引いて躱して、斬る。翔んでぐるっと回って、撃つ。蹴飛ばして追いかけて、斬る。
以上。決勝トーナメント準決勝までのダイジェストでした。
私の未来を賭けた世紀の戦いは、そのくせ割とあっさり終わったのだった。
特にコメントも無く普通に終わってしまった。準決勝なんかは陽毬さんたちも「ああ、やっぱり……」みたいなテンションで迎えに来た。なんかごめん。
「私としましては、怪我さえしなければどちらでも良いのですよ」
「そんなこと言わないでよ。私だって命かけて頑張ってるんだからね」
「『命』……はぁ。そうですね」
「ちょっと?今馬鹿にしたでしょ」
陽の光が東から空へと溢れ出し、夜の闇と冷たさを追い払っていく。窓越しに見える朝の世界は極めて予定通りに進行していた。
そんな中、コーヒーの穏やかな香りがキッチンから漂うリビングで静が私の髪を結っていた。梳られた金色の髪が少しずつ分けられて、パズルのように組み上げられている。
「悪いけど。今日勝つのは私だから。今日の対戦相手の情報見た?これまでの試合全部ギリギリで勝ってるようなやつだよ?全試合(ほぼ)パーフェクト・ゲームに私が負けるわけないから」
首筋まで伸ばしたサイドヘアを指で弄びながら言う。ふと、試合後のおじさまの何とも言えない顔が脳裏に浮かんだ。「もう少しこう何というか、手心というか……」とでも言いそうな顔だった。
「なんならハンデあげてもいいかもね。私だけでっかい丸太で戦ったりして」
椅子に座って、でっかい丸太を空中に指で描く。背後に立つ静に向けて、両腕でそれを抱えてぶんぶん振り回してみせる。
「決勝戦ですね。緊張していらっしゃいませんか?」
「別に………………うん。まぁちょっとだけ」
時計の針がチクタク進む。何か言いかけて、結局辞める。強がりか、将来への意気込みか。いつもだったら余裕なまま喋れたのにな。そもそもここまで完勝と言っていいほど勝ってるんだから、ちょっとくらい調子に乗ってもいいんじゃない?
「大丈夫ですよ」
「え」
「人なんですから、緊張するのは当たり前です。迷ってしまうのは、当たり前なんです。私も、誠一様だって大きな勝負の前では一歩踏み出すのを躊躇ってしまうんです」
髪を編むその手がゆっくりと動く。規則正しいその動きは、オルゴールに合わせて踊る機械人形みたいだ。
静はゆっくりと紡ぐ。ただ。噛み締めるように。独り言のように。
「緊張『しない』ことはとても難しい。でも、それを受け入れてしまいましょう。大丈夫なんですよ。勝ち負けがある以上、絶対に勝てる勝負なんて最初から存在しないんですから」
「それくらい。それくらい分かってるよ。でもさ、言うだけなら簡単だよね。結局やるのは私。失敗するのも私……静は、見てるだけでいいもんね!」
ぴたりと指先が動きを止める。遅れて、彼女の細く柔らかな指の動きを縛りつけた、こんなにもか細くで情けない声が自分のものだと理解した。
私ってこんなダサいやつだったっけ。
心の中に住んでいる臆病で情けない自分を他人事のように見ていた。胸の奥から溢れた醜い感情を直視する。軽蔑。後悔。羞恥心。そしてその全てをごちゃ混ぜにした真っ黒いそれのなかで一番強くて大きいもの。
「怖いですか。負けることが」
「そう。そうだよ!!保証が無いのがいや。負けるくらいなら戦いたくない。いつかどこか大事なところで、取り返しのつかないことになるんじゃないかって……ずっと息苦しいの」
今日負けたら、これまでの全部が無駄になるかもしれない。これまで大丈夫だったからなんだ。今日負けたら全部終わりなんだ。
それに……首尾よく勝てたとして。私は本当にスターになれるのだろうか。シアラさんは素敵な人だけど、私は自分があまり信用できなかった。どうしてこんな私のことを「才能がある」だなんて言ってくれたのか。今考えてみれば、私を慰めるための嘘だったんじゃないかって思えてしまう。
どれだけ頑張っても報われなくて、それでもし失敗したら……シアラさんだけじゃない。おじさまも、静も、他のみんなだって絶対がっかりする。
「すっごく怖いの。生まれて初めてクラバに出たくないって思ってる。負けたらどうしようってずっと考えちゃってね。昨日はあんまり眠れなかった」
「そうですね。踏み出すことは恐ろしい。失敗は恐ろしい。ですから『逃げる』というのも一つの選択肢です。ですがお嬢様。この大会に出る前におっしゃられたことを覚えていますか?」
「宇宙一の……大スターになるってやつ?それは、私だってできるものならやりたいよ。でも……」
「そうですね。それでも吐いた唾は飲み込めないというやつです。それに『宇宙一』でなくとも、大なり小なり夢を叶えるためにはどんな形であれ勝負は避けては通れません」
静の両手を振り解く。逃げるように。その事実がまた自分の心を締め上げるのを自覚しつつ、正面に立つ彼女に向け吐き捨てるように叫んだ。
「だから、その勝負ってやつが嫌だって言ってるじゃん!戦いたくないの。頑張れないの。じゃあ逆に聞くけどさ、どうすれば戦おうって思えるか教えてよ!」
「信じることです」
自分を、周囲の人々を信じることです。
端的に放たれたその一言に思わず目を見開く。
疑念も誇張も無い、こんな真っ直ぐな言葉が世の中にはあるらしい。
「多くの人は弱い。失敗します。間違えます。困難から逃げ出します。恐れを抱いてしまうからです。稀にどんなことにも恐れを抱かない強さを持つ人もいらっしゃいますが……お嬢様は違いますよね」
淡々とした語りはとてもゆっくりと、しかし着実に進む。
「ですが、人は積み上げることができます。困難を乗り越えるために努力を積み上げることができます。そうしたら、積み上げたものを信じて行動する。大切なのはこの二つだけです」
私は、彼女の小麦色の瞳を見た。揺れていた。
そっか。何事にも動じない、強い人だと思っていた。でも違うんだ。
迷っている。恐怖している。「でも」なんだ。そうやって頑張ってきた人なんだ。
「逆に言えば人間にはそれしかできないとも言い換えられますが……世の中の勝利や成功の多くはドラマティックではない、当たり前の努力の先にあるものですから」
「積み上げた過去を見つめてください。恐怖に呑まれないために、そしてご自身の夢を見失わないために」
静が振り返る。つられて視線を向けたその先には、丁寧に磨かれたトロフィーたちが飾られていた。埃一つ無いように、毎日、丁寧に掃除されている。
私のためだ。私のために、彼女は何も言わずそうしてくれていたのだった。
「貴女は強い。もしも貴女が自分の実力を信じられなくとも、貴女の強さを知っていて下さる方がたくさんいらっしゃいます」
「じゃあ、さ。どうして皆私のことを信じてくれるの?こんな、大したこともできない私を」
「みんな。お嬢様のことが好きだからですよ。好きだから、応援して信じてくださっているんです。それに、お嬢様はもう十分努力されていますよ。毎日いやというほど勉強しましたからね。私の講義、死ぬ程辛かったのでしょう?」
風が吹いた。カーテンが舞う。日差しを受け悪戯に笑う彼女は、珍しく楽しそうだった。
だからかもしれない。心の中の整理がそう簡単につくとは思わなかったけれど。長く霧がかかった空が晴れる寸前の、何気ないきっかけになるかもと思ったから。
いつもなら聞かないことを聞いた。
「ばか……ねぇ、静は?私のこと……」
「ええ。大好きです。ですから、生きて帰ってきてください。全てが終わったら、街に出て目一杯遊びましょう」
「……うん」
「では、もう一度座っていただけますか。もう少しで髪も結い終わりますから」
その言葉通り、静はすぐに終わらせた。あとは玄関の荷物を持って迎えの車を待つだけだ。
靴を履きながら備え付けの鏡を見る。反転した鏡像は黒いリボンで纏められたハーフアップヘアをしていた。
「いってらっしゃいませ」
背中越しにかかる言葉に思わず振り返る。少し離れたところに立つ彼女の顔を視界に入れた瞬間、我慢ならなくなって急いで立ち上がる。
それから少し立ち止まる。顔に出すのは恥ずかしいから、誤魔化すように精一杯大きな声で叫ぶ。渦を巻く胸の内が、絶対に悟られないように。
「うん。じゃあ、いってきます!」
———崩壊:スター・レイル・ラン———
『転移ゲート開きます。秒読み10秒前。10、9、8……』
見慣れた
メンテナンスは十分。気力も万全。何となく、無線を開いてオペレーターに繋いだ。
すぐに回線は繋がり、オペレーター室の美夜さんが出る。
『もしもし、ジェニィちゃん。どうかした?システムに何か問題でもあったかしら?」
「ううん。違うの。ただ、お礼を言いたかっただけ」
『急にどうしたのよ。嬉しいけど』
大きな部屋にけたたましいベルが鳴り響く。それから大気がビリビリと震えて、宇宙空間に繋がる穴が開いた。
もうすぐ宇宙へ飛び、試合が始まる。時間が無いから用件は手短かに伝えたかった。
「皆にも伝えておいて。いつも応援ありがとうって」
勿論。美夜さんもね。
「ふふ……あの姉妹が聞いたら泣いて喜ぶわね。了解、必ず伝えておきます」
体が次第に軽くなる。重力が薄くなっていっているからだ。そして青白いゲートが完全に開き、出撃する時間が来た。
負けたら、失望されたら。そういう弱気な気持ちを心の奥に封じ込めるために、皆の顔を思い出してみる。応援してくれる人がいる。私が積み上げたことを、私自身が信じる。
変わらない過去が私を支える。負けないためではなく、勝つために。
「『NUE』、ブルーブレイザー!出ます!」
機体が加速する。カタパルトを走りゲートを抜け、私とブルーブレイザーは宇宙空間へ飛び出した。
『全システムオールグリーン。通信異常ナシ。視界も良好。いい感じ〜』
機体コンピュータを監視するAIの、間延びしたシステム音が響く。その言葉通り、カメラ越しに広がる宇宙は平和そのものだった。
真下(という表現は少し違うけど)にはアハトピア。右後方に幻月。周囲にはデブリや隕石群は無く、全方位に銀河に散らばる星々が輝いている。
「敵のメカヨロイは……まだいないか」
センサーとスコープで周囲を探るが、敵影は見えない。
『ピピピ。衛星電波を受信。通信を開きますか?』
来た。クランバトル開始の通信だ。コンソールを操作すると、手元にホログラムが投影された。そこにあるのは、『NUE』(私)の名前と、敵のパイロットの名前。
「『ナナシノ』ねぇ……」
相手パイロットの名前である。名前は無いのだけど。いや、「ナナシノ」という名前があるとも言える……訳分からなくなってきた。
前方を見据える。とにかく、このパイロットが私の対戦相手。リプレイ動画からの研究から分かったこととして、バトルスタイルは中〜長距離からの狙撃を得意としている。逆に、近距離には滅多に近づかない人物なのが分かる。慎重なのか臆病なのか。
準決勝では懐に入られた途端動きが悪くなって片腕を切り落とされていた。その後何とか逆転勝ちしていたが、近距離に入ればかなり有利になるはず。
しかし逆に言えば……相手は近づかれることを極度に警戒している。こちらの射程外からネチネチ狙撃されたらうざくてたまらないだろう。
「まず、狙撃の距離と精度を測る。それから近づくか撃ち合うかを決めよう」
欲張って無理に近づこうとはしない。焦っては駄目だ。私のこれまでの戦いを思い出そう。大丈夫。だいじょうぶ。
「ぁあぁあ〜。やっぱ無理ぃ」
『ジェニィ。ガンバレ、ガンバレ』
『そうよ、ジェニィちゃんだって狙撃は得意でしょ。深呼吸して、ね?』
あい。頑張ります……。
心の中でアッハに祈る。どうか、楽に勝たせてくれ……!!!
『両プレイヤーが到着しました。只今をもちまして試合を開始いたします』
センサーが動く。遥か前方に青白い光球が生まれ、次第に輪を形作る。
その中から現れるのは、黒の塗装が印象的な機体。ブルーブレイザーの白と青のカラーリングとは対照的な、闇に紛れることを狙いにしているようだ。
『5、4、3……』
カウントダウンが始まった。スコープを敵機に固定し、操作レバーを握りしめる。
心臓が爆発しそうだ。たった5つのカウントがこねくり回された粘土のように伸びていく。でも、頑張れ私。応援、されてるんだ!
『2、1。決勝戦、試合開始!』
行こう!
スラスターを吹かせて急発進。目前の敵に向け先手を取るため襲いかかった。
お互いに接近する。ビームライフルの射程に入れるためだ。同時に相手の射程を推し測るため。
視界中央が輝く。知覚した数秒後には左手に構えた合金シールドに焼けつくような衝撃が叩き込まれた。
「嘘!思ってた以上に射程が長い。それに、こんな距離でこの威力……!」
降り注ぐ光の雨を旋回して避け続ける。スラスターが火を吹き、強風に煽られた木の葉のように不規則に飛ぶ。けれど、猟犬のような弾丸からいくら逃げても彼我の距離が広がることは無かった。
避ける。避ける。避ける。避ける。避ける。避けて、終わりが無い。
操縦桿を握る腕が小刻みに震えた。眼球は痛いくらいに乾き、迫り来る終わりを避けるため動き回る。シールドでは防げない。この威力を受け続ければいずれこちらの限界が先に来る。消費を最小限にしなければ、この弾丸に当たってしまえば。
「死…………ヒュッ……」
避けられなかった光弾の幾つかがシールドを焼く。じりじりと命が削られる実感。死が自分に近づいている予感。
しかしその消耗を対価に、私は武装の一つを発動する時間を得た。
瞬間。極光が世界を埋め尽くし、黒煙が視界を覆う。
この距離で正確に狙撃するなら、相手は間違いなく精度の高いスコープを使っている。なら、このフラッシュグレネードで相手の目を数秒焼くことができるだろう。
そして煙。視界を遮り、一度距離を取る。
煙が晴れるまでの僅かな時間の後、全力のバック移動のお陰で遠目に見える敵機の射程距離からは逃れられたようだった。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっううう」
瞬きしろ。呼吸しろ。胸の中で呟き、体に言い聞かせる。遅れて肺と瞼が完全に停止していたことに気づく。ふとスクリーンの端を見ると、試合開始からまだ数分しか経っていなかった。
手の震えが止まらない。もしあの狙撃から逃げられていなかったら、間違いなく私は死んでいた。
『ピピピ。パイロットのバイタル上昇を確認。シヌノカ?』
「生きてるよ!勝手に殺すな!」
『ジェニィ!そのまま狙撃圏から離脱して。武器の性能差は貴女でもどうにもならないわ』
「ラジャー!距離を維持しつつ牽制します!」
互いに放った光弾は一部が衝突し閃光と共に消え去り、そうでなければ明後日の方向へと流されていく。そして残りの一部はこちらまで到達し、回避できなかったものが少しずつ機体の外壁を削り取っていく。
相手……『ナナシノ』。
反省しよう。ぶっちゃけ舐めてた。どこから手に入れたのか知らないけど、私以上の精度を誇るパイロットに超長距離の狙撃を可能にする武器がついていている。アッハですらドン引きして常識を問い質すレベルの組み合わせだ。
「ちょっと勝つのは難しい、かも?」
呼吸が整うにつれ次第に頭が冷静さを取り戻していく。状況は悪い。寧ろどんどん悪化している。レーザーの撃ち合いで抗おうとすればするほど、ブルーブレイザーはその白銀の体に罅と傷を負っていった。逆に相手は無傷。相手の技術が私を上回っていることの何よりの証拠だ。
高低差という概念が無い宇宙空間において、何より重要なのは「攻撃の射程」。
私の攻撃は届かず、こちらの武装は削られ続ける。攻撃しようと思えばさっきの地獄に飛び込むことになる。次は躱せるかどうか。もし失敗すれば……。
『ジェニィちゃん。悔しいかもしれないけれど、ここは相手の出方を伺いましょう。弾丸か燃料はあちらの方が切れるのが早いはずよ。今のうちに私たちは敵機の有効な射程範囲の詳細を調べるわ』
シールドも削られた。装甲も、武装だって消耗してしまった。戦略的に見れば私は大負け。
経験則で分かる。一度テンポを握られた試合を、流れを変えられた試合を再び揺り戻すのは難しい。
「待って。待ってください」
だから私は大きく深呼吸する。そして、ゆっ……くりと息を吐いていく。肺が縮み、体が内側から弛緩する。
敵の攻撃は来なかった。弾切れか様子見か。「攻撃は来ない」。なんとなくそんな確信があって今……私は操縦桿すら握ってない。
『ジェニィちゃん?』
このままでは負けることははっきりと分かる。だからやり方を変えようと思った。
両手を翳して遠くの星々へ伸ばす。スクリーンに映る映像の星々と、ヘルメットを抜けて私の瞳で煌めくその光を感じる。
『我らが『NUE』ちゃんは最強やろ?』
『試合見てたよ!もうすっごい!超かっこよかったんだから』
『今日直接お会いして確信しました。貴女には、才能がある。挑戦する資格がある』
『ええ。大好きです。ですから、生きて帰ってきてください。全てが終わったら、街に出て目一杯遊びましょう』
なんとなく。そう、これも「なんとなく」。
見上げていた。これまで見上げ続けて恋焦がれた、私を産んだはずの「もの」。そうだ。私を生かすものが、今私の中で燃えている。
「ねえ。さっきも言ったんだけどさ」
管制室で無線を聞くオペレーターたちへ。帰りを待つ彼女へ。試合を見ている全てのひとへ。
「いつも支えてくれてありがとう。皆がいたから、私はここまでやってこれた」
「でも」とその上で言い放つ。今更気づいたから。敵がどれほど強くたって……「戦っているのが誰か」を。
皆が信じてくれる。積み上げた努力を。今こうして戦う私を。この最強のパイロットを。
「私は『NUE』だ。相手が誰かなんて関係ない。私が勝つ。『NUE』(私)だから勝つ。いつも通りにやれば、多分大丈夫」
私の戦いをする。最強だと、そう恐れられ信じられる戦い方を。
さっきみたいな逃げ回るだけの情けない戦い方はもうしない。どれだけ凄い射撃でも当たらなければいい。射程距離に入れてからぶちのめせばいい。それが……私の戦いだ。
「だからさ?信じて。いっぱい応援して。私が、この世界のスターだって!」
ちょっと言うのは恥ずかしかったので、最後の方は雑に早口になってしまった。
ちゃんと聞こえていたかな。カッコつけすぎたかな。別の意味で上昇する心拍をなんとか収めようとしていると。しばらくして向こう側から言い争いのような音が聞こえ、その後通信が切れた。
と思えば酷い音質で大声が響いてきた。
『勿論だよ。負けないで、ジェニィちゃん』
『そうだ……君なら勝てるよ!』
『頼む……怪我には気をつけろよ!ジェニィちゃん!』
頑張れ。行け。勝てる。いやもう勝ってる。
いい加減な応援も、怒鳴るだけのような声援も。音声の質が悪いのはオペレーター室でマイクの奪い合いをしているからだろう。いい大人がむきになってマイクを強奪しようとする様が見える見える。
この大騒ぎに感化されて、AIですら空気を読む。
『ジェニィ。ガンバレ、ガンバレ!』
「ふふ。ありがと」
今まで、こんな気分になった事無かった。でも今なら、どんな敵にだって勝てる気がしている。
操縦桿を握り締める。ディスプレイ上では拡大された敵機が武器を構え攻撃の気配を見せていた。
けれど問題ない。相手は今からこの『NUE』に弾丸を当てなければいけないんだから。
それがどれだけ難しいことか。今思いしらせてやる。
「『NUE』……いいえ。ジェニファー・フリートウッド、ブルーブレイザー。行ってきます!」
膠着した戦況が動き出す。先に仕掛けたのはどちらだったか。もしかしたらお互いが同時に動いたのかもしれない。無意識のうちに、示し合わすように私たちは動いた。
空域が爆発的な白光に染まる。蒼白の機体がそこに飛び込む。
ゼロ速度からトップギアまで。刹那の境界を跨ぎ、戦いが幕を開ける。
飛ぶ。翔ぶ。
あまりの速度に機体がガタガタと揺れる。そして最初の光弾が機体へと迫り、するりとその真横を通り抜ける。弾丸の軌道を読み、直前で回避した結果だった。
するりするりと弾幕を避け続ける。時折フェイントのつもりなのか弾速のリズムや量が変化するが関係ない。私には頼れるオペレーターたちがいる。
『気をつけて!次は前方右上に時間差の弾が来てる!』
指示の通り避けた弾幕の裏側、回避不可能な位置に隠された攻撃を盾で受ける。直撃させないよう、斜めに構え弾くように。これで消耗を減らせる。
そうやって避けられない弾は盾で受けるか、弾丸を相殺させて弾く。そうして光の川を天に昇る魚のように着実に泳いでいく。私の十八番、弾避け泳ぎである。名前は今考えた。
そしてついに、対戦相手『ナナシノ』の姿を間近に捉えた。
「いい加減、一発くらい入れさせてよね!」
そんな思いに応え幻造の体が咆える。傷つき殆ど使い物にならなくなった盾が最後の輝きを見せ弾丸を受け続け、私を敵影のもとへ送り届けようとその身を軋ませる。
そこから始まった10秒に満たない攻防。後方に逃げながら狂ったように銃をぶっ放す敵に対し、その顔面を狙い弾丸をぶっ放しながら追い縋る私。これまでの狙撃戦からすれば一瞬の出来事を経て、『ナナシノ』と対峙する。
構えられた銃口が雷光を纏う。それと同時にバキン、と音が鳴った気がした。宇宙空間では音が伝わらないから、ここまで連れてきてくれた最高の盾の遺言を聞くことはできなかったので妄想だけど。でもその敵討ちとして絶対に、『ナナシノ』(こいつ)の首を獲ってみせる。
「うりゃあい!」
頭部破損による戦闘不能を狙うべく、熱線が軌跡を刻む。滑らかに虚空を翔ける弾丸は、その姿通り稲妻のように首元へ吸い込まれた。そして……ばちん、という電流の音と共に弾かれてしまう。
「嘘!?」
機体が揺らぎ、遅れて攻撃を防いだ原因を理解した。ビームフィールドだ。いつの間にか展開された、空中に浮遊するビット兵器が生み出すこのバリアが私の弾丸を拒絶している。
そして反撃はそこで終わらない。規則的に並ぶそのビットが回転しながら円を描き、それら全ての先端が私へと向けられた。ナナシノのメカヨロイが私へと銃を突き出し、その動きに呼応するようにビームの嵐がビットから吹き荒れた。
「あああ!まだまだ!!」
避けて弾く。半ばから焼き切られた盾の残骸を放り捨て一心不乱に避ける。
飛び散る光と闇が目の奥で回転する。追う者と逃げる者。その関係性が一瞬にして切り替わってしまった。
先ほどの焼き回しのような光景。しかし決定的に違うのは、奴には身を守る盾(ピット)があり、私には無いということ。その意味はほんの些細な戦況の瓦解によって明らかになる。
ぼきり。
間に合わなかった。避け損ねた弾丸が左腕を貫く。衝撃でコクピットの中が洗濯機にぶち込まれたみたいに撹拌された。
考える前に肌感覚が伝える。今動かなければ死ぬと。けれど振り回された腕と頭は動いてくれない。
ほんの一瞬。ほんの些細な戦況の瓦解が、戦場を大きく変えることを私はよく知っている。
動きの緩んだ隙を狙い、レーザーの雨が降り注ぐ。死を恐れる本能と経験の生んだ反射が無理矢理に操縦桿を動かさなければ今頃あの雨の中に取り残されていた。あの、左腕のように。
ディスプレイの端で砕け散っていく左腕を横目に止まない攻撃を回避し続ける。
腕と盾を失い、相手は五体満足。
相手の攻撃は終わらず、死神の指が相変わらず背中をなぞっている。
「ほんと、死にたいくらいだわ」
戦いは終わらない。絶望的な戦力差を覆す、遠い終着に辿り着くまで。