その頃、列車内では。ファイノンが、穹のことを心配していた。あまりにも帰りが遅いのだ。
「相棒……遅いなぁ。どうしたんだろう」
「ミュリオン……キュレネとの話が長引いているんじゃないか?」
「いや、それにしたって遅いよ。迎えに行った方が……」
ファイノンはそう言っているが、丹恒や他の人たちはやけに楽観的だった。違和感を覚えているのは、ファイノンただ一人。そこで姫子が言った。
「もしかして、あの子のことだし……帰ってきてるけど、どこかに隠れて驚かそうとしてたりするのかもしれないわね」
「あー、ありそう!! 驚かされる前に見つけないとね!!」
『みんなはこんな反応、するかな……? もう少し心配してもいいような気が……』
ファイノンは違和感を感じながらも、列車内を探した。しかし、どこにも穹はいなかった。最後になのかと丹恒とファイノンが辿り着いたのは……穹の部屋だった。
「あれ? 部屋の電気切ってる……寝てるのかな?」
「疲れているのかもしれないな、起こさないようゆっくり入ろう」
「入るよ、相棒……ッ!?」
穹の部屋は埃だらけの、倉庫になっていた。いや、戻っていたという表現が正しい。まるで最初から誰もいなかったかのように。
「あれ? ここって、穹の部屋だったよね? なんで倉庫になってるの?」
「ここまで大掛かりなことをやっていたなら、物音がするはずだが……」
「やっぱりおかしい。一体なにが起きてる……?」
三人が部屋を探索していると、なのかが一冊の本を見つけた。紡がれた物語だ。それを知らないなのかは、二人に尋ねることにした。
「ねぇ、これなに? 日記帳かな?」
「紡がれた物語……何故ここに? 相棒はこれを、肌身離さず持っていたはずだ」
「なんか書いてあるかも、開けてみよっと!!」
「おい三月、迂闊に開け……」
その本を開いた瞬間、部屋に眩しい光が満ちた。三人が目を開けた時には……永遠の1ページの中にいた。展望台、星空が見える場所だ。
「ここは……どこだ? さっきまで、相棒の部屋にいたはずなのに……」
「……俺たちはどうして、あんなに楽観的だったんだ? 明らかにおかしいのに、危機感を感じていなかった」
「ウチもだよ、なんかおかしくない……?」
二人が自分達の異常に気がついた。それにまだ異常はあった。下から音が聞こえてくる、ガリガリと強く引っ掻くような音。
「なに、この音……どこから出てるの?」
「俺が先頭に立とう。みんな、警戒しておけ」
「僕も隣に立つよ、丹恒」
ファイノンと丹恒を先頭にして歩き出す。階段を降りた先にあったのは、美しい大きな広場と……もういないはずの、オンパロスの人々だった。
「やっと来たか、救世主。ずいぶん遅かったな」
「なっ……モーディス!? どうしてここに……!?」
「どうしてここにも何も……お前たちがオンパロスを救ったんだろう?」
全員、意味がわからなかった。ルパート3世を倒しはしたが、みんなはもういないはず。オンパロスを救うことはできなかったはずなのに。
「ちょっと待って!? ウチら、ルパートを倒したけど……オンパロスはもう、消えちゃったあとなんじゃないの!?」
「どうやら、僕たちとお前たちの認識は根本的に異なるようだな……」
「教えてくれ。何があったんだ?」
丹恒が尋ねると、ケリュドラが話してくれた。
「お前たち星穹列車は、ルパートに侵食され滅びかけのオンパロスに来た。無名の英雄と共にな。そしてルパートを倒し……キュレネと協力してこの場所、永遠の1ページを作った。そして今、残滓からオンパロスが新生するのを待っているのだ」
「……待ってくれ、カイザー。無名の英雄というのは誰だい?」
「何者なのか、誰も覚えていない。お前たちも何も話さなかったし、気がついてすらいなかった。お前たち三人と、そいつしかオンパロスには来ていない」
三人もそこで違和感に気がついた。穹の話題がいつまで経っても出てこない。
「待て、穹という男が来たはずだ。灰色の髪をした、俺たちの仲間なんだが……知らないのか?」
「全く知らないな、そんな男はこのオンパロスに入ってきてすらいない。誰も会ったことはない」
「そんなはずない、僕と一緒にいたはずだ。僕の隣にずっといたのに、気づかないわけ……」
三人は嫌な予感がどんどん膨れ上がっていた。そこで、ヒアンシーが言った。
「あ、そういえば……キュレたんも同じようなことを言ってましたよ。なんか、急いであっちの方に走っていきました。あなた達なら話を聞いてあげられるかも」
「キュレネ……そのキュレネはトリビーくらい小さいほうか? それとも、大きいほうか?」
「え? 多分大きいほうかと……」
ミュリオンのことだ。それに気がついて、三人が走る。ガリガリいう音が止まらない、それどころか大きくなっている気さえする。
「ミュリオンがこの先にいるんだね? わかったよ、感謝する!!」
「警戒しろ、何があるかわからない」
「キュレネと穹、大丈夫かな……ホントにどうしたんだろう? ウチらもなんか変になってたし」
そう言いながら、走っていくと……そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「なっ……!?」
「な、なにこれ……!?」
「壁の文字が……ひとりでに消えていっている? どうなっているんだ?」
壁一面に文字が刻まれていた。その全てが穹のことに関するもの。髪の色から癖、好きなものや性格など……事細かに書かれた全てが、みるみるうちに消えていく。それを刻んでいるのは……目の前にいる、キュレネだった。必死でペンを持ち、ガリガリと壁に文字を刻んでいる。地面には壊れたペンが何十本も転がっていた。
「な、なにやってるの、キュレネ!?」
「……聞こえていないようだ、相当必死らしいな」
「ミュリオン、落ち着くんだ!! そんなことをしても、何も意味は……」
「邪魔しないでッ!!!」
キュレネが絶対に出さないような、怒りと焦りの籠った叫びが響いた。それを受けて、三人とも思わず怯む。
「落ち着いてくれ、キュレネ。俺たちはなにも、無理やりそれを止めさせにきたわけじゃない。話を聞かせてほしいんだ、穹のことを」
「ッ……!!」
「あっ、ペン……落としたよ、キュレネ……え!?」
ペンを差し出そうとしたなのかは、キュレネの顔を見て驚愕した。キュレネは大粒の涙を流して泣いており、目の下がすっかり赤くなっていた。ペンを握っていた手の皮は剥けて、血が出ている。涙は止まらず、キュレネはその場に蹲って子供のように泣きじゃくり始めた。
「うぅっ、ひっぐ……!! うわぁぁぁぁぁんっ!!!」
「キュ、キュレネっ……!! どうしたの、そんなに泣いて……!?」
「ミュリオン、急がなくていい。ゆっくり話してくれ、相棒に何があったか……知っている範囲で、教えてほしい」
ファイノンがそう言うと、キュレネは泣きながらもなんとか話しはじめた。
「穹がっ、穹が……この世界から、消えちゃったの……!!」
「世界から消えた……? どういう意味だ?」
「わからない、でも……紡がれた物語の穹のページが、丸ごと白紙になってる……記憶で作られたこの物語を改変することはできない……できないはず、なのに……!!」
そこに落ちていた紡がれた物語を開く。キュレネの言う通り、ページの内容がまるごと消滅していた。
「……相棒の身に、一体なにが?」
「わからない、わからないけど……穹との繋がりが感じられない……ただどちらかが死んだだけじゃ、繋がりは絶対切れないのに……」
「とにかく、俺も何かまずい気がする。早くスクリューガムさんに連絡しよう」
「ウチは……キュレネのこと見てるよ」
なのかがキュレネに寄り添う。そして、二人は永遠の1ページ内から、スクリューガムに連絡をした。
『……なるほど。原因は不明ですが、確かに奇妙な状況です。すぐにリュクルゴスに指示して、調べさせましょう』
「お願いするよ、スクリューガムさん」
『すぐに結果は出ると思いますので、少々お待ちください』
スクリューガムはすぐにライコスに連絡した。セプター内のデータを調べろ、と。
「なるほど、そのようなことが……少々お待ちを」
「お願いします、できる限り早く」
「……開拓者殿らしきデータを発見しました。ですが、残念なことが3つあります」
ライコスはそう言って、最悪の現実を話しはじめた。
「まず1つ目に、開拓者殿らしきデータの状態は99.99%破損。確実に死亡しています」
「……そうですか」
「2つ目に、私の管理者権限を用いても、データ座標が特定できません。それどころか、開拓者殿の痕跡データが根こそぎ消滅しています。このようなことが起きる条件はひとつだけ」
スクリューガムは何となく予想がついたが、それでも信じたくなくて尋ねる。
「その条件とは?」
「『虚数の樹』からの消滅。即ち、宇宙の因果そのものからの消滅です。俗な言い方をするなら、魂そのものが消えている……どうやっても開拓者殿の蘇生は不可能でしょう」
「……3つ目の残念なこととは?」
ライコスがそれに続けて話す。
「セプター内で穹さんのデータは、ジャンクデータとなっています。このまま放っておけば、彼のデータはこの宇宙から完全に消滅……私たちも、穹さんを忘れてしまうでしょう」
「タイムリミットは?」
「現実時間で、24システム時間です」
たったの丸一日、あまりにも短すぎる時間だ。人の死を受け入れて、遺体を回収しに行かせるには……あまりにも猶予がない。
「もう時間がありません。早急に決断をしないといけないでしょう」
「あなたに言われずとも、理解しています。私はこれを……彼らに伝えに行きます」
「……まさか、このようなことが起こるとは。開拓者殿、あなたは一体何を……?」
それからスクリューガムは、永遠の1ページへ戻り……星穹列車の人たちを集めた。キュレネも、それについてきた。
『皆さん……どうか、落ち着いてお聞きください』
「……何があったんだ?」
「相棒はどうなっていたんだい?」
それからスクリューガムは、ライコスから聞き自分でも確かめた現実を口にした。そして、それを聞いた四人は……
「相棒が……死んだ?」
「しかも、絶対生き返れないって……な、なにかの冗談、だよね……? ねぇ、そうだって言ってよ?」
『私もそう思って、自分でも調べましたが……現実です』
スクリューガムが苦しそうに言った。そして、泣いていたキュレネは……最愛の人の死が確定し、目から光が消えて息すらできなくなり、その場に力なく倒れ込んだ。
「かっ、ひゅっ、ひゅーっ……きゅ、う……ぁ……」
「ミュリオン!? しっかりしてくれ!! 丹恒は……ちょっと、どこに行くんだ!?」
「鱗淵境だ。龍化妙法を使う」
龍化妙法、死者を龍として生き返らせる禁術。昔、それで羅浮には恐ろしい災いが降りかかったのだが……スクリューガムは、そんな丹恒に対して言った。
『丹恒さん、お言葉ですが……穹さんは魂そのものが消滅している状態です。私の知る限り、そのような状態の生物を甦らせる方法は……この銀河には存在しません』
「……くそっ!!」
「生き返らせる方法もない……それじゃ、相棒は……」
その場にいる全員が絶望しきっていた、その時。聞き覚えのある声がした。
「方法ならあるよ」
「三月? ……いや、違う!! 長夜月か!?」
「こんな時に……!! なんの用だ!?」
ファイノンと丹恒の警戒に、長夜月が言った。
「そう警戒しないで。あの子が泣いてるのにアタシが何もしないと思う?」
『方法があると仰いましたね。その方法を伺っても?』
「結論から言えば、このオンパロスの性質を利用して、半記憶体として穹を生き返らせる。宇宙の認知をこのオンパロスの一点に集めることでね」
それに対して、気絶しているキュレネ以外の全員が反応する。
「何をすればいいんだ?」
「とにかく大量の認知をこのオンパロスに集めるの。できれば、この銀河全ての認知をね。ひとつひとつはなんてことないものだけど、大量に集まれば……この地でなら影響を及ぼすことができる。内容は『穹はオンパロスを完璧に救って、生きて凱旋した』でどう?」
『わかりました。それなら、すぐに実行に移しましょう。迷っている暇はありません、私はリュクルゴスにこれを話してきます』
「賛成だ、少しでも可能性があるのなら……すぐにでも実行しよう」
その後、スクリューガムはライコスに計画の全容を話した。ライコスはそれを聞いて、少し考え込む。
「なるほど……確かに記憶の地であるこの地なら、それも可能です。しかし……今計算したところ、成功確率は最低でも、四億分の一。とても現実的ではありません。それに記憶を集めても、体を回収できなければ、穹さんはただの記憶体。本人とは言えませんし、オンパロスから出ることもできないでしょう」
「しかし、それは我々にとって諦める理由にはなりません。肉片のひとつでも残っていれば、そこから肉体を再構成できるはずです」
「かくいう私もそうです。私はヌースという四億分の一では済まない確率の、最悪の存在を産み出してしまっている。一度起きた確率が二度起きない道理はありません。全力で協力しましょう」
ライコスはそこから、具体的な計画について発案した。
「まず、情報を銀河に広める役割。これは人脈的にも移動速度的にも、星穹列車が適任でしょう。他にも協力者がいるなら、尚良い。そして集めた記憶を安定させ、穹さんの体ににぶつける準備をする役割。これは無漏浄子の二人が適任でしょう、あの二人は記憶を扱うのに長けていますから。そして最後に……」
「穹さんの体を回収する役割……それも、今から23システム時間以内に。肉体が残っているかすら怪しいのに、それを広大なセプター内から手がかりなしで見つけ出す」
「決断や転送の手間を考えれば、さらに時間は短くなるでしょう。セプター内と時間の流れが違うとはいえ、猶予はありません。これから私が強制的にセプターを再起動し、できる限り引き伸ばしますが……焼け石に水でしょう。破損したセプターの演算能力はたかが知れている。宇宙から流れ込む大量の記憶に耐え切れなければ、そこで終わりです」
それに対して、スクリューガムが言った。
「スクリュー星のメインコンピュータをセプターに回しましょう。私の友人にも協力を要請します」
「それに加えて、もう一つ。私のこのオムニックの体も、演算に回します。そのために余計な機能は全て削除しなければなりません。なので、今から私はもう、ザンダー・ワン・クワバラではありません。そして演算のためには、私の人格プログラムも邪魔になる……こうして話せるのも、これが最後でしょう」
「……そうですか。では、ご武運を。リュクルゴスさん」
そう言ってスクリューガムは、その場を去っていった。ライコスの顔の装飾が外れて、三つ目の真の姿が露わになる。神礼の観衆として、ライコスはオンパロスに向けて、最後の言葉を放つ。
「神礼の観衆の名において、私は見届けましょう……オンパロスの、真の結末を……!!」