを見たファイノンが、穹に向かって叫ぶ。もう穹も準備はできていた。
「相棒、トドメを!!」
「これで、アウトだっ!!」
「──!?!?」
青い光を纏ったバットが振り抜かれて、終末獣の顔面にヒビを入れた。だが……終末獣はそれでも死ななかった。最後の力を振り絞り、大量の光線を収束させて放ってくる。その矛先は……ファイノンに向いていた。
「なっ……!?」
「ファイノン!?」
「危ない、相棒!!」
咄嗟にファイノンを庇う穹。そこでファイノンも穹も、同じものを見た。『壊滅』のナヌークが二人をじっと見つめている。
『旅立ちの時間よ』
「あれは……誰だ?」
『自らの意思で、あの結末に辿り着くといい』
ファイノンは其を見つめ、其もファイノンを見つめていたが……そこで穹の様子がおかしいことに気づく。突然、頭を押さえて苦しみ始めたのだ。
「相棒? 大丈夫かい!?」
「ぐっ、うぅっ……!?」
『其の視線は既に、君達に向いている』
そして幻影が終わり、穹の体から光が溢れ出した。凄まじい光が終末獣を吹き飛ばして、そのまま穹が浮き上がっていく。
「うぐっ、あ……!!」
「きゃっ!?」
「相棒!? どうしたんだい、相棒!!」
他の三人が距離を取る中で、ファイノンだけは危険を省みず、その場で声を上げ続けていた。その時……ヴェルトの杖先が、軽く穹を叩いた。それによって光が収まり、地面に落ちる。ファイノンはそれをしっかり受け止めた。
「相棒、大丈夫かい!? しっかりしてくれ!!」
「大丈夫、気を失っているだけだ。場所を変えて話そう」
「はぁ……よかった」
穹は宇宙ステーションのベッドへと運ばれた。そして、穹が目を覚ますと……近くにはファイノンと丹恒がいた。
「起きたのか」
「よかった……目を覚ましたんだね」
「相棒、丹恒……ここは、宇宙ステーション?」
それから二人に状況の説明を受けて……アドレスを交換した後に、もう一度アスターに会いに行くことになった。
「あ、目を覚ましたんだね。よかったよ!!」
「あれ、そっちの人は?」
『初めまして、ルアン・メェイと申します。寝ている間にあなたの体を、遠隔で少し見させてもらいました。体内に星核を入れているなんて、興味深い体ですね。もう少し見たかったのですが』
ルアンは遠くから通信しているからか、ホログラムの姿だった。それから星核について軽く説明を受けた後に、ファイノンと話すことになった。
「体は大丈夫かい、相棒?」
「大丈夫だよ、心配いらない」
「それならいいんだ。でも、無理はしないでくれよ?」
ファイノンは穹のことを心配しているらしい。あのようなことがあった後では、仕方がないことかもしれない。
「そういえば相棒、さっき庇ってくれたことへのお礼を言えていなかったね。助かったよ、ありがとう。それにあの時、終末獣をヴェルトさんのブラックホールに押し込んでくれたのも助かった」
「相棒と助け合うのは当然だからな」
「そうだね、僕も相棒がいると心強いよ。だから相棒にも、できれば列車に乗ってほしいと思う」
列車に乗ってほしい。そう言われれば、行くべき場所を見失っている穹には、断る理由はないに等しかった。
「あぁ、俺も列車に乗りたい」
「考えは決まったみたいね。ファイノンとの仲がとてもいいみたいだったから、そうなる気はしていたの」
「列車に乗ったら、色々聞かせてくれ」
「わかってるわ、色んなことを説明しないとね。でも、列車内のことならパムに聞いた方が早いと思うわ」
そう言いつつ、姫子とファイノンと穹は歩いていく。
「いいかい、相棒? くれぐれも車掌さんを怒らせちゃいけないよ。すごく怖いからね」
「そうなの? 一回見てみたいな」
「やめといた方がいいって!! 本当に怖いんだよ!? ご飯抜きにされても知らないよ?」
「可愛い見た目だけど、一番偉いのはパムだからね。覚えておいた方がいいわ」
アスターとルアンは、三人が列車に乗るのを見届けていた。それを見送ったあと、二人が言う。
「ふぅ~……やることは大体終わったし、言われた通り仮眠を取りに行こうかな。ルアンさんはどうするんですか?」
「ヘルタさんの遺した模擬宇宙プログラムを、スティーブンさんと共に調整します。それもあの時、任されているので」
「……いつも何もしてくれないって思ってたけど、いざ喪ってみると、どれだけミス・ヘルタが大きな存在だったかがわかるね」
二人がそう言って頷く。二人の顔は暗かった、ヘルタはもうどこにもいないからだ。
「彼女は宇宙のために、自分の全てを犠牲にしました。今はスクリューガムさんの尽力でスリープモードになっていますが、あれはいつか目覚めてしまう」
「それまでに何とかなったらいいけど……そうじゃないと、ミス・ヘルタが浮かばれないよ」
「えぇ。ヘルタさんは、あのような……『ルパート三世』となってまで、宇宙を救ったのですから。いつか彼女の最後の望みを、叶えてあげなければいけません」
そう言いつつ、二人はそれぞれの行くべき場所へと向かっていった。
この物語の副題は『もしライコスの実験開始が数日早かったら』です。