バンに揺られている。依頼からの帰りで、隣にカヨコちゃん、目の前にアルちゃんが座っている。あのクサい子とは別れてたけれど、皆その空席に荷物を置く気にはなれなかった。
便利屋を唆して、始めて、何回か仕事をやってみた。今日が初めてじゃなかった。楽しかったことも危なくて焦ったこともあった。学校とか近所も含めて、変な人だってたくさん見てきた。
でも今日のは……違った。
依頼はまぁ、普通だった。普通に電話がかかってきて、高飛車な客だなと思いつつ報酬や条件は良かったので受注に賛成した。でもやりとりが煮詰まったタイミングで相手が大人の人になったのは、今思うと警戒すべきサインだったのかもしれない。
迎えの車を待っている時になって、客から「1人人員を送る。名前は《Puppy》。作戦内容は知らないが、参加させるように」と一方的に告げられた。それもまぁ、大した事じゃないと思っていた。問題は迎えの車に乗せられて来た、その人員だった。
生徒だった。
生徒はそう簡単にケガなんかしないのに、両方の頬の大きな擦り傷が血を滲ませていた。顔を均等に削られる事態なんかシンプルに想像できなかった。仕事を終えた今でもわからない。
「子犬ちゃんさー……あの子なんだったんだろうねー……」
アルちゃんが興味ありそうだったから、仕事中アレコレ訊いてみたのに、全部はぐらかされた。
カヨコちゃんは思い出すのも嫌そうに顔を顰めて言った。
「絶対なんか薬キメてたでしょ……睡眠薬なわけない。注射で打てるやつなんか、ちゃんとした病院にしかないし。あいつはヤバい。ていうかムツキもあんなのを挑発しないでよね……」
躊躇無くロボットを殺した時の事かぁ。
「だって……ねぇ?」
ずっと視線が合わなくて、クサくて、主体性が無くて、頭は悪くなさそうだったけれど世間知らずで、戦いでだけ楽しそうで……作業みたいに殺した。
そんなヤツ、ぶちのめして遠ざけないといけないと思ったんだ。
「あ、あれ? 私はカッコいいと思ってたんだけど……」
「えぇ?」「マジぃ?」
アルちゃんのこういう所が放っておけない。
「だって、知らない作戦でも現場でも、ちゃんと依頼はこなすなんて凄いじゃない……? そういう指示を受けるって事は、そういうことができるってことでしょ? 準備だって、起きてからちょっとの間に済ませてたし、凄い人なんじゃないかしら~って……思ったんだけれど……」
車のドアを開けた時の、あの草臥れた感じがノワール映画の主人公っぽく見えちゃったのかもしれない。 でも初見の瞬間ならまだ解るけれど、目の前にいるってしっかり認識してからはそれでは済まない、救いようの無さを感じた。
見てはいけない物だと思った。でも私たちは、これから裏社会でやっていくなら、ああいうのを相手に、あるいは味方につけていく事になる……ああいうのに負けて呑まれないようにしなきゃならない。
「いや、あいつ目標自体はしっかり知ってたけどね。私たち騙されてたんだよ」
「えぇ……? 全然分からなかったわぁ……」
話が終わってしまったので、少し茶化してみよう。
「そういえばあの子、カヨコちゃん見ても怖がらなかったねー」
カヨコちゃんは思い出すのも嫌そうに顔を顰めた。あれ?
「まぁなんかたぶん、ずっと全身見られてた。あっ……惚れられたときの、あの目だったかも……」
キレそう
ずっと目がキョロキョロしていて合わないと思っていたら、カヨコちゃんをいやらしい目で盗み見ていたのかー。ムカつく。
「え、え~~~~~……私は全然見てもくれなかったから、全員にそうなのかと思ってたわ……」
「アルちゃんは怖がってたからねー」
アルちゃんが話しかけるときに挙動不審になったり裾を握ったりしていたし。アルちゃんかわいいのにな。
「なんで!?」
「どうでも良いよ。もう関わらないんだから」
「やっぱそうだよねー。怖いしキモいし、あとずっと生臭くなかった? 魚? みたいなさー」
「クサかった」「クサかった……」
「どこに住んでたらあぁなるんだろうね……」
「公園とかじゃーん?」
裏社会に身を置くというのは、油断するとああいう、骨が砕けてもまだマシなくらいの
おしゃべりがノってきたら、今まで黙っていた運転手が口を開けた。無粋だなー。
「あいつトリニティだよ。縁切って大正解だ。ガキの分際で大人の世界に首つっこむ、どうしようもない思い上がりたちさ。おまえさんらは分を弁えときなよ! まったく……」
まじで?
あそこの生徒ってお高く留まったお嬢様ってイメージだったけど、いろいろいるんだなー……
「待ってこれ……じゃあ依頼者はペーパーカンパニーで、背後にはトリニティ生がいて、でも現場にもトリニティ生が突っ込まれてる……私たち、派閥間闘争に使われた?」
「えっ、そうなの?」
金持ちに因縁付けられるなんて面白そうじゃーん。
「いや、私たちには嘘の"絶対に無い"ターゲットを指示しておいて、パピーには"正解"の別の指示があったってことは……目標はパピーの任務達成で、私たちは護衛か……依頼の失敗を期待されてたんだ……なんで私たちに依頼したの……?」
「それはほら、我が社の実力ならパピーをエスコートできるって見込んだんでしょう?」
「それもある……それ"も"あるんだ。あいつが飲んだ書類って写真撮った?」
首を振った。カヨコちゃんは悔しそうな表情で考えを深めていく。
邪魔だったから残りも燃やしちゃったんだよなー。
「あれは絶対に達成したかったんだ……でもあいつ1人だとできなかった。依頼者は敵の規模感がわかっていたから増員のために依頼した……なんで部外者の必要があるの……? 機密なのにどうして自力でやらなかった……? あっ」
シンプルに私たちがゲヘナ生だから嫌がらせしたかったんじゃないの? トリニティは大きな学園だし、"依頼者"も1人だけでできてるんじゃあないもん。そういう意図も混ざってたって話じゃないの?
「ねぇ! ここで降りるよ!」
カヨコちゃんが血相を変えて叫んだ。ヤバいってことだ。
「えっえっ今!?」
「ほら荷物持って早く!」
アルちゃんがもたもたしているので、ドアを蹴り開けて手を引いてあげる。最近場慣れしてきた成果か、ちゃんと銃は持っている。私は
「さ、行こ!」
「え、えええええ!?」
「早く出て走って! ほら早く!!」
「ふぉあ!! カヨっおしり触った!!」
3人で道路に転がり落ちてすぐ、バスンと2回音がした。車がガリガリとガードレールに傷を付けて滑って行く。これは運転手が撃ち抜かれたのかなー。やっば。待ち伏せかな。
「カヨコっちナイスー! あっぶなかったー!」
「終わってない!!! 走って!!!」
そんなヤバいの!? アルちゃんを引きずりながら近くの建物へ──
車が大爆発して、私たちは団子になって吹き飛ばされる。仲間を抱く手を離さないように必死で力を籠める。結構痛い。衝撃波のせいか転がったせいか、きもちわるい。置いてった爆弾じゃあこんなに威力は出ないはずなのに、おかしい。
ぐえっと3人の声が重なった。どこかで止まれたみたい。
「イタタ……どうなってるのよもう……」
「アル……トリニティが消しに来る……」
「え゙ぇ!?」
それは予想してなかった!! 連れてかなきゃ!
そう思った時、目の前に黒い"怪物"が舗装を割って降り立った。
血走った目で、長い黒髪を振り乱して、口角を垂れる涎を拭い隠した。ボロボロの大きな翼は大きく広げられて静止している。
2本のショットガンを緩く持ち、ひどい猫背に見えるソレの雰囲気は、むしろ今にも解き放たれそうな
私たちを壊しにかかってくる。
ヒナみたいに義務とか作業で戦うんじゃなくて、いつ風穴を開けるのが楽しいか探るような
これが殺意? 勝てる気がしない。子犬ちゃんなんか目じゃない。
トリニティやばい
「ケケケケケっヘヘァ! ……おまえたちぃ……」
私たちを蹂躙する想像でもしているのかな、笑いながら声をかけてきた。背中を見せちゃだめ。背中を見せちゃだめ! 逃げないと!!
「道路のあちら側はトリニティ総合学園の自治領だ……今、重大犯罪の容疑者を制圧している……
「ハ、ハイ!」
トリニティやばい!
便利屋を見送った後、すぐ別の車が来た。つかれた。運転手はいつぞやの劣等従者のタヌキだ。私は無事に帰れるのだろうか……
「どもで~す……」
「おつかれさまです」
後部座席の足元に装備を投げて、体もシートに投げ出して寝転ぶ。
「ちょっと……はしたないですよ……」
「ありがたいご意見ですね~。私の業務に対して実に妥当です」
車は滑らかに動き出した。なんか良い車なんだろうな。あと運転が丁寧だ。私はそもそも運転が苦手なのに、優家様が「見た目が良い」とか言って町工場の小さな車しか買わないから、快適な乗車体験は久しぶりかもしれない。
「あなたはちゃんと"言える"のね」
あっやべ、猫被りできてなかった! あもういいや疲れたから。
「随分な無茶振りをされたみたいですけれど、無事済みました?」
その報告はパテルより先にサンクトゥスにするつもりのヤツだ。濁さねば。
「ええ。ちゃんと終わりました。あとは元請けのサンクトゥス分派の方に報告しないとです」
「えぇ。どうぞ」
会話が途切れた。これでパテルには「順番があるよ」と伝えられたことになるかな。
「あの、報告してくださいよ」
タヌキがなんか言い出した。こいつ話も聞けないのか?
「ですからまずサンクトゥスの方に報告して、被害者の方に状況を伝えてもらわなければ──」
「だから、私がその報告を聞きに来たんです。相談を受けたのは桜木様です」
は? あんたパテルじゃなかったの???
すぐさま優家様に確認を取る。マジらしい。この前の茶会はサンクトゥスの人にパテルの木っ端を紹介してたのかぁ……
道理で控室の時に会話の輪にいたのに無言だったし、お作法でミスってもケロっとしていたわけだ。
「まぁ……じゃあここでしますけど……桜木様とは通信で?」
「今回は録音で。ハッキリ淀み無く話してくださいね」
えっと……話すのは任務の完了と、それは主な采配をサンクトゥスがやってくれたおかげであることと、敵の規模と、詐欺に使われた他の偽テストは燃やしたことと、便利屋が賢く強いこと、よって関係は続けた方が良いこと、依頼内容が嘘だったのを現場の状況から見抜いたこと、頭目が狙撃と支援の目端が利き非常に強いこと、即応性が高く即興のプランを見事実現できること……くらい?
「ということをしました~」
「良い判断でしたねぇ。わたくしもそぅ思いましたのでぇ、サンクトゥスの手の者と接触できるように取り計らったわけですぅ。桜木様が受付者だったのはただの幸運でしたが……日頃の交友って活きてきますねぇ」
優家様は帰って来てからご機嫌だ。1人でご機嫌しといてほしい。こちとら拷問からのハードワークからのド深夜で眠いのだ。
「今回はぁいろいろできましたよぉ。どうせ被害者の手落ちなのですぅ、責任はそこに確定していますからねぇ。そしてぇもう悪用も
解説しだしてしまった。クサいし普通に臭いし、いい加減お風呂に行きたいのに。
「まず案内役かつあなたの隠れ蓑にした企業ぅ、あれは顧客情報を漏らしましたねぇ。あの調子だとぉなんでも漏洩している恐れがあるので取り潰しですぅ。正実で好きにやってもらいましょぉ。大人だからってぇトリニティに盾突こうとしてはならないのですぅ」
「そして便利屋68への依頼自体は委員会内でされていましたがぁ、その後はパテルで業務を引き継ぎましたぁ。発注役はぁ随分下らない悪戯をするようですねぇ……ゲヘナや私たちが嫌いというだけでぇ、他人様の資産を守る工作に妨害行為をしましたぁ。分派の足を引っ張る輩ですねぇ……どうしてくれましょぉねぇ? あぁ~、サンクトゥスのあの流れるよぉな押し付けの手際と連携が羨ましいですぅ……やはりぃ予言を正当な口実に動けるのが大きぃのでしょうかぁ……?」
「便利屋自体はぁ……なかなかやりますねぇ。全員が優れた思考と戦闘力を持っていますぅ。仲間思いな点も御し易くて良いですねぇ。剣先さんからの報告ではぁかなり怯えていたとのことでしたがぁ、トリニティが彼女らを契約後まで守る良い客であるのはぁ、冷静になった時に解るでしょぉ。契約で後払いしか認めないらしいのはぁ難点ですがぁ……まぁ……」
「特にあのカヨコという女は良かったですぅ。彼女の最後の小細工のおかげでぇ、あなたを自由に使えるようになりましたからねぇ」
自由? それってどういうヤツ?
「先月に慈愛の怪盗を茶化した時にぃ"壊し屋"の存在をにおわせましたよねぇ。あなたぁ、今回潰したあの会社をガワにして"壊し屋"なさい。『今回便利屋68と"鉢合わせて戦いになり、それぞれ目標達成した"探偵事務所か何か』の紐付きぃ、という身分を与えましょぉ。会社の取締役にはわたくしの手の者を付けますぅ」
変わんねぇんだよなー今までとなー。
「これでトリニティ外で"壊し屋"として"表向きに活動"してぇ、その実績と口実があればぁあなたに校内の面倒を押し付ける者は減るでしょぉ。そういう立場であればぁ今回までのように"居たことすら明らかにできない"トリニティのための工作要請は減りますぅ。さらに対外的には所属を伏せられますからぁ、装備の制限や任務での制約が軽くなるやもしれませぇん。そこまで行くとぉ会社はわたくしの手を離れるでしょぉが……一旦良しとしましょぉ。どうせそうなっても聖園様の
今回で"ステルス"に無理があるのはわかったし、そこが要らなくなるのはシンプルにありがたい。
それに、制限が軽くなる……? レーザーサイトとか使って良いのかな? トリニティでは違法だけど? そういうのができるかもってこと?
あぁ悪いようにはならないんだ。なんか安心してしまった。眠気が私を包み込んだ。
「ちょっとワン子ぉ………………しょうがない、洗ってやりましょぉか………………」
翌朝は良い香りの良い気分で目が覚めた。いつの間にお風呂行ってたんだろう? まぁ私は綺麗好きで寝ながら身繕いできるってことだ。
あとなんかぽよぽよで全身を包まれていた夢を、妙によく憶えている。