「今日はここで立っていればよろしぃ。滅多な事は起こりませんのでぇ、敵襲だけぇ対処してくださぃ」
「誰がいつ敵になるかなんて、判りようがないんじゃないですか~?」
今日は優家様のお茶会の護衛役をせねばならないので、そのブリーフィングを受けているところだ。悪役令嬢ばっかりなここで、何から誰を守れと言うのだろうか……
「いいえぇ、あなたは部屋の外からの攻撃からぁわたくしを守り通せばよろしぃ。今回は謂わばぁ研修ですぅ。複雑な判断はしてはいけません。役目は最低限にしてぇ、ただ学びなさぃ」
「はあそうですか」
現地で説明してくれれば良いのに……私は本番で慣れていくタイプだぞ。せめて現地を下見しながらとかが良いのだけれど……あでも、優家様がそういうことすると何か工作とか陰謀を疑われるのか。日頃の行いって影響デカいんだなぁ。
「あなたにはぁそのうち付き人をやってもらいますのでぇ、よく他の付き人を見てぇ、所作やマナーの機能するところをぉ学ぶのですぅ」
え、マジで?
「えマジ〜?」
ダルいって。そんなのやりたくない。
ダルすぎて思わず少し口に出てしまった。昨日風呂に付き合わされたばっかりで疲れていたのが良くなかった。
優家様は眉間をシワシワに顰めて珍しく怒鳴った。
「そういう約束でここに置いているのですよォ!!! "責任くらい"キチっと果たしなさい!!!」
普段は甘くてキンキンした声ばっかり作っているのに、滅多に出さない大声は掠れて裏返っていたのに、こわかった。
まず従者控室に入った。何人か人がいてガサゴソ準備をしている。
とりあえず
ホルスターは普段樹脂製の物を使っているのだけれど、ドレスコード上ありえないらしいので革のものを腰に付けている。少し銃が咥えこまれるような感触があるし、収めた時の低くてくぐもった音は慣れない。ロックもボタンじゃなくて親指でレバー操作しなければならないので咄嗟に抜けるか心配だ。優家様は「コレは良い物だから努力すれば問題ない」と仰っていたが、私にそんなアドリブ力があるはずも無い。ホルスター君も、慣らしがたった2日じゃまだ形が慣れないだろう。優家様、自分が仕込銃しか使わず知らないからって雑な準備をしてくれたなぁ……杖先の擦り減りなんかで私にいちゃもん付けるくせに、私が使う物は気に掛けないんだなぁ……
あ、しまった。銃弾はフランジブル弾指定だった……早速ホルスターのレバーを押しながら拳銃を抜いてマガジンを抜く。弾種はFMJだ。あっぶね~……銃の弾抜きはどうやろう……腿にグリップを挟んで、排莢口を押さえてスライドを引くか。よしよし静かにできたぞ。一応スライドストップをかけて銃身も確認するが、当然残弾なしだ。
さて、フランジブル弾を食わせたオートローダーも持って来たよな~、とカバンを探る。手込めは今は勘弁願いたい……そうやってゴソゴソやっていると何やら声をかけられた。
「あなた、見ない顔ですけれど、どちら様ですか?」
従者なだけあって目立たなさそうな人だ。今忙しいのが見て取れないのだろうか。
「優家様の従者ですよ~。こういう場は初めてなので、勉強させていただきます~」
あった。オートローダーにマガジンの弾抜きと弾込めをさせて、身だしなみに変な所が無いか確認する。うーん……髪が膨らんでいるかも……なんだって人前に出る日に風呂させられるんだ……怒られるのは私だし怒るのは優家様だしで大変理不尽である。
「そうでしたか。優家様の。どうりで……不慣れそうで……よろしければいろいろ教えて差し上げますよ」
ミレニアム・スタイリング・クシを通してちょっとでもマシにならないか格闘してみる。スプレーの後でもまだ足掻けるので大変重宝する道具だ。
「いえ~、私、出来が悪いものですから、あまりご迷惑にならないようにと言われていまして~……今日は先輩方の姿を見て学ばせていただきます~」
「そうですかぁ。私、あの絹川様の従者なんです。困ったことがあったら私に相談してくださいね」
うーむ……なんとか…………なったかな……? ところで先輩従者がなんか妙に食い下がってくるのが鬱陶しいぞ。
ここで面見ておこうと思って、その絹川様の従者さんへと目を向ける。声色はにこやかだったのに、表情はどうも友好的ではない。
「ありがとうございます~」
まぁ関係無いし、ほっとこ。
「ほらやっぱりあの子、碌に挨拶もできやしない」
「優家様の教育の賜物ねぇ」
「儀仗銃も持ってないのかしら。まぁ有ったら持ってきてるわよね」
「本当に品のなっていない家だわ」
ほっとこ
銃弾の入れ替えが終わったので、マガジンを入れてスライドを引き、初弾を入れる。マガジンはフルロードにしたいので再度抜いてローダーに補充させる。これで16発撃てるぞ。一応薬室に弾が入っているか確認したらスライド後部を叩く。最後に引金が前進しているのをチラ見して、銃をホルスターにしまった。
まったく、彼女らはたかが付き人のくせに何を気を大きくしているのだろう。
バイトが偉ぶれると思っているのがこどもっぽい。それとも私のこの感性が高二病なだけなのだろうか。高校1年生ですけども。しかしあんな、雇い主の地位がなんだマナーがなんだと役立たずな考えが通用する空気には馴染める気がしない。必要な事には必要に迫られてできるようになる、適応するようになるので十分だろう。そのタイミングが人それぞれで、自由にできればそれで良いだろう。結局役に立てばそれで済むという考えを持てない種族だと、彼女らはそう捉えるべきなのだろうか。そもそもカスみたいなプライドでしょーもないマウントを取りたくなるなんて、「"従者"控室」とか「付き人」とかの名前に劣等感を刺激されすぎているのではないか。そんなもん「そういう役目で役に立つよ」の宣言でしかなく、それ自体がパーソナリティを作るのではないだろう。勘違いも甚だしく、そしてああいう陰口は雇い主の政治的領分を侵す迷惑行為だと想像もつかないのだろうか。私が優家様に告げ口して、それを弱みとして利用される可能性とか考えないのだろうか。
あーあ。つまんね。準備はもういいや。なんか今日のホストのとこの付き人が会場入りして5分したら入れって言われていたし、それまで待っとこ。
1人が控室を出た。ホストのとこの付き人かな。少ししたら出ないとな。
あれ、付き人の研修ってことなら、今ついて行って仕事ぶりを見せてもらった方が良いのでは? 言う事だけ愚直に聞いて過ごしたら、後で優家様にネチネチと「普通そうするべきってぇ、わかるでしょぉ?」とか言われるのが目に浮かぶ。勘弁してほしい。
ネチネチ絡まれたくないので、今日の私はちょっとがんばることにした。ホストの付き人先輩について控室を出る。
「あら、どうなさったのですか?」
先輩が振り返る。私は正直に仕事を見たいとお願いしてみた。
「なんて不躾なんでしょう……あり得ません。そのくらい自分で勉強してくださいな」
「ちゃんと手伝いますから、どうぞお願いします~。先輩みたいなカッコいい付き人になりたいんです~」
心にも無い事を、スラスラと言えるようになってきた。あーあ。
「……ちゃんと働いてくださいよ。良いですね」
「できます」
「私は
劣等感に満ちた女子高生はしっかり釣られてくれた。こんなんで良いのか? なんなんだ。
「梅田です~」
かえりたい
会場の準備は予め済んでいたので、今すべきは食器や飲食物の最終チェックのようだ。ワゴンにしまってある食器に汚れや欠けが無いか、数はそろっているか、お菓子はホストの指示通りにそろっているか、茶葉や水が人数分あるかクロスに罠は無いか……確認するだけだが、ここで手を抜くとトラブルがあった時に大変マズいらしいので、しっかり見る。
「あなたでも食器の確認ぐらいできるでしょう?」
とのことなので、私は食器の確認をする。今回は気楽な会らしく、同じ柄の色違いで揃えられていて、意匠が派手でかわいいものばかりだ。当然のように金縁で、見込みの模様も華やかな花柄だ。うわ、影も金であしらわれている……すっごい豪華。花から下向きに伸びる茎があからさまに水平だし、ミルクティー用にでも作ったのかな? 優家様でもこんな和やかそうなお茶会に呼ばれるんだなぁ。
あっ茶葉もある~! 2つも用意してある。良いな~。
蓋を取って覗いてみるとブロークンのアールグレイと、CTCのノンフレーバーっぽい物だった。フレーバーティーは詳しくないのだけれど、何をブレンドしているんだろう。半分くらいティップだし何種類か混ぜてあるし、これはかなり拘られているに違いない。すげー……
「ちょっと梅田さん、何をぼーっとしているの! もう皆さんいらっしゃいますよ!」
やっべ、今は役割があった。まぁ問題なんか無かったよね?
「ティーセット4客、茶葉、砂糖おっけーです! ミルクはお食事と一緒にお出しするんですか?」
「あ……」
あってなんだよ。
「どうしましょ、用意してませんでした……」
なんかそんなに焦ってないな。じゃあ放っといて良いかぁ。アフタヌーンティー形式じゃないならここにあるべきなんだけどなぁ。そう思いつつブリーフィングで指示された場所で優家様を待とうとした。
「桜木様、今日はミルクティーを出すって言われてたんですけど、どうしましょう」
「え~……」
私に訊かないでほしい。失敗が下らなさすぎて想像のしようも無い。この人抜けてる。自分のバカを即他人事で言い放てるのグロいって。なんなら最悪私のせいにされるぞ……
がんばらなきゃ良かった。めんどくさい。めんどくさい。
「梅田さん、近くでミルクが手に入りそうな所ってありますか?」
このテヌキ先輩ヤバいって。おまえがなんとかしろって! がんばらなきゃ良かった!
うぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私の部屋まで走って、もろもろ引っ掴んで戻ってくるのは5分でできる。どっかでミルクを温めて出すならさらに5分かかる。しかし冷えた紙パックをまんま出すわけにもいかない。これはもうどうしようもないだろう。
あぁでも自ら関わっておいて逃げるとなると今度こそ優家様に愛想を尽かされてしまうかもしれない、それはダルい。もうちょっと頑張ろう。
頑張りをせめて有効に活用するために、目の前のテヌキ先輩と相談しなければ。がんばるぞ……
「私の部屋が近いですけれど~、普通に考えて温める時間が無いじゃないですか~」
「ええそうですね」
もっと真剣な顔しろよタヌキ。おまえの手落ちだぞ。
「いっそのことここで温めというか~アレンジ? 披露しようと思うんですけど、どうでしょう?」
「まぁ……良いですね。皆さんそういうのお好きですし」
さぁダッシュだ。
「ワン子ぉあなたって子はどぉ~~~して立って待つこともできないのですかぁ……」
めんどくさ~! もう始まってるわ。そして茶会に戻って真っ先にこれである。身内もキッチリ嫌味でイヤになっちゃうね。
「テヌキ先輩にアレンジを披露なさいって機会をいただいたんです~。準備いたしますので、今少しお時間頂戴いたします~」
優家様は珍しく呆けた顔をした。ついに頭脳もオババになったのかな。
なんかテヌキ先輩も見てきた。アッチには手伝えの念を飛ばすが、伝わらないようで、私が全部作業するハメになりそうだ。もう私の好みで全部作ってやる……人の好みとか知らんわ。
茶は配られていないが準備はできていそうだ。アールグレイの方だろう柑橘の香りが漂っている。何の茶葉を使っているかわからないけど、まぁ悪いようにはならないだろう……
ガスコンロをテーブルに置いて、小鍋に牛乳と生クリームを1:1で入れじっくり温める。やべ、暇だ……
ミルクが温まったので、フレンチプレスに移す。そして泡立たないように慎重かつ大胆に押しまくる。上手くやるとこれでフォームドミルクができるのだ。
「嘘、プレスをあんな風に使って良いのかしら?」
「見た目は悪いですけどぉ、あれで出来は良いんですよぉ」
「初めて見た……普通はあの、コーヒーマシンの機能で作るんでしょう?」
「そうなのです……しかしあれは水が入りますしぃ難しいのでぇ、プレスもなかなか良いのですよぉ」
「テヌキ先輩、そろそろ皆様にお茶をお出しください~」
「あなた……はぁ……」
文句言わずにやってほしいところだ。ミルクはデカ泡を消して馴染ませほとんどピッチャーに移し、残った分に砂糖を入れて今度はめちゃめちゃに泡立てる。これでだいたい準備ができた。席次を間違えるとヤバいので、テヌキ先輩に目配せして誘導してもらう。まずはホストの席で作業する。
それぞれのカップには茎のラインまでお茶を入れてある。ここに花が隠れない程度にフォームドミルクを入れて、その上にミルク泡をドサッと乗せ、花模様を少しだけ見えるように覆い隠す。その上にチャイスパイスをかけて菩提樹のハチミツを回しかけ、完成だ。
「お待たせいたしました~。ティーラテです~」
次は……なんと優家様の番だった。席次は最下位だと思っていたので少し驚いた。
「あなたお茶は上手ですものねぇ、期待していますよぉ」
褒めてくれるのは嬉しいけれど、これは周りに有能アピールするのと私に圧をかけるためにやっているんだろうなぁ……緊張するからやめてほしい。まぁ優家様はコーヒー党だし雑でいっか。手早くやらないと泡がダメになっちゃうし、速くやろう。
間抜けな感じだったがお茶会は無事に始めることができた。学べとのことだったが私は疲れた。もう十分頑張ったので事前に指示されていた壁際でぼんやりするのだった。つかれた。
「梅田さん、ティーラテ美味しかったですよ。まさかこんな場で、自分の茶葉で、お店のような体験ができるとは思いませんでしたわ」
「雪解けを見るようで趣がありました。またいただく機会を楽しみにしていますね」
お茶会は何事も無く終わり、参加者の方から声をかけられる。なんじゃこりゃ。難しいことを言われているので笑っておいた。
「ワン子ぉ」
「はい~」
優家様までなんなんだ……帰ってからじゃダメなのだろうか? 誰が桜木さんだか絹漉さんだかもわからないので、ボロを出す前に退散したいんだけど……
「まぁ……よくできました。しっかり学んだようですねぇ」
それ後で良いじゃん帰ろうよ。
おうちカフェ動画も観ねぇお嬢様はチョロい。こんな当たり前の裏技でも、見せたらすぐ好きになってくれると思う。