『以上を倫理15回目の授業とします』
テレビの奥で講師が一礼し映像が終わった。ロボットに倫理を説かれるのは私には違和感がある。どうも人造の弱い立場だからこそ、彼らは倫理を深く理解しているとのことだが……
そもそもロボットと生徒とかいう身体構造が異なるモノ同士で同じ倫理活動が為されているのか、私には疑問だ。例えば
ひとつ確かな事は、あの講師は質問を受けると次週には(早い!)回答集を更新してくれる親切さを持つということだけだ。
「あなたねぇ……本当に解ったのぉ? 今回の背景としてぇ哲学と神学の衝突があってぇ……」
いけない。せっかく優家様がシークバーを手放してくださったのに、また授業時間が伸びてしまう。優家の下僕たるもの優れてあれと言って実践させようとしてくるものだから、アホ面晒していると理解できるまで何度も
優家様の躾は徹底していて、下手すると何時間でも続いてしまう……私が理解しきったと判断なさるまで絶対に放してくれないのだ。しかも時間がかかったら「あなたがトロいから予定がつぶれちゃったワ」とか責任転嫁を賜ってしまう。潰れているのはその胸だけにしておけよあんたがチンタラよっこらするのが悪いんでしょうがよ。というか一緒に勉強してないで放っておいてくれたらいいと思う。学年違うでしょうがよ……
「わかってます~……今確認したばっかりじゃないですか。もうバッチリですから、ほらお茶にしましょうよ」
そう言って勉強机を持ち去って作業卓に入れ替えてやった。ちゃんと授業は解ったのでたぶん怒られないハズ。勝手な行動に文句は言いたげだがたぶん大丈夫。ここで嘘を吐いて逃げようとすると仕込銃をぶっ放されると躾られているので、私がこういう場面で誠実であるのは誰よりも知るところだろう。滅多に撃たないからって50口径の拳銃弾を仕込んであるものだから、当たるとかなり痛いんだよな……
一応の逃走準備も兼ねて冷蔵庫に水出しコーヒーを取りに行こう。私はコーヒーがさっぱり上手くならないので、合格をもらうまではとりあえず水出しで勘弁してもらうことになっているのだ。たぶんムリ。私には苦いし酸っぱいので味見ができないし、産地焙煎挽き目に時間温度淹れ方までもモロに味に影響するらしいのが面倒くさい。気にするもの多すぎ……紅茶はカップ麺と同じ淹れ方でできて楽なのにな~……
とにかく勉強はもうおなかいっぱいだから、お菓子を盛り付けつつ話題逸らしの追撃をかける。
「ほら話題のフィンガーですよ! 食感がシャキシャキで面白いって友人に教えてもらったんです。きっとお好きですよ~。さぁ昨日の事を教えてくださいな、私がイケ女とわちゃわちゃやっている裏で何が起こっていたんですか~?」
「イケ女ってぇあなたねぇ……賊は卑しぃのですよぉ……弁えなさい」
不機嫌そうだ。でも慈愛の怪盗はイケ女でしょうがよ。あの子の見目の良さはとても強かった。優家様はロリ爆乳だから、到底あんな格好良くはなれないし妬ましいのかもしれない。
昨日は素晴らしい体験ができた……最高のスタイルにふわふわの髪、情熱的な行動と、"イイ女"の気配がビンビンに立っていて最高だったもの。良い香りもした。最終確認にあのピチっとしたお腹をノックして「(色気)入ってますかー」と問わねばなるまい。入ってましたら、それはもう完璧で理想の女として密かに讃えることになり、異端となった私たちを懲らしめに地獄からユスティナ聖徒会が蘇ってしまうかもしれない……!
お茶(コーヒー)の用意ができたので持って戻る。機嫌を取りたい時は一旦静かにしておくに限るので、お茶セットを置いたらソファに背筋を伸ばして座っておく。
優家様は鼻を鳴らしてこちらを一瞥すると、1人でお菓子を楽しみ始めてしまった。焦らしやがって~!
お出ししたショートブレッドのひと口目はシャキッと大きな音がした。優家様は驚いたようで、胸がぷるりとひと震えした。やったぜ。
怪訝そうに齧った所と私を見つめてくるが、私は普段通り友人のオススメをお出ししただけなので、特に反応せず眺めておく。不味くはなかったようで、優家様は躊躇いつつもシャクシャクと食べ始めた。なんだかモチモチしているな、見た目というか雰囲気が……齧歯類みたいだ。
急につまらなくなってきた。
しばらくボーっと待っていたら語りだしてくれた。
「賊についてはぁ、今回は利用しましたがぁ……慣れ合うつもりはありませんよぉ」
「えぇそんな! 怪盗さん結構面白そうな人でしたよ? 頭も良さそうですし協力できるんじゃあないですか?」
あとイイ女な仲間がほしい。
ちゃんと本心は隠して発言したのだが、だいぶ顔を顰めてしまわれた。そんなに的外れな事言ったか? 顔がちっちゃいから本当にシワくちゃのババアに見えちゃうぞ。
「頭が良かろうがぁその使い道がダメですぅ。強盗を生業とぉすると決意しているらしいのでぇ、その活動をすることに全力を尽くすでしょぉ。わたくしたちと協力してみせようがぁ、それは強盗にぃ利用するためですぅ。なまじ頭がキレるのでぇ、場合によっては積極的にぃ"政治屋"を巻き込んでかかるかもしれませんがぁ、それも当然強盗のためぇ……一所に腰を据えて長期的な利益をぉ求める活動ではなくぅ逃走も必要なのでぇ、手段にした物事は即時的で、使い捨てのものになりますぅ。共生する余地はぁありませんよぅ」
「じゃあなんかこう今回みたいに、黒幕ポジションになってみるとか……」
「あの者がしたいのはぁ『欲しい物の強盗』ですよぉ。自分でエサを選びたがる以上、誘導不可能でぇ制御はできないでしょぉ」
「というかそもそもわたくしは被害者であってぇ黒幕ではありません。あの者が盗みなんかに来るからぁあんな面倒な事をする羽目になったのぉ、もう忘れたのですかぁ? ワン子ぉ……」
なるほど、パトロンとか依頼者とかになるアプローチができないから、今回みたいな「一度だけ任意の日時と場所で怪盗行為をしてもらう」使い方にしたということかな。まぁ確かに沸点は低そうだったし何度も一緒に活動するのはムリだったかもな……
優家様はタンブラーを両手で持った。長話をするつもりなのだろう。私も自分のお茶を用意したいんだけどなぁ。
「あの品はツテで回ってきたばかりのぉ……謂わば通貨でした。そう何度もエサが来るルートではないですしぃ……しかもぉあなたも上手く関係を築けなかったようですしぃ……もう接触する機会はないでしょぉ」
そりゃあ作戦がプライドを踏んづける内容だったし……あーあ、作戦バレてなかったらイケ女と撫で合う未来があったのかな……たぶん警備ロボの残骸を隠せなかったのが痛かったなぁ……
「さてぇ事の狙いとしてはぁ、例の美術品は本当はもっと上手く使いたかったのですがぁ、わたくしの手駒ではぁ守れなかったのでぇ……もぅその品自体で利益を得るのはぁ諦めてしまったわけですぅ。代わりに"今後のトラブル"の予防に費やしましたぁ」
「今回狙ったのはぁ『狙われそうな物の引渡』ぃ、『優家の箔付け』ぇ、『慈愛の怪盗の箔付け』ぇ、『裏社会の警備コスト増大』ぃ、『"優家が裏社会と協調する"認識づくり』ですぅ」
「政治屋に対しては『優家の目利きは確かである』ぅ、『慈愛の怪盗は強力だ』ぁ、『単独で警備を突破される事がある』ぅ、『優家は裏社会ともやり取りする』ぅ、とでも伝わっているでしょぉ。これで警備の質が多少ぅマシになるでしょうしぃ、"寄贈までの管理をする名誉"のオークションをはじめぇ、裏社会についてのぉ案件の窓口としてぇ存在感が増したでしょぉ。何せわたくしは『"本物"の価値で大人も怪盗も呼び込めた』。まぁだ手札があるかもしれませんよねぇ。被害についてはぁアレと多少の設備だけだったのでぇ、今後わたくしの催事ではぁ大人の正常性バイアスも誘発できますぅ。警備の責任は当然委託していてぇ今回はギリギリぃお咎め無しですぅ」
「裏社会に対してもぉ同様に伝わるはずですがぁ、意味合いが異なるでしょぉ。慈愛の怪盗のようなぁ突発的な被害であってもぉ、被害を許そうものならぁ稼業を失いますぅ。あるいはぁ資産家による責任の擦り付けでぇ潰れかねませぇん。だからぁ必死に警備の質を上げにかかるでしょうしぃ、よりやり取りを秘匿するようになるぅ……コストを吐かせつつ動きもぉ鈍らせられますねぇ。摘発は難しくなりますがぁ、そこはわたくしの仕事ではありませぇん」
「そしてぇ政治屋にしろ裏社会にしろぉ、切れ者はあなたが演じた第三者の存在にぃ気が付いているでしょぉ。どこまで掴んでいるかはぁ不明ですがぁ、少なくとも警備を壊す等のぉ、しょうもなくも容赦無い破壊工作をした別勢力がいるとぉ認識されたはずですぅ。これも兵力の増強をぉ促しますねぇ。まだ大っぴらでないだけにぃ警戒心も買っていることでしょぉ」
うへぇマジ? 特定されるとだるいなぁ……いや、バレたらバレたなりに街中でも撃ち放題とかできれば割の良い状況かも?
「そして愚か者はぁ、『優家は裏社会と取引をする』ことのぉ解釈を誤るでしょぉ。きっと賄賂や何やらがぁ増えますがぁ、まぁ上手く使いますぅ。おそらくはぁ別の派閥に流してぇ、"売る"ことになりますかねぇ」
優家様は語りながらちびちび飲んでいたコーヒーを置いて、またお菓子を食べ始めた。説明はひと段落したということだろう。
聞いた感じ、随分と多くのメッセージを多重の包みにくるんで送ったようだが、それは伝わるのだろうか?
例えば「財宝なんか死蔵して勝手に盗まれろや! 大人を巻き込むんじゃねぇ!」ってキレられたら信用を失うのではなかろうか。あぁでも"取引先"を巻き込んでいるもんだからそこが庇ってくれるのか……いやでも全員でキレられたら……? その時はトリニティに優家の活動の歴史を売って守ってもらうのか。
あるいは優家様に直接危害を加えようにも、普段から嫌がらせされまくっているから私とか召使いが目を光らせているし、パテルの寮から出ないから他の生徒のついでに守ってもらえる……パテルの生徒にも嫌われているけれど利害関係と掴んだ弱みで守られてはいるし……世界の全員と同時に敵対する心配はあまりなさそう。じゃあひとまずどうなっても良い状況ではあるんだなぁ。
「聖園様がまぁだ方針を決めてらっしゃらないようなのでぇ、まずは小さな仕事を減らしてぇ仕事を楽にしてさしあげないとねぇ」
おや、ティーパーティーの代替わりまであと1ヶ月しかないのにまだ動きが無いのか。
「じゃあ
「それをするにはぁ嫌われすぎているようでぇす。特に
「そこまでする必要はありますか……? 巻き込まれるのだるいんですけど……」
「あなただって放っておけば悪評がぁ流れるタイプなんだしぃ、巻き込んではぃないでしょう。これもぉ防げない被害を転換しているだけですぅ」
「聖園様はぁ疑心暗鬼に駆られていますぅ。派閥内でぇ好き勝手振る舞う有力者たちはぁ、果たしてぇ……自分の味方であるのかぁ、その言をどこまで受け入れて良いのかぁ、悩んで焦っていますぅ。なればこそ有力者"でない者"に相談事をなさりたいでしょぉ。だからぁ聖園様からだけは見えやすぃ"派閥の外"で働き、派閥内ではぁ無能だか揚げ足取りだかを演じればぁ、接近できるということです……これなら大幅な印象の操作も要りませんし……パテルの感情はぁ保守的でお高く留まっていますし、できましょぉ」
疑心暗鬼は優家様とかが聖園様に圧をかけまくっているせいだ。そんなんで仲良くなれるハズがない。普通に桐藤様にでも相談するだろう。彼女には優家様とは違ってご友人がおられるのだ。その目論見は派閥が同じだからワンチャン無くもないくらいじゃないかな……
「次代のティーパーティーはぁ首長候補たちが非常に強ぉい影響力を持っていますぅ。聖園様だけはぁまだそうではありませんがぁ……少なくとも『他2人の話は価値がある』のでぇ、一纏めに『首長の話は聞くべき』とぉ扱われるでしょぉ。であれば聖園様の下でぇ団結することが
「やはりパテルのメンバーの邪魔をしつつぅ……聖園様の手助けをしぃ、首長がリーダーである事を強調するのが良いでしょうねぇ。それで考えましょぉ……」
独り言が続くようになったので、たぶんお話は終わったんだろう。よかった、このまま空気でいたらお風呂が済むくらいまでは考え事に集中してくれるヤツだ。
静かーにソファから立ち上がり自分の茶を淹れようとした。
「そういえばぁ普段遣いの方の銃はぁ、薬莢を回収しなかったようですねぇ……」
やらかした! 恨むぞG19! お風呂でまで絡まれる!!