未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る 作:パラレル・ゲーマー
朝、目を覚まして最初に頭に浮かんだのは、夢の余韻でも疲労感でもなかった。
「……あと五回」
俺は身体を起こすなり、探索母機を手に取った。
画面には、昨日設定した二つの情報が並んでいる。
【購入目標:中容量型インベントリ】
【回収予約中:旧文明高精度産業用サーボユニット】
あの超高額な産業用サーボユニット。現在の標準型インベントリでは容量不足で収納できない。
あれを持ち帰るためには、現在の三倍の容積を誇る『中容量型』のインベントリが必要だ。そのための資金を稼ぐには、昨日と同じくらいの収益をあと五回ほど積み重ねる必要がある。
目標が明確に定まると、前世で仕事をしていた頃のタスク管理のように、自然と頭が切り替わっていく。
「ごはん」
ベッドから五十センチほど離れた空中で、ナギがパッチリと目を開けて要求してきた。
「おはようより先にそれを言うな」
リビングで朝食のトーストを囓りながら、ナギが聞いてきた。
「今日も行く?」
「ああ」
「あと五回?」
「順調にいけばな」
どうやらナギも、この『中容量型インベントリを買う』という目標を完全に共有しているらしい。
だが、俺はコーヒーを飲みながら、昨日の査定で教えられたことを思い出していた。
敵として動いている旧文明機械も、壊し方が綺麗なほど高く売れる。
俺は今まで、搬送機を空中で横転させ、ドローンのセンサー部をライフルで撃ち抜き、ガーディアンを壁や床へ叩きつけて破壊してきた。
安全を確保するためには、まず相手を動けなくする。それ自体は間違っていない。
だが、銃弾で穴を開けたり、叩きつけて外装や内部基板を歪めたりすれば、当然ながら回収品としての価値は落ちる。
だったら、俺の念動力で動きだけ止めて、無傷のまま電源を落とせばいい。
……壊す必要、なくないか?
普通の武器では難しい。
だが、俺ならできるかもしれない。
前世でゲームをしていた時の、効率を突き詰めたくなる癖が顔を出した。
*
二回目の《旧東部第六物流センター》。
俺の動きは、昨日とは明確に違っていた。
配送ヤードの入り口付近。昨日俺に向かって突っ込んできたものと同型の自律搬送機が、不気味な警告音とともにセンサーランプを赤く点灯させた。
「ちょうどいい」
搬送機が急加速して突進してくる。
俺は右手を前に突き出し、念動力を展開した。
ガッ。
搬送機がその場で完全停止する。タイヤだけがキュルキュルと虚しく空転している。
ここまでは昨日と同じだ。
だが、今日はここから床へ叩きつけたり、横転させたりはしない。外装に一切の傷をつけないよう、その場で静かに固定し続ける。
「ナギ、ちょっと離れてて」
俺は母機を操作し、ARコンタクトにこの旧型機のメンテナンス情報を表示させた。
【非常停止系:サービスパネル後部】
「ここか」
俺は念動力をさらに細かく分けた。搬送機全体を固定したまま、別の見えない指先で後部のサービスパネルのラッチを引っ掛けて開く。
遠隔操作だ。危険な機械に近づく必要すらなく、数メートル離れた位置から内部構造へアクセスできる。
固定用の小さなボルトを念動力で慎重に回して外し、メイン電源のコネクタをスッと引き抜く。
プスゥゥゥ……。
搬送機の赤いセンサーが消灯し、モーターの空転音が完全に停止した。
俺は一発も弾を撃たず、機体をぶつけることもなく、敵を完全に無力化した。
「倒した?」
ナギが不思議そうに停止した機械を覗き込む。
「いや」
俺は静かに床へ下ろした搬送機を見下ろした。
「解体した」
「同じ?」
「たぶん、値段が違う」
俺は念動力で、無傷の高出力モーター、制御基板、姿勢制御ユニットを本体から取り外した。
昨日は横転させた衝撃で外装の一部が歪んでいたが、今日は目立った損傷がない。
母機の査定予測も、昨日より明らかに高い数字を返している。
「……やっぱりな」
「壊さない?」
「ああ。今日からなるべく壊さない。敵は、壊さない方が高く売れる」
「やさしい」
ナギが感心したように言う。
「違う。金のためだから!」
別に、敵を傷つけない主義に目覚めたわけではない。
単純に、その方が高く売れるだけだ。
その後も、俺は現れた三台の搬送機を、その場で駆動部だけ固定し、次々と電源を落としていった。
戦闘というより、もはや作業に近い。
「なんか、敵と戦ってるというより、故障車を整備してる気分になってきたな……」
念動力の使い方も、少しずつ変わってきた。
止める、投げる、浮かせる。そういう大きな力を動かすだけではなく、内部の小さなコネクタを引き抜き、数ミリのネジを回し、配線を一本ずつ扱う。
ただし、完璧というわけではない。
力加減を誤って、小さなボルトを一本、バキッとへし折ってしまった。
「…………」
「壊した」
「見れば分かるよ!」
ナギの容赦ない指摘に、俺は少しだけ冷や汗をかいた。
二回目の一般探索は、昨日より早めに切り上げることにした。
今回は『無傷回収』が本当に収益へ繋がるか確かめることが目的だ。インベントリの使用率が八十パーセントを超えたところで、無理をせず帰還した。
協会に戻っての査定。
カウンターに出された搬送機の部品を見た査定員が、目を丸くした。
「……おい。昨日の部品より、明らかに綺麗だな」
「一発も撃ってませんし、ぶつけてもいませんからね」
「マジか」
提示された査定額は、前回の同型モーターより二割から三割ほど高かった。特に繊細な制御基板は、さらに価格差が大きい。
「そりゃ、弾痕も衝撃によるマイクロクラックもない方が、再利用の手間が省けるからな」
査定員が納得するように頷く。
「お前、その能力……ハンターやるより、専門の解体業者になった方が安全に儲かるんじゃないか?」
片桐が呆れたように言う。
「俺も今、ちょっとそう思いました」
「解体屋、悠真」
ナギが新しい肩書きを命名する。
「職業変えんな!」
とはいえ、この収益効率なら。
「この分なら、最初に見積もったほど回らなくても届くかもしれないな」
片桐の言葉に、俺の目が輝いた。
*
そこから数日、俺は物流センターへ通い続けた。
単なる金策のつもりで始めたはずなのに、周回するたびに自分の動きが少しずつ変わっていった。
三回目には、真壁さんたちの動きを思い出し、索敵を意識するようになった。
角を曲がる前、普通なら索敵ドローンを飛ばすところだが、俺はそんな高級装備を持っていない。
代わりに、床に落ちていた鏡面仕上げの金属片を念動力でフワッと浮かせ、曲がり角の先へ送り込み、その反射を利用して奥の様子を確認する。
自律搬送機のモーター音。床に伝わる微かな振動。天井の軋み。
ただ目の前に敵が出てから能力で止めるのではなく、その前に危険がないか考えるようになった。
真壁さんに教わった危険な床の見分け方も、意識して見る。
埃の不自然な偏り。ラックの傾き。コンクリートに走る細い亀裂。
「……ここ、踏まない方がいいな」
俺は足を止め、試しに小さな瓦礫を念動力でその場所へ乗せた。
バキッ。
床の一部が崩落した。
「当たり」
「悠真、分かったね」
「ああ。真壁さんに教えてもらった通りだ」
自分の力ではなく、覚えた技術で危険を見抜けたことが、少し嬉しかった。
この日の査定を終える頃には、中容量型インベントリが遠い夢ではなく、十分に手の届く買い物へ変わっていた。
四回目になる頃には、飛ぶこと自体にもかなり慣れていた。
物流センターの巨大なラック群。以前は五〜六メートルの高さで足が竦んでいたが、今では七〜八メートル程度なら落ち着いて移動できる。
速度も、最初の徒歩並みから、軽く走る程度までは安定して出せるようになった。
飛行中の回収も、以前は自分自身と二〜三個の物資で頭がいっぱいだったのに、今では四〜五個程度なら余裕を残して扱える。
巨大なラックの間を、俺とナギが並んで空中移動する。
「悠真、速くなった」
「だろ?」
俺は少し得意げに笑った。
ナギも、ただ俺の後ろをついてくるだけではなくなっていた。
「これ、高い?」
「いや、それは安い外装板だ」
「これは?」
「おっ、高い。制御基板だ」
そんなやり取りを何度も繰り返しているうちに、ナギも俺が教えた『高く売れやすい部品』の特徴を少しずつ覚えてきたらしい。
外装板より制御基板。大型でかさばるだけの部品より、小型の高密度電源やセンサー類。
もちろん毎回正解するわけではないが、以前より明らかに役に立つ物を選んで持ってくる回数が増えていた。
四回目の査定を終えた時、片桐が残りの金額を確認した。
「この調子なら、あと二回くらいだな」
「予定より早いですね」
「敵を新品みたいな状態で持って帰る奴なんて、そうそういねえからな」
五回目の周回では、物流センターの奥で再び真壁さんたちと遭遇した。
「またいるのかよ」
「稼がないといけないんで」
「勤勉だな、お前……」
真壁さんは、俺の動きを少し見ただけで変化に気づいたらしい。
角を曲がる前に一度止まる。足元を見る。退路を確認する。
「少しはマシな動きになったじゃねえか」
「先生が良かったので」
「誰が先生だ」
その直後、自律搬送機が現れた。
俺は念動力で機体を無傷のまま完全固定し、サービスパネルを遠隔で開き、電源系統だけを落とす。
真壁さんたちが揃って黙った。
「…………」
「何です?」
「お前、それズルくないか?」
「能力なんで」
「俺らが高い弾代払って止めてるのが馬鹿らしくなってくるな」
真壁さんはそう言いながらも笑っていた。
その日は少し大型の自律搬送車とも遭遇した。
俺が念動力で巨体を止め、その間に真壁班が側面から接近して安全停止措置を行う。
一人で全部処理するより、明らかに早い。
戦闘後の大型部品は、協会の共同回収時の取り決めに従って分配した。
「これは分けるぞ」
「もちろんです」
俺とナギの二人でも十分に動ける。
だが、誰かが索敵してくれる。背後を見てくれる。俺が敵を押さえている間に別の作業を進めてくれる。
それだけで負担は驚くほど軽くなる。
一般ルートで推奨人数が設定されている意味を、今さらながら実感した。
五回目の査定を終えると、片桐が端末を見て言った。
「あと一回だな」
「本当に、あと一回?」
「今日くらい稼げればな」
俺は翌日も行くことにした。
片桐からは「稼げるからって調子に乗るなよ」と釘を刺されたので、その日は装備の整備を済ませて早めに休んだ。
*
そして、六回目の周回。
金策の最終日。
最初に来た日のような緊張はもうない。
だが、慣れたからといって雑にもならない。
入り口の搬送機を念動力で無傷のまま制圧し、電源を落として解体する。
高所のラックへ飛び上がり、容量単価の高い部品を選んで回収。
床の亀裂とラックの傾きを見て危険箇所を避け、退路も先に確認する。
インベントリの使用率が八十五パーセントになったところで、俺は帰還を決めた。
利益率の高い無傷部品を優先しているため、限界まで詰めなくても必要な金額へ届く見込みがある。
「まだ入るよ?」
ナギが不思議そうに言う。
「今日はこれで十分だ。目標金額には届く」
「なるほど」
「入るから入れる、じゃないんだよ。安全に帰れるところで終わり」
「分かった」
協会へ帰還し、査定カウンターへ回収品を並べる。
査定が終わるまでの数分が、妙に長く感じた。
やがて、個人口座の残高と装備価格が端末上で更新される。
【購入可能】
俺は、その文字をじっと見つめた。
「……来た」
「買うのか?」
片桐が尋ねる。
「あれを買うために、この数日ずっと物流センター通ってたんですよ」
迷いはなかった。
俺たちは協会内にある提携装備窓口へ向かった。
ガラスケースの中に鎮座する【中容量型インベントリ】。
標準型より一回り大きいが、腰に装着して行動するには十分なサイズだ。
決済画面に表示される高額な数字と、自分の口座残高。
俺は一瞬だけ、端末へ伸ばした指を止めた。
前世でも、そうそう一度に出さなかったような金額だ。
だが、ここで惜しんでも意味がない。
これを買うために稼いだのだから。
俺は決済ボタンを押した。
ピッ。
【決済完了】
「…………」
「どうした?」
ナギが覗き込んでくる。
「金が、消えた」
「箱になった」
「お前、そういう前向きな言い方やめてくれ。ちょっと心が救われるから」
俺は苦笑いしながら、貸与されていた標準型インベントリを窓口へ返却した。
状態確認を受けた後、また別の新人へ貸し出されるのだろう。
新しい中容量型インベントリを腰へ装着する。
少しだけ重みは増したが、探索の邪魔になるほどではない。
起動すると、短い機械音とともに内部空間の安定化処理が始まり、すぐに使用可能表示へ切り替わった。
試験として、協会倉庫に用意された模擬物資を収納する。
標準型なら使用率が六十パーセントになる量。
AR表示。
【インベントリ使用率:20%】
「…………」
思わず、もう一度見る。
【インベントリ使用率:20%】
「三倍って、こういうことか……!」
分かっていた。
数字としては分かっていた。
それでも、実際に表示されると感動が違う。
これまでなら半分以上埋まっていた物資を入れても、まだ五分の一しか使っていない。
「中、大きいね」
「ああ。最高だ」
「私がやらなくても、大きくなった」
「俺が頑張って金払ったからな!」
「お金、すごい」
「変なこと学習すんなよ」
目標を一つ達成したせいか、俺の視線は自然と隣の装備カタログへ吸い寄せられた。
索敵ドローン。
高性能ライフル。
環境対応型ARコンタクト。
防護服。
「…………」
「見るな」
背後から片桐の声。
「いや、でも」
「今買ったばっかだろ。また金なくなるぞ」
「見るだけなら無料ですよ!」
真壁班が使っていた索敵ドローンが、特に気になる。
あれがあれば、念動力で金属片を曲がり角へ浮かせて覗き込むより、ずっと安全で確実だ。
完全に装備更新の沼へ片足を突っ込んでいる気がする。
だが、今はそれより大事なものがある。
俺は母機を開いた。
【回収予約中:旧文明高精度産業用サーボユニット】
まだ有効だ。
何度も物流センターへ通ったが、あのお宝はそのまま残っている。
回収予約の表示を見た他のハンターが、誰も手をつけていないのだ。
崩壊世界の外側にも、協会を介した最低限の信用とルールはちゃんと存在している。
「……よし」
「取りに行く?」
ナギが聞いてくる。
「ああ」
「今から?」
俺は時計を見た。
すでに昼を過ぎている。
今から六キロ先の物流センターへ向かい、戻ってくれば、日没までの余裕はかなり少なくなる。
「明日にしろ」
片桐が言った。
「新品の装備を、いきなり日没ギリギリの予定で試すな」
すぐにでも試したい気持ちはあったが、言っていることはもっともだ。
「……分かりました」
「明日?」
「ああ、明日だ」
「一緒?」
「当然だろ」
ナギは満足そうに微笑んだ。
*
帰宅後。
「何買ったの?」
母さんに聞かれ、俺は新しい中容量型インベントリを見せた。
価格を聞いて、母さんがひっくり返りそうになった。
「そんな高いもの買ったの!?」
「仕事道具だから! これがないと大きい物が持ち帰れないんだよ」
「自分で稼いだ金なら、いいんじゃないか」
父さんは理解を示してくれたが、極めて現実的なことを言った。
「必要な生活費や貯金は、ちゃんと口座に残してるんだろうな?」
「残してるよ。かなり減ったけど」
「悠真、お金なくなった」
ナギが横から余計な報告をする。
「えっ!?」
「なくなってない! ちゃんと残ってるから!」
平和な夕食の時間が過ぎていった。
夜。
自室のベッドの上で、俺は新品の中容量型インベントリを眺めていた。
少し前まで、俺は協会から貸与された装備だけで、とにかく無事に外から戻ることを考えていた。
今は、自分で稼いだ金で、自分の仕事に必要な装備を選んで買った。
もちろん、一番嬉しいのは感慨なんかじゃない。
これで三倍拾える。
そこが一番重要だ。
「悠真」
空中で横たわっていたナギが、顔を向けてくる。
「ん?」
「明日、いっぱい拾える?」
「ああ。今までよりずっと入る」
「ごはんも?」
「食料ルートじゃねえよ」
「大きいの、拾う」
「そうだな」
俺は母機の画面を開いた。
そこには、まだ一件だけ回収予約が残っている。
【回収予約中:旧文明高精度産業用サーボユニット】
標準型では持ち帰れなかった、一番高価な獲物。
俺は新品の中容量型インベントリを軽く叩いた。
「明日こそ、持って帰るぞ」
「うん」
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