崩壊:スター・レイル・ラン   作:夏島龍治郎

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ジェニィ・フリートウッドの始まり①

 

 

 

 私という生命が愛されていないことを知ったのは11歳の誕生日でした。

 

 ジェニファー・フリートウッド。愛称はジェーン、もしくはジェニィ。だから周りの人は私を「ジェニィ・フリートウッド」と呼んでくれたの。これが一番可愛い感じがするから。

 

 「安心してな。きみの面倒はきっちり僕が見てやるさかい」

 

 恐らく初めてだったであろう親以外の大人に話しかけられたとき、幼かった私はその鬼のような顔を見て大泣きしたんだって。何をやっても泣き止まなかったから面会を後日に引き伸ばしたという話をおじさまはことあるごとにしてくるから、おじさまのそういうところだけはちょっと嫌い。

 

 透明なガラスに映る自分の横顔と見つめあう。三つ編みにした金髪と青色の瞳。私は私を捨てた母親によく似ているらしい。「らしい」というのもあんまり子供の頃……おじさまの家にお世話になる前のことは覚えていないの。勿論、両親の顔も。写真も残っていないんだって。

 

 私は五歳になるときにおじさまの家に預けられて、それから両親はおじさまに連絡の一つも寄越さずにどこかに消えてしまった。多分死んでしまったのだろうと、幼いながらもなんとなく理解していた。

 

 おじさまは会社の経営が忙しいみたいであまり私と遊んではくれなかった。でも二回目に会ったとき、おじさまは私に新しい居場所をくれた。レトロで可愛いレンガのお家と、いっつも顰めっ面で説教ばかりする教育係の静。 

 その日から私の人生は始まった。自然に囲まれた静かな家で小言から逃げ回る日々。習い事をもう死んじゃうくらい覚えさせられて、たまに来るおじさまと一緒に遊ぶ。そういう暮らしだった。本当に楽しい、大好きな日常。

 

 飲みさしのコーヒーがゆらゆらとコップで波打っている。けれどその揺らぎは少しずつ。少しずつおさまってやがて手のひらの中でぴたりと止った。

 

 だからこれが始まり。

 赤ん坊は愛されずに生まれた。けれど私は愛されて育った。「ジェニファー・フリートウッドという少女はあの出会いとともに生まれた」。そして、これからも生きていく。

 

 

 

 

 

———崩壊:スター・レイル・ラン———

 

 

 

 

 大小の砂利が巻き上げられ、轟く重低音が走り抜ける。

 幻月のつぶらな瞳が見守る、静かな森の中を駆動する自動車の叫び声を聞いて私は待ち人が来たことを察した。

 

 机に広がる教科書を放り出し、部屋の中央に備え付けられた窓を開いた。

 びゅうと風が吹き、視界一面に果てしなく森が広がる。人里離れた我が家は深い森の中にあり、今日のような雲一つない晴天の日には太陽と幻月を見上げるばかりだったが、今日はどうやら特別な日になりそうだった。

 

 玄関先の花壇と生垣を越えた先からバリバリという荒々しい音が聞こえてくる。窓から吹きこむ風で部屋の埃が舞うのも気にせず、どかんと扉を開けて、どーんと階段を飛び降りて、一目散に玄関へと駆けつける。

 玄関を開ければ青空から眩しいくらいの光が降り注いだ。それも無視して手入れされた両脇の花壇の合間を抜け、氷の結晶が象られた鉄門を開け放つ。

 

 向こうを見れば見慣れた黒い車体が土煙を上げて近づいてくるのが見えた。おじさま…誠一が約3週間ぶりに我が家を訪れたのだった。

 門を開けて待っていると車はゆっくりとスピードを落とし、私の目の前で正確に停止した。スモークガラスが開き、見慣れた凶悪な顔がニヤリと笑う。

 

「久しぶりやの。ジェニィちゃん」

 

「ええ。お久しぶりです。おじさま!」

 

 誠一とそのお付きの人が車から降りてくるのを待ってから私はおじさまに詰め寄る。

 

「本当に。ほんとうにお久しぶりですね。お・じ・さ・ま!前回お会いしたときの約束を覚えていらっしゃいますか?」

 

「おお…覚えとるよ。勿論や。ほら、お土産の会員特典数量限定版火花人形と火花脊髄剣やで」

 

「やった!いや違いますからね!」

 

 おじさまは得意げに車の後部座席を指差すがそうはいかない。野獣のような顔で破顔するおじさまの顔が悔しくて、ビシッと指を突きつけて大声で叫ぶ。

 

「次に来る時は一週間後だって、言ってくれたじゃないですか。もう三週間です。一週間でも二週間でもなく、三週間です。私ずっと待ってました。雨の日も風の日も火花ちゃんが炎上した日も待ってましたぁ!」

 

「ほんまにすまん!出張先から中々帰って来られなかったんよ」

 

 誠一はそこで車から降りる。皺一つ無い、仕立ての良いグレーのスーツは誠一の肩幅に合わせて大きく作られており中々な迫力を生み出していた。

 首筋に刻まれた傷跡と切れ長の瞳を順番に見上げる。体格も相まって横に立たれると巨人を見上げているような感じがした。

 

「でもな。僕もジェニィちゃんとの約束は忘れてなかったんよ。やけんアハトピアに着いたら真っ先にここ来ようと思っとったねん」

 

 な?と視線を向けられたお付きの人が頷く。誠一と古い付き合いだという良輔さんは誠一よりも年上の男性であり、白髪に似合うグレースーツがトレードマークの初老の男性だ。おじさまは最も信頼の置ける部下だとたびたび自慢している。

 

「ご安心下さい。社長は嘘を申しておりませんよ。出張先でもジェニィお嬢様は無事か、といつもご心配しておりましたから」

 

「おい……いらんこと言わんでええわ」

 

 そう言って口を尖らせるおじさま。良輔は慣れたものなのかニコニコと笑っている。

 そう、誠一おじさまはいつだって約束を守ってくれた優しい人だ。こんなに会いに来てくれないことは初めてだったからちょっと不安だったけど、全然元気そうで安心した。

 

「そういうことなら許します。代わりに久しぶりに来てくれたのですから、お土産話をいっぱい聞かせて欲しいわ!」

 

 勿論、と頷くおじさま。しかしその表情は、私の背後に視線が向くと同時に雲行きが怪しくなった。横を見ると良輔も何やら表情が硬い。振り返ってみると、鬼のような形相の給仕服の女性がいた。

 

「あ、やば。静」

 

「あ、やばでは済まされません。ジェニィお嬢様。久々にお越しいただいたお客様に舞い上がってしまうのは分かります。で、す、が、こうも貞淑さの欠けた振る舞いをなされるようなら誠一様にもご来宅を控えていただくようお願いしなければなりませんよ」

 

 ひどい。酷すぎる!

 

「あんまりだぁ!」

 

 あんまりなものですか。と静が言う。肩口で刈り揃えられた黒髪は風に靡いても乱れることなく、まっすぐ伸びた背筋が彼女のお清楚でお硬い感じを更に強めていた。

 青いフレームの眼鏡越しにじろりと見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。

 静は丸みを帯びた柔らかな目をしているが、いつも怒っているので彼女の個性が活かされることは少ない。そして静はいつものように、反論できないでいる私の隙を攻めるように極めて冷静に訊ねる。

 

「幻造学の講義。午後の課題は終わりましたか?」

 

「えっと…まだかも、あ。もうちょっとで終わります。かも」

 

 脳裏に浮かぶ真っ新なノート。机の上のそれを静が見つけていないことを祈る。

 静の視線の温度が下がり、堪らず足早におじさまの後ろに逃げ込んだ。 

 

「おじさま。何とか言ってやってちょうだい!」

 

「え…僕かいな」

 

「そうよ。今が絶好の汚名返上チャンスじゃないの!」

 

 背中越しにおじさまに耳打ちするも、「聞こえていますよ」の一言で万事休すを悟る。見上げればおじさまも良輔さんも私のことを生温かい目で見ていた。

 

「お嬢様」

 

「うっ…」

 

 空気がずっしりと重くなった気がした。おじさまのスーツを握る手にも力が入り、背中が冷や汗でじんわりする。状況は悪化の一途を辿っていた。

 

 思い返してみれば静は世話役として私と一緒に住むようになってから、いつも眉間に皺を寄せているような気がする。特に私が勉強をさぼったりすると烈火の如く怒ってくる。そして翌日の稽古が死ぬほど厳しくなるのだ。

 それだけはなんとしても回避しなければ。しかし……静というボスキャラに対して私がとれる選択肢はあまりにも少ないのだ。

 

 ここで問題。この絶体絶命の状況でどうやって静の説教をかわすか?

 

 答え①弁明をする。カワイイジェニィは突如反撃のアイデアを閃く。

 答え②助けを呼ぶ。おじさまと良輔さんは沈黙するただのしかばねのようだ。

 答え③かわせない。現実は非情である。

 

 私が丸をつけたいのは②だけれど、この二体のしかばねにこれ以上期待を寄せることは難しかった。じゃあ①?目の前の火薬庫は今にも爆発しそうであまりにも時間がない。次に静が口を開くまであと何秒?十秒か、二十秒か。それまでに打開策を見つけて説教を回避しなければ……。

 

「ジェニィお嬢様?」

 

 ああ。想定よりもタイムリミットが短かった。いいじゃん別に、もう三日分くらい宿題終わってないだけで怒るなんてあんまりだ!

 

 静の唇が声を形作る。

 眼鏡に映る鏡像の、開かれた青色の目と見つめ合う。

 早まる鼓動と共に頭の中にスパークが弾ける。

 ……そのとき。温かい湯水に全身を包まれたような感覚があった。仄温かい膜を通り抜け世界から浮遊する。両目で、耳で世界をより深く観察していく。

 

 静。おじさま。良輔さん。宿題。幻造。車。家。ぬいぐるみ。花壇。もてなし。リビング。窓。眼鏡。鏡像。偽物。幻造術。願力。大義名分。

 

 答え………………

 

「明日の……「ま、待って!」」

 

 開きかけた静の口が私の呼びかけで再び閉じる。これから起こすのは賭け。成功するかは分からなくても、飛び込んで、乗り切ってみせる。

 ゆっくりとおじさまの陰から出る。両手は体の背後に隠し、声のトーンを低くゆったりと落ち着かせて。

 

「ご、ごめんなさい。大事な勉強を疎かにするだなんて淑女としてあるまじき行いだよね」

 

「分かっていただけるのなら、何故実行に移さないのです」

 

「ええ。本当にその通りだわ。でもね、私は「勉強をしていなかった」わけではないのよ?」

 

 静の表情に困惑が広がる。勉強をしていないのに勉強をした?酷い矛盾だ。

 

 

 だから……この嘘を現実にする。自分でも笑っちゃいそうなこの嘘を。笑いの神の度肝を抜いて、幻月を撃ち落とすくらいの大嘘に!

 

「またおかしな出鱈目で言い逃れようとしていらっしゃるのですか。お客様のいる前でこれ以上節度を欠いた振る舞いをなさるのならこちらにも考えが……はい?」

 

 怒りの中に呆れや軽蔑を含んだ声が、空白に塗り替えられる。静の、いやこの場にいる全員の視線が一点に集まっていた。

 雪のような白い髪。童話の世界から飛び出したかのような赤と黒のコントラストを基調としたドレス。それは紛れもなく火花だった。正確には火花人形だった。

 

「さぁ、目に物見せてあげなさい!」

 

 屹立する火花人形は優雅に一礼する。一瞬の沈黙の後、視界全てに火花が吹き荒れた。

 

「おお、おおお!?」

 

 二人の慌てふためく声が聞こえる。車に近かった彼らは状況を理解する時間すらなかったのだろう。でも静は違う。愕然として見開かれた両目は彼女が何を見たのかを雄弁に物語っていた。そう、視界全てを埋め尽くす火花人形の大波を。

 

 答え①。私は大量の火花人形を幻造し、幻造の実践練習をしていたと嘯くことにした。

 

 

 -幻造は人の願いを象る技術。世界に満ちる願力を回し、術者の虚構を真にする-

 

 

 集められた願力は私の掌で形を成し、静の視線が私に釘付けになったタイミングで幻造により私と静のちょうど真ん中あたりに生み出された。私の大好きな宇宙一のストリーマー、火花(のぬいぐるみ)だ。

 続けて火花人形を車の中で増産。人形を操って扉を開け、道を埋め尽くす大量の火花が私たちに押し寄せたのだった。

 

「ジェニィお嬢様!これは何事です。どういうおつもりですか!?」

 

 珍しい静の焦ったような声がした。けれど怒られたからってここで辞めたら結末は変わらない。テーブルを全てひっくり返して、物語を全部やり直す。

 火花の津波はその勢いをますます増している。完全に周囲を囲まれた静はそのまま人形に持ち上げられ、人形の塊に埋め尽くされていった。

 

「ねぇ静。何か気がつかない?」

 

「何が、でしょう、か。いや…これは?」

 

 もふもふでフモフモな山から弱々しい声が漏れる。しかしその声は次第に落ち着きを取り戻していく。いや、柔らかさを含むようになっていく。

 

「柔らかくて、温かい」

 

 吸い付くような質感のぬいぐるみは寄り集まって、やがて一つの巨大な塊が生み出される。使用者に寄り添い、重力を忘れたようにどこまでも沈んでいくような乗り心地。

 そう、私が作ったのはただの火花人形ではない。質感と素材に拘った、会員特典数量限定版火花人形なのである!絹のような触り心地と上質な綿の質感は人をダメにするとまで言われた幻の一品。その火花人形を大量に生み出し、人をダメにするクッションを幻造したのだ。

 

「今日の講義。幻造における実存在の構造解明と被造物への転用でしたよね。私がやっていたのはそう…言うなれば実践訓練!何事も経験が大事って言うじゃない?」

 

 だから私は真面目に勉強はしていたんですよ〜本当なんですよ〜……ダメかな?

 とびきりの上目遣いで人形に埋もれた静に訴えかける。私が言いたいだけ言い終わると、静はほんの僅か目を細め押し黙った。冷ややかな黒い瞳と視線が交差する。

 少しして、私の思いが伝わったのか。カワイさが功を奏したのか。思わぬところから援護射撃が入った。

 

「まぁ。静はん。ジェニィちゃんもこう言ってくれとるわけだしな。大目に見てやってくれんか。僕らがあんまり遊び来れんくてジェニィちゃんもきっと退屈やったんもあるだろうしね」

 

「お、おじさま」

 

 困ったような目つきで静を見るおじさまはこちらに視線を向けず、背中に隠した右手でサムズアップした。

 

 二対一になり状況は逆転。分の悪いことを悟ったらしい静は、私とおじさまの間で何度か視線を反復させたあと。小さく息を吐いて、本日の課題は後できっちりやっていただきますからねと言った。

 静が折れた!

 

「勿論。昨日までやってなかった分の課題もしっかりやるから。笑いの神様に誓います」

 

「分かりました。信じましょう。ではこちらの幻造を解いていただけますか?もう結構ですので」

 

 寄り集まった願力が解ける。地面に降ろされた静は衣服の皺を整えると、またいつものしかめ面に戻って言う。

 

「大変お見苦しいところをお見せいたしました。誠一様。改めましてジェニィお嬢様共々、ご来訪を歓迎いたします」

 

 静は玄関へと踵を返す。その後ろ姿を見ながら、小さくおじさまとハイタッチした。私は静の方に歩み寄り隣を一緒に歩く。それにしてもさっきの出鱈目が本当に通用してよかった!

 静もなんだかいつもより声色が優しい気がするし、もしかして肩の力がちょっと抜けたのかな。また今度やってあげよう。

 

「ところでお嬢様」

 

「なにかしら」

 

「昨日までやっていなかった分、とは一体なんのことでしょうか?」

 

 

 

 

 …………………………ヒエッ。

 

 

 

 

 

———崩壊:スター・レイル・ラン———

 

 

 

 

 

 埃一つ無い手入れの行き届いたリビング。重厚なソファに向かい合って座る私たちの手前。オーク材のテーブルの上にグラスが並ぶ。私は温かいココアを飲んでいる筈なのに冷や汗が止まらないという不思議な状況にあった。

 

「いやぁ、ここのうちはいつ来ても綺麗やから感心するわ。僕の家の家政婦アンドロイドにも見習って欲しいくらい」

 

「そうはおっしゃいますが、貴方殆ど家に帰らないじゃないですか」

 

「それとこれとは話が『別』なの」

 

 おじさまと良輔さんが雑談で盛り上がっている。私も混ぜて欲しい。

 というか私の後ろでプレッシャーを放っているメイドから逃げたい。めっちゃ逃げたい!

 

「そ、そうだわおじさま。今回もお仕事お疲れ様です。大変だったでしょう?」

 

「そうそう。ありがとなジェニィちゃん」

 

 そう言っておじさまは出張先で行った星々について教えてくれた。

 土地という土地が全部雪で覆われた星や雲の上に人が住んでいる星があることを初めて知った。そこに住む人々は一体どうやって生きているのか不思議でならない。誠一おじさまは星々を渡り歩く歴戦の商人で、もう何年もこうして宇宙の色々な星に行っては商売をしている。私もいつか、アハトピアだけじゃない。おじさまみたいにいろんな星を見に行きたい。

 

 でも私が一番気に入ったのは「千星シティ」のお話。宇宙一の大企業「スターピースカンパニー」の本拠地で、世界中のセレブが集うリゾートなんだとか。

 凄い、凄すぎる!煌びやかなビーチを眺めながらお洒落なレストランでディナー……いいなぁ、どうやったら行けるんだろう?

 

「ねえおじさま。もっと千星シティについて聞きたいわ。どうやったら行けるのかしら?」

 

「そうやねぇ……行くだけならあんま難しゅうないんやけどね。ホテルやら宇宙船のチケットやらでエラいお金がかかるんよ」

 

 金持ちのリゾート地やし、しょうがないわな。とおじさまはグラスのコーヒーを呷る。

 おじさまだって稼いでいるんだから一回くらい連れてってくれてもいいのに。そう言うとおじさまは苦笑いだ。

 

「いやいや、僕だって遊びに行ってる訳じゃない。あっちじゃ仕事にかかり切りで遊ぶ余裕なんて全然ないし。それに最近カンパニー共がきな臭い。何か裏で動いとるらしいしなぁ」

 

「それでも行ったことがあるとないとじゃ雲泥の差だわ!」

 

 体重をソファにかけて全身から力を抜く。千星シティ……宇宙一のリゾート地か。

 

「なあジェニィちゃん。どうしても千星シティに行きたい理由でもあるんか?」

 

 理由?勿論決まってるわ。

 

「———千星シティに行って、オーディションを受けて歌手デビューするの。そしていつかは銀河の大スターになる。それが私の夢だから」

 

 宇宙は広い。きっと私が想像している以上に。私はもっと広い世界に行きたい。広い舞台で、スポットライトを浴びてみたい。

 

「夢は大きく銀河一のスターになること。あのロビンより有名になりたいなぁ」

 

「うはは。ロビンと来たか。ジェニィちゃんの野望は底なしやね」

 

「笑い事ではありませんよ」

 

 背後から厳しい一声が響く。ポッドに新しいコーヒーとココアを入れてきたらしい静はテーブルの右側に立ち、それぞれのグラスに注ぎ入れる。

 

「先程のやり取りで痛感いたしました。お嬢様は社会に出るにはまだまだ未熟。まして芸能業界などという不安定な職につけば直ぐにでも路頭に迷うことになるでしょう」

 

 その言葉は淡々と紡がれ、それが当然であるかのように一切のブレがなかった。丁度コーヒーを注ぐ様子と一致するくらいには。

 平然としたその態度が気に食わなくて思わずムッとして言い返す。

 

「そんなことないわ。私、歌には自信がありますし。芸能プロモーションだって学んでいるんですから」

 

「ネット記事で読んだだけの寄せ集めの情報が本当に役に立つとお思いですか?」

 

 視線がつい、と斜め上を見る。絶対役に立つ。とは言えなかった。

 視線が落ちた先には膝の上に収まった火花人形があった。火花は二相楽園……いや、アハトピアという星の全土を見渡しても右の出るもののいない大スター。彼女の配信はエンタメ性と革新性に満ち、動画投稿のたびにストリーマー界に新しい風を吹き込んでいる。

 

 彼女の配信が私の夢の始まりの一つにあることは間違いない。勿論銀河の大スターになることは私の夢だが、火花と対等なスターになって彼女の配信で共演することも私の夢の一つだ。じゃあ、おんなじように配信者としてバズればいいのでは?

 

「今の時代はネット全盛期。私だって配信でもっと自分を売り込んで、そうだわ。えっと、よりカスタマーのニーズにミートしたコンテンツを作れるんだから!」

 

「本当にそうでしょうか。これでも私は二相楽園に住んで長いですから、ネットに疎くはありません。ネット全盛などという言葉はもう百年も前から言われています。それに、配信者など最早レッドオーシャン。歌が上手く会話も達者な配信者など二相楽園だけで一体何人いるでしょうか?」

 

「少なくない仕事がそうですが、特に芸能業界は流行の変化が速く潰しの効かない業界です。人気絶頂のアイドルでさえ落ちぶれて数年で事務所を引退する話など珍しくもない。もしそうなればなんの技術も知識も学歴もない若い小娘が社会に放り出され、ろくな仕事もなく食い扶持も稼げない生活を送ることになります」

 

「お嬢様はそのような失敗したときの未来を。本当に想定できていますでしょうか?」

 

「と、当然。できてます。とうぜん…………」

 

 では、と前置きをして静が眼鏡の位置を正す。

 

「芸能業界のようなリスクばかりの仕事は辞めて安定した職に就くのが良いでしょう。そのためにはお嬢様にしっかりと教養を身につけていただき、一人前の淑女として社会で立派に活躍できるよう励んでいただかねばなりませんね」

 

 うぐぐ。もう反論の言葉が何もない。ぐうの音も出ない。

 

「おじさまぁ……なんとかおっしゃってくださいな!ロジハラ!これってロジハラってやつですよね?裁判所に訴訟して刑事告発してください!」

 

「いやぁ……今回の場合は民事訴訟やね」

 

「社長。そういう話ではないと思いますが」

 

 おじさまも良輔さんも今度こそ困り顔だった。酷い!肝心なときには助けてくれないんだわ!

 

 会話に困ったおじさまはちらちらと周囲を見渡していたが、静の背後、壁に備えられた大きな戸棚が目に留まったらしい。少しほっとしたような声色で、体を少し背けながら戸棚を指差して言う。

 

「そもそもジェニィちゃんは歌手やら配信者やらにならなくても、あれがあるやないの」

 

 アレだよアレアレ。と新手の詐欺のような口ぶりのおじさま。良輔さんと静が振り向いたその先にはガラス戸の嵌められた戸棚があった。おじさまが四人横に並んでも十分収まる程に大きなそれの中には、大小さまざまな賞状やら表彰楯やらトロフィーやらが所狭しと並べられていた。

 

「ほんまに驚きやわ。あれ全部ジェニィちゃんが取ったんやから」

 

「別に。凄くもないわ。たかが『ロボット遊び』でしょ」

 

 そうかそうか、そりゃそうやな。とおじさまはまたしても苦笑い。良輔さんはなんだか嬉しそうな表情だ。一転して静はやっぱり顰め面。

 おじさまはお家に来るといつも私のトロフィーを褒めてくれる。けどあんなおままごとみたいなゲームで勝っても全然嬉しくないのに。

 

「この際だから言っておきますけど。私、そのうちクランバトル辞めますからね」

 

「え、マジか」

 

「ええ。大マジです」

 

 私は人形を脇に置いて立ち上がり、おじさまに向けてきっぱりと宣言する。

 

「私は将来銀河の大スターになる身。あんな子供の遊びをいつまでもやっていられません。そして……クランバトルに使っていた時間でレッスンを受けてオーディションまで一直線です!」

 

 完璧な計画だ。私は胸を張り確信に満ちた宣誓をする。思い返せば、何故今までこんなゲームに夢中になっていたのか。この先スターになることを考えるならば余計な時間は一切使えない。喜んでくれるおじさまにはちょっと申し訳ないけれど、言うときははっきり言わないと。

 

「そうか……そーゆー感じか」

 

「誠一様。恐れながら、お嬢様の今後をご考慮してもあのような危険な試合を続けるのではなく経営や社交の勉学に注力すべきと思います」

 

「まぁ……そうやな」

 

 んー。ふぅん。うーん。

 おじさまは眉間を揉みながら唸っている。すると良輔さんが懐からスマホを取り出しておじさまに見せ、何か耳打ちし始めた。

 二人は画面を見ながらひそひそ話を始める。こちらには絶妙に聞き取れない大きさで、暫く待っていてもまだ話している。ついに忍耐の限界が来たそのとき、急におじさまがこちらを向いた。

 

「なぁジェニィちゃん。千星シティ行きたいんやって?」

 

「……?ええ。世界中のスターが集まる都市ですもの。そこで成り上がってこそ……」

 

「行けるって言ったら、どうする?」

 

 今度は私が固まる番だった。行ける?千星シティに?

 

「誰が?」

 

「君が。実はジェニィちゃんにちょっとした相談があってな」

 

 良輔さんから渡されたスマホの画面を操作してからテーブルに載せる。

 そこには高級感溢れるフォントで「第154回CB鳩川グランプリ」というCB(クランバトル)大会のホームページが表示されていた。しかも。

 

「と、特別賞金120万信用ポイント!?」

 

 おじさまは神妙に頷く。

 ぐいと身を乗り出したオールバックの黒髪と強面の顔が私に迫る。おじさんの話によると、鳩川グランプリは数ある大会の中でも最も古いものの一つ。昨今はクランバトル人気の白熱によりスポンサーが増え、賞金が天井知らずに高くなっているらしい。

 

「ああ。そーいや千星シティ行きの往復チケットが大体120万くらいだったような……」

 

「おじさま」

 

 胸の内が熱くなる。私はここ数年を振り返ってもダントツ一番の凛々しい声で言った。

 

「私に任せて。絶対、優勝してみせるから」

 

 頑張ってな。とおじさまが笑う。つられて私も笑う。お互いがニコニコでウィンウィンだ。

 

「お待ち下さい。千星シティでの滞在費はどうするのですか」

 

「心配せんでも、いい。それは僕が頑張って出してやる。ついでにあっちのツテでオーディションがあるかどうか探してみるわ」

 

「本当!?ありがとうおじさま大好き!」

 

 三週間。待ちに待った甲斐があった。全てがいい方向へ回転していってる感覚がする。

 本当の本当のほんっとうに、今日は最高の一日だ。

 

「もう。クランバトル、サイコー!!」

 

「カカカ。そんなに気ぃ張らんでも、我らが『NUE(ヌエ)』ちゃんは最強やろ?」

 

 ああ、千星シティに行くのがこんな簡単だったなんて!

 その日は結局長いこと四人でお喋りして、おじさまたちと食事を済ませ、夕焼けの中二人が乗る車を見送った。

 

 大会は二週間後らしい。今から特訓して絶対優勝しないと。

 ジェニファー・フリートウッドの絶対に負けられない戦いが、今始まろうとしていた。

 

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