アルマリアはレオ先輩に連れられ、アマルさんの尋問を切り上げ、この支部の外に出ていた。
「いいんですか? その……アマルさんを放置して」
「問題ねえだろ」
くるくる、とあの尋問室の部屋の鍵を回しているのを見て、まぁ、それなら、と思い、納得する。
直ぐ傍から波の音が聞こえる。
耳心地自体はとても良い音にそのまま心労も攫って欲しい所である。
篝火は基本、孤島を購入して拠点とする。
最大の理由としては、神との決戦の時、被害を最小限に減らす為。
戦場を前提にされている為に、不便で仕方がない場所───ではあるが、今の世界ではそこら辺はどうにかなるもの
余り不便とは感じてはいない。
あるいは孤島を選んだ理由は超越者となった私達の庇護も兼ねているのかもしれない、と思いながら、アルマリアはさっきの話をレオ先輩に振った。
「………アマルさんの話、先輩はどう思いました? 多分ですけど、私は嘘は言っていないように思いましたが……」
「俺はメンタリストでも探偵でもねえから分かるかって所だが……必死且つ穴だらけ且つ荒唐無稽。概ね真実か、もしくは追い詰められて生まれた誇大妄想ってとこだな」
「またそんな言い方……」
思わずジト目で先輩を見るが、本人はどこ吹く風である。
チンピラ口調でオラついてみせてるけど、実は篝火内で全く怖がられてない事を告げてもそろそろいいのではないかと思っている。
悪ぶって見せても、本当に悪が神を相手に戦えるわけがないのである。
それを別の先輩に告げると
「まだよ……黒歴史は育てるだけ育てないと……」
との事らしい。
何れ酷い目に合いそうだが、私じゃないので知らん。
「集団で機械人形を攫ったって事ですけど、組織って事ですよね?」
「宗教団体という事もあんだろ。知ってるだろ? 人間っていうのはどうしても最後に縋るのは神なんだよ───それが空想から形になった
思わず溜息を吐くレオ先輩に釣られて私も溜息を吐く。
若輩者だが、その理屈は知っている。
苦しい時、辛い時、あるいは幸福の時でも私達人間は助けてくれと縋りついてしまう。
代償無き奇跡は存在しないと分かっているのに、安易の救いを求めてしまうのは人の
それを間違いだと言う程、私は強くも無かった。
……暫く沈黙を続けているとふと、レオ先輩が顔を上げる。
それだけ見ると何か上空に見る物があったのか、と思うが、篝火に所属するとこれが魔法を使った通信を受けた時のリアクションである事を知る。
電話要らずの通信は酷く便利で、特に戦闘の場では通信機なんてとっている場合ではないので重宝される。
……問題は何故通信がレオ先輩にだけ届いているのか
複数通信も出来る筈で、今、連絡が来るとすればそれは当然、アマルさんとアマルさんが抱えている子の事の筈。
それなら私にだって共有した方が早いだろうに。
勿論、全く関係ない可能性もあるにはあるが……芽生えた嫌な予感を遮るかのようにレオ先輩が声を掛けてきた。
「まず、まぁ、本部に要請したが、予想通り間に合うかどうかは不明……まぁ、キツイだろうな」
「ああ……まぁ、それはそうですよね」
私達、篝火は神幹線のように神による物はなるべく利用しないようにしている。
それは当然、神を殺す事を目標としている私達が神の力を借りるのは矛盾……とは言わないが、神の御業に慣れないようにするのが一番の目的だ。
慣れ親しむという事は殺意の否定。
私達、篝火は総ての神を否定するわけではないが、何時、どの神が何をしでかすか分からない以上、神に慣れ親しむわけにはいかない。
なので、基本、移動に関しては文明の力が頼り。
勿論、だからといって凝り固まった方法に拘っているわけでもない。
あくまでも緊急時以外では、というだけで、篝火だって必要とするなら神の力だって利用している。
神との決戦の際に利用した移動と疑似神域の作成こそが正にそれである。
昔の篝火から残されたモノの利用とは聞いているが、詳細は知らない。
ともあれ、そういうわけだから篝火の本部からこっちまで来るという事は海外移動なので、当然、時間はかかる。
一応、魔法で転移する事は不可能ではないらしいが、このレベルの移動距離では大魔法に位置する為、下手をしなくても他の神を刺激しかねないという事らしい。
救援を呼んだら敵も増えた、になりかねないから実質使用はほぼ不可。
なので、本部への応援は想定内。
「あの
「文句言うなよアルマリア。それだけでも十分な支援だろ」
文句何て言ってないですっと頬を膨らませるとへいへい、とチンピラ先輩は素っ気無い対応を返すだけである。
そう、十分な支援に力を養っているというのに、私達は神を殺せない。
こんなにも人事を尽くしているというのに、神を殺せない。
神を殺すなんて不敬な事を考えているから? それとも人間が神を殺すなんて恐れ多いから?
脳内で燃え上がる疑問は直ぐに口から吐きだされた。
「レオ先輩」
「あ?」
「どうして私達、神を殺せないんでしょうか?」
「………」
全てが通じない、なら分かる。
攻撃も防御も回避も全てが満たせず、とても届かない、というならどうしようもないと納得がいく。
だけど、現実はそうじゃない。
神の攻撃も防御する事が可能で、回避する事も可能。
なのに、攻撃だけが届かない。
理不尽な程、鋭さだけが足りない。
「皆さん、全員凄い努力してますし、武装も魔法も惜しんでいるものなんて無いです。それこそ私達は神を滅する為に神すら利用している……と思っています」
努力すれば報われる……なんて綺麗事を言いたいわけじゃない。
何事にも努力が須らく報われるわけがない事くらいは理解している。
だけど、本当に何もかも尽くしているのだ。
血も涙も、矜持も時も、命すら尽くしているなのに、届かない、なんて信じたくないし、赦したくない。
でも、理論では攻撃は届くはずなんだ。
何故なら私達の武装の幾つかには神々の何かしらを材料にした物まである。
神の血だったり、なんだったら神々が使用する武装の欠片を利用したりもしている。
血で効果が無いは、まだ分かる。
でも、神が使用する武装すら利用しているのに、人間が使えば通じないというのは何故と叫びたくなる。
神が使わなければ意味がないのならば、では、その武装を以て神からの攻撃を防いで問題がないのは訳が分からなくなる。
中途半端に希望だけ残されているから苦しい。
レオ先輩も同じように苦しんでいる仲間だから、明瞭な答えが返ってくるとは思ってもいなかったが、それでも聞いてしまった。
自分だけ苦しみから解放されようとしているんじゃないか、と思うと、申し訳ない気持ちも湧いてくる。
やっぱり、無かった事にしようかと思い、口を開いて息を吸った所で言葉が返ってきた。
「その答えは人によって違うのかもしれねえが……俺ぁ最近、それについて思う事がある───俺には覚悟が足りてなかったんじゃないかって」
「………覚悟?」
その返答には思わず眉をしかめる。
足りないと思う物がよりによって覚悟というのは同意しかねる。
篝火の先達達は確かに戦場において軽口は叩くかもしれない───でも、それは決して気軽に戦っているわけではない。
誰よりも決死だからこそ、戦場の空気に硬くなる私のような若輩に落ち着けと囁いているだけ。
それを気軽に足りない、というなら───
「………俺が言うのもなんだけど、お前、殺気早過ぎ。後、首狙いかよ。それ、本部のサヤによく窘められてただろ。狙いが分かりやす過ぎって」
「うっ……確かにサヤちゃんにはよく言われました……」
サヤという名に反して刀を使う自分とそう年が変わらない少女を思い返しながら反省する。
思い至ったら一直線とよく言われたものだ。
でも、それが強味でもあるから、と言われた事も思い出し、褒められた事も思い出せる事に少し笑みを浮かべながら
「───じゃあ首だけじゃなくて心臓と脳も狙う候補に入れないと」
「おいおいおいおいおい、丁寧に殺意の矛先が増えてますが、猪女振りに磨きがかかってんぜこるぁ!」
「先輩こそ、その時代遅れのチンピラ口調が売れると思ったら気のせいですよ?」
「馬鹿野郎!! チンピラキャラは永遠に廃れない芸風だぞ!?」
芸風と言ってる時点で"敗北"である。
暫くギャアギャア言い合っていたが、途中で空しくなったので互いに一度ふぅーと息を吐く。
それで貯め込んだ文句を空気に溶かしつつ、レオ先輩は足りなかった言葉を埋める為、口を開けた。
「誤解すんな。誰も篝火のパイセン共の覚悟が足りてねえなんて言ってねえ。だから、俺の言い回しも悪いな。覚悟じゃなくて……もっと冷たい……決意……いや、違う。"決断"が足りてねえんじゃねえかって」
「決断……?」
覚悟との違いがよく分からない。
言葉遊びでしかないんじゃないかと思うけど………
「言ってる通り、俺達は出し尽くしている。もう、これ以上出せるモノもねえってくらいに。それで足りねえならもう後は
続く言葉にアルマリアは不吉を感じる。
出し尽くした人間が捨てれるもの。
技量、覚悟、命すら吐き出した人間に残った物なんて、削ってはいけないモノしかないのだから。
「そう考えてた所に。まるで誂えたように
───瞬間、私は先輩の両肩に力を込めて手を置き、こちらに振り向かせた。
無理矢理振り向かせられた先輩の顔は何時も通り───に見せて余りにも冷たい色。
そのせいで吐いた言葉が冗談で済ますつもりじゃない事を理解し───私は沸騰した。
「何を……言っているんですか!! 違うでしょ!? ここで私達が話す事はどうやってお二人を神様から助け出すかって事で………二人を切り捨てる話なんてやっちゃいけない事じゃないですか!!」
「二人? 馬鹿言うなアルマリア───一人と
「だとしてもです! 物だから命よりもだなんて───」
「
先程の冷たい色を見せかけとした、レオという男に溜まりに溜まった絶望とそれに負けぬ形で炎として吐き出された怒りの言葉にアルマリアは彼の肩に置いた手を思わず、離して数歩下がる。
それを許さぬと言わんばかりに青年は離れた距離を詰めて怒りの形相を突きつけた。
「俺は言えねえし出来ねえ!! 冷蔵庫の為に死ぬのも掃除機の為に死ぬのもパソコンの為に死ぬのも出来ねえ! 例えそれが生まれてから今まで使ってきた愛着のある道具であっても逃げなきゃ死ぬって言われたら、俺はそれらを気にせず置いて行くだろうさ!
神を、敵を倒せないという事はこちらが削られる一方だという事。
私より先に篝火に参加したこの人がそれを一体どれだけ見たかなんて語るまでもなかった。
「すげぇ先輩達ばかりだったよ! 俺みてぇなチンピラが守られたのが勿体ねえくらいの誇りだよ! ───誰一人死んでしょうがねぇって思える人じゃ無かった!! だっていうのに、世間様はそんな先輩達の事を役立たずだの金の無駄遣いだって舐めた事言う……! 誰かの盾になった命が! どこが役立たずって言うんだ! どこが無駄遣いだったって言うんだ…!」
神殺しを掲げられて尚、討伐数は0。
それに対して周りの評価もまた言うまでもなく。
冷たい言葉を投げられる事なんて一度や二度ではない。
何も出来なかった私達が言われる事は耐えられる事だった───でも、誰かの盾になって散った先輩達にまで言葉の刃を投げられて、拳を握った事なんて数えたくもない。
私ですらそうなんだから、チンピラの癖に誰よりも仲間思いの先輩の内面にどれだけ怒りの焔が広がったかは……目の前の激情が全てだろう。
「神は殺す。
……ようやく覚悟ではなく決断と言い換えた先輩の真意を悟る。
篝火の未来を重んじながら、汚れ役の全てを自らに貸すつもりであるのだと。
きっと第三者がこの場に立てば、レオ先輩は賞賛されるのだろう。
誰かの為に全てを背負う事を決めた貴方はとても立派だ、と。
それらの理屈と込められた感情を推し量りながら───それでもアルマリアは甘い戯言を唇を震わせて告げる。
「………最初から、救いたいモノを諦めて戦う私達が、誰かの
恥知らずな言葉だった。
そんなもの、誰だって思いたい事だ。
何なら神様がいなかった時代から、きっと多くの人が思っては無理だと諦めたありきたりの理想。
全てを救う事は人間には未だ遠き夢物語でしかないという事実。
アルマリアも心の内では不可能と思う綺麗事を、他人にぶつけて傷をつける。
卑怯者の言い分だ。
だというのに、レオ先輩はそんな事を気にせず、何言ってんだ、と前置き
「最初から諦める負け犬は俺だけだ───お前はそのまま俺を否定し、嫌って、憎め。それがいっちゃん正しいんだからよ」
余りにも格好つけ過ぎた言葉にアルマリアは卑怯を自覚した癖に文句を言いたくなった。
まるで創作によくいる男の言い分。
自分が傷ついて、女は後ろに引っ込んでいろというのが格好いいって思いこんでいる馬鹿の言い分に自らの恥よりも身勝手な男への怒りが勝って来た。
引いてた足を一歩踏み出し、文句を言おうとして───アルマリアはある気配が動くのに気づいた。
「───先輩。これって……」
「ああ、アマル・ティアがあの機械人形担いで脱走したんだろうな」
第三者が見たら私達の言葉に何を言ってんだと思うだろうが、篝火にいる面子であるならば、神の気配には酷く敏感だし、この非常時に意識から外してはいけない相手の動く気配くらい、この支部がある島の中であるなら息をするように感じ取れる。
だから、そこは問題ではない。
聞きたい事があるとすれば───
「………わざと部屋から離れたんですね。アマルさんが逃げて、私達に大義名分が出来るように」
そして脱走する事が出来なくても、結果は変わらない。
結末はきっと無理矢理破壊する、で固定されたエンディング。
この島に……篝火に見つかった時点でアマルさんが望む未来は欠片も残っていなかった。
希望を摘む側に自分も含まれている事を自覚しながら。
「アルマリア。お前は来んな」
何時の間にか、レオ先輩は虚空から斧を掴み、具現化している。
青年がこれまで語った言葉に偽りは無いという証明。
これまでは命を捨てて守る事に精一杯だった時間から、命で手を汚して未来を勝ち取る時間にするという決断を示したまま、男は一瞬で姿を消した。
アルマリアの動体視力は青年が一瞬で純粋な脚力だけで背にしていた建物を跨いでいったのを知覚している。
逃げていく気配を待ち伏せする形になる。
追いかけるのは簡単だった
アルマリアとて超人の一人。
彼が出来る事くらい自らであっても容易くやれるという自負はある。
だけど、今、追いつくという事は彼がやろうとしている現場に鉢合わせるという事。
その際、アルマリアにレオという男が示した"決断"に対して出せる答えが無い事。
内から溢れる言葉が全て甘い戯言しか思いつけない頭の悪いアルマリアでは地に足のついた男の意見に対する"何か"が出せない。
理性の全てがレオの言葉を正しいと告げていた。
だから、足は動かない。
………だけど
感情の奥深くで囁く言葉があった───ただ正しい事が
根拠のない我が儘に近い囁きが、しかし耳にこびりついて離れない。
だから、足は動かない。
この時、足を動かさなかった事がどうなるか、アルマリアには分からない。
もしかしたら、神様にも分からない事だったかもしれない。
※※※
アマル・ティアは息を荒げながら、必死に背中にある重みを抱えて走っていた。
アマルは吸血鬼だが、力の出力が不老に偏っているせいで一般人とほとんど変わらないレベルしかない。
故に見た目が少女であっても、意識の無い体を背負って走るのは当然しんどい。
だけど、それ以上に悲しい気持ちが胸に湧いた。
背負っているこの子が
背中にある重みは見た目相応所か少し軽い───そんな事は絶対にあり得ないのにそうなっている。
この子は機械人形として造ったのに。
それが見た目相応より少し軽いなんてあり得ない。
内側にも必死に様々な機材や回路を詰め込んでいた筈なのに、背負う少女の感触は人と変わらず、肌は暖かさすら感じる。
それは進化と言える物なのかもしれないけど………アマルにはそれすらも"奪われた"と悔しい思いを重ねてしまう。
背負った重みと悔しさで瞳に込みあがるモノを必死に抑えながら、恐らくこの施設の外に繋がる扉を見つけて、勢いよくぶつかる事で開けて
「───」
斧を持った金髪の男が立っている時点でアマル・ティアの逃走劇はあっという間に終わってしまった。
男は冷たい眼で私を………私が背負っている子だけを見て斧に力を込めた。
「………最初から見逃されていただけだったんだ」
声を掛けたのは時間稼ぎと何でもいいから逃げる為の隙を見つける為の行為だった。
無視されるかな、と思ったが意外にも相手は乗ってくれた。
「あんただってそのつもりだっただろ? 俺達の会話も聴いてたみたいだし」
その答えに更にアマルは舌打ち………しそうになる所を必死に堪えるので精一杯だった。
必死に虚勢を張ろうとしている私に対してレオと呼ばれた男は淡々と告げた。
「血だろ? あの能天気馬鹿は気付いていなかったけど、血液を使ってちょっとした使い魔………あるいはドローンか? ま、どっちでもいいか。ともかく血液だから、流体だから、ドアの隙間から幾らでも出せる。ああ、扉を開けたのも鍵穴から逆算して血液を固体化して合鍵を作ったって所か?」
弱くても使い易い力だな、と特に心が籠ってない言葉にアマルは自分が必死に無い知恵をかき集めて隠した能力が完全に理解されていると悟る。
不老以外の唯一、アマルが持ち得る吸血鬼としての特性。
自らの血に対する支配。
それだけがアマルに許された吸血鬼性で───それ以外にこの場をどうにか潜り抜ける力が無い事の証明だった。
こうなったら、もう一度建物に入って逃げよう、と踵を返そうとし───
「───あっ!?」
急に体にかかる重さが立てる許容量を超えて強くなり───逆に背中に背負っていた子は持っているのが難しくなるくらい軽くなり、背から離れた。
自らは重くなり、あの子は軽くなる現象を既存常識で照らし合わせると思い当たる物は一つしかない。
重力───私にかかる重力を強め、あの子に対しては逆に弱める。
シンプルだけど抜群に応用性と強力さを併せ持った力にアマルは重力によって血が頭に回らないのも含めてくらりとする。
青年は突き出した手を軽く握りしめる。
すると、力なく手足を垂れ下げていたあの子が急に手足を変に押し込められ、まるでそのまま圧縮されていくかのように縮まっていく。
「や、止めてぇ………!!!」
思わず情けない声を上げてしまうが、青年は力の放出を止める様子無かった。
暫く、あの子は重力によって圧縮された姿勢だったが………壊れる様子は見えなかった。
不幸中の幸いだが、思わずホッとするが………勿論、それはどうにかなった、という意味ではない。
「ちっ、流石に
男は手に握りしめた斧を軽く振り、それに合わせて宙に浮いていた少女が地面に倒れ伏す。
その姿勢は青年に対して首を差し出す形で───その意味を正確に理解した私は再び全身に力を籠めるが、アマルの膂力では指一つすら上げる事が出来ない。
アマル・ティアには運命に抗う資格が一切無い
だとしても諦める資格も無いとアマルは必死に力を籠め───見上げる事すら出来ない青年の声が啓示の如く降り注いだ。
「………もういいだろアマル・ティア。本当はあんただって分かっている筈だ───あんたにはもう
「───」
憐れを多分に含んだ言葉。
皮肉というには余りにも痛烈で………心の内にある物に毒すら塗り込む勢いで差し込まれたそれにアマルの抵抗が停止する。
それを肯定と見做した男は先ほどと変わらない淡々とした口調でアマルの心のかさぶたを丁寧に剥がす言葉を綴った。
「もう分かってんだろ。これはあんたが造っていた時と違い、
本来、機械人形にあるべき質量。
肌は最早人肌に等しく、温もりもまた然り。
こうして目の前で寝そべっている姿は今にも人間のように振舞いそうな質感で。
「これが機械だっていうんなら、あんただって最初に思った筈だろう? ───何か、中身に手を付けられたからこうなったんじゃないかって」
機械としての当然の理屈。
神という異常現象によって忘れてしまいかねない基本だが、どうあってもこの子は造られた物。
おかしくなったなら、外ではなく中身を疑う。
でも───
「検めれなかったんだろ───
自分が、自分の手で作ったのだ。
だというのに、どんなに手探りしても、そこにあるのは可愛らしい肌の感触が返ってくるだけ。
衝動に近しい理性が肌を切り裂いてでも中を検めるべきではないかと叫んだが………
「医学の事もだが………それ以上に、あんたは怖かったんだろ───腹を探れば、あの邪神が目覚めるかもしれない。触れる事は許されても腹を切る所までは許されないと思って、逃げた。だから分かっている筈だ。どこに逃げようが、これを助ける術なんて無い………ただの現実逃避だ」
「………知った、風な、口を……!!」
「ああ、穿った言葉であるのは否定出来ねえ。俺個人の偏見が混ぜられた一方的な言葉だ。自分で言ってて吐き気がする───だけど、同時に事実だ。あんたが造った子はもう
私が唯一動かせる目玉から見える青年の影がゆっくりと斧を振り上げているのを見る。
狙う所なんて言うまでもない。
青年の言葉によって力が抜けた全身に力を込め、抗おうとするが、無力な私はまるで標本の蝶のように無力。
言われるまま同情されて、勝手に運命を決められる。
相手が神から超人に変わっただけ。
力の多寡はあれど、同じ人間相手ですらこんな始末。
まるでお前には誰かを救う資格が無いとレッテルを張られているように惨めで、瞳から涙が零れてくる。
それも重力によって急速に下に落下し、あっという間に地面に吸われる。
吸収されていく涙の分の間だけを置き、青年は告げた。
「───諦めろ、だなんて言う資格はねえ。あんたは俺を永遠と憎むべきだ。何の代償にもなりはしないが、それで世界を救わせてくれ………!!」
振り上げていた斧が一気に振り下ろされる。
口から悲鳴が漏れる前に刃は仕事を全うする為に少女の形に成り果てた物に切れ込みを入れようとし───
「───酷薄な決断、よく遂行しようとしたわねレオ」
時を止める言葉が差し込まれる。
あらゆる行為が下位に置かれる言葉が世界に浸透する。
瞳を見開くレオの行為も、驚きに口を開く私の行為も全てが無価値と判ずる声が響く。
「貴方の決断もまた人の決意。無為とは言わないわ───でも、美化するのは良くないわ。だって貴方の言葉も行為も全て自らの諦めを誤魔化すための虚飾に過ぎないでしょう?」
透徹とした声。
美麗なる音は美麗なるモノから綴られていた。
如何なる芸術もこの神性に勝る美は無し。
「それで自分の諦めた理由を他人にも押し付けるなんて、それじゃあ本当にどこにでもいる不良そのものじゃない貴方」
地面に伏して倒れていたそれは空色の髪を片手で振り払い、空色の瞳を笑みの形に細め、唇を歪める。
地に立つ事すら星に許されていないのか、ふわりと軽く空に浮きながら神は謡う。
───右手に、無視しきれない光を輝かせながら
「諦め切れない貴方は今の貴方の何億倍も綺麗だったのに残念ね。でも、否定はしないわ。それもまた人間だもの。諦めるに至った苦悩を見逃す程、私は
手の平から溢れる光源は最早、太陽すら超える。
その輝きは太陽の一生を以てして尚、届かぬ星の終わり。
人類には未だ再現出来ぬ熱と光の
「だからお疲れ様───貴方は今、
機械人形に封じられた神は心の底からお疲れ様、と微笑み───光が解き放たれた。
「───
感想・評価などよろしくお願いいたします。