二日目
「アシレーヌとマスカーニャを育ててほしいって?」
ジムで彼の専属コーチが話しかけてきたとき、スクワットの回数が中途半端だったのでキャミィは脚を鍛えながら話した。フロンティアシティ市長ナカジマナがそうであるように、ポケモントレーナーが試合中の体力保持のために自分自身を鍛えることには彼も賛成派だった。
「うん。みずタイプとあくタイプが欲しくて。チームのバランス考えると、その二匹かなって。メール見てくれた?」
「ああ、読んだよ」
コーチは律儀にもメールの内容を印刷してファイルにまとめていた。希望するポケモンの育成方針、覚えさせる技、合わせていく特性、なんでも記されている。
「シングルはどうだ?」
「難しいね。ミスした時のケアも、パワー負けした時のフォローもしづらい。相性のごまかしもね。相手がリザードンを出しにくいポケモンを五匹連れていても、残りたった一匹の攻略のためにリザードンを選ばないといけないこともある。助けてくれる隣のポケモンはなし。ちょっと間違ってリザードンを先に倒されたら、そのまま降参だってあり得る。シビアだね」
「でもそれが楽しい」
コーチは自分のことのようにはにかんで顎髭を撫でた。「そうだろ?」
「まいっちゃうよ、ほんと」
話の区切りと同じに、キャミィはトレーニングを切り上げた。「たまんないよね」
「よし、育成は任せてくれ。ジムのボックスに送られてきた二匹を、このメモの通りに鍛えればいいんだな?」
「うん、よろしくね。その子たちが仕上がるまで、僕ちょっとオフにするから。次の試合までに間に合わせておいて」
キャミィはシャワーを浴びるために歩き出した。たしなめるような、コーチの茶化した声が聞こえてきた。
「あんまり夜遊びしすぎるなよ。受付嬢も心配するからな」
わかっているとは思うが。キャミィは歩くのをやめずに、肩越しに振り返った。
「わかってるよ」
特に用事がないオフの予定や趣味を聞かれても、女の子と遊んでいる、としかキャミィは答えない。コーチのように、彼の実際の女癖の悪さに気づいている相手にも、詳細を話したことはない。
言わない。秘密のアカウントを持つ女の子から日ごろ誘いを受けている、などとは。
そういう遊びだった。SNSなどを通じて、後腐れなく男と会いたい、自分の持つ性的なアカウントを盛り上げたい、そういった理由で遊び相手を探している女の子たち。金銭のやり取りもなく、将来の責任もない、ただ日常を壊さずに行き場のない欲求の解消だけを求める、普通の女の子。
キャミィはそんな少女たちを見つけて遊ぶのがうまかった。彼は競技プレイヤーだが、結婚も婚約もしておらず、選手生命を絶たれるような致命的なスキャンダルだけは的確に避けて遊ぶことができた。リスクのある相手を遠ざける秘訣、彼だけの裏技があるのだ。
今日も、スタジアムで試合をするときの衣装のままで街に繰り出していた。衣類が進歩し自由化も進む昨今、バトルで着る服装はおしゃれな普段着としても使っていけるまでになっている。この格好が女の子に受けることもキャミィは知っていた。強くて健康な男の子と遊べた、選んでもらえた、という称号。キャミィは気前よくリボンを配っていた。
待ち合わせ場所にいた少女も、フロンティアシティのそうしたスポーツ男子と並んで歩くことを想定して服を選んでいるようだった。
「こんにちは。アイネちゃん、かな?」
ゲームの中から飛び出してきたような艶めくピンクのツインテールを揺らして、声をかけられた少女は振り向いた。ピンクのインナーの上に、胸元のラインが浮き出るような黒いオーバータンクトップを着て、ほとんど下着のような黒とピンクの一分丈のレギンスを履いている。足元すらも、少しでも肌を出そうかとしているようなバンドタイプサンダルだった。
「あっ、キャミィさん、ですよね?」
桃色の銀河に煌めく星のような黄緑色の丸い目が瞬いた。あざとさを背骨に通したようだった。キャミィは「そうだよ」と微笑み、いつも試合の前にモニターに移るのと同様のピースサインをしてみせた。
「その服と髪型、すごい似合うね。今日デートの約束してなかったら、絶対声かけてる。会えて嬉しいな。めちゃめちゃかわいいよ」
変な男がつかないか、心配になるくらいに。ここは夕方の大通りで、予定より少し早く待ち合わせ場所についたキャミィより先にアイネは待っていた。
「他の男が来たりしなかった? アイネくらいかわいいと、絡まれたりするでしょ?」
「大丈夫です。今来たばっかりだから。えへへ」
キャミィが手を伸ばす前に、アイネに腕を抱え込まれた。胸元に抱き寄せられた腕から女の感触がした。
「私、すごい性欲強くて。いきなりホテルでもいいですか?」
昼間ずっと運動させていた内股がうずくのを感じた。
「望むところだ」
アイネに紹介されたホテルはキャミィが初めて入る場所だった。いつも遊ばない地域の少し入り組んだ場所にあり、防音に自信がある建物なのだとアイネが話してくれた。
飲み物が詰まった重いビニール袋をキャミィはテーブルに置いた。アイネの希望で部屋に入る前に大量に買い込んだのだ。「何か飲みますか?」と聞くアイネは、すでに自分の缶ジュースと紙コップを手にしていた。キャミィは「エネココアがいい」と答えて、残りの飲み物を冷蔵庫にしまった。ひと仕事終えると、アイネは冷たいココアで満ちた器を持って待ち構えていた。
「ありがと」キャミィはコップを受け取って、口に運んだ。
飲み物が唇に触れる前に、足首から首筋まで強い気配に冷えるのを感じた。
「アイネ」キャミィはコップをテーブルに置き、椅子に座って自分の分を飲もうとしていたアイネに尋ねた。「飲み物に何か混ぜた?」
次はアイネが凍りつく番だった。口の空いた缶がアイネの手から滑り落ちて、床に甘い水たまりを作った。瞳孔が揺れ、血の気の引くのが目に見えてわかった。今、キャミィと同じ寒さを目の前の少女も感じているのだ。あるいは、何倍も強く。
「どうして」絞り出すようだった。「見てなかった、ですよね」
「どくタイプのポケモンがそばにいるとね、わかっちゃうんだよね」
自白した。そこからは電光石火だった。ゲンガーがキャミィの足元に伸びていたアイネの影へと忍び込んだ。慣れていない人間にとって命を握られるに等しい寒気が、アイネの背後に立ち上がった。
何もかも遅かった。振り返ることはできなかった。生きることしかできなかった。
「どうして、こんなことしたの?」
キャミィは静かな笑顔で質問した。アイネは奥歯を鳴らしながら答えた。
「違くて、私、それはただ気持ちよくなるためのお薬で、あの、変な薬とか、危ないやつとかじゃなくて、ああ、ごめんなさい、許して、そういうつもりじゃ、それ使うとすごく気持ちいいって聞いたから、自分も飲めば公平だと思って、でも、今日が初めてだから、まだ誰にも悪いことしてなくて、そう、もうしません、助けて、助けてください」
肺にまで飲み込んだ罪をそっくり吐き出すようにアイネはしゃべり続けた。キャミィは視線を上げて、アイネの後ろにいるゲンガーを認めた。
キャミィはゲンガーにウィンクして合図した。お仕置きは、ちょっと待ってて。
「これから聞くことに、正直に答えて。はいなら首を縦に振って、いいえなら首を左右に一往復、わからないときは二往復ね。嘘をついたら、僕が止める前にゲンガーが何かしちゃうかも。そういうのはわかるから、試しちゃだめだよ」
はったりだ。エスパータイプならいざ知らず、ゲンガーにそんな能力はない。だが命を狙われている身にしてみれば、疑ってかかるなど発想もない。アイネは大きく頷いた。
「これは、普通のドラッグストアで売ってないお薬?」
はい。
「自分で作る?」
いいえ。
「売ってくれる人やところがある?」
はい。
「このお薬を君が売ったり、渡したり、売ってる人に誰かを紹介したりしたことは?」
いいえ。
「後遺症とか、依存症はある?」
わからない。
「君は使ったことがある?」
いいえ。さっきも初めてだと言っていた。どうやら本当らしい。
「これ飲んだ人と寝たことある?」
いいえ。たぶん、それも今日が初なのだろう。
「んー……お薬、やめたい?」
迷って、はい。
「お薬以外に、楽しいことや、頼れる人、居場所……みたいなもの、ある?」
これに対しては、アイネは自分の言葉で答えた。
「あったけど、なくしました。もう楽しくなくて。そこはもう居場所じゃないんです。男の人が喜んでくれる、都合のいい女でいないと、私もう何もないの」
キャミィは口元だけ「へ」の字にして、鼻でため息をついた。ふしぎな薬で変身しないと、女の子ですらいられない。そんなことある?
「なるほどね」
キャミィは立ちあがった。それだけの動作にすら、ゲンガーに取りつかれたアイネは怯えていた。テーブルのふちに沿って歩き、ベッドに腰かける。昨日より硬かった。
「アイネ。今日のこと、見逃してあげてもいいよ」
アイネはすがるように目を見開き、ゲンガーは咎めるように目を細めた。キャミィは手のひらを掲げ、両方に待ったをかけた。そして、小指と親指を曲げた。
「みっつ、約束して。ひとつめ。僕は薬はやらないし、薬をした女の子とも、やりたくない。君はまだ薬を飲んでないね? つまり、体はきれいなわけだ。薬なしでもいいなら、遊んであげる。そうすれば僕は薬を持っても飲んでもいないし、少なくとも薬をやった子とは無関係ってことにできる。もちろん、今日のことはお互い内緒にする。どう?」
アイネは何度も必死に首を縦に振った。ゲンガーに攻撃されていないところからして、キャミィはひとまず話すことを許されているらしい。
「ふたつめ。今日で薬とは完全にお別れすること。本当だったら、持ってるだけでもだめなんだよ? 今持ってるものは処分して、売った人のことはブロックして。それで、薬とはさよならだ。それっきりもう関わらないこと。わかった?」
これもアイネは勢いよく返事をしたが、さて、そう簡単にいくものだろうか。命と引き換えの取引と感じてくれているならあるいは、と思ったが、こんなものが人生の選択肢になってしまうくらいなら、この交渉は無駄に終わるか、最悪アイネにもっと悪い決断を強いるものになるかもしれない。読めない賭けだ。けれど選ばせないわけにいかない。
「みっつめ。僕はアイネのご主人様にはならない。友達としてなら、助けてあげたり、慰めてあげたりはできる。けど、薬をやめてから、どうしたらいいか、どうしたいのかは、自分で決めて。これは君のバトルなんだからね。このみっつが守れないなら、今日と同じか、それ以上のおしおきをする。いい?」
これはどちらかと言えばゲンガーに対する意思表示だった。僕はこの子にとってなんでもない、ただの遊び相手。約束を守れないなら、お前の好きにするといい。
最終的にアイネはこれにも同意した。キャミィは念を押して復唱した。薬のこと、内緒にするし、抱いてあげてもいい。その代わり、薬はしないし、捨ててもらうし、それ以上の責任は取らない。
「ゲンガー、もう大丈夫。戻って」
数秒、キャミィをにらみつけたままゲンガーは動かなかった。渋々、釈然としない様子でゲンガーはキャミィの影に戻って溶けた。
キャミィは両手を広げた。救助隊に出会えた遭難者のようにアイネが全力で飛び込んできた。
「今日、アイネに会えてよかった」泣きじゃくるアイネをキャミィはただ抱きしめ、すっかり臆病に丸くなった背中を撫で続けた。「アイネの世界が破かれる前に、僕との出会いが間に合ってよかった」
繰り返し、キャミィは穏やかにアイネの頭を撫でた。キャミィは平熱が高く、ゲンガーの霊気の中でも肌のぬくもりを保てるほどだった。死の淵から戻ってきたアイネにとっては、心からありがたい安堵の灯だった。魂の氷が解けるまでの時間そうしてから、アイネは少年の胸に額をこすりつけて、口元を自由にし、震えた声を上げた。
「ごめんなさい」
「いいよ。でも、こういうのは、二度としないで。せっかくかわいいんだから。安心してまた会える子でいてほしいな」
「私」アイネの返事は、まったく予想していないものだった。「不感症で。満足できたことなくて。お薬とか頼らないと、また会ってもつまんないって思いますよ」
キャミィはアイネの頬に手のひらを滑り込ませ、顎を撫ぜる小指に力をかけて、そっと顔を上向かせた。キャミィの胸元で泣きはらした目元は長いまつ毛までずぶ濡れで、ダイビングから浮上したばかりの瞳が群青と黄金の渚を映していた。
「僕、他の男と違うかもよ?」
アイネの吐息はジュースを飲んでいなくても甘かった。抱きしめていたもう片方の手が背筋を下から上へ遡ると、生還の高揚と異性へのときめきに火が付き、膨れ上がった感情がそのまま彼を求めて、コインの裏が出たように少女の顔つきが変わった。
呪いが解けたお姫様に求められるより先に、体ごと抱き寄せて唇を重ねた。
「おはよ」
アイネの目覚めを感じてキャミィは振り返り声をかけた。勢いよく呷ったサイコソーダを口から離すと、瓶に閉じ込められたビー玉が爽やかな音を立てた。アイネは体をきれいに拭き取られ、裸のままシーツをかぶってベッドの乾いたほうへ寝かされていた。枕元のライトに照らされたキャミィもまた一糸まとわぬまま、布団の中でアイネの手に指を絡めながらベッドの縁に座って喉を潤していた。
「ごめんね、気絶させちゃった。いっぱい感じてくれるアイネがかわいすぎて、ちょっとやりすぎたみたい。こんなにしたの久しぶりだよ。僕たち、相性いいのかもね」
言葉の届いた鼓膜が意味を拾い上げるまでアイネは呆けていた。こうなる前のことを思い出し、記憶につられて下半身のわななきを感じると、アイネはつないだ手をきつく握った。茹でられたように体温が上がって、耳が赤くなるほど熱かった。
「すごすぎです……気を失うなんて初めてで」
「ほんと? じゃあ僕が初体験の男だ。嬉しい」
飲み物をサイドテーブルに置き、もぞもぞとベッドに潜ると、キャミィはアイネの隣に寝そべった。たちまちアイネは少年の胸板に抱き着いた。まだ少し汗が滲んでいて、若い男の匂いがした。
「途中から、ほんとに覚えてないんですけど、ちゃんと楽しめましたか?」
「んー? そうだなあ。もう少しこのままでいてくれたら、もっと幸せかも」
〝ほっぺすりすり〟しながら、アイネは喉の奥で声を出して甘えた。動けないほどの痺れはなかったので、キャミィは枕にさせた片腕を曲げてアイネの肩をかき抱いた。
「どうしても気になっちゃうな」
もう片方の手で頭を撫でながら、目を合わせず、独り言のようにつぶやく。
「こんなにかわいくていい子のアイネは、僕に会う前、どうしてたの?」
答えるべきか、真実を伝えるべきか、アイネが迷うのがキャミィにはわかった。沈黙は苦ではなかった。持ち時間を少し過ぎたころ、耐えかねた時の神が指図したようにアイネの意志は選ばれていた。
「私のピクシー」アイネは身を縮めた。洞窟の中で吹雪から生き残ろうとするように。「ボールから出てこなくなっちゃったんです」
自分がそうなったときのことをキャミィは想像し、軽い想像しかできないことにほっとして、小さくなった目の前の女の子に起きた出来事の衝撃を察した。
「それは……しんどいなあ」
「私が悪いんです。これでも前は真面目にバトルやってたんですけど、私弱いから、途中から全然勝てなくなって。勝てないのをポケモンのせいにしてたの、ピクシーが聞いてたみたいで。あの子、すごく耳がいいんです」
もちろん、バトルに勝てないことのほとんどはトレーナーが原因である。しかし、長くバトルをやっていると、ある特定の技を外し続けるポケモンや、妙に急所を打たれやすいポケモンなど、どうしようもない個性的な欠点が表れてくる個体のポケモンがいる。それを理由に負けることも、メンバーの再検討を考えることもある。
だが、そういった問題は、トレーナーの指示や作戦によって挽回できるか、無視できるまでになる。それもまたトレーナーの腕前であり、お気に入りのポケモンとともに戦い続けるための技術でもあるのだ。
そのピクシーにバトルが成り立たないほどの大きな問題があったのだろうか。あるいはアイネにそれをかばいきれるだけの実力が不足していたのだろうか。
「けんかする時間もありませんでした。ピクシーは私を見て、泣いて、叫んで、自分からボールに戻って、それきり出てきてくれなくなったんです。私、その日からバトルのことがどうでもよくなって、でもバトルしてないと誰もかまってくれなくて。ホテルに呼ばれるときだけは、女の子扱いしてもらえるから」
「……限界だったんだね」
アイネはぎゅっとキャミィにしがみつく力を強めた。女の子の力だった。ただ日常を壊さずに行き場のない欲求の解消だけを求める、普通の、なんでもない女の子の。
「でもすぐに、誰と寝ても気持ちよくないって気づいて。いろんな人試したけど同じで、最初は演技でごまかしてたけど、よく声かけてたフレンドにばれて、遊んでもつまんないって言われて。また一人に戻って、苦しくて、やっぱりピクシーに会いたくなって、無理にでもバトルのモチベ戻して仲直りしたいと思って、集会に参加したんです」
「集会?」
「はい。好きなポケモンで勝ちたい人向けのセミナー、みたいな。トレーナー向けのカウンセリングもしてて。そこで仲良くなった女の人がいて、これまでのことを全部相談したら、個人的な支援だって言って、あのお薬をくれたんです」
まったく別次元の、壁の中の謎の場所に踏み込んだようだった。
「それ、なんてセミナー? その人の名前、聞いてもいい?」
「えっと……データで送りましょうか? セミナーのサイトも、その人のアカウントも、まだ私のスマホロトムに入ってますから」
二人はシーツにくるまったままロトムに呼びかけ、お互いの連絡先を交換し、キャミィはアイネの情報を受け取った。
「ありがと。後で見るね」
キャミィの手がアイネの顔の輪郭をなぞり、二人は寝転がったまま見つめ合った。冒険は後回し。それより今は君と話していたい。
「つらかったのに、話してくれてありがとう。でも、できれば僕はアイネに間違った方法を頼ってほしくないな」
「……私もう自信ないです。ピクシーのためとか言って、結局こんなことになって。こんなんじゃ、いつまでたっても仲直りなんて」
「そうかな。僕は、アイネとピクシーはきっと大丈夫だと思ってるよ」
「どうしてですか?」
「アイネはピクシーのことが、ほんとに、本気で、大好きだから」
涙の跡を追うように、キャミィの指先がアイネの頬を撫でた。瞳の光は涙だけではないように思った。
「うまくいかなくてあたっちゃったの、すごく後悔してるでしょ。そもそもそれだって、ピクシーと勝ちたいって気持ちでいっぱいだったから。でも今、ピクシーごと愛情をなくしちゃったみたいで、心にぽっかり穴が開いてる。どうしたらいいかわからない」
そうでしょ? キャミィは小首をかしげた。アイネは視線をつないだまま頷いた。
「苦しいよね。僕は想像しかできないけど、毎日とんでもなく大変だと思う。逃げたくても逃げられなくて、よくないものに頼っちゃう。なのに、そんなときもアイネは、バトルのモチベーション戻してまでピクシーに謝ろうとしてる」
親指と人差し指の間に耳たぶが入るように、キャミィの両手がアイネの頬を包んだ。
「それって、愛じゃん。どんな地獄の底にいたって、アイネはピクシーを愛してる。耳がよくて、仲間想いのピクシーだもん、アイネの気持ち、わかってる。絶対そうだよ」
泣き顔は見られなかった。アイネがキャミィの胸に突進してきたから。キャミィは胸に湿り気を感じた。感情の大爆発は止められなかった。
「けんかするとさ、時間がたつほど謝りにくくなるでしょ。もしかしたら、ピクシーも同じ気持ちなのかもしれないよ。だから……信じてあげて。焦らなくても大丈夫」
泣き声が収まるまで、キャミィは手助けを続けた。やがてすすり泣きが収まり、呼吸を整えているのが感じられると、ちょうど唇の下に来ていた耳元へ、優しく話しかけた。
「あったかいものでも飲む? それとも着替えてごはんにしよっか?」
大きめの深呼吸が聞こえた。一瞬のためをおいて、アイネが上を向いた。
「それなら」
吹っ切れたようだった。自信を取り戻すと、アイネは何倍も美少女だった。
「このままもう一回、しませんか?」