約束の時間は少し早い夕方で、今夜会う相手は知らない人ではなかった。
相手がキャミィを気に入り、ゲンガーが安全と判断し、キャミィがその気になったら、再び会って遊ぶことがある。リピートする関係になると、ベッドの外でも打ち解けた間柄になることも多い。今日の相手は、まさに気心の知れた女友達だった。
「マリカ」
待ち合わせ場所でキャミィが気づいたころには、マリカはすでに駆け寄ってきていた。
「会いたかったぁ」
キャミィが名前を呼び終わるよりも先に、少女は勢いよく少年に抱き着いた。グレーのコンプレッションシャツに、同じ色の八分袖レギンス。オレンジ色のジャージスウェットを羽織って、かくとうタイプカラーのスリッポンを履いていた。
胸を押し付けて密着したまま、ジンジャーのシンプルショートが揺れるほど激しく顔を上げると、マリカはキャミィの頬に手を当て、まつ毛のぱっちりとした金色の切れ長目に焼き付けるように熱く見つめた。
「ほんとイケメン。マジ顔が天才。甘い顔面の美少年切らしてたから助かるー」
キャミィは微笑み、マリカの腰を抱いて、指先でマリカの前髪をひと房撫でた。
「僕も。明るくて元気いっぱいの美少女にまた会いたいって言われて嬉しすぎて、今夜のことばっかり考えてた。連絡くれてありがとう」
自然な笑顔を浮かべると大きな猫口になるのはマリカの癖だった。マリカは紅潮した頬を緩ませ、キャミィの頬にキスした。私も。
「マリカ、ごはんまだなんだけど。行きたいお店あるんだよね」
ここがバトルコートであれば、キャミィは相手の好きにはさせないだろう。しかしここはストリートで、相手が何をしたいかもわかっている。
「いいね。おごってあげる。何食べたい? 何でも言って」
「やった。キャミィ大好き!」
マリカはキャミィの抱擁からするりと抜け出すと、腕を抱きしめて、隣を歩いた。
マリカとのデートは、彼女が〝あまえる〟のを全力で受け止める時間だった。マリカにとって、フロンティアシティは出会いの場であり、眼鏡にかなう異性と出会うきっかけのために彼女はジムへ通い、ポケモンを鍛えていた。
「最近どう? ヘラってる?」
そして、マリカは自らのこだわりに妥協を認めなかった。
「全然ヘラってない」
噴火する情緒のままにマリカは話した。
「だってさ、ひこうとエスパー増えすぎじゃない? ってかゴーストも普通にきついからほんとはもっと減ってほしいんだけど。みんなそこまでオオニューラ嫌いか? お前らが憎しみにとらわれてるおかげで、ついでみたいにマリカのヘラクロスがきついんだが?」
ヘラる、ヘラクロスが活躍する、相棒のポケモンで勝つことを、マリカはいつも考えていた。マリカは天才でも達人でもなかったが、真剣で努力家だった。バトルによく顔を出し、そこそこわかっていて、こだわりを持ち、勝ち負けが五分五分の、モチベーションが高い、快活な美少女。マリカは男に困らなかった。手段は目的を十分達成していたはずだがしかし、ヘラクロスと勝ちたいという気持ちだけは本物で、代わりがきかなかった。
「ごめんなんか、今日愚痴っぽいかも」
「いいよ、全部聞かせて? ていうか、一緒に考えようよ。ちょうど僕もオオニューラを何とかしたいなって思ってたから」
「え、超嬉しい。やっぱキャミィが一番好き」
マリカは腕に胸を押し当て、「あ、ヘラクロスの次にね?」すぐに付け加えた。
上等過ぎた。
「相棒のポケモンの次って、つまり人間で一番じゃん。僕も超嬉しい」
たっぷりと時間をかけて食事を終え、マリカのお気に入りのシャンプーがあるホテルにつくと、二人はそろってシャワーを浴びるところから始めた。
「キャミィってさ」その日マリカはよほど焦がれていたのか、脱衣所で服を脱ぐなり距離を縮めてきた。「ガチメロいよね」
「え?」
「だって、顔こんなかわいいのに、こっちはこんなかっこいいんだもん」
しっとりと吸い付くマリカの指がキャミィの頬と内腿を撫でた。絶妙な力加減に背筋が熱を帯びた。
「またそうやって、すぐ僕のことオスにしようとするんだから」
キャミィはマリカと見つめ合ったまま、お返しに彼女の引き締まった腰に触れた。
「マリカみたいな美女にそんな嬉しいこと言われたら、たまらなくなって、お風呂で始めちゃうよ?」
マリカはぺろりと舌を見せて、挑発的に腰をくねらせた。
「えー? だーめ。この後いつものやってから!」
くすくすと笑い合いながら二人は一緒に風呂場へ入った。
キャミィとマリカにはホテルで遊ぶ際の決まりがあった。ボディタッチはいくらしてもよいが、キャミィからのキスや、デリケートゾーンへ触れるのは、マリカが我慢できなくなってから。
この取り決めに至った理由の一つは、キャミィに主導権を渡すとマリカでは止められないから。もちろん、マリカは最終的には甘い顔立ちの美少年に圧倒されて女になることを望んでいるが、魔性の男を焦らしてわがままを聞かせるとき、マリカのプライドは日差しを浴びるキレイハナのように生き生きと満ちるのだ。
そして、何より重要なのは、体を許す前にマリカはとことん癒されたいからだ。
「あ、そうそう。そこいい。キャミィ上手~」
体の芯に入浴のぬくもりが残っているうちに、キャミィはマリカの太ももやふくらはぎをマッサージしていた。マリカのデートの締めくくりはいつも、ホテルのベッドでただ横になる時間だった。キャミィが寝そべって腕を伸ばし、その中にマリカがすっぽりと収まって、余った手でこうして揉みほぐされながら、好きな動画を見てただ過ごすのだ。
石鹸の香りに包まれた異性の匂いと息遣いを感じながら、キャミィはじっくりとマリカを撫で続ける。じわじわ効かせる昂りに耐えかねて、スマホロトムを引っ込めるまで。
「そういえば、今日ちょっと気になることがあってさ」
「なあに?」
「その、今マリカが見てる動画みたいなことがあったんだよ」
裏社会や都市伝説にまつわる動画の視聴がマリカの趣味だった。マリカのスマホロトムには、善良な財団に偽装していた悪の組織を取り上げた動画が流れている。
「どういうこと? 悪の組織のしたっぱとバトったとか?」
「そう、だね。だいぶ近いかも。聞きたい?」
「聞きたい!」
動画を垂れ流しにしたまま、キャミィの話にマリカは耳を傾けた。話の途中でキャミィの手がするりと上がってきて、マリカのお腹を撫でた。「寒くない?」マリカはキャミィの手に自分の手を重ねた。「大丈夫。あったかいよ」
キャミィはタクオに話したことと、タクオから聞いたことを、ゲンガーのことを除いてすべて伝えた。マリカは幸いにもキャミィのゲンガーのことは何も知らないフレンドだった。マリカは時々「うそじゃん」「え、やば」などと相槌を打っていた。
「そういうわけだから、もしかすると本当に悪の組織がこの街にいるかもしれない。一応気を付けてね。本当だったら、危なすぎるから」
マリカは大丈夫だと思うけど。口に出さなかったが、キャミィは確信があった。マリカが文句を言っているのはしょっちゅうだが、気に病んでいるのは見たことがなかった。薬への逃避など、彼女には無縁だろう。
「キャミィはさ」
次の動画を、おそらく適当に再生して、マリカは視線だけキャミィに合わせて話しかけた。動画のほうはちっとも見ていなかった。
「戦うの? ゲームの主人公みたいに?」
「うーん、そうだね。時々思うんだけど、バトルの強さがほかに生かせるとしたら、まさにこういうときじゃないかなって。強いトレーナーの、なんだろう……」
「責務? 宿命? 正義の心とか?」
「うまく言えないけど、なんか、たぶんそう。自分の強さに意味が生まれて、それが平和とかにつながるのなら、このスポーツがんばってきたかいがあるなって」
マリカの指がキャミィの腕に触れた。細く柔らかい少女のような、それでも毎日ボールを投げている、確かな男の子の腕に。
「キャミィ」
「うん?」
「マリカがなんでこういう動画好きになったか話したの、覚えてる?」
「覚えてるよ。ああいう世界がすぐそばにあるって思うと、映画の中で生きてるみたいでどきどきするんだよね? それで、いつかその映画の主役になりたい、でしょ?」
覚えててくれたんだ。惚れこむ尊さに潤んだマリカの瞳はキャミィの青に溺れていた。
「キャミィ。マリカも一緒に戦いたい。リスナーじゃなくて、ヒロインになりたいの」
視聴者でしかなかった世界に飛び込みたい。マリカは憧れに突き動かされていた。
試合中さながらにキャミィは本気で悩んだ。少年の真面目な表情を、マリカは目を輝かせて眺めていた。「だめ?」持ち時間五秒前。キャミィはマリカに微笑んだ。
「わかった。マリカとヘラクロスに助けてほしいときは、絶対に声をかけるね」
マリカはご機嫌なチョロネコのように笑い、キャミィに後頭部をすりつけた。
「キャミィ大好き。男の中で一番好き」
「あは、惚れ直してくれたの? やった」
キャミィは枕にしていた腕を曲げて、両手でマリカを抱きしめた。片方の手は胸のすぐ上に置かれた。腹を撫でていた指が滑って、へその下、股の上で止まり、ほんの少しの力で揉むような手つきになった。
マリカが吐息を漏らした。ほんのかすかだが、それが合図だった。優しい愛撫のままの手つきで、キャミィは胸と下腹部を撫で続けた。マリカの口数が少なくなり、閉め忘れた蛇口のように動画の音声が無意味な音を立てた。
丸々動画一本分、キャミィはマリカを炙り続けた。やけどのダメージだけで相手のポケモンを倒そうとするように。動画が終わると、マリカは手つきで命令し、スマホロトムを引っ込めた。
「もうだめ。我慢無理」
飛び掛かるように振り返って、マリカはキャミィの唇に触れた。軽く、何度も、湿った音とともに唇同士が触れ合った。数回それを繰り返し、マリカが口を開けると、キャミィは伸ばされた舌を迎えに行った。