惑星アハトピア。偉大なる笑いの神、「アッハ」に愛された世界。
いつもは触れ合うくらい近くにいるのに、その大きさは離れたときの方がよく分かる。
モニター越しに見える青い海と、群星に対抗するかのように輝く都市の光。見上げれば太陽の隠れたこちら側であっても、傍らに寄り添う幻月は変わらず微笑んでいた。
この星だけで何億という人が暮らしていて、それさえこの広大な銀河の中では大海の一滴に過ぎないという。まぁ……実際宇宙にどれくらい人がいるかなんて知らないけど。
笑いの神様に聞けば教えてくれるのかな。いや、この場合は知恵の神か。神様に会うなんて想像もつかない。聞けば、宇宙には色々な神様がいるらしい。
笑いの神、知恵の神、豊穣の神、調和の神……etc。
全ての神様が人類の味方というわけではなく、いい神様もいればその逆。「壊滅」とかいう悪い神様もいるらしくて、そういう神様を奉じている危ない連中もいるって静が言っていた。どういう神経してるんだ、そういう人たち。
「折角平和な世界なんだから、全員で仲良くできればいいのにね」
振り向きざまに僅かな余白を残して弾丸が空を切った。空気も熱も無い、真空の世界で星々と文明に並んで輝こうとする第三の勢力、
ここは戦場だった。
果ての無い漆黒が広がる空間に二機、巨大な影が二つ。私の乗る機体に対しこれに対面するもう一機が動いた。スラスターを吹かせ宇宙空間を翔ける鉄の人形、人間が操縦する巨大なメカヨロイは両手に構えた機関銃と両肩のレーザー砲をぶちまける。宇宙空間なので音は伝わらないけど、もし聞こえてたら耳が潰れているだろう。多分。
両手に伝わる冷たいハンドルの感触。ほんの少し後ろに引けば、私の機体はそれだけで銃弾の雨をするりと抜けた。
ハンドルを切り返して実弾とレーザーの波濤を泳ぐ。外からは私が巨大な花火の中を翔んでいるように見えているだろう。でも星と人との関係と同じで、実際に中で翔んでいる私には花火の大きさも美しさも分からない。そう考えると、人間は身近過ぎる美しいものには気づけないと言えるかもしれない。テッテレー。私は賢さが1上がった。
「賢い私から一つアドバイス。銃を撃つなら腰が引けてちゃ駄目」
「クソッ……こんなのアリかよ」
右腕に装備されたビームサーベルを一振り。赤い残光を描いた刃は機関銃と機体の頭部を切り取り、目の前の敵を沈黙させた。
機体が完全に停止したことを確認すると、場違いに陽気なファンファーレが鳴り響く。
『YOU WIN! CONGRATULATIONS!!!!』
空中に浮かんだホログラムディスプレイがぺかぺかと安っぽい光を放つ。その光に照らされて私の背後に黒い影が浮かび上がった。
腕、足、転がった頭。半ばで断ち切られた胴体。人間ではない。死屍累々と呼ぶに相応しいメカヨロイの墓だ。星の重力の届かないこの空間で意思を失い置物のように漂うデブリが、視界を埋め尽くしていた。
「武器、壊れちゃった。あとで怒られないかな」
右手で握るサーベルにスコープを移す。バッテリーが切れかけ、持ち手も罅割れた得物はもう事切れる寸前だ。武器が無くなる前に全員倒し切れて本当に良かった。
第154回鳩川CBグランプリ予選。バトルロワイヤル形式のそれを、とりあえず敵を全員倒すことで通過し、私は千星シティへ一歩近づいたのだった。
決勝は勝ち残った選手によるトーナメントにより行われ、優勝するには最大で4勝する必要がある。
たった4勝で、銀河の大スターへの道が開ける。そう思うと勝手に頬は緩み胸は高鳴ってしまう。
私は狭いコックピットの中で踊りだした。両手をグーにして体の前に出し、交互に上下に振る。私はこれをジェニィダンスと名付けて呼んでいる。
「見えている?アッハ。私が必ず、勝ち抜いてみせるから」
幻月の横顔を見ながら宣言する。残り———4勝。
———崩壊:スター・レイル・ラン———
宇宙空間と地上を結ぶ転送ゲートを潜る。空間が次第に重力を取り戻し、私は地上の負荷に体を慣らす。これが無いと急激なGの変化によって最悪骨折してしまうと聞いた。
青白い光を抜け、
私はいつも通り機体をブリッジまで移動させると、コックピットを開けてメカヨロイを降りた。
「ジェニィちゃーん。おっつかれ様ぁー!」
「お疲れ様」
「わぷ」
室内を照らす眩い電球に目を細めていると後ろから抱きつかれた。そして追撃のように前から二人同時に抱え上げられる。
胸元に埋まりながら満面の笑みを浮かべる彼女を見上げた。
「ありがとうございます。ただいま帰還しました」
「試合見てたよ!もうすっごい!超かっこよかったんだから」
「感想雑過ぎ。でも同意見」
ちょっと、首筋にほっぺをすりすりしないで下さい。
私の背中に張り付く小柄な女性は、苦情を食らってしまい(見えていないが恐らく)不服そうな顔をしながら、私たちを抱える大柄な女性に一言言って自分たちを解放させた。彼女は私の背中から降りると大柄な女性に並んで言う。
「改めて決勝進出おめでとう。『
「お姉ちゃん、そういう野暮な話はナンセンスだよ。なんてったって、この大会で優勝すればジェニィちゃんは憧れの千星シティに行って、芸能人デビューなんだからね!」
仮定の話を必然のように話すべきじゃないよ。と小柄な女性は眉を顰める。ボサボサの黒髪と丸いくりっとした瞳。その容姿と裏腹にモノクロのレディーススーツを着こなす彼女の首にかかる身分証には「
相対する女性を見上げる。定期的に変わる髪色は最近では燃えるような赤色。勝気な瞳を持つ、女性には珍しい長身の彼女は「
「大丈夫?たくさん戦って疲れたでしょ。私たちはいつも通りメンテやっておくからさ、ジェニィちゃんは医務室で検診受けてきなよ」
「そうだな……ジェニィと触れ合えないのは残念だが、私たちも仕事をしなければいけない」
それはこっちのセリフだと言いたい気持ちをグッと我慢。
私のメカヨロイをサポートするメカニックたちの邪魔はできない。姉妹を含めた数十人で構成されるクランはおじさんが後援していて、私はクラン唯一のパイロットとして日々試合をこなしている。
「あなたもお疲れ様」
閉まっていくコクピットを眺めながら、傷ついたボディを撫でる。
『ブルー・ブレイザー』。初めてクラバに出たときからずっと一緒の私の相棒。
「この子のこと、お願いします」
グッとサムズアップする二人と別れ、医務室へ向かう。
私が安心して試合をできるのも彼女たちのお陰だ。メカヨロイの周りで作業を始める彼女たちを尻目に格納庫を後にする。途中でチームメンバーの皆に声をかけられながら。
「お疲れ!今日も超格好良かったよ!」
「ありがとうございます。この調子で頑張りますね」
「おめでとう。今日はゆっくり休んで下さいね」
「ありがとう。メンテナンスいつもありがとうございます」
「ジェニィちゃーん!あとで一緒におやつ食べよ!!」
「その前に仕事だ戻れバカ」
いつも元気に声をかけてくれる、日焼けした肌につなぎ服の似合う彰二さん。試合前にジュースやお菓子をくれる優しい沙織さん。速攻で姉に連れ戻された陽鞠さん。
大勢の人の応援があるから、私はこうして試合を戦えている。いつか……舞台の上でもこうやって誰からも応援されるようなスターになれれば、と思う。
でも、もし私が大会で優勝して千星シティに行ったら皆とは会えなくなるのだろうか。それはちょっと、いや凄く寂しい。
やっぱりクランバトルは続けた方がいいかな。たまにの息抜きでやるとかならまだ……いやいや!芸能だけに集中するって決めたじゃん。ここは辛くとも決断しなきゃ。
「ジェニィちゃーん!お姉ちゃんが天萬屋のめっちゃ美味しいチョコ食べようだって!!」
もぉー!決断できなーい!
———崩壊:スター・レイル・ラン———
結局身体検査を済ませた後、メンテナンスを済ませたクランチームの人たちとおやつを食べた。巳月さんが無限に食べさせようとしてきたせいでお腹がいっぱいだった。
最後まで見送ってくれたクランの皆と別れ、私は車であるホテルまで向かう。決勝に進んだのでおじさまがお祝いをしてくれるというのだ。
格納庫のある地域から少し離れた鴨川地区に来た。ネオンが輝く夜の街が視界の後ろに流れていくのを眺めていると手元のスマホがピロンと鳴った。おじさまからだった。
『ホテル着いたらエントランスのスタッフが案内してくれるから、僕のところまで来てな。会わせたい人がおるねん』
会わせたい人……?誰だろう。
私の追求を躱すかのように、メッセージに口元に両手で大きなバツを作るカエルのスタンプが添えられた。まだ教えられないということだろう。俄然気になってきた。期待に胸を躍らせながら、ホテルまでの道のりを急ぐ。
しばらく車を走らせて漸くホテルに到着。床、壁と一面に敷き詰められた大理石と空間を彩るシャンデリアの輝きが高級感と厳かさを醸し出す、ホテルのフロントへ足を踏み入れた。
自動ドアを通り、ふかふかなレッドカーペットの感触を確かめながら歩いていると目の前にハンサムなホテルマンが現れる。
「ようこそホテル・グラン鳩川へ。お待ちしておりました。お連れのお客様がラウンジにてお待ちでいらっしゃいます」
言われるがままついて行き、金ピカに輝くエレベーターに乗る。エレベーターの静かな駆動音を聴きながら、遅れて思考が追いついた。
(え、何これ。いつも使ってるホテルって言ったじゃん。こんな、え!?)
振り返るとガラス張りの壁の向こうに鴨川地区の眠らぬ夜景が見えていた。丁度10分前まで呑気に車の中で寛いでいたはずだったのに……こんなめちゃくちゃな高級ホテルに呼ばれるなんて聞いてない!
エントランスめっちゃ広かったし、すごいおっきな壺飾ってあったし、ホテルマン多すぎだし、何より周りのお客さんがもう金持ちオーラ半端なかったし!私、もしかしてめっちゃ場違いかも……?
思わず視線を衣装に向けた。ネイビーを基調としたフリルのついたスカートに、同じ色のフリルのついたドレス。いつもなら絶対使わないような黒のハンドバッグや白いパンプスは正装用として家に保管してあったものを静が引っ張り出したものだ。
ガラスに映る自分はひどく緊張したような顔つきだった。しょうがないじゃん。
もし扉が開いて周りの人全員の視線がこっちに向いたらどうしよう。クランの皆は着替えたとき皆褒めてくれたけど、今になっては自分が作り出した幻覚だったんじゃないかと疑えてきた。
最後の悪足掻きにガラスに向かい合って必死に前髪を整えていると、チン、と上品な音が鳴ってドアが開いた。
「お待たせいたしました。お席へご案内いたします」
ホテルマンの人に遅れないよう必死についていく。どうやらエレベーターロビーにそこまでお客さんはいないらしく、エレベーターを待っていた人たちからも白い目で見られずに済んだ。
胸を撫で下ろすのも束の間。ロビーから扉一枚を隔てた先にあったのは、息を呑むような豪華な部屋だった。
エントランスの純白の輝かしさとは異なり、落ち着いた雰囲気でありながらも気品がこれでもかと伝わってくる。もう、なんか、すごーい。
左を見ると、吊るされたグラスが照明を反射して水晶のように輝くバーではオルクの男性がシェイカーを振っている。右を見ると半円状のステージでグワラがトランペットを吹き鳴らしている。
そして正面に広がるのは鴨川地区どころか地平線の果てまで見通せる、一面巨大なガラス張りの壁だった。しかもこのガラス、表面が非常によく磨かれている。ぼんやりとした室内の光の反射があって漸くその存在を認識できるくらいだ。
「ジェニィちゃん。こっちこっち」
私に気づいたおじさまが立ち上がって迎えに来る。いつものスーツとは違う、青みがかった黒いスーツに身を包む姿は場所の雰囲気に完璧に溶け込んでいた。
「おお。えらい別嬪さんになったなぁ。よう似合ってるわ」
「もう、お世辞は結構ですから」
グラス片手に意気揚々と笑う。少しお酒が入っているのか、いつもよりテンションが高い。ホテルマンの男性が一礼して立ち去るのを見てから、おじさまを屈ませて耳打ちする。
「どういうことですか、ここまで来るの大変だったんですよ。周囲の目がもう、グサグサーって!」
「気にし過ぎやよ〜。ジェニィちゃんはちゃんと可愛くなってる。自信持ちいや」
「無理ですってぇ……」
落ち着け落ち着け。と言葉を遮ぎられ、それに、とおじさまはしたり顔で言う。
「もしジェニィちゃんがこの先スターになるんだったら、これくらいのことは寧ろフツーよ、フツー。今のうちに慣れといた方がええんやないの?」
「そ、それは」
言われてみれば確かにそうだ。銀河のスターたちにとってはこれこそが普通の生活。あのロビンだって休日は高級リゾートでシャンパン片手におほほ、と高笑いしているに違いない。
「ごめんなさい。私が間違っていたわ。未来の大スターとして、どんな場所でも堂々としていなきゃ」
「そうそう。その意気よ」
鳴り響いていた心臓が少し落ち着く。呼吸と一緒に思考を澄み渡らせる。
どんなときでも優雅さを忘れない。毎日の練習で静に叩き込まれた教えだった。
二人で元の席に戻ったとき、テーブルにはおじさまの他にもう一人。見知らぬ人物がいることに気づいた。
「そちらの方がジェニィ様ですね」
「そう。うちの秘蔵っ子よ」
成程、と首肯し立ち上がる人影を見上げる。陽鞠よりずっと高い上背を持ちながら、肩の丸みやすらりと長い手足は女性的だ。しかし、私のよりもっと濃い深海色のスーツは男性的な印象を与える。
「態々遠いところから来てもらって助かります。今日は顔合わせってことで、よろしく」
「ええ。士崎社長の秘蔵っ子。私も大変楽しみにしておりました」
男なのか女なのか。しなやかさと鋭さが混じり合う肉体。冷たさと熱の溶け合う目元。
声が漏れる。それは何に対する、どんな感情だったのか分からない。
分かることは、それがただその人と目が合ったこと。そして睫毛に縁取られた瞼へ、精巧な技をもって嵌め込まれたその黒い瞳に……心を突き動かされた結果だということだ。
この銀髪の人物こそが、おじさまが私に会わせたかった人なのだと、巡り始めた頭が遅れながら気づいた。
「お初にお目にかかります。私はバット・ラクーンプロ所属の芸能プロデューサー、
———シアラ・アカダカと申します。」
「ご挨拶をいただき、感謝申し上げます。士崎ジェニィです。お会いできて光栄です、シアラ・アカダカ様」
立派な一礼を見せる彼女。シアラ・アカダカに対し、できる限り優雅に見えるよう礼を返す。考える前に口が勝手に動いたのはきっと、静の教えが反射的に体を動かしたからだった。
このシアラという人物がどうやら女性であるらしいことは、そのゆったりとした低音の声で分かった。
そして芸能プロデューサーという肩書き。隣のおじさまが、悪戯が成功した子供のように言う。
「この方はな、千星シティでも有名な事務所に所属していらっしゃる。辣腕で知られたプロデューサーなんよ」
「ありがとうございます。若輩者には勿体無い賞賛です」
「ははは!流石は若き天才と称されるお方よ。人格者でもあるらしい。僕も見習いたい謙虚さですわ」
おじさまへ向いていた視線が、私へと切り替わる。視線が僅かに左右に動いている。値踏みされている、と感じた。
この辺りでは見ない青白い肌は彼女の銀髪を周囲からより際立たせていた。しかしすぐに格好を崩すと、人当たりのいい笑顔を浮かべる。
「仕事では士崎社長には大変お世話になっておりまして、このご恩を是非お返ししたいと考えております。そしてジェニィ様。御息女である貴方は芸能業界に興味がおありだと、お聞きしていますが」
「……はい、シアラ様。私は独学ですが、声楽を学んでいます。芸能業界は小さい頃から私の夢でした」
士崎はおじさまの名字。社交の場ではおじさまの養子として振る舞うように言い付けられていた。
だから、と言いかけて止まる。その先の言葉が見つからなかった。私をスカウトして下さい?オーディションを受けさせて下さい?どれも薄っぺらで、初対面の人に言うべき言葉じゃないように思えた。そもそも、私が本当にスターになれるのかなんて、私にも分からないのに。
次の言葉を紡ごうとしていた私に対し、シアラ様は柔らかな微笑みを浮かべた。敵意とも悪意とも程遠い、丸く棘の無い視線。初めて会ったときの印象からは考えられない。こういう笑顔をする人なんだ。
「様付けはやめて下さい。どうぞ、シアラと気軽に呼んでくれると嬉しいです」
「……では、シアラさんと」
「それでも構いません。座って下さい。オーディションについては士崎社長からご相談を受けております。ですがオーディションに出演していただく前に……貴女についてもっと知りたい」
それからシアラさんと私とおじさまの三人で、たくさんのことを話した。何故芸能の道に進みたいのか。プロデューサーという仕事とは何か。現代の芸能業界で活躍する沢山のスターたちについて。シアラさんは私の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれた。
そうして会話に花を咲かせていると、フロアの向こう側から大きな歓声が聞こえてきた。
「あれはなんの騒ぎでしょうか」
「クランバトルやないの。
「ほぉ……」
シアラさんが目を細める。クランバトルに興味があるのかな。丁度いい。クランバトルについて知りたいなら私以上の適任はいないだろう。だって選手だから!
「シアラ様はクランバトルに興味がおありですか?」
「ええ。エンタメのメッカであるアハトピア、ひいては二相楽園でも有名と聞けば、職業柄どうしても気になってしまいまして」
「ふふ。分かります。では、簡単にご説明いたしますね」
クランバトル。
幻造種の一種であるメカヨロイによる異種格闘技。クラバと略されることもある。
多くの場合メカヨロイと操縦するパイロットが選手として出場し、宇宙空間で繰り広げられる三次元的な戦闘は多くのファンを生み出している。
「クランバトルを知るためにはメカヨロイ、つまり『幻造種』について知ることが必要です。シアラ様は幻造種についてご存知でしょうか」
「多少は。実は千星シティではカンパニーの科学者たちが幻造について研究しておりまして、一部アハトピアの技術の模倣に成功しております」
あのような幻造種の方々を見かけることもありますよ。
シアラさんの視線の先にはバーカウンターでカクテルを振り続ける緑色の肌の人型、オルクの男性や、舞台の上で演奏のクライマックスに達しようとしていた小さくて可愛らしいアヒル、グワラたちがいた。
「ただ、私は専門家ではないので具体的なことはあまり。よければお聞かせいただけますか」
「ええ、喜んで!」
幻造種。彼らは一般的な有機生命体ではない。
笑いの神アッハの祝福を受けた世界アハトピアでは、『願力』という人々の願いが集まったエネルギーが存在する。人々の喜び、感動、恐怖、恨みなどの強い意志が一定以上集まったとき願力は肉体を象り、幻造種が誕生する。
私のかい摘んだ話をシアラさんは真剣な顔で聞いている。おじさまはすでに酒に呑まれて眠りかけていたので無視して続ける。
「彼ら幻造種は殆どが古くから自然発生する存在と考えられてきました。しかし近年カンパニーが人為的に幻造種を生み出す技術を開発したのです。それが『メカヨロイ』。鋼鉄の体を持つ、人造幻造種です」
スマホを操作して手元にホログラムディスプレイを呼び出す。空中に浮かぶ青白いスクリーンに宇宙空間で戦う巨大なロボットが映し出された。
試合は向こう側で盛り上がっているものを選ぶ。赤と黄色の塗装が施された二機。互いに大きな盾と槍を構え、正面から打ち合っている。その機体の胸部には、それぞれのエンブレムが刻まれていた。
「ではクランバトルに話を戻しましょう。クランバトルは名前の通り『クラン』というチーム単位によって試合を組み勝敗を競います。彼らの胸部にあるエンブレムはそれぞれの所属するクランを示しています……勝敗が決まりましたね。赤い機体が勝ちました」
フロアを揺らすほどの熱狂。地鳴りのような歓声と怒号に驚いたおじさまが目を覚ました。
スクリーンでは赤い機体が黄色い機体の右腕を切り落とし、頭部を破壊していた。主要な勝利条件の一つである頭部破壊が満たされたため試合は終了。赤い機体が片腕を上げて視聴者へパフォーマンスを行っている。
「成程。大凡ですが理解しました。ところで、士崎社長もクランをお持ちだとか」
「おー、そうそう。『海原バイソンズ』っつうクランよ」
スクリーンが切り替わる。機体に刻まれた、青と白を基調とした猛牛の描かれたエンブレム。画面上で戦っているのは、同じカラーリングを施された一機のメカヨロイで……。
「これは凄い。先ほどの方々も素晴らしい動きでしたが、この選手はレベルが違う」
「せやろ。うちのエースパイロット、『NUE』っていいます。昔、そういう名前の幻造種がいたらしくてそこから名前を取ったんですわ」
スラスターを吹かせて宇宙を翔び回り弾丸を回避する。相手の動きが鈍ったところで一気に近づいて切り伏せる。私のよくやる動き。
自分の動画をまじまじと見ることはなかったからなんだか恥ずかしい気もするが、シアラさんはそんな私に気づかず素直に賞賛を口にする。
「見て下さい。弾幕の中に突っ込んで、当たらない。まるで手品だ。このパイロットは非常に優秀なんですね」
是非ともお会いしたいくらいですよ。と興奮気味のシアラさん。
目の前にいますよ。と言いたい気持ちを堪えて会話を続ける。おじさまから、自分が『NUE』であることを公表しないよう厳命されているからだ。個人情報保護の観点からパイロットの身元は明かされないことが多い。目立ちたがり屋な例外はいるけど。
「うはは。すっかり『NUE』に惚れちまったんやないの?そんなら……丁度良い機会があるんよ」
スクリーンが再び移り変わる。鴨川CBグランプリのHPだ。
決勝戦の開幕が華々しく宣伝される中、決勝に出場したクランのリストが公開されている。当然その中には『海原バイソンズ』の名前があった。
「今うちのクランがこの大会の優勝を狙ってる。これから二週間弱かけて決勝トーナメントがあるから、折角二相楽園まで来たんなら見ていってくれや」
「それはありがたい。是非観戦させて下さい」
意外なことに、シアラさんはクラバに乗り気だった。おじさまも気分を良くしたのか饒舌に今後の観戦スケジュールやチケットについて話始め、私だけが横に取り残されてしまう。
でも逆に良かったかもしれない。ここに来て急なイベントが起こり過ぎだったから。グラスのジュースで喉を潤すと少し落ち着いてきた。
あと少しで夢が叶う。ただ、こんなにも現実味が無いとは思っていなかった。
本当に、スターになれるなら。もしなったのなら私は……。
「すみません、ジェニィ様。少しお話をよろしいでしょうか」
「———はい!なんでしょう」
「実は、先程から気になっていたのですが」
気になっていた?何がだろうか。目についたのは目の前で繰り広げられる『NUE』の戦闘動画。もしかして……。
「ジェニィ様、貴女は……」
嘘。気づかれた?一体どうやって。
背筋が凍る。滅多に怒らないおじさまが、私がうっかり自分の素性をばらしかけたときの物凄い剣幕を思い出したからだ。
あのときの恐怖が胸を貫くようだった。もし私が『NUE』だとシアラさんが知ってしまったら、おじさまは私が千星シティに行くことを許してはくれないだろう。
乾いた舌が口内に張り付く。隣に座るおじさまの表情は明るい。これが、数秒後にどうなってしまうのかが怖かった。あのときのように。
やめて。言わないで。
そう何度も心の中で願う。でも口には出なかった。恐怖というピンで留められた標本の虫のように、体は指ひとつ動かない。
やめて。やめて。
動かない。動けない。マネキンじゃあるまいし。心の冷静な部分がそう自嘲する。しかし現実は変わらず、惨めな私に、最後の宣告を下そうとしていた。
「素晴らしい才能をお持ちのようだ。透き通るような声には訓練の成果が現れている。物怖じしない堂々とした性格もきっと視聴者には好ましく受け止められるでしょう」
違います違うんです。私はそんな人知らないし会ったこともありません。
「改めて、プロデューサーとしてのご相談です。是非、弊社のオーディションを受けてみませんか?」
クランバトルなんてくの字も知りませんから、お願いだからオーディションを———
「……へ、オーディション?」
「はい。以前士崎社長からご相談を受けたときは驚きましたが、今日直接お会いして確信しました。貴女には、才能がある。挑戦する資格がある」
「……と、捲し立てられても困りますよね。この話は一度持ち帰っていただいて、社長とご相談した上で———「行きます!」」
「オーディション、受けさせて下さい。私頑張ります!誰よりも目立つ、スターになってみせます!」
テーブルに身を乗り出して叫ぶ私に、シアラさんは目を丸くする。周りの人も急に叫び出した私に振り向く。
全てが後の祭りだった。このホテルに来てから最大規模の視線が私に突き刺さっていた。
「あ、えと」
「ふ、ふふふ。わかりました。色良い返事をいただけて私共としても嬉しい限りです」
シアラさんは言う。直近のオーディションは2ヶ月後。決勝トーナメントを終わらせ、準備を整えた上で千星シティに行くには十分時間がある。
「詳細はまた追って連絡いたします。私は参加希望者が増えたことを事務所に報告しにいかなければならないので、一先ず今日はこの辺りで失礼いたしますね」
「ありゃ。まぁそろそろお開きにしよか」
二人が立ち上がり、シアラさんはおじさまに一礼してこちらを向く。
怜悧な黒曜の瞳は、その奥の感情を読み取らせてくれなかった。
「ジェニィ様。それでは、また」
「あ、じゃあまた」
立ち去っていくヒールの音がフロアに響く。エレベーターホールに消えていく後ろ姿を見送って、私は体重をソファに投げ出した。
「あ、あ〜やっちゃったぁ」
「お疲れ様。あの人が優しい人で良かったわ」
「最後、『じゃあまた』って何。意味分かんなくない?変なやつだって思われてないかな」
「心配し過ぎ」
おじさまの手が私の頭を強引に撫でる。夢のような時間だった。瞬く間に終わった出会いは、けれども確かな事実として胸の中に残っている。
嵐が終わり、曇り空から陽の光が見えるように。視界が開けてくる。
ぼんやりとした闇の中にあった筈の将来という言葉が、現実として目の前に現れたような感覚だった。でもそれ以上に、ある感情が私の心に渦巻いていた。
シアラ・アカダカ。あの人に会いたい。もう一度。
「ねぇおじさん。私、頑張ってみるわ」
「かか。負けられない理由ができたみたいやね」
時間は流れ、巡りゆく。私の未来を賭けた決勝トーナメントまで、あと3日。