BLUE RESONANCE ーSWORD ART ONLINEー 作:銀コップマン
2022年11月6日。華々しくサービスが開始されたSAO。しかしこの日を境に、世界は大きく変わることになる。
その始まりは、とてつもなく奇妙な出来事からだった。
「見てみろよあの夕日、もうリアル遜色ないだろ」
「な訳あるか。リアルの方がもっと綺麗だよ」
「んもうソウジィ~そう萎えること言うなよ~ソラトもそう思うだろ?」
「ま、まあ……」
「反応薄ッ!?」
戦闘の練習を兼ねた狩りが一通り終えた後、ソラトを含めた5人は壮大な景色を眺めて休憩をしていた。ソウジやカナタからのアドバイスを聞き、レベル上げで貰ったポイントでなんのスキルを取るのかなど、平和な時間を過ごしていた。
「もう慣れた?」
「ん……?」
「この世界っていうか、VRMMOには」
ミナが問いかけてきた。ソラトは少し考えてから、今思っていることを伝えた。
「多分慣れた……と思う。こういうの、今までやってこなかったから」
「そっか。楽しい?」
「楽しい……かな?」
「なんで疑問形なのよ」
「でも、ソラトくんって器用だよね。もうソードスキルの扱いもマスターしちゃってるし」
「みんなの教え方が上手いからだよ……」
ユイナの見上げるような視線。それに対し薄っすらだが、ソラトは笑いかける。ここでいる時間が、楽しいと思い始めてきた証拠であった。
「じゃあ私、一旦落ちるね」
ユイナだけは家の用事があるらしい。名残惜しいが仕方ない。メニューウインドを開き、一番下にあるログアウトボタンに指を伸ばす。タップすれば即座に自宅で目を覚ます。
「あ、あれ……?」
彼女の指が止まる。
「どうした?」
「ログアウトボタンが……ないよ」
一瞬、空気が止まった。音もバグで無音になったのかと思う程、何も聞こえなかった。
「ユ、ユイナ慌てすぎだって。見落としてんじゃないのか?」
あまりに彼女が深刻そうな声を出したから、カナタも動揺している。
「ユイナ、まずメニューを開いて……あれ?」
実演しようとしてみせるミナ。しかし、メニューを開いた彼女から言葉が続くことはなかった。それがソラトにも伝播する。得体のしれない不安と恐怖が迫ってくる。ユイナは「どこにもないよ!」と若干パニックになっていた。
「いやいやいや、ログアウトボタンがないなんてことあるか?」
「そう言った事例は聞いたことないけど……」
「ま、まあ……サービス開始日に不具合があることはよくあることだろ?」
「だとしてもだ。サービス初日にログアウトできないは今後の運営にも関わるだろ」
サービス開始直後の不具合なら、まだ理解できる。しかしログアウトボタンが消えるなのはかなり致命的だ。第一、βテストではログアウトできていた筈。
すると不意に、鐘の音が聞こえた。
「な、なに!?」
「ユイナ、落ち着きなって! 運営からアナウンスするときの合図だよ」
「そう言ってるミナが落ち着けって!」
予想外の事態に誰もが心を乱されている。勿論ソラトもだった。途端、彼ら全員が眩い光に包まれる。
◇◆◇◆◇
「え、ここって……」
「中央広場……だよな?」
「見てみろ。どうやら、全プレイヤーがここに集められてるみたいだ」
光が消えて視界が戻ると、彼らは街の中央広場へと強制転移していた。さらにソウジの言う様に、周りには数多くのプレイヤーたちの姿が。彼らも先のカナタたちと同じく、不安や困惑、さらには怒号を上げているプレイヤーまで……。誰もがこの異様な事態を呑み込めずにいた。
「あ、上」
誰かの声によって、人々は視線を上に向ける。天井……第2層の底がまるで空の様にデザインされているのだが、そこから血液のような液体がドロドロと流れ落ちる。そして宙に現れたのは「巨大なローブを纏った人」と形容するしかない存在だった。
「プレイヤー諸君は、メインメニューから既にログアウトボタンが消滅していることに気付いているだろう。しかしこれは不具合ではない。くり返す。これは不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である」
目の前のローブ男は、そんな到底信じられないようなことを淡々と言い放つ。
(ログアウトできないのが……仕様……?)
脳が理解を拒否している。さらに、背中にゾワリと冷たい何かが走ったのを感じた。たかがゲームの筈なのに……なのに……怖い。
だが目の前の存在は優しくなく、その後も話を続ける。
「自発的なログアウトは出来ず、また外部の手によるナーヴギアの停止、或いは解除もあり得ない」
「なんだよそれ……!」
誰かが叫び、プレイヤーたちが声を上げる。
「もしそのような事が試みられた場合、ナーヴギアの高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し生命活動を停止させる」
でも、その言葉で広場から音が消えた。
「生命活動を停止させるって……」
外部に人間がナーヴギアを引きはがそうとすれば、ソラトたちの脳は焼かれて死に至るということだ。
予想だにし無かった発言。そしてこの世界で直面することはなかったであろう死という概念に、誰もが驚愕していた。本当なのか、ただのゲームの演出なのか……確認する手段はここにはなかった。
「で、でもそんなことできるのかな?」
「そ、それに電源を抜けば無理になるんじゃ……」
「……内臓式のバッテリーが入ってる……ナーヴギアに」
ソラトの呟きに、4人は目を見開く。電源が抜かれたとしても、充電されたバッテリーで脳を焼く。用意周到な準備に言葉を失う。
ローブ男は語る。既にその警告を無視して、第三者が解除しようとして脳を焼かれた者が少なくとも213名はいると。メディアが大々的に報道したことにより、強制解除の危険が薄れたことを。
「もうそんなに……」
自分がまだ生きているという事は、親が引き剥がしていないという証拠だ。心を落ち着かせようとするソラトだが、ローブ男のさらなる言葉でそれも無駄になった。
「これより本ゲームのあらゆる蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、アバターは永久に消滅。同時に……諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」
この世界での死は、現実の横たわる肉体をも破壊すると。
「解放される条件はただ一つ。このアインクラッドの完全攻略。第100層のボスを倒せばクリアだ」
(……ふざけるなよ)
HPが0になれば死ぬと言い渡されたばかりか、さらにこの城を登れときた。戦えば最悪死ぬ。トライアンドエラーを繰り返し、攻略法を見つける。それがゲームだ。しかしその手法は潰された。
「βじゃロクに上がれなかったんだろ!?」
遠方から声が聞こえる。その声が本当なら、一体いつクリアされることになるのか……途方もないことに感じる。ゲームの筈なのに……どうしてこうなった。すべての行動に後悔する。
「私からのプレゼントだ。皆アイテムストレージを確認してほしい」
周囲の声を無視し、男は言った。
みんな半信半疑でメニューを開く。すると確かに《手鏡》というアイテムが追加されていた。誰もがオブジェクト化して手に持つ。
時間をかけて作ったアバターの姿が映っているだけだったが、その瞬間又もや光に包まれた。
「な、なんだ!?」
「だ、大丈夫か? ソラト……ってお前誰だ?」
「カナタ、何言って……って誰……?」
目の前にいたのは、全くの別人。自分と同い年くらいの少年だった。
「え、もしかして……」
「もしかして……」
「お前……ソラトか?」
「じゃ、じゃああんたがカナタ!?」
手鏡を再度のぞき込む。線が細く、どこか中性的な容姿。そして黒髪が右半分を隠すくらいの長さ。”現実世界のソラト”の顔があった。
「ねえ、これどうなってるの!?」
先ほどよりもさらに幼さの残る顔となったユイナが問いかけてくる。
「もう一つの現実……ここにあるのは本物の命だって、そう認識させたいのかもしれない」
「けどこんな精密に再現できるものなの? なんか身長だって変わってる」
ソウジの考察に、ミナは疑問をぶつける。現実の顔を、一体どうやって再現したのか。変わった身長もどのようにして導き出したのか。
「最初のセットアップで体のあちこちを触ったろ? その時のデータから算出したんだと思う」
初めてナーヴギアを起動したときのことを思い出し、ソウジは語る。
しかしそれでも納得できない。一体何故、なんの目的のためにこんなことをしたのか。
「諸君は”何故”と思っているだろう。しかし、
今、私と言ったのか。私はこの世界を作ったのだと。ソラト達は耳を疑う。導き出された推測が正しければ、この悪魔のような所業を行っているのは、他でもない製作者自身であるということになる。
「自己紹介が遅れてしまった。私は茅場昌彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の存在である」
幾度目かの驚愕。けれど、もうどのような反応をすればいいのかわからなくなっていた。
「以上をもって、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る」
深紅のローブ男……否、ナーヴギア及びSAOの開発者、茅場昌彦は煙に巻かれて姿を消していく。残ったのはオレンジ色に染まった空。そして広場に残された……ゲームに囚われたままのプレイヤーたちだった。
「────ッッ!!」
しばしの沈黙の後、誰だかわからない女性プレイヤーの叫びを皮切りに、辺り一面はすさまじい叫びの渦に包まれた。阿鼻叫喚、地獄絵図……。考えつく限りのあらゆる負の感情が場を支配していた。
「帰れない……クリアしないと……」
ソラトは思い出す。学校の退屈な一日。未だにどう接すればいいのか分からない両親。そして……妹のこと。
もう、会えないのか。
この世界から帰るには、ゲームをクリアするしかない。ならば、自分はこの先も戦うしかない。そんな現実を理解した瞬間、胸の奥から恐怖と絶望が込み上げてくる。
「……っ」
他のプレイヤーと同じく、彼もその場に膝をつくしかなかった。
◇◆◇◆◇
茅場による正式サービス開始宣言から数時間が経過した。パニックに陥っていたプレイヤーたちもどうにか落ち着きを取り戻し始めていた。しかし、これからどうなっていくのかは全く予想できない。
「これから……どうするの?」
ソラトたち5人は、ひとまず宿屋に入りこれからについて話し合うことになった。
「あの言葉が本当なのか嘘なのか……わからない」
ソラトの言葉に4人は同意するかのように首を縦に振った。
「現実でも何かしらの対策はしているとは思う。けど……」
「いつ助けが来るのか……というか本当に助けが来るのか、保証はできない」
ソラトはソウジが詰まっていた部分を代わりに話した。外の情報が入ってこない以上、断言することはできない。でも、待つだけでいいのだろうか。
「で、でもよ、保証ができないだけで、来るかもしんないじゃん? このまま街の中で待ってようぜ?」
カナタは声を震わせている。当たり前だ。ログアウトも出来ず、さらに本当に死んでしまうのかもしれないのだから。
「いつまで待つ? それで来なかったら一生この世界に閉じ込められるかもしれないんだぞ? 生き残るには……現実世界に帰るためには自分を強化し、100層を目指すしかない……俺はそう思う」
ソウジの意思は強かった。HPが0になれば本当に死ぬかもしれないこの世界で戦うことを選択したのだから。
「で、でもよ……命を懸けるんだぜ? ゲームで。そんなのおかしいじゃんよ……」
「死ぬとわかってて戦えるのかな……」
おかしい。ゲームで命を懸けるなんて。ならカナタの言うように、街に閉じこもってればいい。
「でも……私は帰りたい」
ユイナが呟いた。あれだけ震えていた彼女だったが、今は違う。何か強い意志のようなものが芽生えている気がした。
「ここで待ってても状況が変わらないなら……茅場さんの言う事に賭けるしかないんじゃないかな?」
「おいマジで言ってんのかよ!? HPが0になったら本当に死んじまうかもしれねぇんだぞ! そんなんで攻略なんかできるかよ!!」
「カナタ!」
ユイナの答えに思わず怒鳴ってしまったカナタを、ミナが制止する。
「じゃあカナタはここで待つのか?」
再度座り込むカナタへソラトは問いかけた。
「それしかねえだろ」
「いつまで」
「あ?」
短く、それでいて強めにソラトは問いかける。イラついていて目の鋭いカナタを、彼はじっと見つめる。
「一週間か、一か月か、それとも一年か」
「そりゃ……」
「今だって外部からの連絡はないだろ?」
「だから、それは外の奴らが対策を考えているだけで……」
でも、カナタが言い切る事は出来なかった。わかっているのだ……彼も。外からの助けがこない可能性があることを。
「そうだな。だから俺は助けが来る可能性を信じながら、俺自身も帰る方法を探したい」
俯くカナタを見ながら、ソラトは言った。外から助けが来ることを望んでいるのは、何もカナタだけではない。ソラトも一緒だ。けれど、このまま何もせず街に留まり続けるのも、それはそれで危険だ。助けが来ることもなく、いつまでもレベル1のまま。もし茅場が何らかの方法で安全圏にまで手を加えたら……。そんな可能性だって、決してゼロではない。口には出さなかったが、ソウジもきっと同じことを考えているはずだ。
「でもよ、戦うってことは死ぬかもしれねぇんだぞ」
「わかってる」
「怖くねえのかよ」
その問いには即答できなかった。嘘をついて強がることも出来たが、ソラトはそれをしなかった。
「……怖い。すごく怖い」
「ならなんで……」
「帰りたいから」
それだけははっきり言えた。現実世界に帰りたい。純粋な気持ちがソラトを動かしている。でもそれは、ソウジやユイナも同じだ。
未だ踏ん切りがつかないカナタへミナは話しかける。
「カナタ、私も怖いよ。私なんてゲーム下手だからさ、やり直し前提でプレイしているのに。こんなの理不尽だよって感じ」
「……」
「でも、1人街に残るのも怖い。だから、こんな時だからこそみんなでいよう? そしてみんなで帰る方法を探すの」
デスゲームへと姿を変えたSAO。そんな不安定な状況だからこそ、みんなでいることが大事だとミナは説いた。少しずつ、カナタの目に光が戻り始めたのを感じた。
「そういうことだ。別に今すぐ100層まで行けって言ってるんじゃない」
ソウジが静かに口を開いた。
「まずは生き残るために強くなる。それだけだ」
100層までクリアする。今は考えなくていい。ただ明日を生き残れるように強くなる。今はただ、それだけでいい。
「わかった。お、俺も……行くよ」
「カナタ……」
「正直、今もまだ怖ぇ……けど1人で待つのはもっと怖ぇから……」
「……うん」
「とりあえず、レベル上げだ。安全マージンは十分にとるからな」
「もちろん」
「そうだね」
夜が更ける。
デスゲームとなったこの世界で、ソラト達がどのような道を辿ることになるのか。それを知る者は……誰もいない。