時間になった。ライブハウスのドアを開けると、照明が落とされ、スモークがたかれていた。廊下は明るく、そのため入ってくる人間の姿は逆光でシルエットとなっていた。
「PARTY ROCK ETERNITY」キャミィは彼の企みの命運を分ける歌の名を繰り返した。「選曲のセンスはいいみたいだね」
今かかっているこの楽曲の冒頭十五秒程度の演出が、姿を隠して会場に紛れ込む完璧な手助けとなった。特徴的なイントロに耳を傾けながら、彼らは人混みをかき分けて所定の位置を目指す。
二回目の長い間奏の途中、再び演出のスモーク。この十秒弱の合間に、ビルが用意していたポケモンを繰り出し、二匹を壇上の機材に、一匹をキャミィの手元のマイクに潜り込ませる。
煙が残っているうちにステージへ飛び乗り、自分のポケモンが入ったボールとマイクを握って、歌い出しを、乗っ取る。
キャミィはライトアップの直前に繰り出したアシレーヌと光を浴びた。ビルのロトムはマイクと会場の機材とを完全に掌握しており、キャミィの歌だけを拡張して音楽は流れ続けた。
キャミィは熱唱しながら追加のボールを投げた。マスカーニャがライトの下で踊り始めて、この時点で飛び入りのキャミィは観客の心も欺いていた。チヅルから教わった振り付けは完璧で、誰もがこれをサプライズだと信じていた。
マスカーニャが指を鳴らすと、観客の頭上で銀テープ代わりの〝トリックフラワー〟が炸裂し、会場のボルテージはピークを迎えた。
最後に、キャミィは体の向きを変えて、本来この音楽を、そしてこのライブを支配しているはずの人物がいるDJブースに向けて、歌詞の通りのメッセージで締めくくった。
キャミィと二匹のポケモンはアイドルさながらにポーズを決めた。部屋そのものが起爆したような熱狂が沸き起こった。
会場のお客様……暴走族、キャンブラー、火事場泥棒、違法ハンター、闇医者、怪しいビジネスマン、その他の素晴らしい客層の皆様が送ってくれる歓声に、アシレーヌとマスカーニャが手を振って答えていると、一人の男がキャミィの反対側からやってきた。
まず足が、次にゆっくりと拍手をする手がライトの下にぬっと出てきて、影の存在が光の下で形を得たように全身が露わになった。
「これはこれは、とんだサプライズゲストがやってきてくれたぜ」
キャミィはガンシャから聞いていたライフル団ボスの人物評を思い出していた。尊大にして悪辣、自分の主催した集会が乱入者によって盛り上がるのを受け入れる程度には寛容だが、予定にない部外者が自分より注目されることは我慢ならない。
「俺様のパーティーへようこそ。歓迎するぜ、キャミィ選手」
悪の組織ライフル団の首領テデコカその人が、ついにキャミィの目前へと姿を現した。ダークブラウンのミディアムドレッドが一挙一動に合わせて揺れ動き、カッパーレッドの垂れ下がった瞳は果てしなく深いくまに窪んでいた。オレンジのシェルトップの上から白と黒のペイズリー柄スウェットを羽織って、同じ柄のロングパンツと暗い紺のハイカットスニーカーを履いていた。ドラゴンタイプカラーのサークルポーチには六つのボールがしっかりと並び、オレンジのハーフグローブは今なお現役の選手のように擦り切れかけた跡が見られた。
「と言っても、マスター級のプロトレーナー様は敗者の顔なんざ覚えてないだろうがな」
キャミィはマイクを手放した。中に入ったロトムが機材ごと宙に浮いた。あっちが肉声で話すつもりなら、これでフェアだ。
「マスター級に上がれる試合で、ガブリアスが攻撃を避けて僕が勝った。でしょ?」
「ほお」
テデコカはひどい猫背で、しわの寄った目を見開くだけで恫喝めいた迫力だった。彼はキャミィの記憶に感心し、関心を示し、蘇る過去の憤怒と憎悪に焼かれていた。
「覚えてもらえて嬉しいぜ。何しろあの日は、お互いにとって記念すべき分岐点だったんだからな」
大きな身振り、演劇的な自己主張。無限に膨れ上がった自我と、同じ質量の劣等感。
「今でも夢に見るあのゲームの後、俺様がどうなったかわかるか?」
「ううん、何も知らない。聞かせてよ、君の冒険の話」
「冒険! ふぅっ!」テデコカは観客を煽る機会を見逃さない。「そうさ。俺様はあれ以来、一勝もできずに負け続けた。わかるか? 一勝も、だ。あの日、技と一緒に、なんか大事なものが外れちまったらしい。ハイパー級の二に落ちて、三に落ちて、四の下まで落ちたころ、俺様は何もかも失ったぜ。地位とか名誉どころじゃねえ。人生そのものを!」
客から野次が飛んだ。彼らはみなにやにや顔で、それをいじることはテデコカの一芸になっているらしかった。「雑魚が!」「へたくそ!」「引退しろ!」キャミィにとって気分のよいパフォーマンスではなかった。
「ポケモンに全部賭けてきて、たった一度の負けをきっかけに、俺様のバトルは勝ち負けじゃなくなっちまった。荒れたぜ。酒、女、ギャンブル、落ち目のやつが味わう娯楽にはなんにでも溺れたが、どれもすぐに嫌になる。このまま死ぬか、死んだように生きるのかって思った、そのときだ。俺様はドラッグに手を出した」
「それが、ライフル団の始まりだったんだね」
「そうさ!」
テデコカは叫んだ。魂が化けの皮を破って叫んだようだった。
「ここじゃ、どんな人間とポケモンでも、ポケモンバトルに関わっている。戦うからには勝ち続けるやつがいて、つまり負け続けるやつが、俺様のような惨めな思いを強いられているやつがいるのさ! あの日の俺様と同じ絶望の底で、今日も誰かが死を思いながら、敗北しかねえ勝負に身を投げる……かわいそうだぜ、見てられねえ。負け続けるやつは、誰かが救わなくちゃいけねえ」
「その救いが、ミニエーだって?」
「間違ってるって? それを決めるのは俺様じゃねえ。薬がましか、バトルに支配されたこの街で永遠に負け続けるのがましか、それはそいつが決めることだろ。結果としてどれだけのミニエーが使われてきたか、知らずに来たわけじゃないよな?」
ライフル団の幹部たちの顔が、キャミィの瞼の裏に現れては消えていく。
「そうだ、薬をやるのは弱いやつらだ。俺様は弱者をまとめ上げ、この街の在り方を根底からぶち壊す! フロンティアシティが戦い続ける限り、すべての人にポケモンバトルがある限り、俺様のライフル団は終わらねえ!」
テデコカは観客席に向けて腕を振り上げた。キャミィが盛り上げたのと同じだけの狂乱が、人間を捕食する鬼どもの思念がライフル団のボスに答えた。
オヤブンってやつは、腕前半分、人気半分。半分でこれか。
「いいよ。君の主張はわかった」
人々から注目を取り戻すために、キャミィはロトムのマイクを頼らなければいけなかった。観衆が静まり視線を注ぐと、キャミィは再びロトムを自由にした。
「テデコカ。君は知っているだろうけど、かっこつけたいから、ちゃんと言うね。僕は、僕の魂の声は、君には届かないかもしれない。なぜって……僕は強いから!」
何人かのお客がどっと笑った。一緒になって笑い飛ばしてしまいたかった。
「でも、そんな僕がここに来たんだから、わかってるよね? この街が大好きな僕は、君の計画を許さない」
テデコカは笑顔で聞いていたが、頬にはぬぐい切れない憎しみが満ちていた。
「勝ち負けは関係ないって人がいる。負け続けても戦うって決めた人がいる。今は勝っているけれど、昔は負けて苦しかったり、いつそうなるかわからない恐怖を感じたり、それでも勇気を出して戦っている人がいる。負けた人も、それが全部じゃない。それでも冒険が、成長が、人生が続いていく。それは、ポケモンバトルするすべての人が平等に持ってる権利、平和そのものだ。君だって、君が勝手に放り出しただけで、そうやって街に守られながら、行くところまで行ったんだよ。その行先が地獄だとしても、みんなにはみんなの帰る場所、帰りを待つ友達や、大切なポケモンたちがいる。僕はこの街の愛を貫くために、君の手下を全員倒してここにいる!」
キャミィはライブハウスにぐるりと視線を向けた。出入口を抑えて立っている仲間たちと順番に目が合った。感謝と意気込みを込めて、キャミィはオーディエンスに叫んだ。
「僕はフロンティアシティ、すべての人のポケモンバトル、そこに込められた全部の想いを連れて来た! 勝負だ、ライフル団のボス! お前を倒して、世界を救う!」
キャミィのポケモンたちも鳴き声を上げてアピールした。再び大喝采が巻き起こった。ならず者たちはテデコカの味方のはずで、それゆえこの応援はほとんどからかわれているようなものだった。あるいは、正義の味方をここまで連れてきてしまったテデコカに向けた嘲笑なのか、それどころか彼の計画の行く末さえ悪徳な裏社会の余興に過ぎないのか。
キャミィはどちらでもよかった。形だけでもそれは声援で、観客の興奮は燃料なのだ。
「とんだヒーローショーになっちまったぜ」
テデコカは大げさに肩をすくめてみせた。
「俺様がそんな挑戦を素直に受けると思ってんのか?」
「ダサい挑発なんてかみ砕く、だろ? かかってきなよ。それとも尻尾巻いて逃げる?」
「そうだ!」「逃げるんか?」「やっちまってくだせぇよボス!」そこかしこで煽動が伝播し、見世物が始まらなければ無秩序が殺到するのは明らかだった。テデコカはたった今の悪手に気づいたが、遅すぎた。悪の組織としてのテデコカのカリスマは、残り半分を試される格好となった。これこそキャミィの企ての本懐であり、そしてキャミィはテデコカがそれに気づいたことに気が付いた。
「いいだろう。俺様の絶望が上か、フロンティアシティの想いとやらが勝つか、俺様が試してやる」
キャミィは恐れ知らずの笑みを浮かべ、自分たちのいるステージを見渡すふりをした。
「ここ、狭くない? シングルでいい?」
「ああ、いいぜ。ダブルでは俺様の勝ちだったからな」
「ふーん? それじゃ今夜で僕は二階級制覇だ」
アシレーヌとマスカーニャがテデコカに向かってかわいらしい声で咆えた。
「そいつらを使うのは決まりなのか?」
「うん。先発はどっちかにする。始まったら片方戻す。いい?」
「へっ。好きにしろ」
キャミィは腰のボールに手をかけた。二匹のうち一匹を戻すためのボールに。テデコカは腕を振り上げ、今やビルのロトムが制御しているはずの機械に命令した。
「音楽かけろ! DJ悪事、戦闘! スター団ボス!」
ビルは素早く頷き、オーディオロトムがそれに答えた。爆音のイントロが鼓膜をかき鳴らし、会場の空気に火が付いた。
「ほんと、君って音楽のセンスは最高だね」
キャミィはタクオが綴ったスター団の記事を思い出していた。挫折や抑圧と戦うために星になることを選んだ子供たち。
「ところで、スター団がどんな組織か、知ってる?」
「知らねえ。興味ねえ。俺様はDJ悪事の音楽が好きだ。それだけよ」
テデコカはポーチに手を突っ込んだ。取り出された道具にキャミィは見覚えがあった。注射器。
テデコカはライブハウスに詰めかけた悪党たちにそれを見せつけ、腕に針を刺して破滅の液体を注入する姿を披露した。邪悪な歓呼が建物を満たし、空になった注射器が背後に放り投げられた。
そして、テデコカはボールを一つ選んで、球体の頭を親指でさすった。攻撃的な視線が混じり合い、二人にしか見えない火花が散った。
「俺様はライフル団のボス、テデコカ! この街を滅ぼす男の名だ!」
「僕はフロンティアシティのキャミィ! この街の未来は僕が守る!」
テデコカはボールを投げ、キャミィは一匹ボールに戻した。
「マスカーニャ!」
「オオニューラ!」
残されたのはマスカーニャだった。テデコカの繰り出したポケモンを見てもキャミィは笑顔を崩さなかった。
「なるほどね! 両方に有利なポケモンがいたんだ!」
「そうだ! 今夜ここに死にゆくフロンティアシティへの生け贄を捧げてやるぜ!」
悠々としているのはマスカーニャも同じだった。二匹のポケモンは指示を待ち、二人は長く待たせなかった。
「戻れ!」
「〝ねこだまし〟!」
キャミィは迷わずマスカーニャを引っ込めた。マスカーニャが立っていた床を踏み超えて、オオニューラがキャミィに迫る。
「受け止めろ!」
長く鋭いオオニューラの爪よりも先に、キャミィのポケモンが立ち塞がった。両手を叩いた衝撃波で、ブリジュラスの金属の皮膚が高い音を立てた。
「ほおぉ」
テデコカもまた綽々としていた。オオニューラが数歩距離を取って、間合いが仕切り直された。
「気でも狂ったか? 俺様のオオニューラはかくとうポケモンだぞ?」
「そっちこそ。まさかブリジュラスを物理で突破するつもり?」
ブリジュラスは両腕を打ち合わせ、すでに殴り合う気満々だった。〝じきゅうりょく〟にものを言わせた図太さ。キャミィもポケモンの意志に答えるつもりだ。
「試してやる。オオニューラ、〝インファイト〟!」
オオニューラは牙を見せて笑い、ブリジュラスを激しく殴打した。一連の攻撃ののち、ブリジュラスは〝オボンのみ〟をかじり、オオニューラは〝しろいハーブ〟を咥えた。
「余裕だね! ブリジュラス、〝ラスターカノン〟!」
ブリジュラスも鋼の光線でオオニューラに応戦した。決して軽くない衝撃に見舞われ、オオニューラは吹き飛ばされるも跳ね起きた。あれは見た目より元気じゃない。キャミィはわかっていた。
「お互い、もう一発いけるか、ってところか」
そして、ブリジュラスも。複雑な予測だが、テデコカの判断は前のめりだった。
「先手だ!〝インファイト〟!」
指示を受けたオオニューラが飛び掛かり、再度ブリジュラスを至近距離の打撃でサンドバックとした。持ち物を使いきり〝かるわざ〟を活かしたスピードで翻弄しつつの猛攻撃だ。ブリジュラスはたたらを踏み、だが力強く床を踏みしめた。
「くー! 強い! 流石!〝ラスターカノン〟!」
こちらもほぼゼロ距離の攻撃となった。守りを捨てた攻撃を仕掛けたオオニューラは受け身が取れず、この一撃で膝をつき、力尽きた。ポケモンの残数でキャミィが先手を取ると、客席からひときわ大きく声が上がった。
「倒しきれねえのかよ、くそ」
テデコカはオオニューラをボールに戻し、すぐに次のポケモンを繰り出した。
「だったらこいつだ! ガオガエン!」
ボールを出てすぐ、ガオガエンはたくましい咆哮で〝いかく〟した。ブリジュラスにはそれ自体は効果薄だが、ともかく次に攻撃を受けたらわからない。
「ん……なら、〝ステルスロック〟!」
素早さはブリジュラスのほうが速かった。尖った岩の破片がテデコカの場にまき散らされた。とはいえ、今まさに間合いを侵略しているガオガエンは止められない。
「知るかよ! くたばれ!〝DDラリアット〟!」
ガオガエンは両腕を回してブリジュラスの首を殴った。能力変化も何するものぞ。強みの通じない攻撃を受けて、ついにブリジュラスも倒された。
「いいね! テンポの速いバトル大好き!」
キャミィはブリジュラスを戻し、ほとんど迷いなく次のポケモンを呼んだ。
「行っておいで、アシレーヌ!」
実質三匹目のポケモン、アシレーヌが再び登場した。ガオガエンはわかりやすく苦い顔をし、キャミィはガオガエンというポケモンのこうしたチャームポイントが好きだった。
「っち! 戻れ!」
「〝クイックターン〟!」
今度はキャミィのポケモンがテデコカに迫る番だった。テデコカは新たにドドゲザンを繰り出してアシレーヌへの盾とした。しぶきを伴い体当たりしたアシレーヌがキャミィの元へ戻っていく。
「三匹目はドドゲザンか! いいポケモン連れてるね!」
「だろ? まあ、俺様のこだわりはわからな……」
「前にダブルで使ってたポケモンそのままでしょ?」
テデコカは黙った。キャミィは微笑んだ。
「ほら。そういうとこ、だよ!」
キャミィが繰り出したマスカーニャがドドゲザンを見下ろした。方や細く軽く、方や太く重い。
「マスカーニャ!」
「戻れ!」
「〝けたぐり〟!」
キャミィは超抜群のかくとう技で速攻を仕掛けるべくマスカーニャを走らせた。対するテデコカはこの攻撃を読み、ドドゲザンを引っ込め、
「行け!」
オスのイダイトウを繰り出した。赤い鱗を纏ったゴーストタイプの体が、マスカーニャの技を空振りさせる。
「四匹目……!」
会場のざわつきは、現実の声か、内なる魂の館の幻聴か。
「どうした? ここでは俺様がルールだ。六匹使ったって反則じゃねえ」
キャミィは驚きこそすれ、卑怯とは露ほども思わなかった。
いいよ。なんでもいい。幻かもわからない声が聞こえようが、急に相手が増えようが、僕はバトルを楽しむだけ。だって今日は、喧嘩をしに来たのだから。
「いいよ。とことんやろうか!」
「そう来なくちゃなあ! イダイトウ、〝ウェーブタックル〟!」
イダイトウはアシレーヌが見せたよりもずっと大量の水流を纏ってマスカーニャに突撃した。くさタイプを〝へんげんじざい〟で失ったマスカーニャでは〝てきおうりょく〟に抗う余地もなく、軽い体は風船のように弾き飛ばされた。
優雅とは言えない墜落だったが、それでもマスカーニャは胸を押さえて立ち上がった。
「マスカーニャが突っ張ってくるのは意外だった? 相手も〝こだわりスカーフ〟なら逃げると思って、交代先に圧力をかけにきたんでしょ?」
〝きあいのタスキ〟を脱ぎ捨て、マスカーニャはすでに次の攻撃の体制に入っていた。
「よく勉強してるね! けど勝負は統計じゃない!〝トリックフラワー〟!」
爆発する花束がイダイトウに投げつけられた。今やマスカーニャはタイプ一致の有利を失い、またイダイトウも打たれ強いポケモンではあったが、〝ステルスロック〟の痛みと〝ウェーブタックル〟の反動が合わさり耐久力のラインを越えていた。イダイトウは浜へ打ち上げられた魚のように打ち倒され、マスカーニャは満身創痍ながらも手品の成功を喜ぶポーズを決めていた。
「さーて、これでまた僕のリードかな?」
「くそ! 舐めんなよ!」
再びガオガエンが登場し、マスカーニャを〝いかく〟する。自分と相手の残りポケモンを想像し、キャミィは押すか引くかを選ぶ。
「マスカーニャ、〝けたぐり〟!」
「させるか!〝ねこだまし〟!」
ガオガエンも先手を取る技をしっかり覚えていた。マスカーニャは〝きあいのタスキ〟で何とか動ける状態だったため、この一撃であえなく気絶、体が床にぶつかる前にボールへと戻された。
「なら……ガブリアス!」
繰り出されたガブリアスが合図となったように、テデコカの顔面に薬物の反応が急速に現れた。狂おしいトラウマに呼応して、契約した悪魔が憑依したように。
「そうだ……ガブリアス! このガブリアスが俺様を!」
「〝じしん〟!」
過去にとらわれ正常な指示がまとまらない隙をついて、ガブリアスの攻撃がガオガエンを吹き飛ばした。そのタフさは〝いかく〟あってこそ。ガオガエンは仰向けに倒れ、起き上がらなくなった。
「こっち見ろ! ぼーっとしてると、みんなさらっちゃうぞ!」
キャミィは相手の意識が切断されているのをかばうほどお人好しではなかったが、それで勝つことをよしとしないフェアプレイの精神が対戦相手を奮い立たせた。ガオガエンをボールに戻す間も、テデコカは悪夢の形相でキャミィのガブリアスを睨み続けた。
「ほざいてろ……あの日も、今日も! 勝つのは俺様だ!」
テデコカは五匹目のボールを投げ入れた。戦場に別のガブリアスが現れ、二匹のマッハポケモンが居並ぶと、本日最大の歓声が彼らの〝さめはだ〟を叩いた。
「……〝じしん〟!」
キャミィは苦い顔をしてガブリアスに攻撃を指示した。もちろんダメージはある。だがガブリアス同士の対決では、とても足りていない。
「そいつが〝こだわりスカーフ〟ってわけか」
先行を取られてもテデコカは動じなかった。マスカーニャが持っていないのであれば、選択肢の予想はつく。
「〝スケイルショット〟!」
テデコカのガブリアスが鱗を撃ち出した。狙いを定めるのは難しい技だが、大量に当て続ければ驚異的な威力になる。二発、三発、四発、そこで閾値を超え、キャミィのガブリアスは倒れた。観客の盛り上がりときたら、悪魔と化したテデコカの意志がいくつも分裂して輪唱しているかのようだった。
「見たか? ああ? 当たりゃあ勝つんだ! 勝つべきなのは俺様だ!」
キャミィは自分のガブリアスをボールに戻し、がなる悪鬼に毅然と言い返した。
「いや! 前は前、今は今だ! それに、今夜も僕が勝つ!」
投げられたボールから、再度アシレーヌが降り立った。素早さではとてもガブリアスにかなわないが、見た目ほど芯の華奢なポケモンではない。
「ぬかせ!〝じしん〟だ、ガブリアス!」
タイプ一致の真下からの衝撃。無視できない手傷を負うがアシレーヌは踏みとどまる。
「よし! アシレーヌ、〝ムーンフォース〟!」
妖精の月光がガブリアスの意識を消し去り、気絶して床に体を投げ出したガブリアスにアシレーヌが鬨の声を上げた。
キャミィはたちまちポケモンの数を取り返し、テデコカはつまらなさそうに自分のガブリアスを戻した。
「けっ……いけ、ドドゲザン!」
序盤に顔を見せたドドゲザンが、再びキャミィの前に座った。落ち着いている。〝そうだいしょう〟じゃない。たぶん、ダブル用の〝まけんき〟のままなのだろう。
「大丈夫、普通に押していけばいい! アシレーヌ!」
「させるかよ! ドドゲザン!」
ドドゲザンが隠し持っていた〝くろいメガネ〟を身に着けるのをキャミィは見た。
「〝ふいうち〟!」
アシレーヌの先を制して、ドドゲザンが殴りつけた。ガブリアスの〝じしん〟の手応えから、キャミィのアシレーヌが防御をさほど鍛えていないことを見抜いたのだ。先の攻撃に加え、持ち物の力があれば、倒せる。
攻撃されたアシレーヌは床に俯き、そのまま呼吸の止まったように静止していた。
「……よく!」そして、大きく息を吸い込み、断固とした意志で頭を上げた。観客が叫び、キャミィは咆えた。「よく耐えた!」
アシレーヌの首にかけた〝しんぴのしずく〟が煌めいた。意識を奪い去るべく放たれたドドゲザンの攻撃は、アシレーヌの〝げきりゅう〟を呼び起こすことになった。
「〝うたかたのアリア〟!」
アシレーヌの放った音の泡がドドゲザンを包み、弾けた。凄まじい威力だった。決して撃たれ弱くはないはずのドドゲザンだが、最初の〝クイックターン〟が巡り巡って致命的な亀裂となった。姿勢を保てなくなっただいとうポケモンは頭から倒れ込み、頭部の刀の切っ先がアシレーヌを傷つけることはなかった。
「次で最後の一匹だね」
あえて声に出すことで、集中の彼方にある自分自身にもキャミィは状況を把握させようとした。追い詰められたテデコカはといえば、薬物の反応と秘められた狂気とで、この世のものとは思えない微笑が張り付いたままだった。
「くく……ははは……なんだ……? 俺様はまた負けるのか……?」
倒れたドドゲザンをボールに戻し、だがテデコカは残っているはずの六つ目のボールに触れなかった。
「そうはならんだろ……なあ? これは本当の未来じゃない……」
その必要がなかったからだ。
「そうだよなあ、相棒!」
突然、テデコカの前に一匹のポケモンが現れた。キャミィには見えた、それは呼びかけに応じ、天井から降ってきたのだ。
いや違う。キャミィは気が付いた。このポケモンはずっと見ていたのだ。キャミィたちがライブハウスに侵入したときから、強い光に隠れられる天井のスポットライトのそばで。その気になれば、あるいは指示さえあれば、すぐにも彼らを攻撃できるところで。
浮遊する尖った岩の一つを優雅に踏みつけ、サーナイトがキャミィを見下ろしていた。テデコカはゼンブイリングを高く掲げて、真上に拳を突き出して叫んだ。
「咲き誇れ純白の花! どん底の人生に光を当てろ、サーナイト!」
室内に月が出現したかのような輝きが視界を制圧した。たおやかな体を揺らし、かくも麗しきメガサーナイトが降臨すると、ライブハウスのステージは祭壇となり、宙に浮く岩から飛び降りる宗教画じみた光景に人々は息をのむばかりだった。
もちろん、この女神は咲き乱れるばかりの無力な偶像などではない。
「〝ハイパーボイス〟!」
〝フェアリースキン〟の効いた妖しき絶叫が放たれると、アシレーヌばかりかステージに近すぎた最前列の観客までもが骨身の軋む苦痛にのたうった。あまりの衝撃に照明が一機破壊された。気力だけで残していたアシレーヌが耐えられるはずもなかった。
「サーナイト……」
アシレーヌをボールに戻す間も、キャミィはメガサーナイトから目が離せなかった。目を反らすことを咎められているようでさえあった。裕福な貴婦人のドレスのごとく殺意を身に着け、使い慣れた香水めいて冷酷な気配を漂わせる、こんなサーナイトは見たことがなかった。銃口を向けられているかのようだった。トレーナーを志して初めて、キャミィはサーナイトに恐怖を感じていた。
「ポケモン図鑑のサーナイトのページ、読んだことあるよ」
キャミィはメガサーナイトに射竦められたままテデコカに言った。
「未来を予知する力を持つ……心の通ったトレーナーを命がけで守るとき、最大のサイコパワーを発揮する……」
恐怖へ立ち向かえるだけの怒りが体の奥で炎となり、凍り付いた血管が火を宿して熱を持った。喉の奥が乾き、額が熱を持つのを感じた。
「じゃあなんで……どうしてメガシンカできる君ほどのサーナイトが、こんなになるまでトレーナーを止められなかったんだ!」
「文句を言われる筋合いはねえ。俺様のポケモンだ」
その虚栄心は小さなブラックホールだった。光すら逃げられない重力に視線を引きずられるように、キャミィはゆっくりと邪心の仮面のテデコカを見た。
「教えてやるよ。ライフル団を結成した瞬間から、サーナイトは俺様を守り続けているのさ。こいつの言うとおりにしてりゃ、なんでもうまくいった。うまくやれるか怪しいときは、止められることもあったな。未来予知か、言われてみればその通りかもしれねえ。ご自慢の力で、俺様を守り続けてくれるってわけだ」
「……なんだ、それ」
「言っとくが、何も強制したことはなかったぜ。みんなこいつが自分からやったことだ、俺様は知らん」
なんだ、それ。じゃあ、こいつが薬物に手を出して、犯罪王になろうとするまで、全部このサーナイトが仕組んだってこと? 少なくとも、未来を見る力で、その手助けをしているってこと? トレーナーを守るための力で? 自分の意志で? なんだ、それ?
まさか、僕たちの作戦は筒抜けで、攻撃できるのに放置していたのも、勝つ未来が見えているから?
いや、ダメだ。その前提が変わったら全部無意味だから考えるな。一応まだ有利なんだし、まず普通にバトルで勝つことを考えなきゃ。
というか、もし戦って勝てたとして普通の勝ちで大丈夫なの? 心を折りにいかなきゃなんじゃないの? こんなに覚悟決まったサーナイトって何したら諦めてくれる?
どうする? どうすればいい? どうやったら勝ち? どうしたら……?
「……へえ、ボールの外でポケモン飼ってるのは俺様だけじゃねえってわけかよ」
テデコカの声がキャミィを現実へ引き戻した。ポケモンを繰り出した自覚はなかった。
「ゲンガー」
影の中からゲンガーが飛び出してメガサーナイトの前に立ちはだかっていた。ゲンガーはキャミィに目もくれず、だがキャミィの耳に確実に届く鳴き声を発した。
「……そうだね」
ごちゃごちゃの、散らかった思考が、覚めていた。迷いが消えた。
「あんな切り札の相手を任せられるのは……お前だけだ!」
キャミィはゼンブイリングに触れた。つながりを、力を急かすように、あるいは不器用な激励のように、ゲンガーがもう一声鳴いた。
「目覚めろゲンガー! 圧倒的闇で、群青の夜を塗り潰せ!」
ゲンガナイトがゼンブイリングと結び合い、冥界よりメガゲンガーが出迎えた。下半身と大型化した両腕は異次元へと接続し、それは人の目にはただ床に埋まって見えた。瞳に開いたメガゲンガーの第三の目だけが、この世ならざる世界とのつながりを見ていた。
「メガゲンガーとメガサーナイトの力関係は知ってるよね?」
キャミィはこれから始まる決闘のルールを確認した。いきなりゲームの前提が変わり、まったく別の勝負が始まったかのように。
「素早さはメガゲンガーが上だ。僕たちは容赦なく弱点を攻める。でも、メガサーナイトなら、鍛え方次第でこの攻撃を耐えることができる。そっちの攻撃もゲンガーには抜群で、そうなったらこっちは絶対に耐えられない。僕とゲンガーの攻撃の後、サーナイトの耳に君の指示が届いていたら、君たちの勝ち。そうでなければ、僕たちの勝ちだ」
テデコカも戦いの趣旨を、その単純さと空恐ろしさを理解した。
「いいだろう。勝つのは俺様だ。サーナイトが止めなかった戦いだ、俺様が勝つ運命だ」
見上げるメガゲンガーと見下ろすメガサーナイトも本能的にこの勝負を理解していた。一手限りの果し合いが始まるのだ。真剣を握る侍か、実弾を込めたガンマンのような。
「そうさ、光だ。こいつが俺様を、この街の弱者を照らし続けている限り、ライフル団は終わらねえ」
メガサーナイトは片手を表にし、その手に祈りを集め始めた。手のひらの周りの空間が潰れて波打ち、次第にそれは大きくなっていった。
「終わりはしねえ! 俺様のサーナイトが、弱者のそばにある限り!」
メガゲンガーもまた片手を浅く持ち上げ、その手に穢れをため始めた。泡立つ沼の瘴気のような汚らわしい気が紫煙となり、徐々に広がっていく。
「終わらせるよ。僕とゲンガーが、強者の美徳を果たす!」
二人の男と二匹のポケモンは、それきり無言となった。観客も刹那へ意識を傾け静まり返り、光と闇が膨れ上がって檀上を二分するのを見守っていた。
破損した照明がじりじりとついたり消えたりを繰り返して、キャミィの体の半分をちらつかせた。
ふっと影が覆いかぶさり、電球の割れる大きな音がした。
「〝ヘドロウェーブ〟!」
「〝サイコキネシス〟!」
光輝と暗黒が渦を成した。絡み合う力場が二色の拮抗に流れ、今夜という宇宙の中心に存在する銀河となった。メガゲンガーとメガサーナイトは互いの魔力で押し合っていた。片方は攻撃を通すために、片方は防ぎ凌ぎ切るために。
永い数秒間だった。見守っていた。キャミィも、テデコカも、少年少女も、誰もがこの激闘に立ち会っていた。今ばかりは、ここはキャミィが夢見た戦いの館そのものだった。
そして混ざり合った大渦巻が弾け飛んで無へと還り、メガゲンガーが床に手をついた。メガサーナイトはじっと立ち、なおも立ち続けて、ついには膝から萎れて地面に伏した。決着は静かで、圧縮された時間の中で起こったようだった。
「……なん、だと?」
テデコカは負傷兵のように足を引きずりながらメガサーナイトに近づいた。対戦中に前へ出てくることがどれだけ危険か、また何を意味するのか、キャミィはよく知っていた。
「これか? ここが俺様を連れてきた未来か?」
テデコカに見下ろされたメガサーナイトは、返事どころか目を開けることもできずに、かすかな呼吸で胸を上下させるばかり。
どう見ても戦闘不能だった。
「違うだろ? 起きろサーナイト! 起きて戦え! 俺様を導け!」
冷ややかな空気が満ちた。短くも一つの時代が終わり、それは失笑を以て迎えられようとしていた。
「ロトム、音楽を止めて」
キャミィは歴史がその評価を下すことをよしとせず、マイクを取った。楽曲が停止し、建物中に響くのはキャミィの声だけになった。
「導きは終わった。最初からサーナイトはこうするつもりだった。ここがその、未来だ」
「……どういうことだ。サーナイトが、はなから俺様を裏切っていただと?」
ずっと考えていた。この対戦はただの勝ちでは不十分で、ライフル団を解散させるほどテデコカの心を壊して勝たなきゃいけない。
だから、許して。僕に任せて、サーナイト。きっとこれでいいはずだから。
「トレーナーを守ろうとするとき、サーナイトは最大パワーを発揮する。連敗に耐えられなくなった君が破滅の道を行くことを悟って、たぶん、サーナイトは生きてきた中で一番深く遠く多くの未来を見た。もちろん、君を守るために」
テデコカは血の気を感じない泥のような顔をしていた。それでいい。届かなくても、信じなくてもいいから聞け。
「そのどれもきっと、君にとって最悪の未来だったはずだ。薬物による中毒死、血生臭い抗争の果ての死、うまくいっても虚しさに潰されて自分で……その全部を回避できる、君を止められなくとも救うことはできる唯一の未来が、悪の組織のボスとして僕と戦うことだった。そうだよ、君の言う通りだ。サーナイトは守り続けていたんだ! 自慢の力で、自分から望んで、君のことを! テデコカ!」
「そうなのか」ほとんど聞き取れない、かすれた声だった。亡霊の囁きのように。抑揚はなく、そこにどの方向の感情も読み取れなかった。テデコカは完璧な無表情をしていた。薬物の副作用か、すべてが虚無へと消えてしまった彼の心そのままなのか。
「サーナイトは命を懸けて! もしかしたらここで捨てられるかもしれなくても! トレーナーである君を守るために! この未来を選んだ! 君も選べ! 全部諦めて死ぬか、このまま悪党続けてつまらないところで殺されるか、この先どんなにつらくても死に物狂いで相棒と生きるか!」
肩で息をしているのにキャミィは叫び終わってから気づいた。キャミィは、これと同じくらい疲れたバトルはあっただろうかと記憶の引き出しを何気なく探した。並ぶものなどないほど疲れていた。今日、一人の人間の生涯をかけた勝負に勝てるだけの自分に、そこに至る森羅万象に心の底から感謝した。
「マイクをよこせ」
無の顔のままテデコカは肘の先だけを伸ばした。キャミィは頷き、ロトムに従うよう伝えた。テデコカはだらりと両手を下げたまま客席を向いて、宙に浮くマイクに話した。
「見ての通りだ。ライフル団のボスは威信をかけたガキとの勝負に負け、おまけにその団はてめぇのポケモンが見せた幻ときたもんだ。うんざりだぜ。幸せなお薬の効き目もこれまでだ。ライフル団は本日をもって解散とする」
有象無象の呟きが泡のように浮かんでは消えた。損をしたもの、青写真を失うもの、後ろ盾をなくしたもの、こうなるだろうと予見した通りになり呆れ果てるもの。
「だが、俺様は、曲がりなりにも俺様が育て上げてきたチームやアイデア、トロフィーを横取りされることには我慢ならねえ」
その全員黙らせるだけの恐ろしさだった。顔の上半分に無を身に着けたまま、下半分が羅刹のごとき笑みを浮かべた。
「俺様は必ず舞い戻る。どんな形であろうとも、だ。俺様がまたここへ戻ってきたとき、ライフル団を名乗っている奴、ミニエーを持ち歩くか売りさばいている奴は、見つけ次第全員ぶち殺す」
「わかったな!」そのシャウトは喉ではないどこか体内の奥から響いた。何重もの「応」がロックスターの挨拶への合いの手のように壊れかけたステージを震わせた。
戦いは終わった。キャミィもメガゲンガーのそばに歩いてきた。ここはスタジアムではないのだから、ボールに戻さなくてもよいのだ。相棒の隣に立つと、メガゲンガーはもともとある二つの目でじっとりとキャミィを流し見た。
「わかってる」キャミィはメガゲンガーに手を触れた。「僕たちも、死ぬまで一緒だ」
メガゲンガーは目をそらして気だるげに鳴いた。つながった影から、メガゲンガーが命のどこかに冷たく触れるのをキャミィは感じた。
他人の大恋愛にあてられて、思わず手をつなぎたくなったみたい。そう考えてキャミィは微笑ましい、暖かな気分になった。それが愛情だとわかっていたので、キャミィは寒気に隠されたいびつな愛を、胸の中の「たいせつなもの」ポケットへ丁寧にしまい込んだ。
「キャミィ」
名前を呼ばれるなんて思ってもいなかったから、キャミィは少し遅れて間の抜けた返事をするしかなかった。
「え、あ、何?」
「何か歌え。俺様が許す」
キャミィの計画にはまるでなかった結末だった。サーナイト、君はこの未来まで見えていたの?
「ライフル団の前夜祭はおしまいだが、今の見世物がトリじゃ締まらねぇ。ここまでぶち壊しにしてくれたお礼に、お前にトリを譲る……あー、つっても、ここまでこいつの見た予言通りなのか? いや、なんだっていいか。結局……」
「俺様がそうしたいから。だよね?」
キャミィはすでにマイクを手に取っていた。
「音楽、好きなんでしょ? 最後に僕の歌をもう一回聞きたい! そうだね?」
テデコカは鼻で笑い、横たわったメガサーナイトを抱きかかえた。眠っている花嫁には聞こえないかもしれないが、それでもボールの外にいたほうが歌を聞かせるにはいい。
「毎晩夢に出るのにふさわしい、忘れられないやつを頼むぜ」
何を歌うかは決まっていた。DJブースにロトムがいるなら大丈夫だろう。キャミィはビルに視線を投げた。サムズアップで返ってきた。
「おーす、未来のチャンピオン! フロンティアシティへようこそ!」
キャミィは客席に向かって叫んだ。皮肉と区別がつかない純心が観客を沸かせた。
「今日は僕たちのバトルを見てくれてありがとう! このパーティを主催して、たった今僕に負けた悪の組織のボスが言うんだから、これは正当な賞金だよね! というわけで、このライブ会場は今から僕が乗っ取った!」
テデコカは舞台袖に避け、メガゲンガーはキャミィの影に潜って消えた。
「ロトム、音楽かけろ! たびだちのうた!」
万雷の拍手と、カラオケに行けば絶対に選ぶ大好きな歌のイントロが聞こえた。ライブハウスの照明に目をくらませて、キャミィは思うがまま夜に叫んだ。