俺、ツインテールになります。IFソーラ   作:シュイダー

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長らくお待たせしました。
先に投稿していたこれまでの話も多少修正しておりますので、そちらからご覧いただければと思います。内容自体の大きな変更点はありませんが、多少の変更点はありますので。
 


4th 二つの種族

 ゆっくりと、ソーラは扉を開けた。狙い通り、音はほとんど立たなかった。

 ふり返り、愛香とトゥアールにむかって小さく声をかける。

「そーっとね。お母さん、帰ってきてるから」

 夕方の、そろそろ日が沈みそうな時間である。トゥアールの持つ、認識を攪乱する装置とやらのおかげで、誰かに見(とが)められることなくソーラの家に帰ってくることができたが、問題はここからだ。

 普段は店の入り口から入っているのだが、今日はトゥアールという謎の人物がいる。まずは事情を聞かせてもらうために、こっそりとソーラの部屋にむかうことにした。

「おっじゃまっ、しっ!?」

 そーっとね、と言ったはずなのに、即座にそれをぶち壊す陽気な挨拶をかますトゥアールの腹に、愛香が小指だけ立てた拳を打ちこんだ。肺の中の空気をすべて吐き出されたかのように、トゥアールの声が止まった。

 日本語は外国の人には難しいと聞いていたが、そーっと、という言葉もその類だったのだろうか。そんなことを考えながら、なんとなく遠くを見ていたソーラの耳に、台所の方から声が届いた。

「あら、ソラちゃん?」

「っ、う、うん、ただいまっ、お母さん!」

「おばさん、愛香ですっ、お邪魔します!」

 ソーラと愛香の挨拶を聞いて納得したのか、は~い、というどこか暢気(のんき)そうな、いつもの調子の声が返された。

 なんとかごまかせた。ソーラはホッと胸をなで下ろし、愛香たちの方に視線をむける。

 視線を交わし、ひとつ頷いた愛香が台所の方にむかって行く。飲み物を用意することと、母からソーラたちの注意を逸らすためだ。

 気づかれないように注意しながらトゥアールを連れて階段を昇り、ソーラの部屋に行く。

 部屋に入ると、人数分の座布団を敷いて座り、愛香を待つことにした。

 座布団に行儀よく座ったトゥアールが、興味深そうに部屋を見渡した。

 ソーラの部屋は、いわゆる年頃の女の子の部屋だ。ぬいぐるみやファッション関係の雑誌といったものがある、いたって普通の女の子の部屋だ。たとえ、その雑誌がツインテール関連ばかりだったり、ぬいぐるみが、ツインテールをした女性キャラやたれ耳――ツインテールに見える――の動物ばかりだったとしても、普通のはずだ。ちょっと偏ってるかなーと思わなくもないが、普通のはずだ。

 紅茶を()れてきた愛香が合流し、小さなテーブルを囲んで話の続きを行うことにした。とりあえずは、気になったことからだ。

「それじゃ、説明してもらえるんだよね。わたしが貰った力と、あの変態たちのこと?」

「もちろんです。ですが、長い話になってしまいますので」

 トゥアールはそう言うと、なぜかソーラのベッドに寝転がり、枕をポンポンと軽く叩いた。なんだか甘ったるい空気がした。

「話は、ベッドの上で」

「さっさと話さんかああーーーい!!」

「メメタアッ!?」

 深く呼吸をした愛香が、トゥアールの背中に拳を打ち下ろした。トゥアールにはダメージひとつなく、ベッドだけが壊されている、などということはなく、白衣の少女の悲痛な声が部屋に響いた。

「あい」

「ちょっ、いきなりなにするんですかっ。私は蛙じゃないんですよ!?」

「アホなことやってるからでしょーが。っていうか、ソーラを変な道に引きずりこもうとしないでよ!」

「ほほう、変な道とはなんですか、愛香さん?」

「変な道は変な道よ!」

 暴力は駄目だよ、と言おうとしたところで、トゥアールはダメージを受けた様子もなく愛香に抗議し、愛香も真っ向から言い返した。

 こんなに騒いで大丈夫だろうか。そんなふうに思いながらも、互いに遠慮なく言い争う二人を見ていると、なんとなく面白くない気持ちがソーラの胸に生まれた。

「むー」

 プクーっと頬を膨らませるが、二人は気づかずに言い合いを続けている。

 頬を膨らませたまま、ソーラは愛香の腕を引っ張った。

「愛香。きっとトゥアールの気遣いだよ」

「フ、フフッ、それに気づくとはさすがですね、ソーラさん」

「いや、絶対違うと思うわ。ん?」

 呆れながらも半眼でトゥアールにツッコミを入れた愛香が、ソーラの顔を見て不思議そうに首を傾げた。

「なに、むくれてんのよ、ソーラ?」

「っ、別にっ」

 頬を膨らませたままプイっとそっぽをむく。愛香が、会ったばかりのトゥアールと妙に仲良くなっているのが、不思議と面白くなかった。愛香の一番の親友は自分だ。そんなことを思ってしまう。

「むむう。やはり、これは」

「なにが、むむう、よ。あんたが変なことするから、ソーラが怒ったんでしょ」

「いえ、多分愛香さんが理由かと。怒ったというか、拗ねたというか」

「なによ、それ?」

「いえ、なんでもありません。話を続けましょう」

「――――それはいいけど、またふざけたことしでかすんじゃないでしょうね?」

「失礼な。ふざけてなんかいません。さあ、ソーラさん。今度こそベッドへ」

「だから、やめんかあああーーーっ!」

「おーばーどらいぶっ!?」

 ハートが震えそうな拳が愛香から放たれ、トゥアールの悲鳴が響いた。

 

 少し経ってトゥアールが、何事もなかったかのようにコホンと咳払いをした。

「失礼しました。またも先走ってしまったようです」

「なにをよ」

「それでは、まずテイルギアの説明からしましょうか」

 愛香がツッコミを入れるが、トゥアールは意に介さなかった。

「まあ、いいけど」

「うん」

 無視されたかたちになった愛香だが、これ以上脱線させないためにか、渋面を作りながらもトゥアールの言葉に頷き、ソーラも頷いた。

「それでは、こちらをご覧ください」

 トゥアールがポケットから紙切れのような物を取り出し、拡げた。紙切れの折り目が見る見るうちに消え、巨大な液晶端末になった。

「わあ」

「すごいわね、これ」

 テイルギアや転送装置などでわかってはいたが、どんな技術力があれば、こんな物を作れるのだろうか。

 画面の中央に、ソーラの変身した姿であるテイルレッドの姿が映し出され、トゥアールの説明がはじまった。

 

 得意げな顔をしたトゥアールの、長い説明が終わった。

「これが、テイルギアの機能です」

「ふうん」

「え、あの、ソーラさん、どうしたんですか。なんだか気のない返事に聞こえるんですけど」

「えっ。えーと、ごめん。ちょっと、よくわかんない」

「えっ」

 嬉々として語るトゥアールにそんなふうに答えるのは抵抗があったが、そう答えるしかなかった。なにせこちらは、一般的な女子高生――成り立て――なのだ。ツインテールへの愛は並以上だと自負しているが、それ以外についての好奇心と知識は、それこそ並程度しかない。破壊力がどうとかスペックを説明されたり、専門用語らしきものを並べられても、理解しきれるものではなかった。

 男の子だったら、こういったものにも目を輝かせられるのかなあ、と思いながら、ポカンとした様子のトゥアールに口を開く。

「すごいっていうのはわかるけど、百トンのパンチ力とか言われても、いまいちどんな感じなのか想像がつかないっていうか。えーと、厚さ九十センチの鉄板を簡単に貫通する、みたいな具体的な説明とか?」

「いや具体的と言えば具体的だけど、それも結構わかりにくいと思うわよ、ソーラ。んー、まあ、ビルをふっ飛ばせるぐらいのパンチ、って思っておけばいいんじゃない?」

「なるほど!」

「わかりやすいかもしれませんが大雑把過ぎませんか!? あと、どうでもいいですけど、厚さ九十センチって、鉄板じゃなくって鉄塊って言いませんか!?」

「あとはとりあえず。どんなところでも戦える。二十キロくらい遠く離れてるところも見えるし、音も聞こえる。バリアーみたいなのもあるし、斃したあの怪物たちの力を利用していろんな特殊能力も発動できる、ってことくらい覚えてればいいんじゃない?」

「わかった!」

「たった数行で説明された!? 中二くささを追求したうえで適当に書いたものとはいえ、それで片付けられるのももの悲しいものがあるんですが!?」

 愛香は、機械関連の扱いは苦手だが、物事の要点を掴むのがうまい。その彼女が言ったのだから、とりあえずいまはそれだけ憶えておいて、あとはおいおい憶えていこう、とソーラは思った。

 ただ、ひとつだけ気になることがあった。

「ねえ、トゥアール。この『エクセリオンショウツ』って、なんで空欄なの?」

 テイルレッドのパンツの部分を指差し、問いかけると、トゥアールが気まずそうな表情を浮かべた。

「ええとですね。戦闘が長引いておトイレに行きたくなっても、素早く吸収、分子分解してくれる機能があるんですが、それを書くとちょっと中二っぽさを台無しにしてしまいそうな気がして」

「あ、うん、わかった」

 要するに、おもらししても大丈夫、ということか。大事なことかもしれないが、訊かなければよかった、と複雑な気持ちになる。なぜ、輝き(エクセリオン)などという大層な名前をつけているんだ。

「それじゃ次は。あの怪物たちも気になるけど、先にトゥアールのことを教えてくれないかな?」

「待ってましたっ。どーぞ隅々までっ!」

「はあっ!!」

「こほうっ!?」

 バサァッと華麗に白衣を脱ぎ捨てようとしたトゥアールの腹に、愛香が握り拳を密着させ、掛け声とともに打撃を打ちこむと、トゥアールが悶絶した。たしか、寸打や寸勁、ワンインチブローと言われる技法だったろうか。

 悶え苦しんでいたトゥアールが、しばらくして落ち着いた。ダメージは抜けきってないのか、ゼエゼエと息を切らしていた。

「わ、私は、この世界の人間では、ありません。異世界から、やってきました」

「納得した」

「どーりで」

 国どころか、世界の壁があったのだ。会話がどこか噛み合わないのも当然だったのだ、となにに対するものかわからない安堵をソーラは覚えた。

「ただ、誤解なさらないで欲しいのですが、異世界と言っても正確には平行世界のようなものであって、さほどこの世界と変わりはありません。名称は違いますが、私はこの世界で言えば日本人ですから」

『そうなの!?』

 ソーラの安堵をぶち壊す答えに、愛香と声が揃った。さほど違いはないと言うが、目の前の少女のエキセントリックな言動を見たあとでは、逆に想像がつかない。というか、意思疎通が困難な相手に言われてもまったく説得力がなかった。

 ソーラたちの反応を特に気にした様子もなく、トゥアールが属性力(エレメーラ)の説明をはじめた。

 無数に存在する平行世界。

 その中でも突出した技術力を持つ世界からは、精神力を利用する技術が生まれる。どれだけ技術が進んでも、いや進んだからこそ、その技術を支えるエネルギーの確保が問題となる。それの行き着いた先が、人のなにかを愛する心から生まれる力、属性力(エレメーラ)、ということらしい。

 家族愛やら友情やらは、知性のある生物ならまず持っているものであり、精神の土壌にして生命(いのち)そのものとも呼べるものなので、エネルギーとはならないとのことだった。あくまでも、その土壌から生まれるものこそがエネルギーになるのだと。『友情パワー』とか、すごい力が出そうな響きだが、特にエネルギーとはならないらしい。なんか残念だ。

 それはともかく、その属性力(エレメーラ)から生まれたのが、あのリザドギルディのような変態、もとい怪人、精神生命体エレメリアンということだった。

 

***

 

 ほう、とドラグギルディは思わず感嘆の声を洩らした。エレメリアンであれば、誰であってもそうなるだろう。それほどまでに見事なツインテールだった。

 先遣隊を率いた、ドラグギルディの弟子でもあるリザドギルディを破ったというツインテールの戦士、テイルレッドのツインテールは、幾多の世界で数々のツインテールを目にしてきたドラグギルディですら見たことがないほど、素晴らしいものだった。

 見た目の美しさだけなら、匹敵するものもいた。しかし、これほどまでに惹きつけられるツインテールを見たのは、はじめてだった。そしてそれは、ドラグギルディに限ったことではなく、ともに記録を見る部下たちも同じだった。

 リザドギルディが戦死し、動揺し、(いた)んでいたはずが、いつの間にやらテイルレッドのツインテールの品評会である。

 しかしリザドギルディを哀れとは思わない。そして彼自身も、無念などと思わなかっただろう。これほどまでに素晴らしいツインテールの持ち主に敗れたのだ。エレメリアンとして本望だったはずだ。

 ただ、テイルレッドの強さには、なにか引っかかるものがあった。

 思い出すのは、かつてドラグギルディと対等に戦った、銀髪の戦美姫(いくさびき)

「ふむ」

 まあいい、と思考を切りあげる。いまはただ、テイルレッドのツインテールを愉しもう。

 自分の予想が正しければ、いずれ彼女と相見(あいまみ)えることになる。その時に確かめればいい。ドラグギルディはそう思った。

 

***

 

 はあ、とソーラはため息をついた。なんというか、途方もない話だった。

 世界は無数に存在し、それぞれの世界に何万何億と人がいて、人間の精神から生まれるエレメリアンたちも何万何億、どころかそれ以上にいるという。

 今日戦ったリザドギルディぐらいの強さであれば、そこまで苦労せず斃せるだろう。だがそれでも、多勢でかかってこられたらどうなるかわからないし、そもそもリザドギルディは部隊員にすぎないという。ああいったやつらが何体もいて、彼らを率いる隊長とでひとつの部隊を作り、いくつもの部隊が平行してあらゆる世界を侵略する。

 そして隊長格のエレメリアンの強さは、隊員クラスとは一線を画すレベルだというのだ。ため息をつきたくもなる。

 トゥアールの世界も、やつらに属性力(エレメーラ)を狩り尽くされ、ソーラたちが聞かされた、覇気のない人々だけしかいない冷たく悲しい世界になってしまったというのだ。トゥアール自身は早くに被害に遭ったため、すべての属性力(エレメーラ)を奪われずに済んだということだった。

 世界のツインテールを守ってみせると決意はしたが、こんな話を聞かされれば弱気になっても仕方ないだろうと思う。

「そんな連中に、わたしひとりで勝てるのかな」

「ひとりではありません、ソーラさん。テイルギアは、もうひとつあります」

「えっ、ほんと?」

「はい。適格者も、すでに見つかっています」

「それじゃ」

 あんな変態どもと闘わせるのか。そんなことが、ふと頭に浮かんだ。

 言葉が止まったソーラに、トゥアールが首を傾げた。

「ソーラさん?」

「あ、えーと、その」

「迷ってらっしゃるんですか。闘いに巻きこむことに?」

 こちらの心を読んだかのような言葉に、思わず口ごもった。

「う、うん。あんな変態たちと闘うのは、やっぱり嫌がるんじゃないかなあって」

「お嫌ですか、愛香さん?」

「あの連中をぶっ飛ばせるんだったら、むしろ喜んでやってやるわよ?」

「だ、そうです。心配する必要ありませんよ、ソーラさん」

「ご、ごめんね、愛香」

「気にすることないわよ。だいたい、ソーラひとりに闘わせる方が、あたしは嫌だし。ね?」

「うん。ありがと、愛香」

「もう。気にしなくていいってば。――――ん?」

「あれ?」

 そこで、はたと気づく。トゥアールの方に顔をむけると、彼女はなにやら優雅な仕草で紅茶を口に含んでいた。

「適格者って、愛香のことなの、トゥアール?」

「はい」

「ちょっと待って。じゃあ、なんでソーラひとりだけに闘わせたの?」

「そう睨まないでください、愛香さん。理由があるんです」

「理由?」

「愛香さんが使うには、ちょっとした不具合がありまして。できればそれを修正してからお渡ししたいんです」

 愛香と顔を見合わせ、再びトゥアールを見る。

「不具合って。直すのにどれぐらいかかるわけ?」

「作業自体はそれほどかからずに済むと思いますが、ほかにもいくつかやることがありますので、完了するのは二、三日後ぐらいでしょうか」

「二、三日だね。わかった」

「ソーラ、いいの?」

「大丈夫だよ。今日のリザドギルディぐらいの強さだったら、わたしだけでもなんとかなるし。隊長格なんてすぐには出ない、よね、トゥアール?」

「ええ。私の世界でも、隊長格が出張ってきたのはかなり経ってからでしたから」

「だってさ、愛香」

「そうじゃなくって」

「え?」

 愛香が口を開きかけ、思い直したようにため息をついた。

「わかったわよ。でも、気をつけてよね?」

「うん」

 なにか気になることがあるのか、愛香はどこか浮かない顔だった。

「えー、それでですね、ソーラさん。ひとつお願いがあるのですが」

「うん。なに?」

「今後のことを考えて、基地を造らせて欲しいんです。地下に」

「地下?」

「はい」

「うちの?」

「はい。安全にはしっかりと気を遣いますので。駄目でしょうか?」

 おそるおそるといった様子のトゥアールに、慌てて答える。

「あ、えっとね。多分大丈夫だと思う。お母さん、ノリがいい人で、そういうの好きだから。ただ」

「ただ?」

「その、できれば巻きこみたくないな、って」

「っ」

「ソーラ」

 トゥアールがハッとし、愛香も気遣うような視線をむけてくる。

 少し考えると、(かぶり)を振って思い直した。これからの闘い、充分なサポートがなければ、いつか負けてしまうかもしれない。トゥアールもそれを危惧しての提案だろう。

 トゥアールの気遣いを、無碍にしてはいけない。

「うん。テイルギアのこととかは伏せて、なんとか説得し」

『話は聞かせてもらったわ』

「てみ、る」

 ソーラの声が、部屋の扉の外から響いた声に、遮られた。愛香と二人でゆっくりと顔をむける。トゥアールは普通にむけていた。

 ソーラは無言で立ち上がると、扉をゆっくりと開けた。

「はぁ~い」

 予想通り、満面の笑みを浮かべた母がいた。すぐさま扉を静かに閉め、天を仰ぐ。

 大きくため息をつくと、意を決して再び扉を開けた。やはり、母が笑顔でそこにいた。

「お母さん。なんでここにいるの?」

「なんだか知らない子を連れてこっそり入ってきたから、面白いことでもするんじゃないかって思って」

「ふにゅぅぅぅ」

 最初の時点で気づかれていたらしい。思わず頭を抱えて呻き声を洩らした。

 ふう、と母が息をついた。

「とうとう、この日が来てしまったのね」

「えっ?」

「未春おばさん?」

 どこか切なげな声に、ソーラは顔を上げた。母は、(うれ)いを帯びた表情を浮かべているように見えた。

「お母さん、なんで」

 なんでそんな辛そうな顔をしているの。そう訊こうとして、言葉が詰まった。

「ソーラがテイルギアに選ばれるって、知ってたんですか?」

 愛香が、ソーラの言葉を引き継ぐようにして言った。

「ううん。知らないけど?」

『さっきの言葉の意味は!?』

 一転して軽い顔と答えになった母に、ソーラと愛香の声が重なった。

「夢、だったのよ」

『えっ?』

 なにやら恍惚とした母の様子に、嫌な予感がソーラの胸に膨れ上がった。

 そして、母の語りがはじまった。

 

***

 

 髪に優しく触れる手に気持ちよさを感じながらも、ソーラはため息をついた。

「もうっ。元気出しなさいよ、ソーラ」

「だってさー、あんな話聞かされたらさー、なんかさー」

「まあ、気持ちはわかるけど」

 ソーラが母から聞かされたのは、ソーラの出生にかかわることだった。こう言うとなんだか複雑なものがありそうに思えるが、実際にはそんなもの微塵もない。

 まず語られたのは、母が中二病だということだった。それも、現在進行形だと。

 若いころは世界のヒロインになることを夢見て、その夢はへその緒を通してソーラに託したなどと言われたのだ。

 それだけでもかなりいっぱいいっぱいだったが、それに加えて亡き父も中二病だったというのだ。父はヒーローに強い憧れを持っていた人で、自分がヒーローになった時の設定や、パワーアップする時のシチュエーションなどまで、つぶさに語っていたほどの人だったらしい。そして母も、それに負けず劣らずの人だったそうだ。見る間に恋に落ち、お互いの中二をぶつけ合い、求め合ったという。

 だが、母が望んでいたのは、敵対した組織の少年とわかり合って恋に落ちる展開であり、それとは反対のシチュエーションを夢見ていた父とは、何度か喧嘩別れしそうになったらしい。あまりのヒドさに、ソーラは何度か意識を失いかけた。

 極めつけは、大学三年目の冬に起こった出来事だった。仲間内でいがみ合っていた男女が惹かれ合ったという設定にしましょうという、断腸の思いで提案した母の言葉に、女敵幹部――水着っぽいプロテクター着用――との禁断の恋しかあり得ない、と父が拒んだという話だった。これだけでも白目を()きたくなるヒドさだったが、その時にソーラが母のお腹にいることがわかったらしい。

 ヒドすぎる妄想で付き合い続け、出来ちゃった結婚という、話を聞いた人の九割八分が苦笑いになりそうな話に、ソーラはやさぐれそうになった。まあ、その後は二人仲睦まじくなった、というのはいいことなのだが。

 さらに聞かされたのはソーラの名前、天空と書いて『そら』と読むのはなぜか、という話だった。中二のころが一番楽しかったから、それを思い出させる響きの名前がいいね、という理由だった。

 宇宙、虚空、虚無、ZERO、エトセトラエトセトラ。中二心をくすぐる言葉にルビを振ってみて、いい感じの響きになりそうな言葉を追求していった結果が『そら』で、それを振ったうえで一見すると普通に見える文字はなにか、という余人には理解するのが困難極まりない理由でつけられたのが、『天空』だったらしい。

 もうグレてもいいよね、とやさぐれた気持ちで思ったが、その後に続けて聞かされたほかの名前候補には、ますます頭が痛くなった。宝愛璃依(ほーりー)有帝真(あるてま)という名前が候補だったらしい。その名で呼ばれる子供の気持ちも考えて欲しい。いや、考えた結果が天空(そら)なのかもしれないが。

 また、トゥアールの提案は問題なく通った。それでいいのか、と逆に不安になってしまうぐらいあっさり通った。出来上がったら見せてね、と母はノリノリであった。トゥアールいわく、地下基地はひと晩で出来あがるらしい。もはや、すごいなあという感想しか出てこなかった。

「ねえ、愛香」

「なに?」

「わたし、グレる」

「――――グレるのはいいけど、なにするの?」

「えっ。えーと」

 ちょっと気になったんだけど、といった程度の口調で問われ、戸惑いながらも少し考える。

 ひとつ、思い浮かぶことがあった。

 これは、裏切りではないのか。そんなふうに思いながらも、断腸の思いで告げる。

「ツ、ツインテールを、ほどく!」

「うん。それで?」

「え?」

「いや、ツインテールをほどいて、そのあとどうするの?」

「えっと。ツーサイドアップにする?」

「あまり変わらなくない?」

「はっ!?」

 言われてみれば、そんなに変わらないかもしれない。パッと見て、いままでと違うとわかるようでなければ。

「な、なら、ポ、ポニーテールにするっ」

「それ、グレたことになるの?」

「じゃあ三つ編み!」

「髪型から離れなさいって」

「ベリーショート!!」

「できるの?」

「無理っ!!」

「うん、まあ、そうよね」

「だ、だって、ベリーショートにするってことは、ツインテールが出来ないぐらいに髪を短くするってことだよ!? そんなこと、わたしにはできない! それに、ツインテールをほどく時点で、わたしにとっては盗んだバイクで走りだすようなものなんだよ!?」

「どういう例えよ、それ。そもそもあんたには、グレるなんて無理だと思うわよ?」

「で、できるよっ!」

「万引きしてみる?」

「駄目だよ。お店の人に迷惑かかるもん。バレたり、捕まったりしたら、お母さん悲しませちゃうし」

「じゃあ、さっき言ったみたいにバイク盗んでみる?」

「盗まれた人が困るでしょ。それに、免許持ってないよ」

「公共物破壊」

「世間の人に迷惑かかることしちゃ駄目!」

「やっぱり無理だと思うわ」

「ふにゅうううぅぅ――」

 ソーラが呻き、愛香が苦笑した

「未春おばさんも悪気があったわけじゃないし。ね?」

「ある意味もっと性質(たち)が悪いよぉ」

 なんだかんだで、まだ普通の名前と言える『天空(そら)』と名付けられたわけだし、そのあたりの配慮はされているのだろう。正直なところ名前の由来は、両親が中二病だということなども含めて、できれば知りたくなかったことではあるが。なんで墓まで持っていってくれなかったの、と思わざるを得ない。

 はあ、とため息をつく。

「今日はもう、なにも考えずに寝ましょ。流すわよ?」

「うん」

 頷くと、頭から優しくお湯をかけられた。泡が流れ落ちていく。さらに一連の髪のケアを受け、ソーラの方は終わった。

 タオルで髪をまとめ、愛香にむき直った。愛香はすでに背中をむけている。

「じゃ、次はわたしがやるね」

「うん。お願い」

「任せてっ」

 ともに愛用しているシャンプー一式を手に、愛香の髪を優しく洗う。

「やっぱり愛香の髪は綺麗だねー」

「ソーラの髪の方が綺麗だと思うけど?」

「負ける気はないけど、わたしの方が上ってことはないよ。同じぐらいっ」

「はいはい」

 愛香が苦笑し、ソーラも微笑んだ。変態、エレメリアンや、母の言葉にダメージを受けていた心が癒されていく。

 愛香と一緒に入浴するのは、久しぶりだった。幼いころはしょっちゅう一緒に入っていたが、中等部に上がるあたりから、その頻度は減っていった。

 それでもたまに、一緒に入ることはあった。どちらかが、なにかしら悩みを抱えていたり、ショックな出来事があった時などだ。お互いにそれとなく察し、一緒に入り、こんなふうにしていると、不思議と心が癒されていくのだ。なにかを語り合う時もあったし、なにも言わずに、ただ髪を洗うだけの時もあった。それだけで、自然と元気が湧いてくる。

 今回は、愛香の方から誘われたのだ。よっぽど疲れているように見えたのかもしれない。

「流すね?」

「ええ」

 愛香の答えのあと、優しく洗い流した。さっきの愛香と同じく、ソーラも彼女の髪のケアを進め、終えた。

「ありがと、ソーラ」

「どういたしまして」

 愛香が髪をまとめ、自身の躰を洗いはじめた。

「背中洗うね」

「ええ、お願い」

 愛香の背中を洗いはじめる。柔らかでいて、引き締まった躰だった。

「ねえ、愛香、ちょっとこっち向いて?」

「ん?」

 躰を捻るようにして、愛香がふり向いた。

 不思議そうにする愛香の上半身とお腹を見て、ほう、と羨望のため息をついた。

 恥ずかしそうに、愛香が身をよじった。

「ちょ、ちょっと、どこ見てるのよ?」

「腹筋」

「うん?」

「かっこいいなあって」

「あ、うん、ありがと。ソーラはスベスベしてて綺麗だと思うわよ?」

「ありがとっ。それはそうと、わたしもそんな感じに躰を絞ってみたいんだけど」

 そこで、言葉を切った。

 愛香のお腹は、うっすらと腹筋が割れている。腹筋だけでなく全身がほどよく引き締まっており、恰好いいとしか言いようがない。

 この引き締まった躰から繰り出される武術は、舞うように(ひるがえ)るツインテールと(あい)まって、見る者を惹きつける美しさがある。それはソーラだけでなく、見た人のほとんどが認めることであり、一種の芸術と呼んでいいのではないだろうか。そんなことを思う。

 ソーラも幼いころ、愛香と一緒に彼女の祖父から武術を習っていた。いまでも、愛香と一緒に鍛錬をすることだってある。愛香のように恰好よく動いてみたいからだ。しかし、うまくいかなかった。

 動けないわけではない。確かに、愛香に比べれば武術の腕はだいぶ劣るが、運動ができないわけではないのだ。同年代の中では、動きのキレ自体はそれなりに上の方だと思っている。ただ、身体能力という点では、平均といったところだろうか。それらが関係しているのか、動きの凄みなどは、かなり物足りないものがあった。

 別に筋肉が好きというわけではないのだが、愛香を見て、こんなふうになれたらなあ、という思いを抱いたりもする。すべては、ツインテールの可能性を追求するために。

 はあ、とソーラはため息をついた。

「なんか筋肉つかないんだよねー、わたし」

「なんかこう、複雑な気持ちになるのよねえ、あんたのその手の悩みって。あたしは筋肉つき過ぎないように気をつけてるのに」

「えー、つけようよ、筋肉。ツインテール・マッスル、って絶対かっこいいよ」

「さすがにアンバランスだと思うわよ、それは」

「そうかなあ」

 全身ムキムキマッチョで金色のオーラを纏い、ツインテールを逆立たせた、なんというか伝説って感じの(スーパー)愛香を想像してみる。

「――――」

 ツインテールがいまいち目立たないなあ、と思った。

「愛香、あまり筋肉はつけないようにしてね」

「なにを想像したのかは知らないけど、あたしもそのつもりよ。まあ、かっこいいって言われる程度にはつけたいけど」

「うん。ツインテールとうまく調和するぐらいにね」

「あんたはやっぱり、そこに行き着くのねえ」

 愛香が苦笑した。呆れたと言いたげな口ぶりではあったが、楽しそうな声だった。

 

 風呂から上がり、髪のアフターケアも終えた。あとは寝るだけである。

 ほんとうに、今日はいろいろあったなあ、と思いながら、ソーラはベッドに入った。

 今日は、部屋の鍵もかけてある。いつもは特に鍵をかけたりしないのだが、今日から鍵をかけて寝るようにしなさい、と愛香から言われたためだ。なんだか、妙に心配しているように見えた。

「ん?」

 なにか、変な音が聞こえた気がした。

 ――モッチャーン。

 ――モッチャン。

 ――モッチャン!

 ――もっちゃん?

 ――モッチャンッ。

 ――モッチャン――。

 時に呼びかけるように、時に笑いかけるように、時に叱りつけるように、時に鋭く、時に甘く、そんな謎の声らしき音が、バリエーション豊かに聞こえてくる。

 ――モッ。

『っと危ない。星の(コア)まで貫通してしまうところでした』

 聞こえるはずがないトゥアールの声が聞こえた気がして、ソーラは固く眼を瞑った。忘れるんだ、と自分に言い聞かせる。

「――――?」

 唐突に音がやみ、ソーラは眼を開いた。そのままじっとしていたが、音は聞こえてこなかった。心の中で首を傾げる。ひと晩で完成するとは言っていたが逆に言えば、ひと晩は我慢する必要があると思っていたのだ。切り上げたのか、それとも星の、いや忘れよう。多分、完了したのだ。そう思っておく。

 これでゆっくり眠れる、と思わなくもなかったが、不思議と眼が冴えていた。

 起き上がり、窓のカーテンを開いた。

 宝石箱をひっくり返したような、キラキラとした星空が、広がっていた。

「綺麗――」

 感嘆のため息をつき、星空を見ていると、光がなにかに遮られた。

「――――」

 眼を血走らせた、逆さまの、女の顔だった。

 窓越しに、眼が、合った。

「ふにゃああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

「はわあああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 ベッドから転げ落ち、パニックに意識が遠のきかける。

「はわわ、ソ、ソーラさんっ」

「にゃっ!? トゥ、トゥアール!?」

 聞こえてきた声になんとか意識を繋ぎとめると、明かりを点け、改めて窓の外の人影を確認する。

 やはり、トゥアールだった。

 すぐに窓を開けると、ギリギリで窓枠に手を引っ掛けているトゥアールの腕を掴む。自分の腕力で引き上げることができるだろうか、と頭に浮かんだところで、愛香の部屋の窓が開いた。

「ソーラ、どうしたの!?」

「愛香、ごめん、手伝って!」

「ってなに、この状況、とか言ってる場合じゃないわね。ソーラ、(かが)んでっ」

「うんっ」

 言われた通り、トゥアールを掴んだまま身を屈める。愛香がソーラの躰の上を通り過ぎるように飛びこみ、間を置かずソーラのうしろから腕を伸ばしてトゥアールを掴んだ。すぐに彼女の躰が引き上げられた。

 ふう、と誰ともなく安堵のため息をついた。

「ありがと、愛香」

「どういたしまして。で、なにがあったわけ?」

「えーと、眠れなくて、窓から空を見ていると、とてもすごいものを見たっていうかトゥアールが上から降ってきて」

「落ち着いて、ソーラ。それで、なにしてたの、トゥアール?」

「も、申し訳ありません。どうやら、作業中に寝てしまっていたようです。それで、寝ぼけて屋根の上を歩いていたみたいで、気がついた瞬間、うっかり足を滑らせて落ちてしまって」

「すごい寝ぼけ方だね、トゥアール」

「ほんとうに寝ぼけてたのか、(はなは)だ疑問なんだけど?」

 どう反応していいのかわからず、ソーラがそう言うと、愛香はどこか疑うように言った。トゥアールは笑顔で真っ直ぐに見返すが、なぜか顔が引き攣っているようにも見えた。

 トゥアールが、咳払いをした。

「とりあえず、地下基地の建造は終わりました」

「早いわねー」

「ねえ、トゥアール。あの」

「あ、はい。なんでしょうか、ソーラさん?」

「えーと、その、やっぱりなんでもない」

 愛香とトゥアールが首を傾げたが、ソーラは苦笑いでごまかした。あの音とか、星の(コア)ってなに、と訊こうと思ったのだが、知らない方がいい、と理性に止められた気がしたのだ。

「わからないことがあったら、なんでも訊いていただいて結構ですよ?」

「う、うん」

「まあ、それは明日にして、もう寝ましょ」

「そ、そうだね。おやすみ」

「おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 トゥアールが、ソーラのベッドに潜りこんだ。

「トゥアール」

「なんでしょう、ソーラさん?」

 なにかおかしかったでしょうか、と不思議そうに返され、言葉が止まった。ひょっとしたらトゥアールの世界では、これが普通なんだろうか。そんなことが頭に浮かぶ。

 どうしよう、と迷っていると、愛香がベッドに近づいた。

 愛香は無言のままトゥアールを引っ掴むと、ベッドから引き摺り出した。そのまま愛香は、ジタバタするトゥアールを引き摺りながらソーラの部屋の扉を開け、出て行った。扉が、閉まった。

 トゥアールの声がどんどん遠ざかっていき、突然、パタリとやんだ。

 少しして、扉が開いた。入って来たのは、愛香だけだった。

 愛香が扉の鍵を閉め、ソーラの方に近づいてくる。

「愛香。トゥアールは?」

「トゥアールは寝かしつけてきたから、気にせずに寝ていいわよ」

「う、うん」

 ほがらかな笑顔ではあったが、なんだかこわい笑顔だった。

「じゃ、おやすみ、ソーラ」

「お、おやすみ、愛香」

 愛香が、再び窓から自室に戻っていく。

 扉の方を見てから、時計を見る。だいぶ遅い時間だった。

 もう、寝よう。ソーラは(かぶり)を振ってそう考えると、明かりを消してベッドに再び潜りこんだ。

 ソーラのものとも愛香のものとも違うかすかな香りが、()(こう)をくすぐった気がした。

 




 
何回か書き直し。
どのあたりを書くか悩む。
名前候補に悩む。
お風呂っていいんだろうかと悩む。
サブタイに悩む。『二』って入れることを縛りとして考えているけど、意外と出てこない。『二』が入らなくなったら、「ああ、思いつかなかったんだな」と生温かく笑ってやってください。

モッチャーンがわかる人はどれぐらいいるんだろうかと思いつつもぶちこむ。
九十センチの鉄板は、某データファイルに書いてあったような。九十mmだったかもしれない。RXキック。


テイルブルー登場書いて、トゥアール関連のあること書いて、ドラグギルディ戦であるものをぶちこむ予定。問題は、過程が微妙にまとまらないってことなんだが。
 
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