Free Companies Federation外伝:マトリョーシカの遺跡 作:ウラリンゴ
まさしく「辺境」と呼ぶほかない場所だった。
FCFや他国の主要都市から遠く離れた荒野。その更に奥で発見された所属不明の古代遺跡。
いつ、だれが、どんな目的で建てたのか全て不明の謎めいた建造物。
その調査拠点に向かう一行の中に、元老院議員エドガー・セインの姿があった。
しかし、元老院議員が遺跡の調査に同行するなど、通常ならば考えにくい。
FCFの最古参、元老院の重鎮、伝統保守派のリーダー、彼の肩書や他人からの認識は数えきれない程あるが、恐らく古代遺跡の調査派遣隊でライトを片手に壁画を調べる姿は彼の政敵ですら想像したことはないだろう。
そんな彼がなぜ遺跡調査の拠点に向かうのか。
派遣された元老院議員エドガー・セインは移動中の車内で元老議会会期中のとある日に、突如今期の主席執政官から呼び止められた時のことを思い出していた。
「セイン議員」
「主席執政官閣下」
今期の主席執政官アルベルト・ヴァレンティスはいわばエドガーの政敵に当たる人物で革新派の重役の一人だった。
アルベルトはいきなり本題には入らない。
「最近は、あー、どうだ?」
歯切れが悪い。
「何がですかな」
「……元気か?」
「ええ、おかげさまで。70を超えそうですが、まだ議場で居眠りするほど耄碌してはおりません」
「いや、そういう意味では無くてだな……」
アルベルトは困ったように頭を搔いた。
エドガーは黙って彼を見る。
こういう時の相手の仕草を、エドガーは良く知っていた。
そしてアルベルトも今の自分がどう見られているか自覚したのだろう。
「実は、頼みたい事がある」
「でしょうな」
アルベルトは一瞬だけ苦笑をもらし、手元にある資料を一枚エドガーに渡した。
紙面に記されているのは見覚えのない地名に調査の文字。
「遺跡調査?」
「そうなんだが、急遽議員の派遣を要請されたんだ」
「遺跡調査に議員をですかな?」
「ああ、不思議に思う気持ちも理解できる。先方によると当初予想していた規模よりも遺跡が巨大だったとのことで、そこからどこまで調査を進めるべきか、厳密に言うと何処で止めるかの判断が出来なくなったとのことだ」
なるほど。エドガーはアルベルトの顔が憎たらしく見える。
つまり、政治的判断の整合性が取れなくなったから、適当に邪魔なエドガーを向かわせて要請と私欲を両立しようと考えたのだろう。
腹立たしい。しかし確かにアルベルトは政敵で主義主張や信条は違うが、このような手段をとる様な議員だっただろうか。
エドガーは腹に湧き出した形容しがたい感情の主張を抑えながらも、冷静に考えていた。
「……随分とご都合の良いお話ですな」
エドガーは資料から目をあげた。
「そう言うと思ったさ」
エドガーの視線の先でアルベルトは笑う。
「ではなぜ私に?」
「貴殿が最適と思ったまで」
そう言うと、アルベルトはもう一枚の紙をエドガーに渡す。
「第零席最優先要請!?」
エドガーの声が僅かに上ずる。
渋みのある低い声で相手を萎縮させることが多いエドガーにしては非常に珍しい反応だった。
「そう、第零席様の要請によって本件は元老院の正式な効力を持つ」
「……」
「言っただろう。貴殿が最適だと」
エドガーは手元にある2枚目の紙へ視線を落とした。
そこに記されていたのは、簡潔極まる一文。
「——本件調査に、FCF元老院議員一名の派遣を要請する。」
その下には第零席の署名が滑らかな字で記載されていた。
「クラレ・インフェリアーレ」
FCF内でSector-13が公式文書に使う非常に綺麗な紙一枚を贅沢に使用した、たった2文の文書。
「……なるほど」
エドガーの口元が僅かに緩む。
「何か?」
「いえ、少々気が変わりました」
エドガーは第零席の署名がされた紙を、丁寧に一枚目の紙とは別の資料ファイルの中に入れた。
「謹んで拝命致しましょう」
「良かった。実のところ、随分と骨が折れそうな仕事を押し付けて心苦しくもあったのだが」
アルベルトはエドガーを見やる。
「どうやら、心変わりされたのは本当のようで安心したよ」
「そう見えますかな?」
「ああ、 口元が隠せていないぞ」
エドガーは直ぐに顔をいつもの威圧感のある無表情に戻す。
「しかし、主席執政官閣下」
エドガーの声が少し変わったことで一瞬の内に藪蛇だったかとアルベルトは後悔しだす。
この声のエドガーは少々面倒くさいのだ。
「これは、高くつきますぞ」
「ああ、覚悟の上だ」
「ご理解いただけているのであれば、これ以上は言いますまい」
その声の盛大な含みに気付いていたアルベルトは、遠い目でエドガーの頭上スレスレを見ていた。
長年元老院議員をしていないし、これに気付かない奴は主席執政官なんかになれない。
「出発はいつ頃に出来そうだ?」
アルベルトは話を続ける。
今この時において、貸し借りの話は終わる。
「そうですな……」
エドガーはすぐ右後ろの側近バルト・レイノルドに目を移した。
アルベルトもつられてその側近を見つめる。
「スケジュールのキャンセル等を行えば早くとも3日後には」
視線を戻すエドガー。
「だそうで」
「素晴らしい、出来るだけ早く寄越してくれと先方から突っつかれているのだ」
「状況は急を要すると?」
「いや、そういうわけでもなさそうだが……」
またも言葉がスムーズに出てこないアルベルトにエドガーは目線で先を促す。
「はぁ……、第零席様が移動手段の指定をされておられるのだ」
「移動手段?」
珍しい。そのような対応は恐らくFCF発足以来聞いたことが無い。
アルベルトはこれ以上語りたくないのか。
「詳細は追って書面にて知らせる。では、要請の受諾に感謝するよ、セイン議員」
これだけ言うと足早に去って行った。
バルトが珍しそうに小さくなっていく主席執政官を見つめる。
「あちらから話しかけるなんて、何が起きたのかと思いましたが」
「ああ、事はこれから起きるのだそうだ」
「第零席様のご要請ですか。移動手段の指定と言い、随分と念の入った話ですね」
バルトは書類を覗き込みながら呟いた。
エドガーは返事をせず、先ほど渡された1枚の派遣要請の書類と第零席の署名が入った書類を別々のファイルに入れて側近に渡す。
「忙しくなるぞ。バルト、スケジュールの変更と出発の準備をしろ」
「かしこまりました」
後日、アルベルトの秘書官より届けられた書面に、指定された移動手段が書かれており、エドガーはなぜアルベルトがあの廊下で直接伝えず、書面に拘ったのかを知ることになる。
◆
巨大な黒と深い青の列車が駅へ滑り込んで来た。
通常のFCF公用列車とは明らかに違う意匠が施された車体。
第零席専用列車。
機関室の操作によって、車両は駅の定位置に停車すると、6号車から最初に一人の男性が降りてきた。
エドガー・セインの側近バルト・レイノルド。
長年エドガーの傍に仕えている人物で、40歳になるかどうかという年齢でありながら、美丈夫の整った身体をしている。
彼が地面に足を下した時、駅員の一人が隣の同僚に小声で話していた。
「……随分とご立派なことだな」
同僚はちらりと彼を見て同様に小声で話す。
「声が大きいぞ」
「すまん」
無理もない。
黒を基調とした車体に深い青の装飾。
窓際や連結部には通常の公用列車には見られない意匠が施されており、派手と言うより徹底して上質だった。
何より編成そのものが大きく異なる。
一般の公用列車ならば、数十人、場合によっては数百人を一度に運ぶことを前提としている。
しかし、この列車にはそれらしい大量に人を受け入れるような気配がない。
必要なものを必要なだけ積む。
物に限らず、人も……。
まるで移動する1つの施設の様だった。
「第零席様が来られるのか?」
「知らん。オレが知るわけ無いだろ」
「でも、あの紋章……」
二人の視線が車体へ否応なしに向く。
そこに刻まれるているのは、FCFの一般的な紋章では無かった。
Sector-13
FCF創設者14名によって構成される組織。
その名を知っている者は多くとも、本質や実態を知る者は少ない。
そして、その第零席が移動するために用意された列車。
駅員たちにとってみれば、それはただの乗り物ではなく、一種の「権威」そのものだった。
「……で、誰が乗っているんだ?」
「知らないって言ってるだろ……」
そんな小声で話している駅員の後ろから、FCF保安局の警備員が近づく。
「元老院議員だ。それと少し静かにしてろ」
「議員!?」
「第零席専用列車で!?」
「だから静かにしてろ」
その言葉で二人は口を閉ざした。
やがて、6号車の扉が再度開く。
先程降りたバルト・レイノルドが一歩横へ退いた。
「閣下、こちらです」
静かな声が、しかし良く通る深みのある声が駅構内の空気を揺らした。
直後、車内から一人の老人が姿を現す。
白髪混じりの髪に年齢を感じさせる皺が刻まれた顔。
しかしその眼差しには老いを感じさせる衰えなど微塵もない。
長身の体躯は姿勢の良さでさらに大きく見える。
エドガー・セイン。
彼が列車から降り立った瞬間、駅員やFCFの警備員たちは無意識に背筋を伸ばした。
エドガーは周囲を一瞥して、あまり感情の乗らない声で感想を口にする。
「随分と静かな駅ですな」
「辺境ですからね」
バルトが答える。
「なるほど」
その答えがバルトに届いた時、駅の奥から一人の男が近づいてきた。
「元老院議員エドガー・セイン閣下ですね?」
「ええ」
「失礼、私は遺跡調査拠点司令官のローレンス・ハルヴェインです。お待ちしておりました」
男はそう名乗ると、実に模範的な敬礼をした。
年齢は40代半ばといったところだろうか。
軍人とも科学者ともつかない、実務官僚らしい雰囲気を纏っている。
身なりは簡素だが隙がない。
長期間の現地勤務を想定した装備を身に着けているものの、その立ち振る舞いにはこの場所を預かる司令官としての威厳があった。
「ご足労いただきありがとうございます。これほど遠方にて議員閣下をお迎えするとは、夢にも思っておりませんでした」
ローレンスはしみじみと語る。
彼自身、海外派遣の司令官として長年勤めてきたが、まさか駅で議員を迎える役をするなんて考えていなかった。
「お出迎え感謝いたします」
エドガーは淡々と答える。
「何しろ、主席執政官から要請されるまで遺跡調査の予定等、スケジュール帳のどこにもありませんでしたからな」
「……でしょうね」
ローレンスはわずかに苦笑する。
「こちらとしても、元老院議員を要請する予定はありませんでした」
意外な返答にエドガーは返答に窮する。
「本来であれば現地の調査隊と保安局で対応する予定だったのです」
「本来なら?」
「ええ」
ローレンスの表情が少しだけ硬くなる。
「遺跡が想定より大きかった。それだけならば、人員を増やすなり、時間をかけるなりで済む話でした」
「しかしそうはいかない事情が出来た、と」
ローレンスは首肯する。
「内部構造が我々の想定していた古代遺跡のものと一致しないのです」
バルトはわずかに眉を動かした。
エドガーは何も言わない。
「さらに、一部の区画については未だに安全性が確保できておりません。調査隊は現在、入り口から一定範囲までしか侵入出来ていない状態です」
「つまり、調査を進めるべきか否か、その判断が現場では出来なくなった」
ローレンスは再度頷いた。
しかしその様子は、エドガーにさらに多くの疑念を持たせるには十分であった。
「他にも何かあるようですな」
「ええ」
ローレンスはエドガーの目を見る。
「ただし、それについては現地にて直接ご説明させてください」
「随分と慎重ですな。この辺境の駅に耳があるとは思えませんが」
「この場において、説明は控えるよう指示を受けておりますので」
「誰からですかな?」
「それについても、現地にて」
エドガーは数秒、ローレンスを見つめた。
今ここで詰問の末、全部吐かせることもエドガーなら容易だろう。
拠点の司令官であるローレンスに指示を出せる人間などそう多くはない。
しかし、どうせ後で分かる事の為に、ここで時間を浪費してもエドガーにとってもローレンスにとっても生産性が無い。
そして。
「わかりました」
とだけエドガーは答える。
ローレンスは少しだけ安堵したように息を吐いて。
「では、車両を用意しております。長旅でお疲れでしょうが、大変申し訳ない。直ぐに遺跡へと向かわせていただきます」
「ええ、こちらとしても好都合です」
そこでローレンスは歩み始める。
エドガーとバルトもそれに続く。
歩きながらエドガーはローレンスに質問をした。
「ローレンス司令官」
「何でしょう」
「1つだけ確認しておきたいのですが」
エドガーは言葉を区切った後、少し声を低くして聞いた。
「私は元老院議員としてここへ来ております」
「承知しております」
「では、第零席様の要請によって来たと言う事も、当然ご存じなのでしょう?」
「もちろんでございます」
「結構」
エドガーは答えを聞いて満足したのか、それ以降ローレンスに聞くことを止めた。
「では参りましょう」
ローレンスが先頭に立ち、後ろをエドガーとバルトが続く。
駅を出ると乾いた風が3名の間を吹き抜けていき、後ろにある駅のドアを潜って行った。
遥か彼方の荒野の向こうにはまだ誰も全貌を把握していない古代遺跡が眠っている。
◆
駅から約3時間ほど車に揺られて着いた調査拠点は、簡素でありながらも活気に満ちていた。
建てられたテントの中には調査で使われるであろう道具や、脅威を排除するための武器などが所狭しと並べられている。
また、簡易居住と思われる急ごしらえの建物内には調査員と思しき人たちが、何やら活発に言い合っているさまが見て取れた。
建物の外では、荒野の風が砂を運びながらもそれを切り裂くように調査隊の面々が足早に目的地までの移動を進めていた。
調査拠点の入り口と思われる場所から少し入って、周囲の建物の中では立派ではあるが、その実然程変わらない建造物の前に車が停まる。
「着きました、閣下」
ローレンスはエドガーに到着を知らせて、車から降車する。
合わせて降りたエドガーは周囲を見渡した。
調査員と思われるメンバーたちが車とエドガー達を見ている。
「司令官と一緒に居る人は誰だ?」
「あれ、元老院の制服じゃないか」
「じゃあ要請が通ったんだ!」
「あの人、どこかで……」
目立つ。非常に目立つ。
さもありなん。辺境の荒野で元老院の漆黒の制服とマントは大変目立つ格好であった。
「閣下、急ごしらえではありますが、こちらが我々調査隊の指令本部です」
「結構、案内ご苦労です」
エドガーは勧められるままに建物の内部に入って行く。
建物の内部は外と変わらず簡素なものであり空調魔法が効いているのがせめてもの救いか。
ローレンスは建物の一階にある部屋のドアをノックして開けた。
そこでエドガーはローレンスの行動に疑問を覚える。
司令官が部屋に入室するだけでノック?
つまり室内には誰かが居る。
その答えは直ぐにエドガーに対して出された。
「待っていたよ」
声を聞いて、エドガーはここしばらく感じたことの無い、とてつもない衝撃を受けた。
聞き間違えるはずがない。
長い年月の中で、幾度となく聞いてきた声だ。
エドガーの足が止まり、後ろに居たバルトも主人の突然の変化に気付いた。
「閣下?」
しかしエドガーは答えない。否、答えられない。
視線だけが部屋の奥へ向いている。
そんな主人の動揺を感じ取ったバルトは失礼を承知で部屋の中を覗き込む。
部屋は司令室というには意外なほど質素だった。
中央に大きな机、その上には遺跡の見取り図だろうか巨大な紙が置かれ、その上をまた細かな紙や魔道具が自らを主張するように置かれている。
壁にはこれまた巨大な地図が張られ、そこにも付箋が大量に張り付けられており、なるほど、指令室かもしれない。
そしてその机の向こう側、一人の女性が椅子に腰かけていた。
白髪のアウラ・レン族。種族特有の陰のある顔をさらに冷たくしたような美貌。
FCF本島や元老院でよく見るような、黒や深い青色のドレス姿ではなく、ラフなYシャツの様な服装ではあったが見違えるはずがない。
バルトはその女性を見てエドガー同様に言葉を失った。
「早く入ってきて。部屋の冷たい空気が逃げちゃうじゃん」
なぜここに居るのか、どうやって来たのか、いつFCFを出ていたのか、あらゆる疑問が出ては頭を占有していく感覚を覚えたエドガーはしかし、言われた通り入室した。
後にローレンス曰く、この時のエドガーはゾンビーの様だったと語る。
「でもまさかエドガーが来るなんて思ってもみなかったけどね」
エドガーの疑問がまた増える。
「インフェリアーレ様……」
エドガーの声は震え、果たして相手に届いていたか自分でも自信が無かった。
「うん?」
「なぜ、このような辺境に……?」
働かない頭から出てきた疑問は今、最も聞きたい事だったのか、エドガーは自分に疑問を呈すほど錯乱していた。
答えに淀みがない彼女は、エドガーとは対照的で自信をもって答える。
「趣味と実益を兼ねた実地視察よ」
「……はぁ」
エドガーは失礼になると分かりつつも間の抜けた返答しか出せなかった。
「だ、第零席様……お久しぶりでございます」
「バルトも久しぶり。元気だった?」
「はい、第零席様もお変わりなく……」
FCFの創設者、Sector-13の第零席、クラレ・インフェリアーレは何でもない様に挨拶を返した。