Kanon Trilogy   作:ミサ菓子折(LRA)

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3章後日談 『日溜まりの街』

 

 

 あれから1年。

 再びやってきた冬。

 街は、いつものように雪化粧を始めていた。

 そんな中を、大学生・浪人生・留年生というなんとも珍妙な組み合わせで歩く。

 今日は受験前の最後の息抜きということで、期末試験も終わった日曜日にみんなで出かけたのだった。

「あー、楽しかった」

 いつもの駅前に帰ってきて、あゆが大きく伸びをする。

「ダメですよあゆさん。家に帰るまでが遠足です」

「あ、ごめん。気を引き締めないと!」

 そんなあゆをからかう栞。

 あゆはからかわれていることに気付いていない。

「遠足でも学校行事でも何でもないぞ。俺らはただ単に遊んだだけ」

 やれやれ、と思いつつ俺は訂正を入れた。

 だいたい、気を引き締めて何をするんだ。

「栞ちゃん!」

「いいじゃないですか。家に帰るまで注意するに越したことはないですよ」

「あ、うん。そっか」

 速攻で言いくるめられてるし。

 まあ、家に帰るだけだからとよそ見をして事故に遭うよりはいい。

「相沢君。勉強の調子はどう?」

 気合を入れるあゆと、それを励ます(?)栞を眺めていると、香里が話しかけてきた

「1年しっかり勉強してきたし、問題ない。最悪どこかの大学にはひっかかるさ」

「そう、よかったわね」

「あゆちゃんのおかげだね」

 と、横から顔を出す名雪。

「おかげじゃない。あゆのせい」

「まーた、1年前と同じこと言ってるよ」

「は? マジか?」

「うん、マジ」

 記憶をたどってみる。

 そんなことを言った気は、確かにあった。

「あゆちゃんが勉強で忙しいから仕方なく、だっけ?」

「……うぐぅ」

 俺は、この1年まったく成長してなかったらしい。

 名雪にやり込められた俺を見て、香里は笑った。

「名雪は垢ぬけたわよね」

「そう?」

「ええ。モテるんじゃない?」

「それ、よく言われるけど、誰も寄ってこないよ……」

「いつまでお姫様気分でいるのよ。狩りに行きなさい。男を誘惑するのよ」

「香里、ただ単にわたしで遊ぼうとしてるだけでしょ」

「あ、バレた?」

 名雪が非難の視線を向けると、親友はまったく悪びれもせず笑顔で舌を出していた。

「香里は勉強大丈夫か? お前も受験だろ?」

 浪人生1年目と留年高3生、立場は違えど今年受験という意味では同じだ。

 そんな俺に、香里は不敵な笑みを浮かべる。

「愚問ね」

「余裕ってわけか。ムカつく」

「ありがと」

 嫌味を言ったら、どストレートに嫌味で返された。

 まあ、実際、この1年遊んでたわけでもないし、元々留年する必要もなかった香里だ。

 心配はないんだろう。

 と、そこで名雪が思い出したように呟く。

「そういえば、わたし大学で月宮さんの講義取ったんだよ」

「ああ、講義を取った話は聞いたな。その後の話は聞いてなかったけど」

「お父さんの講義? 面白かった?」

 自分の父親の話になったのに気づいたのだろう。

 あゆが身を乗り出して混ざってきた。

「うーん。面白いけど、わたしは今回限りかなあ」

 名雪は苦笑しながら答えた。

「そうなの?」

 あゆが不思議そうに尋ねる。

 確かに、名雪がお世辞とかを抜きに『今回限り』と言い切るのは珍しい。

「資料調べとか大変なの。月宮さんが忙しいわけが分かったよ」

 名雪は本当に申し訳なさそうだった。

 まあ、自分から講義取っておいて、もう興味ないなんて言いづらいだろうな。

 知り合いなら特に。

「おまけに民俗学って全然もうからないらしいですよ」

 と、横から栞。

 それは初耳だった。

「そうなのか?」

「私と出した本の方が、今までの給料以上に売れてるって言ってました」

「それは、いいのか?」

「本人はかなり不満そうでしたよ。研究を否定されてるようだ、って」

 そりゃ複雑な気分だろう。

 本業よりバイトの方が儲かってるようなもんだ。

「じゃあ、ボクのお母さんの話も……」

 と、そこであゆが不安そうに呟く。

 そういえば、栞の挿絵であゆの母親についての本も出てたな。

 だいぶフェイク入れられてたようだけど、あゆが『これ、お母さんだ』と言っていた。

「だから複雑なんですよ。お母さんの話は知ってもらいたい、だけど研究よりも売れてるのは納得いかないって」

「そうなんだ……」

「まあ、研究費が潤って助かるとは言ってましたけどね」

「なんというか、結局、世の中お金なんだね……」

 あゆ、そんな悟ったような表情でしょんぼりするな。

 でも、お金は大事だぞ。

 

 

「そういえば、あの話って本当なの?」

 名雪が不安そうに訊く。

 それを見て、あゆはきょとんとした顔をして言った。

「あの話って?」

「その……あゆちゃんのお母さんが狐だっていう」

 全員沈黙。

 色々と触れてはいけない話題のような気がして、全員してあゆの顔を見つめる。

 あゆは照れ笑いを浮かべて、こう答えた。

「あ、あはは……実はボクも、もうよく分からないんだ。お父さんもうろ覚えみたいで」

「そうなのか?」

「うん。お父さんも、夢だったんじゃないかって言ってた」

「でも、信じてるんだろ?」

 俺は、あえてあゆに尋ねる。

 あの時、お母さんのために泣いていたこいつの気持ちが嘘だったとは思えない。

「うん。信じてるよ。だから、お父さんも本に残したんだと思う。完全に忘れてしまわないために」

「なんだか、狐につままれたみたいですね」

 栞が笑いながら言った。

 それにあゆがうなずく。

「あはは、そうだよね。お母さんも、今頃天国で笑ってるよ。いっちょあがりってね」

 軽いな、こいつの母親。

 でも、もうあゆも母親のことを笑って話せるようになったんだ。

 こうして、辛かった思い出も、いつかは暖かい思い出になっていくんだろう。

「でもさ、あゆの母親が狐として……」

 ふと、頭におかしな考えが浮かんだ。

 それを口にしてみる。

「じゃあ、こいつには凄い狐パワーがあるってことか?」

「え? ボク?」

 全員の視線があゆに集まる。

 あゆは緊張の面持ちで、ごくりとつばを飲み込んだ。

 だが、一人一人と視線を外しだす。

「まあ、確かにあったかもしれないが……」

「考えてみれば、ってのは確かにありましたね……」

「あれってあゆちゃんのおかげだったのかな……?」

「だいたい凄い狐パワーって何よ。地球でも滅ぼすの?」

 香里、お前は思考が飛躍しすぎだ。

 が、めいめいが『別に大した力もないのでは?』という結論に達したらしい。

 真面目に考える前に、関心をなくしてしまったようだ。

「ちょっと、何だよ! みんなして酷いよ!」

「悔しかったら、素晴らしい狐パワーで浮いてみろ」

「……うぐぅ」

 できるわけもないことを言われて、あゆは撃沈した。

「ていうか、今思い出したが、名雪も雪ん子じゃないかって話があったな」

「あ、あったね。そんな話」

「えっ!? そんな話いつ!?」

 俺の発言にあゆが相槌を打つのを見て、名雪が驚く。

 ああ、そういや、こいつその時寝てたっけ。

「お前の寝顔を見て月宮さんが言ってたんだよ」

「あー……って、だから、それいつ?」

「知らん。1年前なんて、お前しょっちゅう寝てただろ」

「そうだけど……うー」

 不満顔で文句を言われても、俺だっていつのことかもう思い出せん。

 さっきのあゆじゃないが、人の記憶っていい加減なもんだな、と改めて思った。

「みんなそうと知らないだけで、妖怪とかの血を引いてたりするのかもな」

 そうだとすれば、それは素敵なことかもしれない。

「なるほどねえ。そう考えると、あゆさんは今頃ようやく人間の仲間入りができた人とも言えるのかしら?」

「香里さん! なんてこと言うんだよ!」

「そうとも言えるかもな」

「祐一君まで!」

 素敵なこと、と思ったが、そんなことなかったかもしれない。

 うちのあゆは人よりちょっと遅いだけで、今は立派な人間です。

 なんだろう、途端に夢がなくなった気がする。

「悔しかったら狐パワーで地球をぶっ壊してみてください」

「栞ちゃんまで! ボク、そんなことやらないもん!」

 あゆに素敵な力があるかもしれないって話だったのに、何でこんな話になってるんだ?

 だいたいあゆ、お前にそんな力ないだろ。

 なんで滅ぼせる前提で話してるんだ。

「もう、みんなあゆちゃんをいじめちゃダメだよ。あゆちゃんもムキにならないの」

 名雪は呆れたような目をして全員を叱っていた。

 だが、そんな名雪をスルーして、香里は続ける。

「でもさ、相沢君の言葉通りだとしたら、あたしは何の妖怪の血を引いてるように見える?」

 何って、そりゃ……。

「鬼女」

「はいはい、そういうと思ってましたー」

 即答した俺に対して、香里はおちゃらけて肩をすくめた。

 自覚はあったらしい。

「じゃあ、そういう相沢君は?」

 そりゃ、俺は決まってる。

 強くてかっこいい……。

「あまのじゃく、かな?」

「天邪鬼ですね」

「あまのじゃくだよー」

 三人から即答。

 こいつら……。

「だって。ちなみに、あたしも天邪鬼に一票よ」

「うるせえ」

 してやったり、とほほ笑む香里に悪態をつく。

 ていうか、満場一致で天邪鬼って、こいつら俺のことを何だと思ってるんだ。

 強くてかっこいい……何だったのかは既に頭から飛んでいた。

「それで、私は何になるんですか?」

 にこにこと栞が身を乗り出してくる。

 何って、そりゃあ……栞だろ?

 だったら、もちろん……。

 

 俺。

「悪魔」

 あゆ。

「明るい雪女」

 名雪。

「ドラゴンさん」

 香里。

「鬼畜生」

 

 四者四様の答えが飛ぶ。

 が、あゆを除いてろくな答えがなかった。

 栞の顔が真っ赤になる。

「そろいもそろって何ですか! ていうか、お姉ちゃん! 鬼畜生ってそれこそ何ですか!」

 俺もそんな妖怪聞いたことない。

「ぱっと思い浮かんだのよ」

 香里、それは説明になってない。

「もう知りません! みんな嫌いです! 特にお姉ちゃん!」

 ぷんすかぷんと言わんばかりに足を踏み鳴らして、栞は帰ってしまった。

「ああもう、待ってよ栞。ごめんね、相沢君、あゆさん、また来週。名雪はまた今度ね」

 本当に、これで何度目の姉妹ゲンカだ。

 いつもの恒例行事を見せられて、俺たちは笑うしかなかった。

「強くてかっこいいって意味で言ったのに……」

「女の子に言う言葉じゃないだろ。むしろ俺に言え」

 どういう意味でドラゴンなんて言ったのかと思ったら、そういうことだったらしい。

 名雪は『そうだね』と、くすっ微笑み返した。

 そして香里を追いかけるのかと思ったら、名雪は突然逆の方向へ歩き出す。

「名雪さん?」

「あ、ごめん。大学に行って、レポートの参考資料が図書館に返却されてないか確認したいんだ。今日はもう解散でしょ?」

「ああ、まあ、そうだな」

 解散と言っていいのか、喧嘩別れと言ったらいいのか分からんが、まあもともと別れる予定ではあった。

「ごめんね。夕飯までには戻るから、お母さんにはそう言っといて」

 そう言って、名雪はいそいそと出てきた駅にまた入っていった。

 

 

 あとに残されたのは、俺とあゆ。

 早い夕日が駅前を赤く照らしていた。

「なあ、あゆ」

「なに?」

「お前は、消えないよな?」

 山女……いや、やまねさんのように。

 夕日は不安だ。

 いつも、それは別れの合図だったから。

 でも、そんな俺の不安をかき消すように……。

 あゆは胸を張って自信満々に答えた。

「消えないよ。ボクの想いは絶対に」

「……そうか」

 あゆを抱きしめる。

「ちょっ……何!?」

 その唇に、俺は激しい接吻をした。

「うぐぅ!!??」

 1時間、いや、本当の時間は1分ぐらいだろう。

 俺はようやくあゆを開放した。

 あゆは、ハァハァと息を整える。

 顔はもちろん真っ赤だ。

「いきなり何するんだよっ!」

「この前のお返しだ」

「いったいいつの話だよ!」

「もうすぐ2年前」

「そんな昔のこと!」

 と、言ったところで思い出したのだろう。

 そう、場所も全く同じだ。

 赤かった顔が、さらに赤くなる。

 いったいどこまで赤くなるんだろうと、この場では、どうでもいいはずの感想が浮かんだ。

「もう知らないもん!」

「おい、待てよ! あゆ」

 変わっていく季節の中で……。

 変わっていく思い出の中で……。

 変わらないものが、そこには確かにあった。

 

 

 

 

 




というわけで20年ぶりに新規に書き下ろした後日談でした。
やまねさんが、この光景を見ていたらきっと笑顔で見送ってくれるでしょうね。
読んでくれてありがとうございました。



……え?
真琴と舞はどこに行ったですって?
気になりますか?
私は気になります。
そんなわけで、本編の裏側の『もう一つの物語』を勝手に始めようと思います。

……というより、それを掲載するための『Kanon Trilogy』本編掲載でした。
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