The Greatest Pitcher of All Time〜絶望の右腕と史上最高の32年〜   作:晴れのち曇り

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1.88の爪痕

二年目の春季キャンプ。宮崎県南部のグラウンドを包む空気は、前年とは劇的に変わっていた。

バックネット裏には、カメラを構えた無数の報道陣とファンが詰めかけていた。視線の先にいるのは、背番号「68」のグラウンドコートを着て、黙々と外周を走り込む神楽坂翔だ。一軍で5勝、防御率1.88。シーズン最終戦での完封劇という「爪痕」は、彼を瞬く間にプロ野球界の注目の的に押し上げていた。

「おい神楽坂! 今年は何勝目指すんだよ!」

フラッシュと矢継ぎ早の質問を、神楽坂は完全に黙殺していた。彼の頭の中にあるのは、自身の身体が描く放物線と、右肘にかかるトルクの数値だけだった。

「相変わらず、周りが全然見えてない顔してるね」

グラウンドのフェンス越しに、葵結衣がノートを抱えて立っていた。前年までの地元のローカル紙から、早くも本社のスポーツ部に引き抜かれ、今ではライオンズの番記者の一人として一軍キャンプに帯同している。

「結衣か。……取材なら、あとで広報を通してくれ」

「固いこと言わないの。幼馴染の特権で一言ちょうだい。……それにしてもすごい報道陣だね。翔ちゃん、すっかり注目の的だよ」

神楽坂は足を止め、自分の胸の「68」を軽く手で払った。

「注目なんてどうでもいい。まだ一年、たった5勝しただけだ。この『68』に、相手打者が絶望するくらいの重みをつけていくだけだよ」

「……相変わらず頑固。でも、そういうの翔ちゃんらしいや」

結衣はクスッと笑い、ペンを耳に挟んだ。

「気をつけてね。今年は相手も徹底的に翔ちゃんを研究してきてるよ。……特に、すぐ隣にいる同期も含めてね」

結衣の視線の先では、高卒2年目を迎えたドラフト1位の逢坂涼介が、凄まじい熱量でブルペン投球を行っていた。150キロ台後半の直球に加え、オフに磨き上げた落差のあるフォークが、捕手のミットを激しく鳴らしている。

一浪を経てプロに入った神楽坂は今年20歳、高卒ストレートで入った逢坂は19歳。年齢は一つ違うが、同じドラフトで入団した「同期」だった。

「今年は俺がローテの軸になる。神楽坂、お前の好きにはさせないぞ」

すれ違いざま、逢坂が露骨な対抗心を剥き出しにして言い放った。神楽坂は「期待してるよ」とだけ短く返し、自分のグラブに視線を戻した。前年、自分を見下していたドラ1の天才は、今や牙を剥く本物のライバルへと変貌していた。

 

#### 2

開幕から、神楽坂は先発ローテーションの一角に名を連ねた。

しかし、プロの「二年目のジンクス」と呼ばれる壁は、思わぬ形で神楽坂に襲いかかった。相手球団のスコアラーたちが徹底的に分析してきたのは、彼の「ショートストローク」の弱点——ではなく、そのフォームを支える「肉体の疲労度」だった。

五月上旬のFファイターズ戦。

「……打たせないが、振ってもくれないな」

キャッチャーボックスの橘謙吾が、マスク越しに低く呟いた。

相手打線は、神楽坂の155キロ超の直球に対して、極端にコンパクトなスイングでカットを繰り返してきた。ファール、ファール、ファール。初球から簡単に打ち気にならず、ボール球を見極め、徹底的に球数を投げさせてくる。

「球数を使わせる作戦」だ。テイクバックのないショートストロークは肘への負担を皆無にする反面、体幹の鋭い捻転と背筋の強い引き込みを必要とする。球数が80球を超えたあたりから、神楽坂の腹斜筋と背筋に、わずかな疲労が蓄積し始めていた。

七回裏。球数はすでに100球を超えていた。

157キロ出ていた直球の球威が、151キロまで落ちる。指先の押し込みがほんのコンマ数ミリ甘くなり、ボールがストライクゾーンの真ん中に集まり始めた。

カンッ! カンッ!

鋭い打球が、次々と外野の頭上や三遊間を襲う。連打、連打で一死満塁。打撃陣の猛攻の前に、神楽坂はマウンド上で肩を上下させた。

だが——神楽坂の瞳から、冷徹な光が消えることはなかった。

「……打たれても、ホームには還さない」

指先が痺れ、体幹の軸がブレそうになるのを、解剖学的にギリギリの筋出力で補正する。橘が胸の前で構えたミットへ、泥臭く、しかしミリ単位でコントロールされた152キロのインハイ。そして低く沈むスライダー。

パシィン! ドン!

連打を浴びながらも、満塁のピンチで相手の5番を浅い中飛、6番を三振に仕留め、ついに「無失点」のままベンチへと戻ってきた。

【神楽坂:7回 108球 被安打8 奪三振6 与四球2 失点0】

打撃陣の援護にも恵まれ、試合には勝利した。だが、ベンチに戻り、右腕にアイシングのボルトを巻きつける神楽坂の表情は暗かった。

「……粘られたら、100球でフォームの軸がブレる。打たれ過ぎました」

「アホか」

隣に座った橘が、スポーツドリンクのペットボトルを神楽坂の頭にポンと当てた。

「被安打8でゼロに抑えて勝ったんだ、胸張っとけ。だが……直球とスライダーの二種類だけじゃ、一軍の主砲どもは二巡目、三巡目で慣れてカットしてくる。100球行く前に仕留める『第三の球種』が必要だな」

「第三の球種……」

「手元で急激に沈むやつだ。お前のアホみたいな指頭圧なら、落とす球種を持てば、打者はカットすることすらできなくなる」

橘の言葉に、神楽坂は固くなった自分の指先を見つめた。落ちる球——スプリット。だが、通常のフォークやスプリットのように肘を大きく使って投げれば、せっかく構築したショートストロークのシステムが崩壊する。

「肘を使わずに、指の圧力だけで落とす……」

狂気的な思考のギアが、再び回転し始めた。

 

#### 3

その日の夜。遠征先のホテルのロビーで、神楽坂は一人、ボールを握りながら指のシミュレーションを繰り返していた。

「やっぱり、ここでも練習してる」

私服姿の葵結衣が、缶コーヒーを二つ持って歩み寄ってきた。神楽坂の隣に腰掛け、温かい缶を彼の左手に握らせる。

「ありがとう」

「今日のピッチング、すごかったね。打ち込まれて満塁になっても、全然顔色変わらないんだもん。テレビの解説の人も『神楽坂の強靭なメンタル』って絶賛してたよ」

「メンタルじゃないよ」

神楽坂は缶コーヒーの温もりを感じながら、ぽつりと言った。

「満塁になった時、頭の中で計算してたんだ。打者の踏み込みの角度と、自分の背筋の疲労度。どのコースに投げれば、打球が野手の正面に飛ぶ確率が一番高いか。それだけ」

「……うわぁ、出た。相変わらず全然可愛くない」

結衣は呆れたように息を吐いたが、その瞳にはどこか愛おしそうな色が混ざっていた。

「でもね、翔ちゃん。記者席で見てて、ちょっと怖かったんだよ。100球超えたあたりから、翔ちゃん、自分の体を削りながら投げてるみたいに見えたから」

結衣は膝の上でノートを強く握りしめた。

「18歳の時、目の前で翔ちゃんの肘が壊れた日のこと、私、今でも夢に見るんだよ。だから……どんなに抑えても、無理だけはしないでほしい」

神楽坂は握っていたボールの縫い目に指をかけ、結衣の顔を静かに見つめた。

「壊さないよ。そのために、新しい球を作るんだ。……指の圧力を変えるだけで、相手のバットの軌道から消える球を」

「バットから……消える球?」

「ああ。これがあれば、球数をかけずに三振が取れる。100球の壁も越えられる」

神楽坂の真剣な眼差しに、結衣はふっと口元を緩めた。

「……そっか。じゃあ、私はその『消える球』が完成する日を、一番楽しみに記事にするね。絶対、誰よりも早く見破ってみせるから」

「ふん、結衣に分かるかな」

「バカにしないでよ! これでもプロ野球記者なんだから!」

夜のロビーに、二人の静かな笑い声が溶けていった。

 

#### 4

神楽坂の試行錯誤は結実した。

肘を振るのではなく、ボールの縫い目にかける人差し指と中指の「押し込みの力」を数ミリ単位でずらす。直球と同じ軌道から、打者の手元で急激に真下、あるいはわずかに手元へ沈み込む魔球。

のちに全米を震撼させることになる**「Ghost Splitter(ゴースト・スプリット)」**の原型が、この夏に誕生した。

後半戦、新球種を携えた神楽坂のピッチングは無双の域に達した。

相手打線が球数を投げさせようとカットを狙うと、直球と同じフォームから放たれたスプリットが手元で消え、空を切る。80球台でサクサクと7回、8回を片付ける神楽坂の投球速度に、相手球団は完全に沈黙した。

そして、神楽坂の覚醒に触発された逢坂涼介もまた、プロの壁を破った。

フォークの精度を極めた逢坂は、破竹の勢いで勝ち星を重ね、自慢の剛球で三振の山を築いた。二人は互いに「あいつが勝ったなら俺も勝つ」と言わんばかりに、ライオンズの勝利を牽引し続けた。

シーズン最終戦。

神楽坂は8回無失点、最後の打者を新球種のスプリットで三振に打ち取り、今季**13勝目**を挙げた。

そして翌日、逢坂も完投勝利を挙げ、今季**10勝**に到達。

高卒同期入団の2年目にして、**「ドラフト同期ダブル二桁勝利」**という、球団史に刻まれる快挙を成し遂げたのだった。

**【神楽坂 翔・プロ2年目(20歳)成績:24試合登板 13勝4敗 防御率 2.12】**

**【逢坂 涼介・プロ2年目(19歳)成績:22試合登板 10勝6敗 防御率 2.85】**

シーズンオフの記者会見。

詰めかけた報道陣の前で、逢坂がマイクを握り、隣の神楽坂をチラリと見た。

「13勝も勝たれて、正直めちゃくちゃ悔しいです。でも……神楽坂がいたから、俺は10勝できた。来年は俺が最多勝を取ります」

神楽坂は静かにマイクを引き寄せ、短く答えた。

「逢坂くんが後ろから追ってきてくれたから、僕も100球の壁を越えられました。来年も、この背番号68でチームの勝ち頭を目指します」

フラッシュの渦の中、並び立つ「11番」と「68番」。

その様子を記者席の後方で見つめていた葵結衣は、原稿の最後にこう書き添えた。

*『光を放つ背番号11と、静かな熱気を孕む背番号68。*

*打ち込まれ、苦しみながらもホームを踏ませなかったあの日、神楽坂翔はまた一つ強くなった。*

*二人の2年目が引き寄せるライオンズの未来は、どこまでも眩しく、恐ろしい』*

 

**【朗報】西武のドラフト同期2年目コンビ(神楽坂・逢坂)、二人揃って二桁勝利達成wwww**

1: **風吹けば名無し**

神楽坂翔(20・浪人):24試合 13勝4敗 防御率2.12

逢坂涼介(19・高卒):22試合 10勝6敗 防御率2.85

この同期2年目コンビ凄すぎだろwwww

西武の先発ローテ、あと10年は安泰じゃねえかwww

2: **風吹けば名無し**

逢坂の10勝も高卒2年目としては大絶賛されるレベルなのに、

1歳上の神楽坂が13勝&防御率2.12とかいう化け物数字叩き出してるせいで霞むの草

3: **風吹けば名無し**

> > 2

> > 今日の会見で逢坂が「めちゃくちゃ悔しい」ってハッキリ言ってたなww

> > バチバチのライバル関係最高だわ

> >

>

4: **風吹けば名無し**

5月頃の神楽坂、相手に球数投げさせられて毎試合100球超えてボコボコ打たれてたよな?

被安打8とか打ち込まれてたのに、なぜか毎回「失点0」で降りてきてて笑ったわ

5: **風吹けば名無し**

> > 4

> > 「粘られて打ち込まれてるのに点だけは絶対に与えない」とかいう謎の粘り強さwww

> > 計算して投げてるらしいけどメンタルが化け物すぎるんよ

> >

>

6: **風吹けば名無し**

しかも後半戦から急になんか変な落ちる球投げ始めなかったか?

直球と同じフォームから急激に沈んで打者がクルックル空振ってたぞ

7: **風吹けば名無し**

> > 6

> > あれスプリットらしいで

> > なお、橘のリードと組み合わさって後半戦の三振数がえぐい模様

> >

>

8: **風吹けば名無し**

ドラ6の浪人上がりが2年目で13勝エース格になるとか誰が予想できたよ……

岩巻スカウト優秀すぎるだろ

9: **風吹けば名無し**

葵記者のコラム読んだわ

「打ち込まれながらもホームを踏ませなかったあの日」って表現、5月のあの試合のことやな

ファンもヒヤヒヤだったぞwww

10: **風吹けば名無し**

背番号11のドラ1逢坂と、背番号68のドラ6神楽坂。

この凸凹同期コンビがダブル二桁勝利とか胸熱すぎる

11: **風吹けば名無し**

来年は最多勝争いか?

神楽坂と逢坂のどっちが先にタイトル獲るか楽しみすぎるwww

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