The Greatest Pitcher of All Time〜絶望の右腕と史上最高の32年〜   作:晴れのち曇り

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覚醒の代償と頂の景色

1

四年目の春。埼玉西武ライオンズのキャンプ地に、一人の規格外の男が加わった。

マーカス・ヴァンス(34)。メジャーリーグで通算215本塁打を放った実績を持つ大物助っ人野手が、開幕直前に電撃加入したのだ。190センチを超える巨躯から放たれるフリー打撃の打球は、ナゴヤドームや福岡PayPayドームの網を軽々と越えていく。

そのマーカスが、ブルペンで神楽坂の投球をじっと見つめていた。

「Hey, Sho. お前のそのフォーム……テイクバックがまるで無いな」

練習後、ロッカールームでプロテインを飲む神楽坂に、マーカスが陽気に話しかけてきた。

「肘を痛めて、解剖学的に負担のないフォームを作ったんです」

「アメイジング(素晴らしい)だ。メジャーの打者は160キロのストレートでも平気でスタンドに叩き込むが、お前みたいに『手元から突然ボールが飛び出してくる』フォームには絶対に振り遅れる。……Sho、お前のその『消えるスプリット』、アメリカのバッターに見せてやりたいよ」

マーカスはそう言って豪快に笑った。

メジャーの猛者たち——160キロを軽々と打ち返し、2度曲がる高速スライダーを投げる怪物たちの話。これまで「パ・リーグの打者を絶望させること」と「自身の肉体の最適化」だけに集中していた神楽坂の頭の中に、初めて「海の外の世界」という新しい解剖学的データが刻み込まれた。

「……160キロを苦にしない打者、ですか」

神楽坂は静かに自分の右手のひらを見つめた。

#### 2

マーカスの加入で打線に圧倒的な軸ができたライオンズは、開幕から首位を独走した。神楽坂、逢坂の2本柱に、抑えの陣内(27)が君臨する投手陣は隙がなく、チームは連覇へ向けてひた走っていた。

だが、七月半ばのBバファローズ戦。激しい猛暑の中、トラブルは突然訪れた。

5回表、二死満塁。神楽坂の投じた156キロの直球が大きく外れ、ボールとなった。

「……タイム」

キャッチャーボックスから立ち上がった橘が、すぐさまマウンドへ駆け寄ってきた。橘の眼光は鋭かった。

「神楽坂、右手見せろ」

神楽坂は一瞬躊躇したが、差し出した右手の指先を見た橘は息を飲んだ。人差し指の爪が中央から縦に割れ、白いユニフォームのパンツに赤い血が滲んでいた。

「爪割れか。……マウンド降りろ。交代だ」

「いえ、投げられます」神楽坂は表情ひとつ変えずに言った。「指頭圧の支点を人差し指から中指と親指の腹へ変えれば、爪にかかるトルクは40%軽減できます。まだ抑えられます」

「バカ野郎!」橘が低く、だが激しい声で一喝した。「無理して指の形がおかしくなったら、お前が数年かけて作ったショートストロークのバランスが狂うんだぞ!」

「大丈夫です」神楽坂は橘のミットをまっすぐ見つめた。「橘さん……去年の秋から、二人でこっそり練習してきた『あの球』があります」

橘は一瞬目を見開き、ハッと息を呑んだ。

シーズンオフの誰もいないブルペンで、二人だけで密かに投げ込んできた試作品——指の腹でボールの側面にだけスピンをかけ、爪に負担をかけずにストレートと変わらない153キロで手元で鋭く変化させる「高速カットボール」。実戦での負担を考慮し、まだ封印していた勝負球だった。

「……あのカットボールか。実戦で一球も投げてねえんだぞ?」

「橘さんが受けてくれた球です。僕の指頭圧のデータと、橘さんのミットの位置なら、絶対に投げ込めます」

橘は一瞬フッと不敵に口元を緩め、自身のプロテクターを強く叩いた。

「ハッ……言いやがる。よし、橘・神楽坂の『極秘兵器』、実戦解禁だ! 俺のミットに全集中しろ!」

再開されたマウンド。神楽坂は人差し指の爪を使わず、橘と幾度も確認した指の腹の圧力でボールを押し切った。

158キロの直球とまったく同じ軌道から、ホームベース直前でわずか数センチだけ鋭く横へカットする球。相手の主砲は直球と誤認してバットを振り抜いたが、手元でわずかに芯を外され、鈍い打球音とともに球は力なく三塁手のグラブへと収まった。

ガンに表示された球速は**153km/h**。

捕手ボックスでボールを掴んだ橘は、ニヤリとマウンドへ向けてミットを掲げて見せた。

【神楽坂:6回 88球 被安打3 奪三振7 失点0(今季11勝目)】

#### 3

試合後のロッカー室。応急処置を終えた神楽坂のもとへ、マーカスが歩み寄ってきた。

「Sho、ナイスピッチだ。だが、あのカットボール……お前、あんな恐ろしい球をいつの間に投げてたんだ? 153キロで手元で動くなんて、向こうの球種そのものじゃないか」

「去年の秋から、橘さんと二人でずっとブルペンの裏で練習していたんです。実戦での威力を確認するために、爪が割れたタイミングで解禁しました」

「ハハハ! 橘と二人で秘密兵器を温めてたのか! メジャーのバッテリーでもそんなクレイジーで最高な奴らはいないぞ!」

マーカスは大爆笑しながら神楽坂の肩を叩いた。

「でもSho、あのスピードのカットボールはメジャーで生き残るための必殺技だ。向こうの打者は動かない綺麗な真っ直ぐなんてカモにするからな。お前と橘のあのカット、そしてあのスプリットがあれば、MLBでも無双できるぞ」

「……MLB」

神楽坂はその言葉を噛み締めた。

遠征先のホテル。取材に訪れた葵結衣は、神楽坂の手指に巻かれた痛々しいテーピングを見て、胸を痛めていた。

「翔ちゃん……爪、大丈夫なの? 無理して投げなくても……」

「大丈夫だよ、結衣。橘さんと温めてきたカットボールの実戦データが完璧に取れた」

神楽坂は淡々と答えたが、結衣は彼の瞳の中に、これまでになかった「新しい光」が宿っていることに気づいていた。

「……翔ちゃん。最近、マーカスさんとよく話してるよね」

「ああ。メジャーの打者の話を聞いている。彼らは僕のショートストロークやスプリットをどう見極めるのか、興味深いデータがたくさんある」

「……そっか」

結衣はノートを抱え、寂しさを隠すように笑った。

(翔ちゃんの見ている景色が、もう日本だけじゃなくなってる……)

幼馴染として、番記者として、彼の進化は誇らしかった。だが同時に、彼がいつか誰も届かない遠い場所へ行ってしまうような予感が、結衣の胸を締め付けた。

#### 4

爪の傷が癒えた後半戦、橘との暗黙の了解のもとで高速カットボールという新たな武器を手に入れた神楽坂は、まさに「難攻不落」の怪物となった。

直球(158km/h)、ゴースト・スプリット(140km/h台前半)、そして直球と変わらない速度で手元でバットの芯を外す高速カットボール(152〜154km/h)。相手打者は絞り球を完全に絞れなくなり、神楽坂は怒濤の完投劇を重ねていった。

シーズンが終了した時、神楽坂が残した成績は破格のものだった。

**【神楽坂 翔・プロ4年目(22歳)成績:26試合登板 20勝2敗 防御率 1.68 215奪三振 15完投(最多勝・最優秀防御率・最多奪三振)】**

**【チーム成績:143試合 85勝55敗3分(パ・リーグ2連覇)】**

そして、20勝・防御率1点台・200奪三振・15完投という圧倒的な数字をもって、神楽坂は投手最高の栄誉である**「沢村賞」**を全会一致で初受賞した。

勢いに乗るライオンズは、CSを突破し、日本シリーズへと進出。

セ・リーグ王者との第7戦。1点リードの9回裏、マウンドに上がったのは守護神・陣内(27)だった。

「Sho、お前が20勝して作ってくれたこのリード、絶対に渡さねえ!」

陣内は渾身の153キロのクロスラインで相手打線をねじ伏せ、空振り三振でゲームセット。

**埼玉西武ライオンズ、日本一達成。**

歓喜の輪の中心で、胴上げ投手となった陣内と、エースの神楽坂がガッチリと抱き合った。抱擁を交わす橘、大声をあげて喜ぶマーカス、そしてスタンドで涙を流しながらシャッターを切る結衣。

狂乱のビールかけの最中、マーカスがビール瓶を片手に神楽坂の隣にやってきた。

「Sho! 日本一と沢村賞、おめでとう! ……で、どうだ? この国の頂点は取ったぞ。次はどこを目指す?」

神楽坂は泡まみれの背番号「68」のユニフォームを見つめ、それから静かに言った。

「……僕と橘さんの作った球が、世界最高の打者たちにどこまで通じるか。試してみたくなりました」

プロ4年目、22歳。ドラフト6位の「壊れた右腕」は、日本野球の頂点に立ち、ついに世界へとその視線を向け始めた。

 

**【祝】西武ライオンズ日本一&神楽坂翔、沢村賞受賞wwwwww**

1: **風吹けば名無し**

きたあああああああああ!!! 西武日本一おめでとう!!!

神楽坂、20勝で沢村賞全会一致受賞!!!

2: **風吹けば名無し**

神楽坂翔(22・4年目):26試合 20勝2敗 防御率1.68 215奪三振 15完投

【獲得タイトル】沢村賞、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、MVP

漫画でもこんなチートスペック描いたら怒られるレベルwwww

3: **風吹けば名無し**

7月に爪割れて血塗られながら投げ直した試合あったやん?

あのカットボール、去年の秋から橘と二人で秘密裏に練習してた隠し球だったらしいぞww

4: **風吹けば名無し**

> > 3

> > 158キロの真っ直ぐとほぼ変わらん153キロで打者の手元でキュッと曲がるとか不快すぎるだろwww

> > 「橘さん、あの球行きます」「よし解禁だ!」のアイコンタクト熱すぎた

> >

>

5: **風吹けば名無し**

直球(158キロ)

高速カットボール(153キロ・手元で手元で曲がる)

ゴーストスプリット(142キロ・手元で消える)

打者「どうしろと?????」

6: **風吹けば名無し**

元メジャーリーガーのマーカスが「153キロのカットボールはメジャー仕様」って絶賛しまくってて草

実際、今日の日本シリーズでも無双してて手がつけられんかったわ

7: **風吹けば名無し**

最後は「68(神楽坂)→19(陣内)」のリレーで日本一決定とか胸熱すぎた

陣内(27)も「Shoの作ったリードは渡さねえ!」ってマジでカッコよかったわ

8: **風吹けば名無し**

結衣記者の優勝コラム読んだんだけど「壊れた右腕から始まった男は、日本野球の頂点へと辿り着いた。だが、彼の視線はすでに更なる高みを見つめている」って書いてあって震えたわ

9: **風吹けば名無し**

……なぁ、まさか神楽坂、ポスティングでメジャー行ったりしないよな?

10: **風吹けば名無し**

> > 9

> > まだ22歳やぞ!? さすがに早すぎるやろ……でも今の神楽坂ならMLB行ってもサイ・ヤング賞獲れそうな気がして怖いわwww

> >

>

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