ウルトラマリンの夜   作:神里岳

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5話

 四日目

 

「急展開ですよ」

 真夜中に送られてきたメッセージに気づいたのは翌朝だった。キャミィは隣で寝ているマリカを起こさないよう、スマホロトムに人差し指を立ててみせた。ロトムは消音モードになり、キャミィは静かにメッセージを読んだ。

「ライフル団を取材するために使っていた自分の連絡用アカウントに、ガンシャを名乗る人からライフル団名義でメッセージが来ましてね。謝罪がしたい、誤解を解きたいから、会って話せないか、と。もしあの時、団員が迷惑をかけた彼が知り合いなら、一緒に来てほしいと。あんなことの直後なので返事は保留にしていますが、どうしますか?」

 野蛮な議論になる前提でキャミィは考えた。メッセージを入力する前に、シーツが動くのを感じた。

「おはよ」

 体温を求めてマリカはキャミィにしがみついた。裸同士の素肌が触れ合い、柔らかい女の膨らみがキャミィの胸に感じられた。

「キャミィおはよう。何見てたの?」

「マリカの寝顔。かわいかったよ」

 キャミィはロトムを見ずに手の動きで戻るよう命じて、そのままマリカの頭を撫でた。マリカはキャミィに額をこすりつけると、寝起きのよい顔つきで少年を上目に見つめた。

「ねぇ、今日予定ある? のんびりしても平気?」

 いくつもの判断が脳裏をよぎった。ほんの些細な持ち時間の消費すらも選択肢の消失につながりかねなかった。キャミィは思考し、マリカの質問からほぼ間を置かずに答えた。

「午後の遅い時間の予定だから、チェックアウトぎりぎりまで大丈夫」

 いたずらっぽい笑みを見せつけ、マリカはキャミィの胸に手を置き、腹筋を通って下に這わせた。

「朝から元気だね。昨日あんなにしたのに」終点まで伸ばした指を立てて、くすぐるようになぞる。「ね、もう一回しよ? 今度はマリカが上になってあげる」

 

 事務所は二階建ての小さな建物で、フロンティアシティ郊外の奥まった場所で狭そうに肩を縮めていた。団員のバッジをつけた受付は説明を聞いて、キャミィを数分待たせた。

「ようこそお越しくださいました。チームライフルのガンシャと申します」

 急に取り決めた訪問にも関わらず、ライフル団のカウンセラーは丁重に挨拶した。ガンシャの髪はラベンダーのワンレンボブで、きつい目つきは髪より深いパープルの、大人の女性だった。紫色のワンピースの上から白衣を纏っており、口元の黒子がよく見えるほど近くに立っても薬品を思わせる異臭はなく、第一印象の清潔な人物だった。

「こちらこそ。連絡した日の、それも遅い時間に、ありがとうございます」

 キャミィは隣を見て、再びガンシャに向き直った。

「もう一人、記者の人は来られなくて。どうしてもお仕事の調整ができなかったとかで」

「はい、お伺いしております。残念ですが、どうぞよろしくお伝えくださいね」

 連絡があるまで待機すること、日付が変わっても連絡がない場合は通報すること。自分の目と耳で取材できないことをタクオは悔しがっていたが、キャミィの報告を聞けるならと提案に応じてくれていた。

「それで今日は、ええと、話し合いがしたい、ってことでしたよね?」

「はい。競技トレーナーのキャミィ様、でしたね。まずは、わたくしからこの場でお詫びさせてください。この度は、わたくしどもの仲間がお二人にご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません」

 あなたの顔、覚えましたからね。か。よく言う。

「このような立場で差し出がましいとは存じますが、どうやらお二人は、我らがチームについて何か誤った見解があるご様子。一度きちんと説明をさせていただき、わたくし個人や、我々のチームの活動に問題がないことを、ご理解いただければと思います」

「わかりました。よろしくお願いします」

「では、中へどうぞ」

 キャミィはガンシャの後に続き、「関係者以外立入禁止」と書かれたドアをくぐって中へと通された。通路に出るとき、背後に二人の団員がついてきていることにキャミィは気が付いた。

 逃がすつもりはない。そうだよね。

「チームライフルはポケモンバトルのセミナーだって聞いてたんですけど、ここはなんていうか、病院みたいな建物ですね」

 階段を下りて、キャミィは地下へ通された。廊下は人間が数人は並べる程度の広さで、番号の振られた個室が並ぶ無機質な空間は、会議室でも倉庫でもなく、病棟めいていた。

「はい、僭越ながら、ここはわたくしがカウンセラーの拠点としても扱っておりまして。中にはデリケートな相談をされる方もおりますから、個室で仕切られているんです」

「そっか、それで部屋の中が見えないように?」

「ええ。相談者を守るためですから」

 守る。何から。世間の目から。部外者から。組織の敵から。

「こちらです」

 ガンシャが通路奥の部屋を開けた。キャミィが続けて入室しようと脚を上げたとき、強い気配がキャミィの足首を叩いた。

「どうかなさいましたか?」

 部屋に入ろうとしないキャミィに、ガンシャは硬く声をかけた。キャミィはさっと室内を観察し、机の上に置かれた道具に注意が吸い込まれた。

 注射器。

「ええと」

 キャミィは両手を上げて、中途半端に持ち上がった脚を部屋の外に降ろした。

「ごめんなさい、知らないお薬の置いてあるお部屋は、入れなくて」

 後ろでボールからポケモンが出てきたのがわかった。視線だけで振り返り、数と内容を確認する。ヤナッキー、ミルホッグ、ナゲツケザル。

「困りますね。お話を聞いていただかなければいけないのに」

 キャミィは黙っていた。取り囲むポケモンのそばで、ひそひそと声がした。眉間に力が入った厳しい顔つきになったガンシャが、キャミィの肩越しに頷いた。

 ひときわ力の強いナゲツケザルがキャミィにつかみかかろうとした。

 ここまでだ。忍耐の段階は終わった。

「〝ヘドロウェーブ〟!」

 キャミィ自身が技を放ったように、彼の足元から毒の波がさざめいた。囲んでいたポケモンのうち、弱点を突かれて倒れたヤナッキーのほうへキャミィは飛びのいた。壁に伸びた影からゲンガーが飛び出し、敵の前に立ち塞がった。

「生意気な子。最初からポケモンを繰り出していたなんてね」

 もはやガンシャは仮面すら脱ぎ捨てていた。彼女が廊下に出ると、部屋という部屋から団員が現れて、次々とポケモンを繰り出した。バオッキー、パンプジン、アップリュー、ツンベアー、エモンガ、フォレトス、まだまだ数えきれないほどのポケモンが狭い通路にひしめき、奥に長いモンスターハウスを作っていた。

「対話では解決できない、そう思っていいのね?」

 ライフル団のしたっぱの手持ちに、キャミィは奇妙な違和感を覚えた。その正体はすぐにはわからなかった。謎解きをしている暇はなかった。

「話し合う手間が省けて助かったよ」

 キャミィはボールを二つ手に取った。ここはバトルコートではなく、ルールに守られてもいなかった。

「こいつら全員やっつけたら、今度は僕がインタビューしてもいいかな?」

 ボールを投げて、二匹のポケモンを戦場に追加する。

「カウンセラーのガンシャさん……いや」

 雄叫びが響いた。ガブリアスが降り立ち、リザードンが羽ばたいた。

「ライフル団幹部のガンシャ!」

 したっぱのポケモンが殺到した。壁を背にしたキャミィは逃げることができず、背面を気にする必要もなかった。瞬時に相手の顔ぶれを把握し、一見して〝ワイドガード〟を覚えるポケモンがいないと分かったとき、首筋に力がうねり、キャミィは獰猛な笑みを浮かべた。

「〝こごえるかぜ〟!」

 ゲンガーが冷気を吹き付けた。敵全体を一度に攻撃できる面の攻撃が出鼻をくじいた。決して威力の高い技ではなかったが、丸ごと敵の動きを鈍らせるだけで十分だった。

「〝いわなだれ〟!〝ねっぷう〟!」

 ガブリアスとリザードンもまた相手全員を瓦礫と灼熱でまとめて攻撃した。したっぱのポケモンにゲンガーよりも素早いものはおらず、後続の二匹に先制できるポケモンもいなかった。キャミィは強烈な範囲攻撃の連打で前線を押し広げた。残ったポケモンから散発的な反撃を受けたが、とてもブレーキには足りなかった。

「そんな」ガンシャの叫びが奥から聞こえてきた。「あのリザードンは〝かえんほうしゃ〟のはずじゃあ?」

「こんな楽しいパーティーするのにシングルと同じなわけないって!」

 ものの数回の繰り返しで、追い立てられたポッポのようにライフル団のしたっぱは遁走を始めた。人の群れを押し出しながら階段の前まで到達すると、キャミィはガブリアスとリザードンをボールに戻し、逃げるガンシャを追ってゲンガーと階段を駆け上がった。

「おっと」

 階段を登り切ったところで、キャミィは飛び跳ねて止まった。

「タイミングばっちりって感じ?」

 鬼のように美しい仁王立ちのマリカが、受付の前でガンシャとにらみ合っていた。

「こいつが悪の組織の幹部ってわけね」

 キャミィは二人が見ていない間にゲンガーを影に溶かした。視界の左右から少年少女に迫られ、今度はガンシャが逃げ場をなくす番だった。

「憎たらしいわね」ガンシャは唇をめくりあげて歯ぎしりした。「最初からこのつもりだったのかしら?」

「まあね。こうなるだろうって思ったから。団員の日ごろの行いだよ」

「待ち合わせを遅い時間にしたのは」

「リザードンの技の調整のため。ここに来る前、ちょっとジムに寄ってね。前に使ってた技を思い出すだけだから、簡単だったよ」

「都合よく仲間が現れたのは」

「初めから近くで待ってもらってた。さっきリザードンたちが視界をめちゃくちゃにしたときに、ロトム出して呼んだ」

「あのさ」とマリカ。「もうよくない? あんたをぶっ飛ばせば済む話でしょ?」

 ガンシャの髪や服の襟までもが総毛立つようだった。みなぎる怒りのままにライフル団の幹部はボールを手にした。

「高くつくわよ?」

 ガンシャは両手それぞれにボールを握りしめた。キャミィに一つ、マリカに一つ。

「ライフル団の、わたくしの仕事を邪魔したことはね」

 キャミィは自分のポケモンを選び、ガンシャを見据えたままマリカに呼びかけた。

「ダブルの経験ある?」

 少し遅れて、マリカも先発のポケモンを決めた。

「初めて。優しくして」

「よしきた」

「いちゃついてんじゃないわよ!」

 三人は同時にボールを投げ、四匹のポケモンが現れた。キャミィのバンギラス、マリカのギャラドス、ガンシャのブリムオンとアローラライチュウが場に出揃い、バンギラスが砂嵐を吹かせ、ギャラドスが挨拶代わりの咆哮を浴びせた。

「〝いかく〟じゃん。もしかしてダブルの天才?」

「いやあの二匹だと効いてないし。ていうかバンギラスって! 砂でマリカのポケモン傷つくんだが?」

「ヘラクロスの苦手なタイプ、全部任せろ」

「許す。よきに計らえし」

 とはいえ、マリカは見た目ほどには気楽でないようだった。マリカは何度もギャラドスとアローラライチュウを見比べていた。ダブル未経験のマリカのポケモンに〝まもる〟は期待できないだろう。

「後悔しても遅いんだから。痛い目にあってもらうわよ?」

 ブリムオンが光を、アローラライチュウが電気を、それぞれ攻撃のためのエネルギーを貯め始めた。

 今度こそマリカは不安げにキャミィへ振り返った。

「信じて」

 キャミィはベッドで披露するような屈託のない笑顔で答えた。マリカが反応する前に、ガンシャの指示がポケモンに下された。

「〝10まんボルト〟!〝ムーンフォース〟!」

 この場で最も素早さが高く、最初に動けるのはアローラライチュウだった。ギャラドスを瞬殺して余りある相性有利。一方ブリムオンは打たれ強く、相方の利きを活かして、腰を据えてバンギラスと戦うつもりだ。ガンシャの狙いは的確だった。

 行動順の関係が、見たままであったなら。

「〝はたきおとす〟!」

 バンギラスが飛び出した。攻撃の成立はアローラライチュウより早かった。ありえない瞬発力で突然迫ったよろいポケモンに対し、アローラライチュウは驚くことしかできなかった。効果抜群、痛烈な叩き込みにアローラライチュウは持っていた〝じしゃく〟を取り落とし、尻尾で浮き上がっていた体が再び浮上することはなかった。

「最速〝こだわりスカーフ〟バンギラス!」

 素早さのからくりにガンシャが気づいた時には何もかもが変わっていた。

「生きた! おらっ〝アクアテール〟!」

 きょうあくポケモンの名に恥じない力だった。ブリムオンは水しぶきを伴う尻尾の殴打を二度は耐えないように思えた。ブリムオンもまた反撃に出て、フェアリーの光をバンギラスに浴びせた。弱点を突き大きなダメージを与えたが、砂に守られたバンギラスもまた簡単に膝をつくポケモンではなかった。

「今の」ベッドで見たことのない種類の恍惚にマリカが震えた。「恋するかと思った」

「キスなら後でお願い」味方にかけるキャミィの声はいつも優しかった。

 アローラライチュウをボールに収めるガンシャだけが、虚を突かれた心を立ち直らせるのに苦心していた。苛立ちが顔に出ていた。

「よくもやってくれたわね」

 ガンシャが次のポケモンを繰り出す。ガラルヤドキング。これも打たれ強いポケモンだ。ブリムオンと協力して、バンギラスだけでも倒そうというのだろう。〝こだわりスカーフ〟を持っているなら〝まもる〟されることはありえない。

「エスパータイプ統一、かな」

 キャミィはこれまでにガンシャの繰り出したポケモンを思い返した。是が非でも相性が悪すぎるバンギラスを排除したい気持ちが透けているようだった。

 有利過ぎた。相手の手札は丸見えで、こちらの切るカードは同じ。

「何も気にしないで、押しまくれ」

「よっしゃ」

「バンギラス、〝はたきおとす〟!」

「ギャラドス、〝アクアテール〟!」

 バンギラスの〝はたきおとす〟は驚異的だった。ガラルヤドキングが何もできずに気絶させられると、さしものガンシャも色を失った。ギャラドスもしっかりブリムオンを撃破し、ガンシャのフィールドに立つものはいなくなった。

「もうさ、やめにしない?」

 倒れたポケモンをボールに戻すことも忘れて立ち尽くすガンシャに、キャミィは厳しくも落ち着いて降参を促した。

「無理だよ、残りのポケモンもエスパータイプでしょ? あくタイプの通りがよすぎるんだよね。バンギラスも疲れてるけど、倒される前にもう一匹は持っていくよ。だからさ、ここまでにしておかない?」

 ガンシャは目の角度がさらに鋭くなるほどキャミィを睨んだ。ブリムオンとガラルヤドキングを戻したボールをしまうと、片方の手に新しいボールをつかんだ。

「冗談じゃ、ないわ!」

 最後の一匹が、スターミーが二匹のポケモンに立ち向かってきた。キャミィは心の中で気を引き締めた。少なくとも抵抗を試みるだけの何かがある。

「私は成り代わるの。支配するのよ! スターミー! 邪魔者を蹴散らしなさい!」

 ガンシャが服の胸元に隠していたキーストーンを取り出した。トレーナーの強い感情に応じて、スターミーの全身が輝いた。

 直立不動のメガスターミーが堂々と立ちはだかった。下半身が発達したこの形態になると、その速さはキャミィがバンギラスに仕込んだ手品の上をいった。

「〝アクアブレイク〟!」

〝ちからもち〟のメガスターミーの体術は、ギャラドスのそれより強力だった。ついにはバンギラスも力尽き、倒れ込むポケモンをキャミィはボールに引っ込めた。

「それがお姉さんの切り札ってわけ?」

「そうよ。このまま隣の小娘のポケモンもかたっぱしから……」

 ガンシャはマリカのほうを向いて、止まった。彼女の周りだけ時間が取り残されたかのように。

 キャミィも隣を見た。ギャラドスがいない。スターミーがメガシンカしている間に引っ込めたのだ。

「統一かなんか知らないけどさ、次から次へと、エスパーエスパー」

 思うに、悪の組織の幹部を相手取ると決まったときから、エースにはエースをぶつけると決めていたのだろう。

「きついって! マジでキレそう! 舐めんなよ! ヘラるぜ相棒!」

 角が丸いメスのヘラクロスが鳴き声を上げて降り立った。マリカはすぐゼンブイリングをかざし、ヘラクロスを光が満たした。

「させない! スターミー!」

「〝ねこだまし〟!」

 キャミィの攻撃はガンシャの指示よりも早かった。ボールから出た瞬間に技が決まっていて、完璧なタイミングでオオニューラはメガスターミーを怯ませた。

 一瞬の、そして無限のチャンスが生まれた。

「マリカ! とどめだ!」

 マリカはキャミィと視線を交えて、女になり、親友となり、そして戦士となった。

「一に腕力、二に威力! 爆裂パワーでぶち抜け、ヘラクロス!」

 マリカの相棒、メガヘラクロスが二本になった角を振り上げた。メガヘラクロスは片腕を床に刺して体を固定すると、もう片方の腕を伸ばしてメガスターミーに狙いを定めた。

「〝ミサイルばり〟!」

 メガヘラクロスの力と〝スキルリンク〟で放たれる〝ミサイルばり〟は機関砲さながらだった。破壊的な連続攻撃を打ち尽くすころ、意識を失ったメガスターミーは壁へと磔にされていた。敵のいなくなったオオニューラがすでにガンシャのすぐそばに迫っていて、逃げ出さないように爪を立てていた。

「キャミィ、キャミィ」

 興奮冷めやらぬマリカが手を振りながらキャミィの元へ駆け寄ってきた。キャミィも手を上げて、しびれるようなハイタッチを交わした。

「いやー、味方につけてわかったけど、オオニューラってやっぱつえーわ」

「そっちこそ。ヘラクロス、超かっこよかった。きっちり決めてくれたね、ありがと」

「ふふーん。めっちゃヘラった。マリカたち、バトルの相性も最高じゃない?」

「マリカが上手だからだよ。今度ダブルの話もしようね」

 キャミィはしゃべりながらガンシャに近寄っていった。バトルは終わっても、話したいことは何も終わっていなかった。

「かくとうタイプのポケモンに詰め寄られて負けるなんてね」

 スターミーをボールに戻し、今度こそガンシャは戦意を喪失したようだった。

 オオニューラの少し後ろで、メガシンカしたままのヘラクロスが油断なく構えている。

「それじゃあ、聞かせてもらってもいい?」

 ほの暗い嫌悪感がキャミィの喉から頭へ上ってきた。悪いやつで、たぶんずっと年上だろうけど、それでも女の子を脅すのはいい気分じゃない。

「ライフル団のお薬、ミニエーのこと」

 薬の名前を出してもガンシャがうろたえることはなかった。

「どこで知ったの? ぼうや、わたくしのカウンセリングを受けたことないわよね?」

 パズルのピースがもうひとつ。

「ってことは、本当にお姉さんが手渡しでこっそり配ってたんだ」

「そうよ。また会う約束ができれば、被験者のフィードバックを聞けるでしょう。商品のことを理解していないと、ビジネスはできないものよ」

「ビジネス、ね。お姉さんが個人的にやった悪事にしては、仲間が大勢いるみたいだったよ。ライフル団と関係あるんじゃないの?」

「だとしたら何? わたくしの知らないぼうやでさえも目にするほど、ミニエーはこの街に葉を茂らせているわ。それはつまり、ぼうやたちの言う悪事の芽は、すでにわたくしの手を離れて繁茂しているということ。わたくしを倒して、存在を白日の元に晒そうとも、放たれた悪意は、もう止められないわよ」

「ねえ」マリカが周囲を見渡していた。キャミィの狙いは幹部だけだった。メッセージにはガンシャの特徴しか送っていなかった。「したっぱたちはどこよ?」

「わたくしが戦っている間に逃げたでしょうね。ぼうやのバンギラスも、都合のいい目隠しをばらまいてくれたわ」

「見捨てられてんじゃん。でも、マリカずっと出入口の前にいたけど」

「これだけの秘密を隠してある建物よ? 脱出用の抜け穴くらい、いくらでもあるわ」

「だろうね。いや、具体的にその通路がどこにあるかは知らないけど。けど、いいんだ」

 腰を落とし、オオニューラの頭の上に自分の顔を乗せて、それでも少し高い位置にあるガンシャの瞳めがけて、キャミィは小首をかしげておどけた。

「だって、僕は最初からガンシャお姉さんと話すつもりで来たんだよ」

「ませてるのね。わたくし、ゲーム機で言ったら二か三世代は年上よ?」

「大人のお姉さんだね。人生の先輩が、どうしてこんな道を選んだのか、興味あるなあ」

 ガンシャは何も持っていない両手をひらひらと回した。

「白衣を脱いでもいい?」

「もちろん」

 二人が見ている前で、ガンシャは襟に手をかけ、前の空いた白衣から腕を抜いた。脱いだ白衣を片手に持ち、服で隠された手がボールを開いて、ガンシャの頭上にフーディンが出現した。

「〝テレポート〟!」

 まさに早業だった。あっという間もなかった。がらんとした静寂と行き場のない緊迫感に、キャミィとマリカは雑に放り出された。

「やられたなあ」

 ついさっきまでガンシャの立っていた場所で、キャミィは深く鼻息を吸った。大人の女の痕跡は何もわからず、戦闘の後の砂埃ばかりでうっとうしく感じるだけだった。

「どうすんの、逃げられちゃったじゃん」

 戦う相手を見失ったヘラクロスのメガシンカが解け、そこでマリカも思い出したように声を上げた。

「んー? んー、あれは追っかけられないよ。流石はエスパータイプの使い手、土壇場の逃げ方までサイキッカーだ」

「感心してる場合? この後は? 何か考えてある?」

「そうだね、とりあえず、ライフル団はこれで何か動きがあると思う。出方を見て、それ次第かな。ほかに幹部もいると思うし」

 一呼吸置いて、キャミィはいわくありげに笑った。

「きっと、組織のボスもいるはずだからね」

「おっ、やっぱいるよね、もっと上のが。また呼んでね? 仲間はずれ、やだからね?」

 マリカは手のひらに拳を打ち付け、戦いへの意欲を示した。笑顔の裏でキャミィは考えた。フロンティアシティ、ポケモンバトルの街で、トレーナーに違法な薬物を売り歩こうとしている。そんな組織のボスは、どんな人物なのだろう。

 ビジネス。お金儲け。それだけが本当に、この事件の真相なのだろうか。

「ねえ、キャミィ」

 くるくると巻いたクリームのように甘い声だった。

「マリカ、砂で汚れちゃった。それに、興奮しすぎて、さっきから体マグマみたい。今日はごろごろの時間いいから……ホテル、いこ?」

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