未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る   作:パラレル・ゲーマー

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第2話 十五歳なので銃を渡された

 朝。昨夜は結局、碌に眠ることができなかった。

 目を閉じれば、暗闇の中に巨大な防壁が浮かび上がり、その向こう側から得体の知れない怪物が這い出してくるような妄想に取り憑かれたからだ。

 重い頭を引きずってリビングに行くと、いつもより少しだけ豪華な朝食が並んでいた。目玉焼きが二つに、貴重な本物のベーコンまで添えられている。だが、それを口に運ぶ母さんの顔は、まるでお通夜のように暗かった。

 

「……悠真、本当に気をつけてね。無理しちゃ駄目よ。少しでも危ないと思ったら、すぐに……」

「分かってるよ、母さん。昨日から何回目だよ、それ」

 

 俺は努めて明るい声を出した。俺まで暗い顔をしていたら、母さんが耐えきれなくなって泣き出してしまうかもしれない。

 向かいの席では、父さんが無言でコーヒーを啜っていた。昨日「危なくなったら逃げろ」と言ってくれたきり、多くは語らない。ただ、その眼差しには深い憂いと祈りが込められているのが分かった。

 

「行ってくるよ」

 

 食事を終え、短く告げて玄関に向かう。

 背中越しに飛んでくる両親の切実な声に、俺は片手を上げて応え、アパートを出た。

 

 *

 行政から指定された出頭先は、第十四区画にある『ハンター協会』の支部だった。

 俺の頭の中には、これから始まるであろう過酷な日々の想像が渦巻いていた。ハンターといえば、このコロニーの命綱であり、同時に最も死に近い危険な職業だ。

 当然、協会に着けば鬼のような顔をした教官が待ち構えていて、何週間にも及ぶ厳しい軍事訓練が始まるのだろうと思っていた。銃の構え方から始まり、体力作り、格闘術、そして外の世界の危険生物に関する座学。

 それらを叩き込まれ、心身ともにズタボロにされた挙句に、ようやく外へ放り出される……そんな、映画で見るような新兵のブートキャンプを覚悟していた。

 

 しかし、辿り着いたハンター協会支部は、俺の想像とは全く違う空気を放っていた。

 

「……なんだ、ここ」

 

 そこは、巨大な倉庫を乱雑に改築したような建物だった。

 厳しい訓練施設どころか、漂ってくるのはオイルと硝煙、そして安い酒と男たちの汗の匂いだ。

 入り口付近には、あちこちがすり減った軍服のようなものを着た大人たちがたむろしている。ある者は巨大なリュックサックを背負い、ある者は奇妙な金属製のキューブを腰にぶら下げている。ライフルやショットガン、あるいは身の丈ほどもある剣のようなものを無造作に立てかけ、安い煙草を吹かしながら下品な声で笑い合っている者もいれば、朝から酒の空き瓶を転がして寝こけている者すらいた。

 建物の奥には「物資査定所」と書かれたネオン管がチカチカと明滅しており、その横には「装備品買取・修理」という看板を掲げた怪しげなジャンク屋が店を構えている。

 

 冒険者ギルドというよりは、スラム街の闇市と、前世のハローワークと、薄汚れた配送センターをごちゃ混ぜにしたような空間。

 ここが、人類の最前線を担うエリートたちの集う場所?

 いや、単なる荒くれ者の吹き溜まりじゃないか。

 

 俺は圧倒されながらも、建物の奥にある「新人受付」と書かれたカウンターへと向かった。

 カウンターの中では、無精髭を生やした四十代くらいの男が、つまらなそうに端末を弄っていた。ヨレヨレのシャツを着ており、とても教官には見えない。

 

「あの、今日から配属になった相馬悠真です」

 俺が登録票の入った端末を差し出すと、男はダルそうに顔を上げ、俺の顔と端末のデータを交互に見比べた。

 

「おっ。ちゃんと来たか。感心感心」

 

 男はニカッと人の良さそうな笑みを浮かべた。胸のネームプレートには『片桐』と書かれている。

 

「……来ない人もいるんですか?」

 俺が思わず聞き返すと、片桐はあっけらかんと言い放った。

 

「いるいる。毎年、何人かは絶対に逃げるぞ」

「逃げるって……どこへ?」

「抽選結果を見た瞬間に絶望して、他の区画に住んでる親戚の家へ逃げ込んだり、倉庫や空き部屋に隠れたりする奴がいるんだよ。まあ、十五のガキがコロニーの中でいつまでも隠れ通せるわけもねえから、大体すぐ見つかって連れ戻されるんだけどな」

「ははは……」

 

 俺も乾いた笑いを返したが、まったく笑える話ではなかった。

 昨日、俺がもう少し精神的に追い詰められていたら、親戚でも知人でも頼って隠れたくなっていたかもしれない。それくらい、ハンターという職業への恐怖はコロニーの住民に染み付いているのだ。

 

「まあ、お前は腹括って自分の足で来たんだ。それだけで新人としては上出来だ。俺はここの受付兼、新人担当の片桐だ。よろしくな」

「よろしくお願いします」

「じゃ、さっそく支給品を渡すぞ。こっち来い」

 

 片桐はカウンターから出てくると、奥の倉庫へ俺を案内した。

 薄暗い倉庫の中には、無数の木箱や金属製のラックが並んでいる。片桐はその中の一つのラックから、黒光りする長い金属の塊を無造作に引っ張り出した。

 

「ほらよ」

「うわっ」

 

 突然放り投げられたそれを、俺は慌てて受け止めた。

 ずしりとした重みが両腕にのしかかる。冷たい金属の感触。少し油の匂いがした。

 それは、どう見ても『銃』だった。

 前世でゲームや映画で見たことがあるような、現代的なアサルトライフルのような形状をしている。だが、銃身の横には意味不明な電子基板のようなラインが走っており、ただの火薬銃ではないことを示唆していた。

 

「……えっと」

「ん?」

「これ、銃ですよね?」

「見りゃ分かんだろ」

「いや、俺、銃なんて触ったことも撃ったこともないんですけど」

 

 俺の声が自然と上擦る。

 当然だ。前世は平和な日本のサラリーマンで、今世も十五年間、コロニーの中で温々と学生生活を送ってきたのだ。喧嘩の経験すらない。

 

「大丈夫だ。狙って引き金引くだけだ」

「いやいやいやいや!」

 

 俺は思わずライフルを突き返そうとした。

 引き金を引くだけ? 馬鹿言っちゃいけない。反動はどうするんだ。ジャム(弾詰まり)の直し方は。メンテナンスの方法は。そもそも構え方すら分からないんだぞ。

 

 だが、片桐は全く意に介する様子もなく、ライフルの側面を指先でコンコンと叩いた。

「安全装置はここ。このレバーを下げる。弾倉のリリースボタンはこれだ。残弾は側面の小さなインジケーターに出るから見とけ。いいか、絶対に味方や俺に向けて変な方向へ構えるなよ。暴発したらただじゃ済まねえからな。操作に慣れたきゃ、時間あるときに地下の射撃場に行って適当に練習してこい」

 

 俺は片桐の顔を見た。まさか、本当に説明はこれだけなのか?

「本当に、それだけですか?」

「ああ。弾が足りなくなったら、協会で規定の分までは支給してやる。それ以上ぶっ放したけりゃ、自腹で買うか、他のハンターと物々交換でもして手に入れろ」

 

 俺は手の中のライフルと、片桐の適当すぎる顔を交互に見比べた。

 ブートキャンプなんてものは存在しなかった。この世界は、昨日までペンしか握ったことのない十五歳の子供に、実弾の入った凶器を持たせて「あとは適当にやれ」と言い放つほど、人材育成の余裕がないらしい。

 昨日感じた「今世終わった」という予感が、急速に現実味を帯びて背筋を這い上がってきた。

 

「次だ」

 片桐は呆然とする俺を無視して、小さなプラスチックのケースを取り出した。

「ほれ、これ」

「……コンタクトレンズですか?」

「探索用のARコンタクトだ。さっさと付けろ」

 

 俺は前世でも今世でも視力が良かったので、コンタクトレンズを入れるという行為自体に抵抗があった。何度か瞬きをして涙目になりながら、なんとか両目に薄い膜のようなレンズを押し込む。

 何度か瞬きをして位置を馴染ませた瞬間、世界が変わった。

 

『網膜スキャン完了。生体認証クリア。相馬悠真、ハンターID:T7-90924を登録』

 

 視界の右端に、淡いブルーの文字が浮かび上がった。

 現在時刻、心拍数や体温などの簡単な体調データ。左端には現在地の簡易マップと方位磁針のようなマーカーが表示されている。

 ふと、手に持っているライフルに視線を向けると、その上に新たな情報がポップアップした。

 

【標準支給ライフル】

【状態:正常】

【装弾数:30/30】

 

「おお……」

 俺は思わず感嘆の声を漏らした。

 前世で遊んだVRゲームや、概念として存在していたAR(拡張現実)技術そのものだ。いや、脳波か何かで視線の動きを読み取っているのか、情報の表示が極めてスムーズで違和感がない。

 

「すごいですね、これ」

「まあ、何世代も前の旧式タイプだけどな。無いよりはマシだろ。地図機能と簡易鑑定は便利だぜ」

 

 これで旧式なのか。崩壊後の世界だというのに、妙なところだけ技術が前世を凌駕している。

 

「次だ。これが母機(マザー)」

 片桐がさらに、スマートフォンより一回り小さい、黒いカード型の端末を渡してきた。表面は滑らかなガラスのような材質だが、画面らしい画面はない。

「さっきのコンタクトと無線接続して使う。ハンターIDの証明、広域通信、回収品の識別、ルートのナビゲーション……まあ、お前の命綱その1だ」

「識別って、このコンタクトで物の価値が分かるんですか?」

「そうだ。外の世界に行って、旧文明の施設を漁るだろ? お前が何の部品か分からなくても、コンタクトで視界に収めれば、母機のデータベースと照合して価値を教えてくれる」

 

 片桐は倉庫の隅に転がっていた、錆びた歯車のようなものを指差した。俺がそれを見ると、コンタクトの視界に文字が浮かぶ。

 

【旧式内燃機関部品:価値・極低】

【回収非推奨】

 

「なるほど、これなら素人でもゴミと宝の区別がつきますね」

「ああ。ただし、あくまで協会がこれまでに登録した『既知』の物資だけだ。データベースにない完全に未知の遺物を見つけたら、【UNKNOWN】って表示される。そういうのを見つけて生きて持ち帰れば、ボーナスが弾むぜ」

 

 なんだそれ、完全にトレジャーハントじゃないか。前世でゲームを遊んでいた頃の感覚を、少しだけ思い出す。

 

「最後だ。これが一番大事な命綱その2」

 片桐が俺の手のひらに乗せたのは、一辺が五センチほどの、黒い金属製の立方体だった。表面には微細な幾何学模様が刻まれており、うっすらと青い光を放っている。腰のベルトに装着できるように、専用のクリップが付いていた。

 

「何です、これ?」

「インベントリキューブだ」

 

 ……インベントリ? その単語には、前世で遊んだRPGの記憶がある。

 やり込んでいたわけではないが、アイテムをまとめて持ち運ぶための収納欄くらいは当然知っていた。

 

「インベントリって……あの、アイテムボックス的な?」

「物入れだ。空間収納技術を使ってるらしいが、詳しい原理は俺も知らん。見た目より遥かに多くの物を格納できて、一定量までは持ち運ぶ重量も無視できる。ハンターには欠かせねえ道具だ」

「マジですか」

 

 この世界では、それが普通の実用品として存在しているらしい。

 片桐は俺の顔を見てニヤリと笑った。

 

「初めて使うんだろ? 使い方は簡単だ。キューブを対象物に近づけて、側面のボタンを押し込む。取り出すときは逆だ」

 言われるままに、俺は先ほどの錆びた歯車にキューブを近づけ、ボタンを押した。

 シュッ、という微かな空気の鳴る音とともに、歯車が一瞬にして視界から消え去った。コンタクトの表示が更新される。

 

【インベントリキューブ(初心者支給モデル)】

【使用容量:0.5 / 100%】

【格納物:旧式内燃機関部品×1】

 

「すげえ……本当に消えた」

「まあ、三回も使えば慣れる。ただし無限じゃない。お前みたいな新人に支給されるモデルは容量が小さいからな。限界まで入れたら、それ以上は格納できなくなる。それだけ覚えとけ」

 

 銃、ARコンタクト、探索母機、そしてアイテムボックス。

 支給品を一通り受け取り、俺は少しだけ現状に対する認識を改め始めていた。

 確かに危険な仕事だが、これだけSFめいたサポート装備があるなら、ただ闇雲に廃墟を彷徨うような絶望的なサバイバルではないのかもしれない。

 

「さて、装備は渡した。ここからが仕事内容の説明だ」

 片桐が表情を少しだけ引き締めた。

「いいか、ハンターには協会に対して、毎月決められた量の『指定資材』を納品する義務がある。それがお前たちの職業ノルマだ」

「ノルマ……どのくらいキツいんですか?」

「初心者の場合は、クソほど軽い。基本的には、協会が指定した安全な『周回ルート』を、月に四回ほど回って物資を回収してくれば達成できる量だ。上級ハンターになれば、未知の区域の調査やら、希少資源の回収やら、怪異の討伐なんて命懸けの依頼も発生するが、お前みたいなヒヨッコには関係ない話だ」

「月に四回……?」

 

 俺は耳を疑った。月に四回? 一週間に一回ペースでいいのか?

「あの、ノルマが終わったら、残りの日はどうすれば……?」

「自由だ。ノルマさえ納めりゃ、残りの日は一日中寝てようが、コロニーの中で遊んでようが、誰も文句は言わねえ」

 

 前世の記憶を持つ俺にとって、それは衝撃的な言葉だった。

 単純計算なら、週休六日みたいなものじゃないか。

 毎朝満員電車に揺られ、週五日、時には週六日で残業まみれの生活を送っていた前世の俺からすれば、月に四回という数字だけなら信じられないほど楽に聞こえる。

 

「お前の今週の担当ルートはこれだ」

 片桐が手元の端末を操作すると、俺のARコンタクトに新しい地図情報が転送されてきた。

 コロニーの壁のすぐ外側、数キロ圏内のルートが光って表示される。

 

「あ、でもちょっと待ってください」

 俺は地図を見て疑問を口にした。

「これ、コロニーのすぐ近くですよね。安全な回収地点があるなら、もうとっくに他のハンターが漁り尽くした後じゃないんですか? ペンペン草も生えてないんじゃ……」

 

 俺の至極真っ当な疑問に対して、片桐は不思議そうな顔をした。

 

「リポップするから問題ねえよ」

「……リポップ?」

「ああ、お前、学校じゃそこまで教わってないか」

 

 リポップ。前世のゲームで、倒したモンスターや採取したアイテムが時間が経つと復活する、あのシステムのことだ。なぜ現実の崩壊世界でその単語が出てくる?

 

「《大転移》で空間の繋がりが滅茶苦茶になったってのは知ってるな? 実はぶっ壊れたのは空間だけじゃねえ。時間軸もイカレちまってる場所があるんだよ。特定の領域では、一定の周期で物質の状態が『過去の特定の時点』に巻き戻る」

「巻き戻る……つまり、棚から缶詰を全部持っていっても、一週間後にはまた同じように棚に缶詰が並んでるってことですか?」

「正解。弾薬だろうが、衣類だろうが、トイレットペーパーだろうがな。場所によって巻き戻りの周期は違うが、初心者に割り当てられる周回ルートは、大体が週一回でリポップする安定した場所だ。……どうだ、ゲームみたいで面白えだろ?」

 

 片桐はそう言ってニヤリと笑ったが、すぐに「ああ、こういう古いゲーム用語は知らねえか」と付け足した。

 この時代にもゲーム自体はあるが、《大転移》以前の作品やハードは旧文明品として扱われ、誰でも気軽に触れられるものではない。

 

「いや、言ってる意味は分かりますよ。要するに、無限に湧き出す資源ポイントがあるってことですよね」

「お前、旧文明のゲーム知ってんのか? 家に古いのでもあったのか?」

「まあ、そんなところです」

 俺は前世の知識だとは言わず、適当に濁した。

 

 話を聞けば聞くほど、このハンターという職業の実態が、俺の想像していた悲惨なサバイバルとはかけ離れていることが分かってきた。

 安全が確認されたリポップ地点を定期的に回り、アイテムボックスに物資を詰めて帰ってくる。それを月に四回やれば、あとは自由。

 聞けば聞くほど、俺が昨日まで恐れていた仕事とは別物に思えてくる。

 

「……思ったより、ずっと楽じゃないですか?」

 俺が本音を漏らすと、片桐はフッと鼻で笑った。

 

「死ななきゃな」

 

 その冷たい一言で、俺は背筋に氷を入れられたように我に返った。

 そうだ、ここは安全なゲームの世界ではない。

 

「いいか。もっと稼ぎたけりゃ、追加のルート情報を協会から買うこともできる。逆に、お前が自力で新しい安定リポップ地点を見つけたら、その情報を協会に高く売ることもできる。金次第でどうにでもなるのがハンターの世界だ。……さあ、説明は終わりだ。とっとと行ってこい」

 

「えっ、今日ですか?」

「当たり前だろ。何しに来たんだよ」

 

 やはり研修期間なんてものは存在しなかった。

 俺は渡されたばかりのライフルを背負い、インベントリキューブを腰に装着し、ARコンタクトを瞬きしてシステムを再起動させた。

 

「……分かりました。行ってきます」

 

 *

 東京第七コロニー、南第三ゲート。

 見上げるほど巨大な鋼鉄の防壁に穿たれた、厚さ数メートルはあろうかという分厚い扉。その前に立った時、俺の心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。

 重武装の警備員が、俺の母機をスキャンしてハンターIDを確認する。

 

『認証確認。ゲート、開きます』

 

 地響きのような重低音とともに、巨大な扉がゆっくりと左右にスライドしていく。

 隙間から、太陽の光と、埃っぽい風が吹き込んできた。

 十五年間、一度も見たことのなかった『外の世界』。

 俺は無意識のうちに息を詰め、ライフルのスリングを強く握りしめた。一人で大丈夫なのか? 今からでも引き返して、受付の片桐に泣きついたほうがいいんじゃないか。

 だが、ここで引き返しても仕事が消えてなくなるわけではない。結局は協会へ戻され、また同じ場所へ送り出されるだけだ。

 

「……行くしかないか」

 

 俺は一歩、ゲートの外へと足を踏み出した。

 

 そこにあったのは、想像を絶する静寂と破壊の痕跡だった。

 ひび割れ、アスファルトがめくれ上がった道路。至る所から雑草やツタが這い出し、文明の残骸を飲み込もうとしている。遠くには、半ばからへし折れた高層ビルが墓標のように立ち並び、道端には赤茶けたサビの塊と化した車両が点々と放置されていた。

 しかし、完全な無人の荒野というわけではない。道路の中央付近は、ハンターたちの車両や徒歩によって踏み固められ、一種の『獣道』のようになっていた。

 

 ふと、視線を上に向ける。

 折れ曲がった標識ポールに、緑色の看板がぶら下がっていた。

 そこに書かれている文字を見て、俺は目を疑った。

 

『ONE WAY』

『EXIT 3 MILES』

『7th AVENUE』

 

「……英語? マイル表示?」

 

 ここは東京第七コロニーのすぐ外だ。日本のはずだ。

 なぜ、アメリカの市街地にあるような道路標識が立っている?

 ARコンタクトが自動的に翻訳を重ねて『一方通行』『出口まで3マイル』と表示しているが、問題はそこではない。

 これが《大転移》による空間の狂いというやつか。日本の都市のすぐ隣に、どこか外国の街区がパズルのように乱暴に接合されているのだ。

 背筋がゾワリとした。この世界は、物理法則そのものが根本からイカレている。

 

 俺は気を取り直し、母機から転送されたARのナビゲーションルートを確認した。

 青い光のラインが、瓦礫の隙間を縫うように伸びている。

 その先にある目的地。

 

【第104新人周回ルート】

【物資蓄積所:はなまるスーパー】

 

「…………はなまるスーパー?」

 

 緊迫感が一気に削がれた。

 旧文明の廃墟探索、しかも時間異常地帯というからには、極秘の軍事基地とか、巨大な地下研究所とか、そういうロマン溢れる場所を少しだけ期待していたのだ。

 それが、スーパー。

 いや、冷静に考えれば、日々の食料や生活用品を回収するなら、スーパーマーケットほど理にかなった場所はない。これもまた、生きるための現実だ。

 

 指定されたルートに従い、崩れた街を三十分ほど歩く。

 怪異と呼ばれるバケモノにも、暴走した機械にも遭遇しなかった。時折、遠くを他のハンターのグループが横切っていくのが見えただけだ。コロニー近郊の新人ルートは、定期的に安全が確保されているという片桐の言葉は本当らしい。

 

 やがて、目的の建物が見えてきた。

 二階建ての、かつては地域密着型だったであろう中規模のスーパーマーケット。ガラスは全て割れ、壁の半分は崩落しているが、かろうじて屋根の上に残った色褪せた看板には、見覚えのある太陽のマークと『はなまるスーパー』の文字が残っていた。

 日本のスーパーと、英語の道路標識の同居。頭が痛くなる光景だ。

 

 入り口付近に、使い込まれたライフルを持った三十代くらいの男が立っていた。

 男は俺の姿を見ると、警戒するように目を細めたが、俺の真新しい装備を見てすぐに表情を緩めた。

 

「見ない顔だな。どこの所属だ?」

「今日からハンターになりました。東京第七コロニーの所属です」

 俺が答えると、男は手元の母機を操作した。おそらく俺のハンターIDを照会しているのだろう。

 

「……確認した。マジで初日のド新人か。俺はフリーのハンターだ。このルートはよく使わせてもらってる。中に入るのは初めてか? 案内いるか?」

「はい、お願いします。何も分からなくて」

 俺は素直に頭を下げた。この世界で変な意地を張っても命を縮めるだけだ。

 

「ついてきな」

 先輩ハンターに続いて、暗い店内に入る。

 中は予想以上に『そのまま』だった。崩落した瓦礫の間に、商品棚が綺麗に並んでいる。そして、その棚には、ホコリ一つ被っていない商品が並んでいた。

 ただし、棚のあちこちが不自然に空っぽになっている。

 

「ここは時間異常による物資蓄積所だ。週に一回、店内の一部が《大転移》発生直前の状態に巻き戻る」

 先輩が棚を指差しながら説明する。

「本当に復活するんですね……」

「ああ。だが、リポップ直後は近隣のハンターたちによる競争になる。特に、野菜や果物、肉類なんかはリポップしたその日の午前中に全部消えるぞ。新鮮な食い物はコロニーじゃ高く売れるからな」

「じゃあ、今は?」

「今日はリポップから三日目だ。生鮮食品はすっからかんだが、缶詰、乾物、調味料、それにトイレットペーパーなんかの日用品はまだ残ってる。新人の月間ノルマを満たすだけなら、十分すぎる量だ」

 

 俺は指定された棚に近づいた。

 ARコンタクトが視界の対象物を次々とスキャンしていく。

 

【フルーツ缶詰:価値・低】【回収推奨】

【レトルトカレー:価値・中】【回収推奨】

【カセットコンロ用ガス:価値・中】【優先回収】

 

 俺は腰のインベントリキューブを手に取り、フルーツ缶詰の山に近づけてボタンを押した。

 シュッ。

 瞬きする間に、段ボール箱ごと缶詰が消え去る。

 

【格納完了】

 

「おお……」

 面白いくらいにどんどん入る。

 米、ペットボトルの水、洗剤、乾電池。

 棚から棚へ移動し、キューブのボタンを押すだけ。見た目には手ぶらなのに、俺の腰の小さな箱の中には、すでに数十キロ以上の物資が収納されている。

 前世の感覚で言えば、これは完全にゲームのアイテム収集だ。危険な廃墟探索というより、ちょっとしたおつかいクエストをやっている気分になってきた。

 

「これ、残ってる物全部持って帰る人はいないんですか?」

 俺が尋ねると、先輩ハンターは肩をすくめた。

「いるぞ。キューブの容量が許すならな。だが、お前の持ってる初心者用モデルじゃ、そこまでは無理だ。重量を無視できるのも規定量までだ。欲張るとエラーを吐くぞ」

 

 調子に乗ってレトルト食品を詰め込んでいると、視界に赤い警告が点滅した。

 

【警告:インベントリ容量上限(98%)】

【残容量わずか:これ以上の大型物資は格納できません】

【現在格納量:月間新人ノルマの推定約30%に相当】

 

「……本当だ。もう入りませんね」

「初日ならそれで十分だ。協会が指定する一回分の回収量は満たしてるはずだぜ。今日はもう帰って、シャワーでも浴びて寝な」

 

 先輩の言う通りだ。初日から無理をする必要はない。

 俺は十分な手応えを感じて、先輩と一緒にスーパーの外へ出た。

 

「終わったか?」

「はい。案内までしていただいて、本当にありがとうございました」

 俺が礼を言うと、先輩はライフルを肩に担ぎ直し、真剣な目で俺を見た。

 

「いいってことよ。……だが、帰り道は行き以上に気をつけろよ」

「え? この辺りは怪異も出ないし、安全なんですよね?」

「怪異や機械はな」

 先輩は声を一段階落とした。

「ハンターを狙う『人間』は別だ」

「……え?」

 

「考えてみろ。回収帰りのハンターってのは、インベントリの中に満載の物資を入れてて、武器も持ってて、おまけに高価なキューブそのものも持ってるんだ。つまり、襲えば一番手っ取り早く儲かる『歩く宝箱』なんだよ」

 俺はハッと息を呑んだ。

「お前みたいに、足取り軽く油断しきった新人が一人で歩いてたら、盗賊連中に『俺を襲ってください』って宣伝して歩いてるようなもんだ。周囲を警戒して、常に銃に手をかけとけ。新人ってバレるような歩き方はするな」

 

「は、はい……!」

 

 急激に背筋が寒くなった。

 そうだ、ここはもうコロニーの壁の内側ではない。怪物がいないから安全だなんて、どうして思い込んでいたのだろう。助けを呼べばすぐ誰かが駆けつけてくれる場所でもないし、何より人間そのものが脅威になり得る。

 

 *

 帰路は、行きとは比べ物にならないほどの緊張感に包まれた。

 ライフルのグリップを両手で握りしめ、ARコンタクトのマップと周囲の物陰を交互に睨みつける。

 風で空き缶が転がる音にビクッと肩を震わせ、崩れたビルの窓枠に人影が見えた気がして銃口を向ける。心臓はバクバクと鳴り続け、脇の下には冷たい汗が流れていた。

 もし襲われたら、俺にこの銃の引き金を人に向かって引く覚悟はあるのか?

 自問自答しながら、足早にコロニーの防壁を目指した。

 

 だが、結局――。

 三十分後、俺は何事もなく東京第七コロニーの南第三ゲートをくぐり抜けていた。

 怪異にも、暴走機械にも、そして盗賊にも遭遇しなかった。

 ただの、少しスリリングな廃墟の散歩。それが俺の初仕事の結果だった。

 

 *

 ハンター協会の支部に戻ると、片桐が相変わらずダルそうに端末を弄っていた。

 

「お、帰ったか。初日ご苦労さん。五体満足みたいだな」

「……なんとか、生きて帰れました」

「近場の安全ルートだからな。ほら、納品口にキューブの中身を出せ」

 

 指示されたカウンターの奥のトレイに、インベントリから物資を次々と吐き出していく。協会の査定スタッフが手際よく仕分けし、計量していく。

 数分後、俺のARコンタクトに通知が来た。

 

【月間新人ノルマ:28%達成】

 

「はい、お疲れ。今月の新人ノルマ、残り三周だ」

 片桐が欠伸をしながら言った。

「……本当に、これだけなんですね」

「言っただろ。お前、銃は使ったか?」

「一発も」

「まあ、そんなもんだ。コロニー周辺の新人ルートは、定期的に上位ハンターやコロニー警備隊が『掃除』してるからな。盗賊だって、こんな近場じゃ警備隊に見つかるリスクが高いから滅多に出ねえよ」

 片桐は俺のライフルを一瞥して笑った。

「もっと壁の遠くへ行けば、全然違う世界が待ってるけどな。お前にはまだ早い」

 

 俺は協会を出て、傾きかけた夕日を見上げた。

 今日、俺は初めて壁の外に出た。

 銃を渡された時は絶望し、帰り道は盗賊の影に怯えて生きた心地がしなかった。

 確かに怖かったが、だからといって嫌だっただけでもない。

 

 それでも、協会を出てからずっと胸のどこかに残っている感情がある。

 初めて見る壁の外は、怖さ以上に面白かった。

 

 世界は本当に崩壊していて、英語の看板と日本の街並みが混在していた。時間が巻き戻って物資が湧き出す不思議なスーパー。魔法のようなインベントリキューブ。

 昨日まで、十五年間、学校の授業の映像でしか知らなかった世界を、俺は自分の足で歩き、自分の目で見たのだ。

 息苦しいコロニーの中にはない、圧倒的な『外の世界』の空気。

 

 昨日まで、ハンターはただ命を削って物資を運ぶだけの外れ職だと思っていた。

 実際には危険なのだろうし、今日はたまたま何事もなく帰れただけかもしれない。

 それでも、安全が確保された周回ルートなら新人の俺でもちゃんと仕事になる。

 その先には、十五年間知らなかった景色や、まだ見たことのない旧文明の遺物がいくらでもあるらしい。

 しかも最低限のノルマだけなら、月に四回の周回で済む。

 前世で週五日働くのが当たり前だった俺には、その数字だけでも信じられないほど余裕がある。

 

 俺はきびすを返し、再び受付の片桐の前に立った。

 

「……ん? なんだ、まだなんか用か?」

 片桐が怪訝な顔をする。

 

「じゃあ、明日は別のところに行ってみます」

「…………は?」

「他にも、安全な周回ルートってあるんですよね?」

「あるけど……」

「じゃあ、明日も行こうかなって思いまして」

 

 片桐の目が点になった。

 

「お前、明日も行くのか?」

「駄目ですか?」

「いや、システム上は駄目じゃねえけど……新人ってのは普通、一回外に出たら、恐怖と緊張で数日は家から出てこないもんだぞ。お前、疲れてねえのか?」

「そうなんですか?」

「だから、月四回でいいって説明しただろ。焦って行く必要はどこにもねえんだよ」

「でも、俺、暇なので」

 

 俺が真顔で答えると、片桐は大きくため息をつき、頭を掻きむしった。

 

「だから月四回でいいんだって! お前、頭おかしいのか!?」

 

 呆れ返る片桐を尻目に、俺は少しだけ笑みをこぼした。

 どうやら、ハンターという仕事は、昨日まで思っていたものとは少し違うらしい。

 少なくとも、俺が恐れていたほど悪いものではないのかもしれない。




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