Street Fighter Miss Vega's Path to Domination 作:モッチー7
メトロシティの北部に位置する、アメリカ空軍基地。
照りつける太陽がアスファルトから強烈な陽炎を立ち上らせる中、滑走路の傍らに佇む一人の男がいた。
ガイル少佐。
鍛え上げられた鋼の肉体と、厳格な軍人気質を体現したような、天を突く奇抜なフラットトップの髪型が特徴の男だ。彼の瞳は、大気のごとく冷徹でありながら、その奥底には決して消えることのない烈火のような怒りが燻っていた。
ガイルは、自身の手の中に握りしめられた、二つのドッグタグを見つめていた。
一つは自分自身のもの。そしてもう一つは、彼のかつての親友であり、戦友であった男――ナッシュのものだ。
数ヶ月前、ナッシュは軍の任務から突如として姿を消し、MIA(作戦行動中行方不明)として処理された。しかし、ガイルはその不自然な幕引きを信じなかった。独自のルートで調査を続けた結果、ナッシュがメトロシティの港湾地区にある、打ち捨てられた古い倉庫で「遺体さえ残らないほどの異常な破壊」によって死亡したという衝撃的な事実に辿り着いたのだ。
現場に残されていたのは、ナッシュが身に付けていたはずの、半分に焼け焦げたドッグタグと、人間の生体組織が細胞レベルで霧散したかのような、不気味なクレーターだけだった。
「ナッシュ……お前は一体、何に巻き込まれたんだ」
ガイルの脳裏に、かつて共に過酷な戦場を生き抜いた親友の姿が蘇る。冷静沈着で、眼鏡の奥の瞳に強い正義感を宿していた男。その彼が、なぜ軍を離れ、メトロシティの暗部で命を落とさねばならなかったのか。
軍の上層部は、この事件の調査を執拗に差し止めていた。それは、ナッシュの死の背後に、国家の枠組みさえも超えた巨大な闇が存在していることの証明に他ならなかった。
「上層部が隠蔽しようと、俺の目は誤魔化せない。お前をあんな無残な姿に変えた奴を、俺はこの手で必ず引きずり出す」
ガイルはドッグタグをポケットに深くしまい込むと、愛車の大型バイクに跨った。
エンジンが野獣のような咆哮を上げ、タイヤが白煙を上げてアスファルトを噛む。
行き先は決まっている。親友の命が奪われた街、そして今や新たなる混沌の渦中にある「メトロシティ」だ。ガイルは軍の規律を犯すことを辞さず、単独での捜査を開始した。
彼が追うべき手がかりは、現場のコンクリートを溶解させた、未知の紫色のエネルギー反応。
それが、世界を破滅へと導く少女の力であることも知らずに、ガイルは復讐の旅路へと足を踏み入れた。
同じ頃、メトロシティ警察(MCPD)の本庁舎。
夜間にもかかわらず、特殊犯罪科のオフィスは、鳴り止まない電話の音と怒号で混沌としていた。新市長マイク・ハガーの誕生により、街の犯罪組織に対する取り締まりが急激に強化された結果、警察内部もかつてない忙しさに追われていたのだ。
その喧騒を切り裂くように、一人の少女がオフィスの扉を開けて入ってきた。
彼女の姿は、あまりにもその場に不釣り合いだった。引き締まった肉体を包むのは、特殊なハイレグ型のグリーンのレオタード。赤く長い髪を一本の三つ編みに結い上げ、頭にはベレー帽を被っている。鋭い眼光は、まるで獲物を狙う猛禽類のようだった。
彼女の名はキャミィ。イギリス政府の直属の特務機関から派遣された、超一流の諜報員である。
イギリス政府は、世界各国の選挙を裏で操作し、民主主義を根底から覆そうとする国際的悪徳カルテル『神託に耳を傾ける会』の動向を極秘裏に追っていた。そして、そのカルテルの有力な足跡がここメトロシティにあることを突き止め、キャミィを「出向」という形で現地の警察へと送り込んだのだ。
「本日付で、特殊犯罪科の捜査に同行する。イギリス情報部(MI6)特別工作員、キャミィだ。挨拶は抜きにしよう。すぐにでもカルテルの情報を共有してもらいたい」
キャミィが冷淡な声で言い放つと、デスクで書類の山と格闘していた一人の女性刑事が、大きなため息をつきながら顔を上げた。
彼女の名はルシア。メトロシティ市警・特殊犯罪科に所属する、生え抜きの敏腕刑事である。ウェーブのかかったブロンドの髪を無造作にまとめ、警察のジャケットを羽織った彼女は、お世辞にも上品とは言えない態度で、デスクの上に足を投げ出した。
「ちょっとちょっと、聞いてないわよ。イギリスからの可愛いお客様だって言うから、てっきりお茶の淹れ方でも教えるのかと思ったら……ずいぶんと物騒な格好のお嬢ちゃんじゃないの」
ルシアはガムをクチャクチャと噛みながら、キャミィを値踏みするように見つめた。
「ここはメトロシティよ? お上品なロンドンの街並みとはわけが違う。おもちゃの兵隊さんみたいな格好でうろついてたら、路地裏のダニどもに一瞬で剥ぎ取られちゃうわよ」
「口の慎み方を教えてやろうか、刑事」
キャミィの纏う空気が、一瞬で凍りついた。彼女の身体から放たれる凄まじい殺気に、周囲の刑事たちが思わず手を止める。
しかし、ルシアは動じなかった。彼女はふっと笑うと、デスクから足を下ろし、キャミィの目の前まで歩み寄った。
「怒りなさんな。私はルシア。このクソみたいな街の治安を、本気で守ろうとしてる数少ない刑事の一人よ。あなたの言う『カルテル』がどれだけ大層な組織かは知らないけど、この街で悪さをする奴は、誰であろうと私の足技のサビにしてやるって決めてるの」
ルシアはそう言うと、自身の得意技である強力な蹴りを繰り出すかのように、軽く足元を鳴らしてみせた。彼女の瞳には、軽薄な態度とは裏腹に、決して揺らぐことのない熱い正義感が宿っている。
キャミィはルシアの目をじっと見つめ、その奥にある本物の一流の覚悟を感じ取った。
「……フン。ただの腰抜けではないようだな。ならばいい。私たちが追うべき敵は、この街の深淵に潜んでいる」
キャミィは懐から一枚の暗号化されたデータ端末を取り出し、ルシアのデスクに置いた。
「メトロシティを事実上支配している巨大ギャング組織『マッドギア』。奴らは単なる街の不良集団ではない。世界を欺く悪徳カルテル『神託に耳を傾ける会』の完全な『傘下組織』だ。そして、マッドギアの総帥であるベルガー……彼こそが、カルテルの大幹部の一人だ」
ルシアの表情から、一切の軽薄さが消え失せた。
「マッドギアが……カルテルの手先? ただの暴力団にしては資金源が潤沢だと思ってたけど、まさか世界規模の陰謀に繋がってたなんてね……」
二人の女性、国境を越えて正義を執行する冷徹な諜報員キャミィと、泥臭く街の平和を守り続ける熱血刑事ルシア。全く異なる背景を持つ二人が、メトロシティの巨悪を討つために、ここに共闘の誓いを結んだ瞬間だった。
メトロシティの地下深く、放置された巨大な地下鉄の操車場。そこは、街の治安悪化の元凶である巨大暴力組織『マッドギア』の総本山だった。
何百人ものギャング、暴走族、そして狂気的な犯罪者たちがたむろするその空間の最奥。豪華な調度品で飾られたオフィスで、一人の男が巨大な車椅子に深く腰掛けていた。
男の名は『ベルガー』。
マッドギアの総帥であり、車椅子に乗った一見弱々しい老人に見えるが、その瞳には底知れない冷酷さと支配欲がギラギラと輝いていた。
そして、そのベルガーの前には、通信モニターが浮かび上がっていた。画面の向こうに映るのは、顔を隠した『神託に耳を傾ける会』の高官たちの姿。
「ベルガー。マイク・ハガーの当選は、我がカルテルにとって看過できぬ失態だ。ナッシュが何者かに暗殺され、選挙権の買収工作が破綻したとはいえ、このメトロシティを完全に我々の掌から失うわけにはいかない」
ベルガーは不敵な笑みを浮かべ、葉巻の煙をくゆらせた。
「ククク……お偉方、心配されるな。マッドギアが単なる街のゴロツキの集まりではないことは、あんたがたが一番よく知っているはずだ。我々は『神託に耳を傾ける会』の傘下組織。あんたがたの資金と技術の提供があってこそ、ここまで巨大化できたのだからな」
そう、マッドギアのバックにいたのは、世界を裏から操る悪徳カルテルそのものだった。そしてベルガー自身もまた、カルテル内において重要な位置を占める「大幹部」の一人だったのである。
「ハガーは元プロレスラーの単細胞だ。力で街を変えられると本気で信じている。だが、そんな男だからこそ、最も単純な方法で破滅させることができる」
ベルガーは手元のスイッチを押した。モニターが切り替わり、一人の美しい若い女性の姿が映し出される。
ハガー市長の愛娘、『ジェシカ』だった。彼女は大学からの帰り道、マッドギアの息がかかった男たちによって、すでに拉致されていたのだ。
「市長の娘を誘拐した。これを人質とし、ハガーに突きつける。――『警察の手を引き、マッドギアの活動を黙認しろ。さもなくば、娘の命はない』とな。いくら正義を気取った市長でも、愛娘の命を天秤にかけられれば、大人しく我々の犬になるしかあるまい」
カルテルの高官たちは、満足そうに頷いた。
「よろしい。ハガーを傀儡とし、メトロシティの支配権を再び我らの手に戻せ。それができぬ時は……ベルガー、お前の命もないと思え」
通信が切れる。ベルガーは暗闇の中で、邪悪な高笑いを響かせた。
「ハガーよ、絶望するがいい! この街は、最初から我ら『神託に耳を傾ける会』のものなのだ!」
メトロシティ市長マイク・ハガーが就任して以来、街の浄化作戦は急速に進んでいた。ハガーの容赦ない取り締まりにより、マッドギアの資金源は次々と断たれ、追い詰められていた。
しかし、それは同時に、窮鼠となったマッドギアが最も卑劣な手段に出ることを意味していた。
ハガー市長の自宅。
その日、ハガーの愛娘であるジェシカは、穏やかな午後を過ごしていた。
彼女の恋人であり、街のストリートファイトの雄であるコーディーとのデートの約束を控え、楽しげに身支度を整えていたその時――窓ガラスが凄まじい音を立てて砕け散った。
「な、何ご――!?」
悲鳴を上げる間もなく、室内に乱入してきたのは、不気味なマスクを被ったマッドギアの構成員たちだった。
ジェシカは必死に抵抗したものの、多勢に無勢、瞬く間にクロロホルムを嗅がされ、意識を失ってしまう。彼女の体は、黒塗りのバンへと乱暴に投げ込まれ、そのまま街の喧騒へと消えていった。
数時間後、市長室の固定電話が、静寂を破って鳴り響いた。
受話器を取ったハガーの耳に届いたのは、歪んだ電子音で変調された、冷酷な男の声だった。
『ハガー市長。お前の愛娘ジェシカは、我々マッドギアが預かった』
「貴様ら……! ジェシカに指一本でも触れてみろ、この手で八つ裂きにしてやるぞ!」
ハガーの巨体が怒りで震え、デスクの木がミリミリと音を立てた。
『威勢がいいな。だが、娘の命が惜しければ、警察の捜査をすべて停止させろ。我々のビジネスから手を引くんだ。さもなければ……明日、お前の元に届くのは、冷たくなった娘の骸(むくろ)だけだ』
ブツリ、と通話が切れた。
ハガーは受話器を叩きつけ、天を仰いだ。正義のために戦ってきた男が、最愛の家族の命を人質に取られ、選択を迫られていた。
これはマッドギアの独断ではない。その背後にいる『神託に耳を傾ける会』の大幹部ベルガーが、ハガーの「正義」をへし折るために仕掛けた、冷徹なチェスの手筋だった。カルテルにとって、ハガーの進める浄化作戦は、世界各国の選挙操作という大いなる計画の障害でしかなかったのだ。
市長室のモニターに、縛り付けられたジェシカの映像が映し出される。
ハガーは怒りと絶望に顔を歪ませた。
メトロシティの市庁舎。市長室のドアが、凄まじい勢いで蹴り開けられた。
「ハガー! ジェシカが……ジェシカがマッドギアに連れ去られたってのは本当か!?」
飛び込んできたのは、白いTシャツにジーンズ、両手にボクシングのバンテージを巻いた若い男だった。彼の名前は『コーディー』。ジェシカの恋人であり、かつてはその天才的な格闘センスで名を馳せた、街のトラブルメーカーでもあった。彼の瞳は、怒りと焦燥で完全に血走っている。
その後ろから、影のように静かに、しかし強靭な足取りで一人の男が続いた。
赤い忍装束に身を包み、スニーカーを履いた奇妙な出で立ち。古代忍術『武神流』の第39代継承者である、『ガイ』だった。
市長の席に座るハガーは、苦渋に満ちた表情で、先ほどマッドギアから届いたばかりの脅迫電話の録音を再生した。
『やあ、ハガー市長。ジェシカちゃんは預かった。彼女に生きて会いたければ、今すぐマッドギアに対するすべての捜査を打ち切り、警察を撤収させろ。断れば……どうなるか、わかるな?』
「あいつら……ッ! 汚い真似を……!」
コーディーが壁を殴りつける。レンガの壁に蜘蛛の巣状の亀裂が入った。
ハガーは立ち上がり、プロレスラー時代の巨大な肉体を震わせた。
「すまん、コーディー。俺が市長になったばかりに、ジェシカを巻き込んでしまった。だが、俺は悪党どもの要求に屈するつもりはない。警察を動かせば、ジェシカの命が危険に晒される。ならば……」
「俺が行く」
コーディーが遮った。その拳は、怒りで白くなるほどに強く握り締められていた。
「警察が動けないなら、俺が一人でマッドギアを全員ブチのめして、ジェシカを取り戻す。あいつらには、生きてることを後悔させてやる」
ガイがそっとコーディーの肩に手を置いた。
「落ち着け、コーディー。一人で突っ込むのは無謀だ。マッドギアの背後には、ただの暴力団ではない、邪悪な気配が渦巻いている。このメトロシティの乱れは、世界の調和をも脅かすもの。武神流の宿命として、私も同行しよう」
「ガイ……。すまねえ、助かる」
ハガーは二人の若者を見つめ、深く頭を下げた。
「頼む、二人とも。ジェシカを……俺の娘を救ってくれ。俺も市長としての職務を果たしつつ、裏からお前たちをバックアップする!」
こうして、愛する者を救うための、そして街の未来を懸けた、コーディーとガイの果てしないストリートの戦いが始まった。彼らが向かう先には、マッドギアの無数の刺客たちが待ち受けている。しかし、彼らの拳と足技は、いかなる闇をも切り裂く強さを持っていた。
同じ頃、メトロシティ市警の地下駐車場。
ルシアの愛車であるパトカーの助手席に、キャミィが乗り込んでいた。
「ルシア、無線を傍受した。マッドギアの暗号通信だ。奴らは市長の娘、ジェシカ・ハガーを誘拐し、スラム街の廃工場に監禁している模様だ」
キャミィが端末を操作しながら冷酷に告げる。
ルシアはハンドルの上で拳を固く握りしめた。
「あのトサカ頭の悪党ども……! ハガー市長の娘さんを誘拐するなんて、いよいよ後がないってわけね! よし、今すぐ全分署に応援を要請して――」
「待て、それは罠だ」
キャミィがルシアの手を止めた。
「マッドギアの背後には『神託に耳を傾ける会』がいる。警察内部にも奴らの内通者がいる可能性は極めて高い。今、大部隊を動かせば、人質の命が危うくなる」
ルシアは歯噛みした。
「じゃあ、どうするのよ!? 指をくわえて見てろって言うの?」
「私とあなた、二人だけで突入する。イギリス政府の諜報技術と、あなたの現地の知識があれば、隠密裏に人質を救出することは可能だ」
キャミィの提案に、ルシアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにニカッと笑った。
「最高ね。大勢でぞろぞろ行くより、その方が私の性分に合ってるわ。よし、お嬢ちゃん、しっかり掴まってなさいよ。私の運転は、ちょっとばかり手荒だから!」
ルシアがアクセルを踏み込むと、パトカーはタイヤを激しくきしませながら、地下駐車場から夜の街へと猛スピードで飛び出していった。
その様子を、近くの高層ビルの屋上から見下ろしている一人の男がいた。
軍用ライトを消し、夜の気配に完全に同化しているガイル少佐だった。
「マッドギア……そして、カルテルか。すべては繋がっているようだな」
ガイルは眼下を走り去るパトカーを見送り、自身のジャケットのポケットにある、ナッシュの殺害現場で見つけた融解した破片に触れた。
「ナッシュ、お前が命を懸けて暴こうとした闇の正体、俺がこの目で見届けてやる。そして、その闇を、俺の『ソニックブーム』で引き裂いてみせる」
ガイルの身体が、屋上からふわりと飛び降りる。彼は驚異的な身体能力で、隣のビルの配管を伝いながら、静かに、しかし確実にマッドギアの拠点へと向かって移動を始めた。
彼らの元へと向かう、複数の正義の足音。
怒りに燃えるストリートファイター・コーディーと、武神流の忍者ガイ。
国境を越えた女性コンビ、キャミィとルシア。
そして、友の復讐を誓う孤高の軍人、ガイル。
それぞれの目的と正義を胸に、彼らは一つの戦場へと引き寄せられていく。
世界各国の選挙を操作しようとする『神託に耳を傾ける会』の陰謀の、最初の巨大な防波堤である「マッドギア」を巡る、血と鉄拳の夜がいよいよ始まろうとしていた。
しかし、彼らはまだ気づいていなかった。この小競り合いすらも、すでに上空から見下ろしている「絶対的な支配者」の影があることに。
メトロシティの夜空に、突如として激しい雷鳴が轟いた。
雨は降っていない。にもかかわらず、雲が不自然に渦を巻き、街全体を押し潰すような、異常なまでの「重圧」が降り注いでいた。
高層ビルの屋上。
メトロシティの街並みを眼下に見下ろすその場所に、一陣の紫色の突風が吹き抜けた。
空間が、ガラスが割れるかのようにパキリと歪む。
次の瞬間、何もない虚空から、一人の少女が滑るように現れた。
「瞬間移動(サイコテレポート)」。
ベガだ。
15歳になった彼女は、バンコクで『シャドルー』を結成した後、その巨大な組織の力をさらに拡大するため、そして己の因縁の地であるメトロシティの動向を見届けるため、再びこの街へと舞い戻ってきたのだ。
彼女のボブカットの天然パーマは、ビルの強風に煽られて激しく躍動していた。
タイトで不穏な紫色の衣装を身に纏い、腕を組みながら空中を優雅に「浮遊」するその姿は、まさに地上に降り立った若き魔王そのものだった。
「ふふ……相変わらず、薄汚れて、活気だけはある街だこと」
ベガは薄桃色の唇を歪め、残酷な笑みを浮かべた。
彼女の網膜には、シャドルーの諜報網がもたらした、メトロシティの現状がすべて映し出されていた。
『神託に耳を傾ける会』の大幹部ベルガーが、マッドギアを使ってハガー市長の娘を誘拐したこと。
それに対して、コーディーとガイという羽虫のようなストリートファイターたちが、必死に抵抗を始めていること。
さらに、イギリス政府の飼い犬であるキャミィという少女や、復讐に燃える空軍のガイルが、この街に集結しつつあること。
すべては、ベガにとって最高の「余興」だった。
「『神託に耳を傾ける会』の老人どもめ。ナッシュを殺されて焦ったか、マッドギアなどという出来損ないの暴力に頼るとはね。ハガーの娘を人質にするなど、やり方がどこまでも姑息で、反吐が出る」
ベガは空中から、ゆっくりと地面へと降り立った。彼女が着地した瞬間に、ビルのコンクリート床が、彼女から放たれるサイコパワーの余波によってバチバチと紫色に発光し、細かな亀裂が入っていく。
「ベルガー。お前も、お前の後ろにいるカルテルも、もう賞味期限切れだ。このメトロシティの支配権を巡るゲーム、私が直々に終わらせてあげる」
ベガの目的は、ジェシカの救出でも、ハガーの手助けでもない。
自らの生みの親であり、今なお世界を裏から操ろうとする『神託に耳を傾ける会』の戦力を、その傘下にあるマッドギアごと完全に「圧殺」し、シャドルーの偉大なる力を見せつけること。そして、この街に集まる有象無象の強者たちを、自らのサイコパワーの糧にすることだった。
「さあ、始めましょう。誰が本当の世界の主宰者か、教えてあげるわ」
ベガの指先から、一本の細く、しかし鋭い精神エネルギーの「ビーム」が放たれ、夜空に向かって紫色の閃光を刻んだ。